喜多川歌麿
大首絵を創始した浮世絵の大家
1753頃-1806(宝暦3頃-文化3)
江戸後期の浮世絵師。出生地は不明だが、江戸や川越、京都など諸説ある。本姓は北川氏、名は勇助あるいは市太郎。はじめ豊章(とよあき)と号し、のちに歌麿と改めた。俳名では石要(せきよう)、狂歌師名は筆綾丸(ふでのあやまる)などを用いた。浮世絵師の鳥山石燕(とりやませきえん)に学び、役者絵や絵本を制作した。初作とされるのは明和7年(1770)の作品。天明4年(1784)頃、版元の蔦屋重三郎(つたやじゅうざぶろう)に見出され、狂歌絵本の挿絵などを手がけて頭角を現した。寛政年間(1789-1801)初期より、上半身のみを描き、表情や仕草を強調した大首絵(おおくびえ)の美人画を創始。当時、鳥居清長(とりいきよなが)が得意とした、頭身が高くすらりとした美人が流行するなかで、大首絵による美人画は鮮烈な印象を人びとに与え、歌麿は一躍人気絵師となった。「婦人相学拾躰(ふじんそうがくじってい)」「婦女人相十品(ふじょにんそうじっぴん)」「娘日時計(むすめひどけい)」など、大首絵による名作が数多く発表された。文化元年(1804)、当時ご法度とされた豊臣秀吉を題材にした「太閤五妻洛東遊観之図(たいこうごさいらくとうゆうかんのず)」を描いたことで、幕府の目にとまり、手鎖(てじょう。前に組んだ両手に鉄製の輪をはめ、謹慎させること)の処罰を受け、失意のうちに没した。錦絵や絵本だけでなく肉筆画も多く手がけたほか、『歌まくら』などの春画も残している。
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日本と東洋の文化財を守り伝える中心拠点としての役割を担う我が国の総合的な博物館です。
平安時代から江戸時代の京都文化を中心とした文化財を取り扱う地域に根ざした博物館です。
大阪府大阪市中央区にある浮世絵専門の美術館。多数の歌麿作品を所蔵。
鳥取県鳥取市にあるびじゅゆつかん。歌麿の版画作品を展示。
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東京都墨田区にある博物館の収蔵品データベース。「歌撰戀之部 物思恋」など多数の歌麿作品を見ることができる。
千葉県千葉市にある美術館の収蔵品データベース。肉筆の「納涼美人図」など多数の作品を見ることができる。
江戸時代の浮世絵制作技術を今に伝えるアダチ版画研究所によるサイト。
参考文献
- 日立デジタル平凡社,平凡社
- 国際浮世絵学会 編,東京堂出版
- 平凡社
- 安村敏信 著,東京美術