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描かれた子ども

絵画・工芸に描かれた、子どもの姿。

日本(中世)

絵巻や屏風絵をはじめとする、日本の中世(12~16世紀)の絵画をよく見てみると、大人たちに混ざり、生き生きとした子どもの姿が描かれています。これらの絵画は、歴史の表舞台に現れることのない、子どもたちの当時の風俗を知ることができる貴重な資料です。中世の子どもたちがどのように暮らし、遊び、また、働いていたのか、絵画を通じて見てみましょう。

伴大納言絵巻(模本)中巻

平安時代(12世紀)。『伴大納言絵巻』は、866年(貞観8)春に起きた応天門の放火事件を題材にした平安後期の絵巻。子どもの喧嘩に親が介入したことがきっかけで、伴大納言の政治的陰謀が露見してしまう場面。二人の子どもの喧嘩に一人の親が駆け付け(上)、水色の服の子を足蹴にした(下)という一連の事件の経過が一つの画面に描かれている。

紫式部日記絵巻断簡

鎌倉時代(13世紀)。『源氏物語』の作者・紫式部が宮中での営みをつづった『紫式部日記』を描いた作品で、鎌倉時代王朝物語絵の代表作。この絵は一条天皇と中宮彰子の子・敦成親王の誕生50日を祝う儀式の場面。藤原道長の妻であり彰子の母である北の方が生後50日を迎えた親王を胸に抱く姿が描かれている。

一遍聖絵 巻第七

鎌倉時代(13世紀)。時宗の開祖一遍の伝記を描いた鎌倉時代の絵巻。巻第7は、一遍上人をはじめとした僧侶の一行が、諸国をめぐって京都にたどり着く場面。群衆は表情や衣服も描き分けられ、たいへん個性豊かに描かれている。掲図は、牛車に付き従う牛飼童(うしかいわらわ)たちの姿。

石山寺縁起(模本)

鎌倉時代(14世紀)。石山寺創建の縁起と本尊観音菩薩の霊験を描いた絵巻。本資料は、第1巻の模写。石山寺建立時の建築工事を描いたもので、よく見ると、大人の職人たちに混じって子どもの姿が見える。建築現場で仕事を手伝っているのだろうか。

慕帰繪々詞(模本) 10巻 巻5

南北朝時代(14世紀)。本願寺発展の基礎を築いた第3世覚如の伝記を描く、南北朝時代の絵巻。本資料は、藤原隆章が描いたといわれる第5巻の模写。当時の風俗が細かく描きこまれている。掲図は、京の町中の場面で、3人の子どもたちがコマ回しに熱中している姿。脇に立つ女性は、幼児を抱きながらその様子を見ている。

月次風俗図屏風

室町時代(16世紀)。1年12ヵ月の行事や風俗を描いた、月次風俗図屏風。公家や武家、庶民にいたるまで、様々な階層の人々の風俗が描かれている。掲図は、12月の部分で、大人と子どもが一緒になって雪遊びを楽しむ様子がみえる。

日本(近世)

江戸時代には、日常的な子どもたちの姿を主題にした絵画が多く描かれるようになります。18世紀後半に、鈴木春信たちによって錦絵(多色摺浮世絵)がつくり出されると、その初期から子どもを描いた「子ども絵」が登場し、幕末まで連綿と描かれました。「家」社会であった江戸時代、家の跡継ぎである子どもは、「子宝」と呼ばれ大切にされていました。錦絵には、行事・家庭・遊び・教育など、一般の子どもを取り巻くあらゆる風俗が描き込まれており、当時の子どもたちのはつらつとした様子を伝えます。

遊女と禿図

懐月堂安度筆/江戸時代(18世紀)。宝永から正徳年間頃の江戸で人気を博した懐月堂安度は、工房制作によって多くの肉筆浮世絵を描いた。大きく弓なりに身をよじった遊女が、傍らの少女に何やら耳打ちしている。少女は、遊女の身の回りの世話をする禿(かむろ)。

群童遊戯図屏風

曽我蕭白筆/江戸時代(18世紀)。近年まで秘蔵されていた幻の曾我蕭白の屏風絵。柳樹や牛、川などの背景を左右に配し、戸外に遊ぶ子どもたちと二人の女性(もう一双の屏風に描かれる)を描いた作品の特徴は、珍しく銀地をバックにする奇矯な人物の描写である。人物の服装が彩色や水墨、金泥を自由にもちいて描かれている。

