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鈴木十郎コレクション-押隈-

国立劇場所蔵の「鈴木十郎コレクション」から押隈54点をご紹介します。

江戸期から明治期にいたる歌舞伎関係資料の膨大な蒐集である「鈴木十郎コレクション」は、昭和54年(1979)に「政府出資資料」として、国立劇場の管理に移されたものです。近年では、平成26年(2014)『鈴木十郎コレクションの内-代々の團十郎-』や、令和5年(2023)『国立劇場所蔵芸能資料展』等の機会に、そのコレクションの一部を展示公開してきました。

このたび国立劇場では、古典芸能研究家の石橋健一郎氏に調査監修を、安冨順氏に各資料の解説の執筆を依頼し、「鈴木十郎コレクション」のデジタル公開に取り組みます。今回は、54点の押隈資料を公開いたします。貴重な資料の数々をどうぞお楽しみください。


伝統芸能情報センター 調査資料課

 

鈴木十郎コレクション

鈴木十郎氏(1896~1975)は、早稲田大学文学部英文科を中退後、ジャーナリストを経て興行界に入り、歌舞伎座支配人、松竹株式会社大阪支社支配人等を歴任。空襲で焼失した歌舞伎座の復興にも尽力し、昭和24年(1949)年から郷里の神奈川県小田原市で市長を5期20年務めた。

 総数約1,200点に及ぶ氏の歌舞伎コレクションのうち、約700点は俳優関係のもので、押隈、書画、書簡、日記など俳優自身の手になるもののほか、愛用品、配り物、贈り物から借金証文なども含まれ、いずれも一点ものの貴重な資料である。昭和期のものも少なくないが、圧倒的に多い江戸から明治期のものは、古書店・古美術商などからこつこつと蒐集されたものであった。契約書類や届出書類など、明治期の興行関係資料も多い。

 このコレクションは、氏の没後、ご遺族から文化庁に寄贈され、昭和54年(1979)、国立劇場の管理に移された。国立劇場の所蔵する芸能資料のなかで、大きな柱となるものである。

 

鈴木十郎コレクションの押隈

 押隈とは、記録や記念の意味で、隈取を絵絹や羽二重に写し取り、これに年月、役名、落款などを書き添えたものである。舞台を終えた直後、汗で化粧が浮いた状態の時に素早く取るものなので、1日1枚限り。最大でも公演日数分しか取れない希少なものである。

 押隈を意識的に取り、残すということが一般的になったのは、さほど古いことではないらしい。鈴木十郎コレクションの押隈は54点で(隈取ではなく、通常の舞台化粧を写し取ったものも含まれる)、その中核をなすのは昭和前期のものである。歌舞伎の黄金期であったこの時代を代表する名優たちのものが揃い、なかには丁寧に賛を加えたものもあって壮観である。同時に、押隈というものが普及したのも、この時代であったことを想像させる。

 そのなかにあって、注目されるのは、明治期を代表する二大名優、九代目市川團十郎(1838~1903)と五代目尾上菊五郎(1844~1903)の押隈が含まれていることである。額装の裏書によれば、前者は明治20年(1887)4月、後者は同5月のもので、収集家・林若樹(1875~1938)の旧蔵品である。また、菊五郎の押隈の額装裏書に「面隈押紙」とあるが、「押紙」という表現は前記の八代目團十郎のものにもみられ、興味深い(実際に、この隈は和紙に押されている)。


石橋健一郎(古典芸能研究家)



押隈 二代目市川猿之助

隈:筋隈、青黛付き。役者:二代目市川猿之助(初代市川猿翁)。役名:不詳だが隈より荒事系役か。筋隈は荒事の典型的な隈取の一つ。紅色の隈は正義のヒーローの力強い筋肉の盛り上がりと血管の怒張を表す。この隈は青黛(青い色)で髭を描く。署名:「猿之助(朱印)華果」二代目市川猿之助(初代市川猿翁):明治21年(1888)~昭和38年(1963)。重厚感ある身体、明晰な口跡を活かし、古典、新作、舞踊と幅広い芸域の持ち主。

押隈 五代目中村歌右衛門

隈:色、形から鬼畜(妖怪)物か。妖怪変化の鬼畜物は茶、墨色でその不気味さを表現する。役者:五代目中村歌右衛門。役名:不詳。署名:「魁玉(朱印)五代目歌/右衛門」。五代目中村歌右衛門:慶応元年(1865)~昭和15年(1940)。近代女方の最高峰。歌右衛門家は初代から四代目まで立役、五代目から女方の家となる。高貴な家柄のお姫様、凛とした武家女房など、品格が求められる重厚長大な義太夫狂言の女方が最も得意。

押隈 七代目坂東三津五郎

隈:上部は三番叟の隈。下部は筋隈。筋隈は荒事の典型的な隈取の一つ。紅色の隈は正義のヒーローの力強い筋肉の盛り上がりと血管の怒張を表す。役者:七代目坂東三津五郎。役名:上部『操三番叟』。下部『京鹿子娘道成寺』大館左馬五郎輝剛。『娘道成寺』の大館左馬五郎を「押戻し」という。妖怪変化を「押し戻す」ことに由来。市川團十郎家の芸、荒事の選りすぐり「歌舞伎十八番」に『押戻』がある。署名:「三津五郎(朱印)是好」。七代目坂東三津五郎:明治15年(1882)~昭和36年(1961)。古格を守る正統派。舞踊坂東流家元で、大向こうから「踊りの神様」と声がかかった。