鼠,猫と遊ぶ娘と子供

鈴木春信筆/江戸時代(18世紀)。春信は、可憐な美人画によって人気を得た浮世絵師で、錦絵(多色刷木版画)の大成者として知られる。本図には、縁側で遊ぶ娘と子どもたちとともに、鼠とそれを狙う飼い猫が見える。

子供の影絵遊び

鈴木春信筆/江戸時代(18世紀)。5人の子どもが火鉢の周りに集まり、影絵遊びをしている様子を描く。一番左の子が手で兎の形を作り、行燈の光を使ってその影を背後の波の絵の衝立に映し出している。

摂津国擣衣玉川

礒田湖龍斎筆/江戸時代(18世紀)。礒田湖龍斎の初期作品。帯を前結びにして砧打ちをする女性の着物を子どもが寂しげに引いているのが愛らしい。摂津の玉川の典拠である源俊頼『千戴和歌集』「松風の音だに秋はさびしきに 衣うつなり玉川の里」の「秋は」を「家の」に変えたパロディ。

子寶五節遊・端午

鳥居清長筆/江戸時代(18世紀)。五節句を主題にした揃物のうち、5月5日の端午の節句。金太郎・桃太郎・高砂の幟(のぼり)を立て、はしゃぎまわる子どもたち。手前には、菖蒲を束ねて地面を叩き音の大きさを競う遊び「菖蒲打ち」をする子どもが描かれている。

風俗東之錦 町家の袴着

鳥居清長筆/江戸時代(18世紀)。商家の子が七五三の宮参りに出かける様子。七五三の儀式は公家や武家の習慣として古くから行われていたが、江戸時代に町人層にも広まった。商家では、母親に叔母たちが介添えし、乳母や丁稚小僧、出入りの職人などがそろって神社に参詣した後、親戚の家を挨拶廻りし、夜は宴を催した。  

頭剃り

喜多川歌麿筆/江戸時代(19世紀)。江戸時代 、子どもは生後7日目に頭髪を剃り、それ以後、3歳の「髪置き」の行事まで頭髪を剃っていた。本図は、母親に抱かれた幼い子どもの髪を髪結師が丁寧に剃り上げている様子を描く。床には水を張ったたらいが置かれている。

風流子宝合 大からくり

喜多川歌麿筆/江戸時代(19世紀)。歌麿による母子絵の揃物の一つ。兄弟が夢中になっているのは、姉が操る「のぞきからくり」。箱の前面にのぞき穴があり、内部の絵を見て楽しむおもちゃで、ひもを引くと絵が入れ替わる。左側の兄は7~8歳、右側の弟は3~4歳と見られる。

「風流をさなあそひ」

歌川広重筆/江戸時代(19世紀)。江戸時代のさまざまな遊びを描いた、遊びづくし絵。凧揚げ、竹馬、相撲、じゃんけん、こま回し、水鉄砲など、16種類の子どもの遊びが描かれている。

幼童諸芸教草

歌川国芳筆/江戸時代(19世紀)。子どもに教えるべき諸芸を解説した揃物の一つ。この絵は「膳」がテーマで、女性が子どもの口元にお椀を運んでいる。上部の文章には、「幼い頃から飲食のしつけをすることが大切である」と書かれている。

幼童席書会

歌川国芳筆/江戸時代(19世紀)。江戸時代、庶民の子どもは寺子屋で「読み書き算盤」を習った。席書会(せきがきかい)は子ども達が日頃の書の上達ぶりを披露する日。部屋の入り口に清書された作品が吊され、男の子は羽織袴を着け、女の子は精一杯に着飾っている。

日本(近代)

明治時代に入ると、近代学校教育制度が導入され、6歳以上のすべての子どもが学校に通うことが定められました。また、大正時代には、欧米で始まった新教育運動の影響を受け、子どもの個性や自主性を尊重した、より自由な教育を目指す運動(自由教育運動)が起こり、大正デモクラシーの影響のもと全国に広まりました。このように、子どもの教育への関心が高まった明治・大正時代には、学校を描いた絵や子どもの教育を目的として描かれた絵など、教育に関連した作品が多くみられます。美術の分野では、日本に西洋画がもたらされたことにより、当時の西洋の肖像画の流れにならって、実在する一般の子どもをモデルにした肖像画が描かれるようになりました