押隈 七代目松本幸四郎・他

隈:一本隈。荒事系の隈取。縦に一本描く隈には若々しさを感じる。役者:七代目松本幸四郎・十三代目守田勘弥。役名:『外記節石橋』の親獅子。昭和2年(1927)1月、帝国劇場上演時のもの。署名:「外記石橋」「幸四郎(朱印)琴松」「勘弥(朱印)秀佳」。七代目松本幸四郎:明治3年(1870)~昭和24年(1949)。九代目市川團十郎門弟。舞踊藤間勘右衛門派家元。容姿と声量に恵まれ風格抜群の役者。十三代目守田勘弥:明治18年(1885)~昭和7年(1932)。二枚目役を最も得意とし、新作歌舞伎にも才能を発揮。

押隈 五代目市川三升

隈:景清。景清は平家の武将。単身で頼朝暗殺を企むテロリスト。紅の隈はその勇猛な性格を、藍(青)の隈は、暗殺者の鬱勃とした情念を表しているようにも見える。役者:五代目市川三升(十代目市川團十郎)。役名:歌舞伎十八番『解脱』の景清。昭和7年(1932)11月、東京歌舞伎座顔見世目公演時のもの。添書:「霜解けて/鐘は/為楽と/ひゞきけり 壬申顔見世目月/於歌舞伎座/九代目追遠劇演/十八番之内解脱/之景清 三升併題(朱印)三升」。五代目市川三升:明治15年(1882)~昭和31年(1956)。もとは銀行員。九代目團十郎長女実子と結婚。周囲の反対を押し切り役者となり、家伝十八番物の復活に心血を注ぐ。死後、十代目團十郎を追贈。

押隈 五代目市川三升

隈:『押戻』の隈、筋隈。荒事の典型的な隈取の一つ。紅色の隈は正義のヒーローの力強い筋肉の盛り上がりと血管の怒張を表す。役者:五代目市川三升(十代目市川團十郎)。役名:歌舞伎十八番『押戻』の竹抜五郎。昭和9年(1934)4月、東京歌舞伎座公演時のもの。『押戻』はもともと独立した演目ではなく、芝居のなかで怨霊を押し戻す役。五代目市川三升は、これを岡鬼太郎の脚本により、独立した一幕物にして上演した。添書:「押戻す/ちからかよわし/春の風 甲戌春日/扮竹抜五郎 三升併題(朱印)家伝/十八番」。

押隈 三代目中村翫右衛門・他

隈:公家荒、筋隈。役者・役名:公家荒が三代目中村翫右衛門、『暫』の清原武衡。筋隈が四代目河原崎長十郎、同じく鎌倉権五郎景政。清原武衡は王位を僭称する悪人で、歌舞伎では公家悪という。隈の色は悪人を象徴する茶色を基調に黒を使用し、腹黒さを表現。権五郎の紅の筋隈とは対照的。昭和12年(1937)5月、前進座大阪浪花座公演時のもの。前進座は翫右衛門・長十郎、五代目河原崎国太郎(初代市川笑也)らが、歌舞伎界の封建性を批判し、昭和6年(1931)に結成した劇団。署名:「翫右衛門」「昭和十二年五月浪花座にて長十郎」。

押隈 六代目尾上菊五郎

隈:筋隈。荒事の典型的な隈取の一つ。紅色の隈は勇猛果敢な正義の男性ヒーローの力強い筋肉の盛り上がりと血管の怒張を表す。役者:六代目尾上菊五郎。役名:不詳。署名:「菊五郎(朱印)不明」。六代目尾上菊五郎:明治18年(1885)~昭和24年(1949)。世話物の役々を細かくリアルに演じる父・五代目尾上菊五郎の芸を、さらに近代化させる。一方、九代目市川團十郎に仕込まれた踊りでは『京鹿子娘道成寺』、『鏡獅子』など大曲に優れた表現様式を確立した。旧蔵者の覚書に「菊五郎 隈 小田原 戸塚君より贈られしもの 署名自筆にあらずと思はる」とある。菊五郎の署名はその多くが「六代/菊五」。また筆跡も異なっている。さらに、丸顔だった菊五郎とは顔立ちが違っており、菊五郎とするには疑問が多い。

押隈 十五代目市村羽左衛門

隈:筋隈。荒事の典型的な隈取の一つ。紅色の隈は勇猛果敢な正義の男性ヒーローの力強い筋肉の盛り上がりと血管の怒張を表す。役者:十五代目市村羽左衛門。役名:歌舞伎十八番『暫』の鎌倉権五郎景政。昭和8年(1933)1月歌舞伎座上演時のもの。署名:「昭和八年一月/團十郎追遠興行 十五代目羽左衛門(朱印)羽左/衛門」。十五代目市村羽左衛門:明治7年(1874)~昭和20年(1945)。容姿と口跡のよさは群を抜く。登場するだけで、劇場全体が明るくなる、いい香りがするようだといわれた。日常からが粋でいなせな典型的な江戸っ子。一言でいえば「いい役者」。

押隈 初代松本白鸚・他

隈:むきみ隈、一本隈。むきみの隈は貝のむき身に似ることに由来し、若く一本気な性格を表す。一本隈も同様に若々しさを感じる。役者・役名:むきみの隈が五代目市川染五郎(初代松本白鸚)の松王丸。一本隈が二代目尾上松緑の梅王丸。九代目市川海老蔵(十一代目市川團十郎)の桜丸は通常の歌舞伎化粧。昭和24年(1949)4月東京劇場、『菅原伝授手習鑑』「賀の祝」上演時のもの。署名:「松王を勤めて/市川染五郎(朱印)錦升」「梅王を勤めて/尾上松緑(朱印)不明」「桜丸/海老蔵(朱印)五粒」。海老蔵・染五郎・松緑は七代目松本幸四郎の三人息子。「高麗屋三兄弟」と呼ばれる。長男海老蔵は團十郎家の養子、次男染五郎は初代中村吉右衛門に入門、三男松緑はその吉右衛門の好敵手六代目尾上菊五郎に入門し、戦後歌舞伎を彩る名優となる。

押隈 二代目市川左團次・他

隈:様式的な隈でなく、通常の化粧である。役者:六代目市川寿美蔵(三代目市川寿海)・二代目市川左團次・二代目市川松蔦・三代目市村亀蔵・七代目松本幸四郎。大正14年(1925)9月、東京歌舞伎座、小山内薫訳・演出『オセロ』上演時のもの。添書:「愛憎一如 大正十四年初秋/抄訳オセロオ歌舞伎座の/舞台にのぼる/小山内薫(印)不明」。署名:「マイケルキャシオ/寿美蔵(朱印)美」「イヤゴウ 左團次(朱印)高島屋」「デスデモオナ/松蔦(朱印)松蔦」「エミリア/亀蔵(朱印)亀全」「オセロー/幸四郎(朱印)不明」。

押隈 五代目市川三升

隈:不破の隈。役者:五代目市川三升(十代目市川團十郎)。役名:歌舞伎十八番『不破』の不破伴左衛門。昭和8年(1933)1月、東京歌舞伎座、九代目團十郎追遠公演時のもの。元禄10年(1697)、江戸・中村座『参会名古屋』で初代團十郎が不破を演じている。三升主演の『不破』はこれを潤色のうえ、復活させたもの。添書:「元禄の/丹前振りや/とそきけ舞 酉としの正月/演不破/三升併題(朱印)家伝/十八番」。

押隈 五代目市川三升

隈:筋隈。荒事の典型的な隈取の一つ。紅色の隈は勇猛果敢な正義の男性ヒーローの力強い筋肉の盛り上がりと血管の怒張を表す。役者:五代目市川三升(十代目市川團十郎)。役名:『伽羅先代萩』の荒獅子男之助。昭和11年(1936)1月、東京歌舞伎座上演時のもの。添書:「いて家の/太眉ひかむ/はつ鏡 子としの新春/男之助を勤めて」。署名:「三升併題」。

押隈 七代目坂東三津五郎

隈:ざれ(戯れ)隈。滑稽な役柄に用いる隈で、決まった型もあれば、役者が工夫・趣向を凝らし描く場合もある。大入りを願う「大入隈」や、左右の眉を烏に描く「日の出烏の隈」などが、その例。役者:七代目坂東三津五郎。役名:『助六由縁江戸桜』の朝顔仙平。署名:「三津五郎(印)是好」。

押隈 五代目中村歌右衛門・他

隈:一般的な舞台化粧。役者:五代目中村歌右衛門・初代中村鴈治郎・十一代目片岡仁左衛門。大正15年(1926)6月、大阪中座公演の『一谷嫩軍記』熊谷陣屋上演時のもの。署名:「義経に扮して/五代目歌右衛門(朱印)魁玉」「熊谷に扮して 鴈治郎(朱印)呂明」「石屋弥陀六実ハ/弥平兵衛宗清に/扮して/(萬は仁左衛門の俳名「萬麿」の略で手書き)」。五代目中村歌右衛門:慶応元年(1865)~昭和15年(1940)。近代の女方の最高峰だが、線の太い立役も演じた。初代中村鴈治郎:安政7年(1860)~昭和10年(1935)。十一代目片岡仁左衛門:安政4年(1857)~昭和9年(1934)。鴈治郎と仁左衛門は、関西でお互いにその実力を認め合う好敵手だった。

押隈 五代目市川三升

隈:不動の隈。妖怪変化の役に用いる茶色の隈だが、不動は神霊であり、邪悪な存在ではない。役者:五代目市川三升(十代目市川團十郎)。役名:歌舞伎十八番『不動』の不動明王。初代團十郎は元禄16年(1703)、江戸・森田座『成田山分身不動』で不動霊像に扮し、大当たりを取った。初代以来、團十郎家が成田不動への信仰が篤いことは有名。二代目團十郎初演の『雷神不動北山桜』では、大詰で、不動明王が示現し悪を退治する。現在、『不動』の単独上演はない。添書:「金屏に/紅一輪の牡丹かな 十八番之内/不動を演して 三升(朱印)福」。

押隈 十三代目守田勘弥

隈:猿隈。猿隈は「ざれ隈」の一種。ざれ隈は滑稽さをデザイン化した隈取。猿隈は『寿曽我対面』など曽我狂言に登場する小林朝比奈、『五条橋』弁慶に使う。勇猛さとユーモラスさを併せ持つ役の性格を表す。役者:十三代目守田勘弥。役名:小林朝比奈か。署名:「勘弥(朱印)喜」。