子供遊水合戦

明治時代(19世紀)。二軍に分かれて楽しそうに水合戦をするこどもたち。実は旧幕府(右)と新政府(左)の戦いをこどもの喧嘩として描いた、明治元年(1868)出版の錦絵である。傘を楯にする徳川慶喜や、旗に菊紋を入れ、強力な武器を持った新政府側など、当時の政情を巧みに伝える。       

小学入門教授図解

鮮斉永濯筆/明治時代(19世紀)。明治初期に東京の師範学校で編集された下等小学校用の入門教材図を収録した書『小学入門』の教授方法を示した解説書。『小学入門』の掛け図を使った教授風景で、西洋建築の教室で一斉授業を行う近代教育における授業の形が紹介されている。

子供あそび おもちゃの勝負

山本昇雲筆/明治時代(19世紀)。山本昇雲は『風俗画報』の表紙や挿絵などで活躍した画家。明治の子どもや女性の風俗をたくみに描いた。昇雲の子ども絵の代表作「子供あそび」は、子どものさまざまな遊びを描いたシリーズ。本図は、当時人気があった相撲人形で勝負する男の子たちの様子。

無我

横山大観筆/明治時代(20世紀)。老荘思想に発し、禅の境地としての根源的な命題である「無」の絵画化、あるいは擬人化がこの作品のテーマとされる。日本の季節感のなかに「無」の理想を描こうとした大観の着想は、過去の人物画に直接的な手本を探せない、新しい絵画の創造につながった。

秋苑

寺崎廣業筆/明治時代(19世紀)。芭蕉、萩、菊などが秋の気配を画面に満たす。少女の容姿は、当時、雑誌の口絵などで大流行した当世の美少女の典型である。幼い少女とも、編み物をする姿に恋心を寄せる年頃の娘にもみえる不思議な描写となっている。

少女像

岡田三郎助筆/明治時代(20世紀)。あどけない表情の少女が、ほおづえをついてこちらを見つめている。少女の髪型は髷の不便さを解消するために提案された新しいスタイル「束髪」である。また、着物に宝飾品をつけるということも新しく、少女の赤いルビーの指輪から、おしゃれに敏感な暮らしぶりがうかがえる。

麗子微笑

岸田劉生筆/大正時代(20世紀)。鮮やかな色どりの肩掛けの下から覗く着物や赤い帯、おかっぱのヘアスタイルは、いかにもある時期の、日本の少女のいでたち。しかし、長い眉と切れ長の目でほほえむ少女の表情は、何かしら意味ありげにも見える。モデルは、劉生の娘の麗子で、当時満7歳。劉生は生涯にわたり、油彩、水彩、素描などで愛娘の姿を描き続けた。

夢二抒情画選集 下巻

竹久夢二筆/大正時代(20世紀)。幼児から小学生向けの生活教育雑誌として、大正3年に創刊された『子供之友』の挿絵。掲図は、大正4年3月号で、作者は大正時代を代表する画家、竹久夢二。春の野原で草花を摘む子どもたちの姿を、水彩絵の具を用いた柔らかいタッチで描いている。夢二の自作とみられる詩とともに掲載された。

少女画報双六

小林永二郎筆/大正時代(20世紀)。少女雑誌『少女画報』の大正6年お正月号の付録として制作された絵すごろく。『少女画報』は、明治45年に『婦人画報』の姉妹紙として創刊された。

ヨーロッパ

西洋の中世絵画に描かれる子どもは、そのほとんどが「聖母子像」に代表される幼いキリストの姿でした。西洋絵画に一般の子どもが登場し始めるのは、絵画の主題が宗教から世俗へ傾いていったルネサンス時代、16世紀頃のこととみられています。しかし、当時はまだ子どもが絵画に出現することは希でした。ヨーロッパでいち早く、近代市民社会を実現したオランダでは、17世紀より肖像画や風俗画などに子どもの姿がみえます。その他の西洋諸国で本格的に子どもが描かれるようになるのは、18世紀半ば、フランスの思想家・ジャン=ジャック=ルソーが著した教育論『エミール』を契機に、子どもの人権と幼少期の重要性が社会的に認識されてからです。そして、19世紀に入ると、家庭や社会における子どもの地位が確立され、子どもの肖像画の黄金時代が訪れます。