押隈 三代目河原崎権十郎

隈:蝙蝠の絵柄。役者:三代目河原崎権十郎。役名:『与話情浮名横櫛』源氏店の蝙蝠安。蝙蝠安は顔に蝙蝠の彫り物がある。その押隈。昭和41年(1966)6月10日、小田原市民会館上演時のもの。添書:「こうもり安を勤めて/三代権十郎(朱印)紫扇ヵ 昭和四十一年六月十日 於小田原市民会館」。三代目河原崎権十郎:大正7年(1918)~平成10年(1998)。若手時代の昭和30年代前半は、渋谷東急デパートの東横劇場の座頭。九代目市川海老蔵(十一代目團十郎)似であったことから「渋谷の海老さま」と呼ばれた。

押隈 二代目尾上九朗右衛門

隈:弁慶の隈。弁慶猿隈ともいう。猿隈は勇猛でかつ滑稽な性格も併せ持つ役が描く隈。強い弁慶が、少年牛若丸(源義経)に翻弄される姿は滑稽である。役者:二代目尾上九朗右衛門。役名:『五条橋』の弁慶。昭和41年(1966)6月10日、小田原市民会館上演時のもの。添書:「昭和四十一年六月十日/小田原市民会館」。署名:「九朗右衛門」。二代目尾上九朗右衛門:大正11年(1922)~平成16年(2004)。六代目菊五郎の実子。若手時代には実験演劇に取り組み、また渡米するなど進取の精神に富んでいた。米国に移住しハーバード大学、コロンビア大学で演劇指導に当たり、歌舞伎の指導・普及に努めた。

押隈 六代目尾上梅幸

隈:鬼女の隈。藍(青)色の隈は邪悪な存在を表す。役者:六代目尾上梅幸。役名:新歌舞伎十八番『紅葉狩』の後シテ、戸隠山の鬼女。「新歌舞伎十八番」は九代目市川團十郎選定による、明治の市川團十郎家の芸。添書:「盃に/ちるや/紅葉の/夕あらし 鬼女をつとめて」。署名:「梅幸(朱印)芳雪」。六代目尾上梅幸:明治3年(1870)~昭和9年(1934)。生地は名古屋。五代目尾上菊五郎の養子となり厳しい薫陶を受ける。当時にしては高身長な女方で世話物、舞踊に優れ、帝国劇場の座頭となる。

押隈 七代目松本幸四郎

隈:鯰坊主。滑稽なざれ隈。口の周囲の青い髭は鯰髭を表す。役者:七代目松本幸四郎。役名:歌舞伎十八番『暫』の鹿島入道震斎。昭和8年(1933)1月東京歌舞伎座、九代目市川團十郎追遠公演時のもの。鹿島神宮(茨城県)は、地震を抑えるといわれる鹿島の要石で有名。鹿島入道震斎は「震災」を起こすといわれる鯰の擬人化。添書:「恩師三十年追遠劇暫に入道震斎を勤め いさ梅も笑へ鹿島の鯰髭」。署名:「琴松(朱印)七代目/松本/幸四郎」。

押隈 二代目尾上松緑

隈:奴の隈。目の周囲はむきみの隈。額に描く二本を癇癪筋といい、額に走る血管の漲りを表し、力強さを表現する。また大きな黒ひげも奴の特徴的な化粧。役者:二代目尾上松緑。役名:『関三奴』の奴。昭和10年(1935)10月、東京歌舞伎座上演時のもの。この時は松緑のほか、中村章景・十五代目市村家橘・大谷廣太郎・六代目坂東薪水・二代目尾上九朗衛門ら当時の若手が出演している。署名:「二代目松緑(朱印)錦扇」。二代目尾上松緑:大正2年(1913)~平成元年(1989)。七代目幸四郎の三男。六代目菊五郎に入門。師譲りの世話物はむろん、父譲りの時代物も得意とした。日本舞踊藤間流勘右衛門派家元として、踊りの名手としても知られた。国立劇場の正月公演で、歌舞伎十八番物の復活に努めた。

押隈 十五代目市村羽左衛門

隈:隈取ではなく一般的な歌舞伎化粧。役者:十五代目市村羽左衛門。役名:『音羽嶽闇争』天明夜叉太郎。「だんまり」は「暗闘」とも書き、また「動く錦絵」とも称される。一座の主な役者が登場し、暗闇のなか台詞は一切なく無言で手探りしながら、動き回るだけの芝居。無言の動きだからこそ、役者の芸容の大小等がリアルに伝わる。添書:「昭和十年三月/五代目菊五郎追善興行之際/だんまりの夜叉太郎に扮して」。署名:「市村羽左衛門(朱印)可江」。

押隈 中村章景

隈:むきみ隈。荒事系の役柄でも、とくに若く一本気な性格の人物を表す。役者:中村章景。役名:『関三奴』の奴。昭和10年(1935)9月、東京歌舞伎座上演時のもの。署名:「章景(朱印)京家」。中村章景:大正7年(1918)~昭和14年(1939)。父は大阪の名女方三代目中村雀右衛門。父没後、六代目尾上菊五郎に入門。日中戦争で戦死。死後五代目芝雀を追贈される。

押隈 十七代目市村羽左衛門

隈:猿隈。滑稽な役に描くざれ隈の一種。曽我狂言に登場する小林朝比奈といえば猿隈が定番。役者:十七代目市村羽左衛門。役名:『寿曽我対面』の小林朝比奈。添書:「朝比奈を勤めて 羽左衛門(朱印)十七代/市村羽/左衛門」。十七代目市村羽左衛門:大正5年(1916)~平成13年(2001)。父は六代目坂東彦三郎。伯父に六代目尾上菊五郎。的確な演技力の持ち主と評された。

押隈 七代目松本幸四郎

隈:筋隈。荒事の典型的な隈取の一つ。紅色の隈は勇猛果敢な正義の男性ヒーローの力強い筋肉の盛り上がりと血管の怒張を表す。役者:七代目松本幸四郎。役名:『暫』の主人公(鎌倉権五郎景政か)。今日『暫』は独立した一幕ものであるが、本来は江戸顔見世狂言の一場面であった。顔見世狂言の時代、定まった役名はなかったが、今日では鎌倉権五郎景政が一般的。『歌舞伎展覧会』目録(昭和41年6月・小田原市民会館)は、年月、劇場不明ながらこの押隈を、大阪公演時のものとしている。署名:「七代目幸四郎(朱印)琴松」。

押隈 五代目中村歌右衛門

隈:小坂部姫実は妖狐の隈。茶を基調に鬼畜・変化を表現している。役者:五代目中村歌右衛門。役名:新古演劇十種の内『小坂部』の小坂部姫実は妖狐。昭和10年(1935)3月、東京歌舞伎座上演時のもの。刑部(小坂部)姫は姫路城天守閣に棲むといわれる妖怪。この伝承は江戸期からすでに巷間に広く伝承していた。この伝承を題材に、泉鏡花は戯曲『天守物語』を執筆した。添書:「昭和拾乙亥歳弥生 於而歌舞伎座/五代目尾上菊五郎追善興行/新古演劇十種之内小坂部を勤めて」。署名:「魁玉(朱印)五代目歌/右衛門」。

押隈 六代目尾上梅幸

隈:鬼女。藍色を基調に鬼畜・変化の物を表す。役者:六代目尾上梅幸。役名:『黒塚』の鬼女。『黒塚』は能『黒塚』(観代目流は『安達原』)が先行作。明治初年(1868)に長唄が作られ、歌舞伎では大正初年(1912)に二代目市川段四郎(二代目市川猿之助の父)、昭和7年(1932)10月、東京歌舞伎座で梅幸がそれぞれ舞踊化。しかし段四郎・梅幸とも一回限りの上演で終わっているとのこと。隈は昭和7年上演時のものか。添書:「黒塚や/あらしの/後の/枯薊 鬼女を/つとめて」。署名:「梅幸(朱印)扇舎」。

押隈 十六代目市村羽左衛門

隈:むきみ隈。荒事系の役柄でも、とくに若く一本気な性格の人物を表す。役者:十五代目市村家橘(十六代目市村羽左衛門)。役名:『関三奴』の奴。昭和10年(1935)9月、東京歌舞伎座上演時のもの。署名:「家橘(朱印)家橘」。十五代目市村家橘(十六代目市村羽左衛門):明治38年(1905)~昭和27年(1952)。養父は十五代目羽左衛門。立役なら気品が求められる武家の大将や二枚目系の町人がはまり役とされ、女方にも佳品を残している。鷹揚で品のある芸風の持ち主と評される。

押隈 六代目尾上菊五郎

隈:獅子の精の隈。役者:六代目尾上菊五郎。役名:新歌舞伎十八番『春興鏡獅子』の後シテ獅子の精。『鏡獅子』は能『石橋』が原拠。江戸時代に成立した先行作『枕獅子』の詞章に漂う廓情緒を嫌がった九代目市川團十郎は、旧幕臣で劇作家の福地桜痴に改訂を依頼。桜痴は詞章を『枕獅子』によりながらも、舞台を江戸城大奥、主役は奥勤めの腰元弥生と、高尚な内容に変えた。前半は腰元の優美な踊り、後半は獅子となり勇壮な踊り。双方を踊り分ける技量が求められる大曲。署名:「六代/菊五(朱印)三朝」。

押隈 四代目中村雀右衛門

隈:むきみ隈。荒事系の役柄でも、とくに若く一本気な性格の人物を表す。役者:初代大谷廣太郎(四代目中村雀右衛門)。役名:『関三奴』の奴。昭和10年(1935)9月、東京歌舞伎座上演時のもの。署名「廣太郎」。初代大谷廣太郎(四代目中村雀右衛門):大正9年(1920)~平成24年(2012)。父は六代目大谷友右衛門。天才子役といわれ、青年時代は立役。貴重な青春時代を長期の兵役で犠牲にする。復員後、後に義父となる七代目幸四郎の奨めで、女方に異例の転向。可憐さと妖艶さを併せもつ女方となる。最後は立女方の地位に昇る。

押隈 十七代目市村羽左衛門

隈:二本隈。荒事系の隈。眼の上下に二本太い紅隈を額へ跳ね上げるように描く。瑞々しい力強さを感じさせる隈である。役者:七代目坂東薪水(十七代目市村羽左衛門)。役名:『関三奴』の奴。昭和10年(1935)9月、東京歌舞伎座上演時のもので、薪水の他、二代目尾上松緑、中村章景、十五代目市村家橘、大谷廣太郎、尾上九朗衛門ら当時の若手が出演。署名「六代/薪水(朱印)薪水」。

押隈 七代目松本幸四郎

隈:むきみ隈。若く一本気な性格を表すことから、荒事系では曽我五郎が必ずこの隈を描く。助六も実は曽我五郎なのでむきみの隈なのである。役者:七代目松本幸四郎。役名:歌舞伎十八番『助六由縁江戸桜』の花川戸の助六。昭和8年(1933)4月、東京歌舞伎座上演時のもの。添書:「入相や雨の三の輪の冴返る 昭和癸酉弥生歌舞伎座にて」。署名:「七代目幸四郎(朱印)琴松ヵ」。