聖母子像

16~17世紀。幼子イエスを抱く聖母マリアを描く「聖母子像」。旧約聖書に書かれた「美しい花嫁」や「茨の中で咲いたユリの花」など、神秘的な美しさがマリアのイメージとされた。マリアは神々しいものばかりではなく、子を持つ母親という人間的なやさしさと親しみがある美しい女性としても描かれた。

少年と騎士見習

ヴェロネーゼ・パオロ筆/イタリア・16世紀。絵の中の架空の扉を開けて入ってくる騎士見習や少年を描く。ヴェロネーゼは犬や子どもを描くことが好きで、大きな宗教画においてさえ、婦人像とともに子どもや犬を描き込んでいる。こうした世俗的表現は、17世紀フランドル絵画や18世紀フランスのロココ絵画に先駆するものとして注目される。

農民の結婚式

ブリューゲル、ピーテル(子)筆/オランダ・17世紀。手前の方に描かれている座って皿を舐める人物は子どものようである。一説では、ビールを注ぐ男とその傍らでヴライの皿を舐める子どもは親子で、「この親にしてこの子あり」またはオランダの諺「瓶は最初に入れた物のにおいがつく」(子どものとき身についたものは変わらない)という意味の寓意との解釈もある。

犬を抱く少女

ホーファールト・フリンク筆/オランダ・17世紀。眠る小犬を抱いた少女がこちらを向いている。この愛らしい少女の半身像は当時人気を博した。フリンクはレンブラントの工房で助手として約1年働いた。構図や明暗の調子づけなどにはレンブラントの影響が著しいが、少女の顔の描き方にはレンブラントにはない対象の美化と穏やかさが感じられ、優美な印象を与える。

田舎家の前の人々

トマス・ゲインズバラ筆/イギリス・18世紀。ある種の叙情をたたえた牧歌的な光景のなかに、理想化された農民たちの姿が描き込まれている。人物は一人一人入念に描かれており、仄暗い画中でスポットライトを浴びたように明るく描かれた、赤ん坊を抱く女性の姿は聖母子像を想起させ、それを取り巻く子どもたちは祭壇画から抜け出してきたキューピッドのようである。

豊穣な恵み

ジャン=オノレ・フラゴナール筆/フランス・18世紀。この家族像は思想家ルソーの思想を絵に描いた「理想の家族像」であると同時に、伝統的なキリスト教絵画のテーマを、当世風の主題にリメイクしたもの。赤と青の着衣に身を包み、幼子を抱く若い女性像は、伝統的に聖母マリアと幼児キリストを表わすもので、「絵画の伝統を継承しつつ、自由で新しい18世紀の精神をも体現する」フラゴナールらしい作品。

ローマ王

コンスタンス・マイユール筆/フランス・19世紀。ナポレオン2世、つまりナポレオンがフランス帝国の第二の首都にしようと考えたローマの王の誕生間もない姿を表す。ナポレオンが歓喜した長男の誕生に、多くの画家たちが肖像画を描いた。この作品は、象徴物を描かず幼い子どもの純真なあどけなさを表現する。ただひとつ、雲の中に浮かんでいるような設定が、至高の存在を暗示する。

散歩

クロード・モネ筆/19世紀。本作品が描かれた1875年頃、モネはパラソルをさす女性と子どもという主題を頻繁に描いている。この作品に観られる女性はモネの妻カミーユ、子どもは息子のジャンである。自然豊かなアルジャントゥイユで、幸福に満ちた生活を送っていたモネ一家の日常生活の一場面をとらえた、親密な空気の漂う作品である。

買い物かごを抱えた子供と犬

エドゥアール・マネ筆/フランス・19世紀後半~20世紀前半。本作は1860年から61年にかけ制作された原作を左右を反転させて版刻したもの。少年の喜ぶ表情など細かなところまで正確に描写している。マネは17歳の頃、シュザンヌ・レーンホフと結婚。彼女の息子レオン・レーンホフの父はマネと推測される(戸籍上は弟)。その特徴的な顔立ちから本作はレオンがモデルであると思われる。

もの思い

ジャン=バティスト・カミーユ・コロー筆/フランス・19世紀。生来の風景画の詩人であるコローは、また人物画の名手でもあった。うつむいた少女のほぼ全身を左斜め前方から捉えた本作の構図は、《読書する羊飼いの少女》に大変良く似ているが、全体に漂う詩的で瞑想的な雰囲気は、本作の方においてより深まりを見せている。