押隈 二代目尾上九朗右衛門

隈:むきみ隈。とくに若く一本気な性格の人物を表す。役者:二代目尾上九朗右衛門。役名:『関三奴』の奴。昭和10年(1935)9月、東京歌舞伎座上演時のもの。署名:「右近(朱印)〔菊花〕の図の中に〔よきこと〕の文字」。署名の「右近」は九朗右衛門の初名。「よきこときく」は「よき(斧・良き)・こと(琴柱・事)・きく(菊・聞く)」で「よき(いい)こときく」というシャレ。これをデザイン化し尾上菊五郎家のシンボルマークとした。

押隈 六代目尾上菊五郎

隈:隈取ではなく一般的な歌舞伎化粧。役者:六代目尾上菊五郎。役名:新古演劇十種の内『小坂部』の薄田隼人。昭和10年(1935)3月、東京歌舞伎座上演時のもの。明治33年(1900)、五代目菊五郎初演の舞踊『闇梅百物語』のなかで「新古演劇十種の内『小坂部』として演じられた小坂部姫のくだりを、この時は単独で上演した。『新古演劇十種』は五代目菊五郎が、市川團十郎家の「歌舞伎十八番」「新歌舞伎十八番」に対抗して企画。生前、9種まで選定され、六代目菊五郎が『身替座禅』を加え10種とした。尾上菊五郎家の得意芸である妖怪変化の舞踊が多い。署名:「六代/菊五(朱印)某幸」。

押隈 七代目中村芝翫

隈:妖怪の隈。役者:四代目中村児太郎(七代目中村芝翫)。役名:新古演劇十種の内『小坂部』の女童木ノ葉実は妖怪。添書:「童木ノ葉実ハ妖怪に扮して 四代目/児太郎/八才(朱印)児雀」。四代目中村児太郎(七代目中村芝翫):昭和3年(1928)~平成23年(2011)。父は五代目中村福助。祖父は五代目中村歌右衛門。父を早くに失い、以後、祖父に庇護される。祖父没後は六代目尾上菊五郎に預けられる。近代以降の歌右衛門家が目指す女方芸「高貴なお姫様と格式のある武家女房の役」を、規格正しく演じた正統派。

押隈 六代目大谷友右衛門

隈:一本隈。役者:六代目大谷友右衛門。役名:『暫』の成田五郎義秀(腹出し)。昭和11年(1936)1月、東京歌舞伎座上演時のもの。一本隈ではあるが、顔を赤く塗った「赤面」の敵役。この役は肥満体を表現する赤色の肉色襦袢を着こみ、おなかをほぼ丸出しにするところから通称「腹出し」。極めて即物的な命名だが、どこかユーモラスな存在。署名:「友右衛門(朱印)紫道」。六代目大谷友右衛門:明治19年(1886)~昭和18年(1943)。下積みからの叩き上げで、純立役として敵役、老け役も勤め、安定感は抜群。四代目中村雀右衛門の父。巡業中の鳥取地震で罹災死。

押隈 六代目坂東彦三郎

隈:公家荒。王位を僭称する皇族・公家を象徴する隈取り。藍(青い)隈で不気味な雰囲気を漂わす。紅色の筋隈、鎌倉権五郎景政の正義のパワーと対峙することから「ウケ」と呼ぶ。役者:六代目坂東彦三郎。役名:『暫』の清原武衡(ウケ)。昭和11年(1936)1月、東京歌舞伎座上演時のもの。署名「六世/坂彦 (朱印)半艸菴」。六代目坂東彦三郎:明治19年(1886)~昭和13年(1938)。五代目尾上菊五郎の実子の次男で、六代目菊五郎の弟。恰幅に恵まれ、おおらかな芸風が特徴。時計収集が趣味で大向から「大時計」と声がかかった。

押隈 七代目坂東三津五郎

隈:ざれ(戯れ)隈。滑稽な役柄に用いる隈で、隈は決まった型もあれば、役者が工夫・趣向を凝らし描く場合もある。中国の伝統演劇京劇の化粧、連瞼もその色柄、デザインで役柄を表す。京劇の道化役「丑」とざれ隈は、どこか通じる雰囲気があるが、双方は本質的に異なる。隈取は線をぼかすが、連瞼はぼかさない。連瞼の本質は仮面である。役者:七代目坂東三津五郎。役名:『暫』の鹿島入道震斎(鯰坊主)。昭和11年(1936)1月、東京歌舞伎座上演時のもの。署名:「三津五郎(印)是好」。

押隈 二代目尾上松緑

隈:筋隈。荒事の典型的な隈取の一つ。紅色の隈は勇猛果敢な正義の男性ヒーローの力強い筋肉の盛り上がりと血管の怒張を表す。役者:二代目尾上松緑。役名:添書から『暫』の鎌倉権五郎景政か。添書:「しばらく/を勤めて」。署名:「尾上松緑(朱印)尾上/松緑」。

押隈 六代目中村歌右衛門

隈:獅子の精の隈。役者・役名:六代目中村歌右衛門。新歌舞伎十八番の内『鏡獅子』の後シテ獅子の精。昭和27年(1952)6月、明治座上演時のもの。『鏡獅子』は九代目市川團十郎が新たに選定した『新歌舞伎十八番』の一つ。本名題は『春興鏡獅子』。獅子の精の隈はむきみの隈に似ている。能『石橋』に登場する獅子は、中国清涼山に棲み、文殊菩薩に仕える霊獣、百獣の王である。魔物ではない。その性格と獅子の力強さをむきみ風の隈で表現するのだろう。添書:「昭和二十七年六月興行/明治座に於て/鏡獅子を/つとめて」。署名:「六代目歌右衛門(朱印)六代/歌右」。六代目中村歌右衛門:大正6年(1917)~平成13年(2001)。五代目中村歌右衛門の次男。兄に五代目中村福助。親子二代にわたり立女方でありかつ歌舞伎界の座頭。息の詰んだ緊張感漲る芸、演じる役の肚の解釈の鋭さで、父が確立した時代物義太夫狂言の女方芸をさらに深化させた。

押隈 六代目中村歌右衛門

隈:獅子の精の隈。役者:六代目中村歌右衛門。役名:新歌舞伎十八番の内『鏡獅子』の後シテ獅子の精。昭和27年(1952)6月、明治座上演時のもの。添書:「昭和二十七年六月興行/明治座に於て/鏡獅子を/つとめて」。署名:六代目歌右衛門(朱印)六代/歌右」。

押隈 六代目尾上菊五郎

隈:土蜘の隈。茶を基調に描く、妖怪変化を象徴する陰鬱な隈。役者:六代目尾上菊五郎。役名:新古演劇十種『土蜘』の後シテ、土蜘の精。『土蜘』は五代目菊五郎が明治14年(1881)6月、東京新富座で初演。河竹黙阿弥作。能『土蜘』を強く意識した作品。五代目菊五郎から六代目梅幸、六代目菊五郎へと伝承される。署名:「六代/菊五(朱印)弎朝」。讃:「さゝかにの/いとも/かたみや/秋の風 新古演劇十種の/土蜘蛛をこたひ六代目/演しけるに 六代目梅幸(朱印)扇舎」。

押隈 六代目中村歌右衛門

隈:獅子の精の隈。むきみ隈に似ている。能『石橋』に登場する獅子は、中国清涼山に棲み、文殊菩薩に仕える霊獣、百獣の王である。魔物ではない。その性格と獅子の力強さをむきみ風の隈で表現するのだろう。役者:六代目中村福助(六代目中村歌右衛門)。役名:新歌舞伎十八番の内『鏡獅子』の後シテ獅子の精。昭和15年(1940)3月、大阪中座上演時のもの。添書:「昭和十五年弥生大阪中座に於て/鏡獅子をつとめ はなぶさの/重き/わか木の/牡丹/かな」。署名:六代目福助(朱印)六代目/畐助」。

押隈 二代目尾上松緑

隈:筋隈。青黛付き。荒事の典型的な隈取の一つ。紅色の隈は勇猛果敢な正義の男性ヒーローの力強い筋肉の盛り上がりと血管の怒張を表す。役者:二代目尾上松緑。役名:不詳。署名:「二代目/松緑(朱印)錦扇」。

押隈 十一代目市川團十郎

隈:むきみ隈。形が貝のむき身に似ていることに由来。この隈は若く一本気な性格を表すことから、荒事系では曽我五郎が必ずこの隈を描く。助六も実は曽我五郎なのでむきみの隈なのである。役者:十一代目市川團十郎。役名:歌舞伎十八番『助六由縁江戸桜』の花川戸の助六実は曽我五郎。昭和37年(1962)4月、東京歌舞伎座、團十郎襲名公演時のもの。添書:「名を負ふて/名に値ひせぬ/名取草」。署名:「昭和壬寅卯月 十一代目團十郎(朱印)團十郎」。十一代目市川團十郎:明治42年(1909)~昭和40年(1965)。七代目幸四郎の長男。團十郎家に養子に入る。戦後、前名海老蔵時代に一大ブレイク。「海老様」と呼ばれる。大輪の牡丹のような芸容。襲名3年後の死は、歌舞伎界には一大損失であった。

押隈 七代目松本幸四郎・他

隈:①筋隈・②二本隈・③むきみ隈・④公家荒(風)。役者・役名:『菅原伝授手習鑑』「車引」の①七代目松本幸四郎(梅王丸)・②十五代目市村羽左衛門(松王丸)・③六代目尾上菊五郎(桜丸)・④初代中村吉右衛門(時平)。昭和9年(1934)1月、東京歌舞伎座上演時のもの。「車引」は『菅原伝授手習鑑』唯一の荒事様式の場面。短い幕だが、まさに動く隈取の見本帳。同じ荒事でも、隈取から三兄弟の性格の違いが明確に分かる。署名:「①昭和甲戌初春演之/梅王丸/幸四郎(朱印)琴松 ②松王をつとめて/十五代目市村羽左衛門(朱印)可江 ③六代/菊五(朱印)弎朝 ④時平/吉右衛門(朱印)秀山」。

押隈 二代目市川左團次

隈:鳴神の隈。役者:二代目市川左團次。役名:歌舞伎十八番『鳴神』の鳴神上人。昭和8年(1933)1月、東京歌舞伎座公演時のもの。『鳴神』は寛保2年(1742)1月、大坂・大西の芝居、二代目市川團十郎初演『雷神不動北山桜』四段目で、高僧鳴神上人が美女雲絶間姫に色香に迷い堕落する筋。上演が絶えていたが、明治43年(1910)5月、東京明治座で左團次が復活させた。隈は堕落後の上人の憤怒を表現する。添書:「鳴神を演して/初雷や/百千万の/耳に聞け」。署名:「昭和癸酉初春 杏花(朱印)左團次」。二代目市川左團次:明治13年(1880)~昭和15年(1940)。初代市川左團次の長男。岡本綺堂ら部外作家の作品(「新歌舞伎」とよばれる)の上演、古劇の復活のほか、盟友小山内薫と明治42年(1909)、自由劇場を立ち上げるなど、新劇運動にも深く関与している。威風堂々たる芸風。大向こうから「大統領」と声がかかった。劇団四季の代表、浅利慶太の大叔父。