横顔をみせる少女

グスラフ・クリムト筆/オーストリア・19世紀。グリーン系の落ち着いた色調でまとめられた画面の中で、ひときわ目を引く少女の瞳の青と唇の赤、そして胸元を飾るネックレスの輝く白が印象に残る。若き日の小品ではあるが、後のクリムトの絵画を特色づける装飾性の萌芽を感じることができる貴重な作品。

マント家の人々

エドガー・ドガ筆/フランス・19世紀。オーケストラのコントラバス奏者で、写真家でもあったドガの友人ルイ=アメデ・マントの家族を描く。マントは7人の子どもがおり、娘3人がバレエ学校に入学した。バレエ学校や舞台裏でよくみかける、母親が娘の世話をする光景を描いた本作品は、肖像画であり風俗画でもあるといえるだろう。

レースの帽子の少女

ピエール・オーギュスト・ルノワール筆/フランス・19世紀。ルノワールはこの時期、優雅な、ときとして奇抜な帽子をかぶる若い娘の肖像画を多く描いた。そのような肖像画は画廊を介してよく売れた。少女の透明感のある肌、溌剌とした薔薇色の頬、夢見るような愛らしい表情がルノワールの卓越した描写によって描き止められている。

バラ色の服の少女

ベルト・モリゾ筆/フランス・19世紀。なだらかな肩と豊かな曲線のシルエットを包む鮮やかな色彩。乙女の初々しい表情が印象派風のタッチで的確にとらえられている。モリゾは、コローの指導のもとに戸外で絵を描き、後にマネの指導を受けた。印象派の展覧会に7回出品。繊細な感性と甘美な色彩感覚に優れたこの作品も彼女の代表的なパステル画の名品の一つである。

りんごつみ

ピエール・ボナール筆/フランス・19世紀。舞台は、ボナールとその妹アンドレの一家の別荘の果樹園。本作品を制作した頃、ボナールは子どもの無邪気に遊ぶ姿に興味をいだき、絵画のなかにそのユーモラスに躍動する姿を登場させている。都会の街を行き交う洗練された女性や子ども、この果樹園で憩う幼な子たちの姿を、複数の大きなカンヴァスに描いている。

新しい家族の誕生

アルトゥーロ・リッチ筆/イタリア・19世紀後半~20世紀前半。新しく産まれてきた子を家族として迎え入れる場面を描く。室内の装飾や人物たちの服装は18世紀の貴族社会のロココ趣味にあふれている。リッチが生きたひと昔前の時代の情景だが、当時の画家はあまり描かなかった題材で、彼の優れた歴史観と巧みな描写力によってのみ再現し得た世界ともいえよう。

モレル・ダルルー伯爵夫人と息子

メアリー・カサット筆/フランス・20世紀。モレル・ダルルー伯爵夫人はカサットの友人で、本作はその息子が2歳の時の作品。息子は女児用を思わせるスカート状の上等なレースのドレスに身を包んでいる。このように親しい人々をモデルにした母子像は、カサットの最も得意とするテーマであり、女性らしい平和で温かな視点を見ることができる。

青い服を着た子供の肖像

シャイム・スーティン筆/フランス・20世紀。堂々と正面を見据えるこの幼い少女の姿勢とまなざしは、怯えと挑発の相反する感情をたたえ、迫真の人物描写となっている。絵具をいく重にも塗り重ねて肉付けする描法と、スカートをたくし上げるポーズは、レンブラントの《水浴の女》に倣っている。

中国

昔の中国では、たくさんの子や孫に恵まれ、一家が繁栄することが非常な幸福とされており、その象徴である子どもの絵は子孫繁栄を願う吉祥文様として、絵画や工芸に頻繁に描かれてきました。中国の子ども絵には、百人の子どもが戯れて遊ぶ「百子図」、蓮の花(子孫繁栄の象徴)を子どもが採る「合歓多子(ごうかんたし)図」など、吉祥図として様式化されているものが多いことも特徴です。このような唐子の絵は、日本にももたらされ、江戸時代には陶磁器や錦絵のモチーフとして大変人気が出ました。