押隈 五代目市川三升

隈:象引の隈(仮称)。役者:五代目市川三升(十代目市川團十郎)。役名:三升が歌舞伎十八番の内『象引』を山崎紫紅の補綴本で復活上演したのは昭和8年(1933)10月、東京歌舞伎座。そのおりの役名は「山上源内左衛門長直」。『象引』は演目名と演技・演出様式双方の意味を持つ。荒事役者が演じるスーパーヒーローと悪の権化が象を引っ張り合うという、単純素朴な内容。荒事には「引合い事」という善悪が何かを引き合う力技を見せる演技がある。『象引』はその一つである。元禄14年(1701)1月、江戸・中村座、『傾城王昭君』で初代團十郎と初代山中平九郎とが『象引』を演じたといわれるが、現在では疑問視されている。添書:「出来秋や鳴子/引く手も/ちから瘤 十八番之象引を演して」。署名:「三升併題 (朱印)象に「福」の字」(朱印)家傳/十八番」。

押隈 十五代目市村羽左衛門

隈:むきみ隈。若く一本気な性格を表すことから、荒事系では曽我五郎が必ずこの隈を描く。助六も実は曽我五郎なのでむきみの隈なのである。役者:十五代目市村羽左衛門。役名:『助六由縁江戸桜』の花川戸の助六実は曽我五郎。昭和8年(1933)3月、東京歌舞伎座公演時のもの。助六は粋でいなせで気風のよい、典型的な江戸っ子。羽左衛門の芸質にもっとも適う役である。添書:「昭和八年弥生/九代目團十郎追遠興行 助六を勤めて」。署名:「十五代目市村羽左衛門(朱印)羽左/衛門」。

押隈 九代目市川團十郎

隈:筋隈。荒事の役柄が描く代表的な隈。身体全体に漲る力による筋肉の盛り上がり、血管の怒張を表現している。役者:九代目市川團十郎。役名:『国性爺合戦』の和藤内。明治20年(1887)4月、東京市村座上演時のもの。『国性爺合戦』は近松門左衛門作の人形浄瑠璃、正徳5年(1715)11月初演。歌舞伎に移入されると、荒事の演出が採用される。面白いのは和藤内の隈も場面が変わると、一本隈から筋隈へ変化する。劇的進行に伴う心理変化を表してる。隈取による巧妙な演出である。額装の裏書:「明治二十年四月三日/市川團十郎ヨリ到来/市村座ニテ九代目團十郎/和藤内ノ面隈」「明治二十年四月三日市村座/九代目市川團十郎和藤内紅隈(朱印)林若樹氏」。九代目市川團十郎:天保9年(1838)~明治36年(1903)。劇聖と敬われる近代歌舞伎最高の名優。七代目坂東三津五郎によると團十郎は、隈を両の指先で、大まかに描いたそうである。

押隈 五代目尾上菊五郎

隈:土蜘の隈。妖怪変化なので茶色の隈で陰惨な雰囲気をだす。役者:五代目尾上菊五郎。役名:新古演劇十種の内『土蜘』の後シテ、土蜘の精。明治20年(1887)5月、千歳座上演時のもの。『新古演劇十種』は五代目菊五郎が選定を企図し、息子の六代目菊五郎により十種の演目が決定。尾上家の得意芸、妖怪変化の舞踊が多い。墨書:「土蜘クマ」。額装の裏書:「明治二十年五月/寺嶋梅幸氏千歳座/演土蜘/面隈押紙/劇雅鴬/所有」「明治二十年五月千歳座/五代目菊五郎土蜘/隈取(朱印)林若樹氏」。五代目尾上菊五郎:天保15年(1844)~明治36年(1903)。九代目市川團十郎とともに團菊と尊称される名優。世話物が得意で、徹底した写実主義的演技。細部へのこだわりは、眉を描くにも定規を当てたという逸話がある。両の指で隈を取った團十郎とは、対照的である。

押隈 六代目尾上菊五郎

隈:獅子の精の隈。むきみの隈に似ている。能『石橋』に登場する獅子は、中国清涼山に棲み、文殊菩薩に仕える霊獣、百獣の王である。魔物ではない。その性格と獅子の力強さをむきみの隈で表現するのだろう。役者:六代目尾上菊五郎。役名:新歌舞伎十八番『春興鏡獅子』の後シテ獅子の精。菊五郎の『鏡獅子』は小津安二郎撮影の映像がある。署名:「六代菊五(朱印)菊」。

押隈 六代目尾上菊五郎

隈:二本隈。むきみの隈が若々しさと一本気を表現するなら、二本隈はどっしりとした重厚感を醸し出すといわれる。荒事の典型的な隈はむきみ、一本隈、二本隈、筋隈である。単純なむきみから始まり、徐々に描く線が増え、最も複雑な筋隈へ至る。その変化により、役柄の性格、力(パワー)の差異化がなされている。役者:六代目尾上菊五郎。役名:不詳。『菅原伝授手習鑑』の松王丸か。なお『菅原』で松王丸が二本隈を描くのは「車引」の場面である。署名:「六代/菊五(朱印)音羽家」。