赤地花唐草唐子文様絽繡裂

明時代(14~15世紀)。隙間がある絽という絹地の網目を1つ1つ刺繡で埋め尽くすように刺繡を施した、大変手の込んだ裂です。赤や青、黄色など鮮やかな色彩を用いた明時代特有の刺繡技法。「唐子」と呼ばれる中国の幼子がデザインされ、子宝を願う吉祥文様となっている。

五彩百子図壺

中国・景徳鎮窯/明時代(16世紀)。多くの子どもに恵まれることは、かつての中国においては非常な幸福とされた。百人の童子が戯れ遊ぶ「百子図」には、多子の願いが込められている。明時代後期に景徳鎮民窯で焼かれた五彩磁器であり、日本では古赤絵と呼ばれている。

売玩郎図軸

呂文英筆/明時代(16世紀)。桃花の咲く頃、操り人形、お菓子や仮面など子どもが喜びそうなものを売りに来た人物と、それを取り巻く子供たちのさまざまな姿を描く。右下にはウサギの姿も見える。このような画題はただの風俗画ではなく、子どもがすくすく育つことを祈る吉祥の意味もあった。

青花唐子文鉢

中国・景徳鎮窯/明時代・嘉靖年間(1522~66年)。明・嘉靖年間に使用された輸入コバルト顔料は、濃い紫色を帯びる特徴がある。またこの頃になると景徳鎮では大量の注文に応じきれなくなった官窯から民窯へ生産委託が行なわれた。唐子の親しみやすい文様表現に、民窯台頭の背景をみることができる。

五彩唐子図瓶

中国・景徳鎮窯/明・万暦年間(1573-1620)。いわゆる尊形タイプの大型の瓶。口頸部に花木文、頸部に蕉葉文、膨らみ部の花唐草文を挟んで草花の折枝文、さらに八宝文と唐草文の文様帯を経て、胴部に唐子遊図が描かれている。裾部に唐草文、太湖石と草花の折枝文、花文が配されている。

合歓多子図軸

陳洪綬款/明時代(16~17世紀)。蓮花(荷)を採る童子の描かれた、たくさん子どもが生まれること(「蓮生貴子」)を願う吉祥画です。また、夏景で、童子が25人と棋(囲碁)がみられることから、もとは琴棋書画百子を主題とする四季四幅対の内の一幅であったと考えられます。

唐子図軸

伝姜隠筆/明時代(17世紀)。鳥を抑える猫を抑える子どもを描く。姜隠(きょういん)は明時代の画家で、字を周佐、黄県(山東省)の人とされるが、その作品は中国にはほとんど伝存しない。本図を「姜隠筆」としたのは、狩野探幽の弟にあたる安信で、日本ではこのような古風な人物画を「姜隠」の作と考えてきたことがわかる興味深い作例。

粉彩唐子文筆筒

中国・景徳鎮窯/清時代(18~19世紀)。大型の白磁胎の筆筒。筆を挿す筆筒は、机上を飾る文房具としてとくに重視された。胴部にはヨーロッパの無線七宝の技術をとりいれた粉彩によってあらわされた、賑やかで楽しげな唐子遊びの図が巡る。

白釉鉄絵唐子文壺

<p>鉄分を含む胎土の上に厚く白化粧を施し、手早い筆遣いの鉄絵で文様が描かれている。磁州窯と総称される華北地方の民窯の製品であり、元末明初期の典型的な作風を示している。日用の器物を焼いた民窯ならではの、躍動感にあふれる絵付けに魅力がある。<br /></p>

関連する人・もの・こと

参考文献

  1. 『「絵巻」子どもの登場 : 中世社会の子ども像』黒田日出男 著,河出書房新社
  2. 『浮世絵のなかの子どもたち』江戸子ども文化研究会 編,くもん出版
  3. 『吉祥 : 中国美術にこめられた意味 : 特別展』東京国立博物館
  4. 『浮世絵に見る江戸の子どもたち』くもん子ども研究所 編著,小学館
  5. 『江戸子ども百景』小林忠 監修,中城正尭 編,河出書房新社
  6. 『こども展 = Les enfants modèles : 名画にみるこどもと画家の絆』千足伸行 監修,日本テレビ放送網 編,日本テレビ放送網
  7. 『描かれた大正モダン・キッズ : 婦人之友社『子供之友』原画展』刈谷市美術館