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江戸の絵本1
江戸時代前期から中頃までの江戸の絵本。
ここで扱う「絵本」とは、絵画を楽しむ目的で制作された江戸時代の版本をさす(原則として肉筆本は除く)。黄表紙などの小説本や、料理本その他の実用書などで挿し絵を多用した書物は多く見られるが、いずれも主となるのはテキストであって「絵」はそれに従属するものなので、基本的にこれらは取り上げていない。江戸初期の慶長年間 (1596-1615)、本阿弥光悦 らによる嵯峨本『伊勢物語』『三十六歌仙』などは、挿絵入りの絵本と見ることもできるが、これも主体は物語の本文であって純然たる絵本とは言い難い。しかし、寛永期(1624-1644)に刊行された『御馬印』、『寛永行幸記』などは、前者は日本最古の色摺り版本、後者は文字・画ともに古活字による組み版であるという特徴を持ち、どちらも巻子本の形態ではあるが、「絵」がメインの印刷本としては最も早い時期のものということができる。
「江戸の絵本 1」では、この寛永期の2作品以下、江戸時代のはじめから中期にかけて、年代としては安永年間(1772-1782)までの絵本を紹介する。作者としては、菱川師宣(?―1694)にはじまり、鳥居清信(1664-1729)、奥村政信(1686―1764)、西川祐信(1671-1750)、勝川春章(1726-1792)、鈴木春信(1725?-1770)、北尾重政(1739-1820)などを取り上げる。
関連するひと・もの・こと
寛永年間(1624年-1644)~元禄年間(1688年-1704)の絵本
日本最古の色摺り版本。総計170人の戦国武将の馬印を集める。彩色方法は、金銀泥などは手彩色だが、朱や藍、胡粉の白などは木版印刷によっているようである。江戸初期の最も重要な彩色刷り資料である。国立国会図書館所蔵本。
古活字版『寛永行幸記』の第1種本。寛永3年(1626)9月に行われた後水尾天皇の二条城への行幸の行列を描く絵巻。絵、字とも活字による印刷で、類例がなく、我が国印刷文化史上重要な資料である。「文字活字」と「絵活字」を実際にどのようにして組み、印刷したかは不明。『寛永行幸記』は、第1種本、第2種イ本、同ロ本、別種本の4種に大別されるが、展示の第一種本が最古の刊行とみられる。国立国会図書館所蔵本。
宣明暦は唐の長慶2年(822)に作られた暦で、日本では平安時代の貞観4年(862)に採用され、貞享元年(1684)まで800年以上にわたり使用された。展示本はこれを寛永21年(1644)に刊行したもののうち、第1巻のみの端本。巻1には挿絵が3図あり、初刷りのみに墨のほか朱の版彩がある。我が国の色刷り本のうちでも、刊年が明らかなものとしては、寛永4年(1627)序刊の『塵功記』に次ぐものとして知られ、印刷文化史上貴重な資料である。初刷りの伝本は少ない。国立国会図書館所蔵本。
菱川師宣(?-1694)による最初の絵本。延宝8(1680)刊。『伊勢物語』『源氏物語』等の古典や謡曲でよく知られている場面を選び、全20図に描く。巻末の刊語に「大和絵師菱川吉兵衛尉」とある。師宣の絵の鑑賞を目的に刊行されたもの。版元鱗形屋は多くの師宣絵本を出版している。本書は初版本、筆彩は後補である。国立国会図書館所蔵本。
天和4年(1684)鱗形屋刊。丁の裏に団扇、表に扇を配し、両図は見開きで一部分交差するように配され、美人絵、山水画、武者絵など様々な図柄が描かれる。国立国会図書館所蔵本。
天和3年(1684)刊。「絵尽くし」ものの一冊。掲載本は、大英博物館所蔵の鱗形屋版。
天和2年(1682)刊。掲載本は、大英博物館所蔵の元禄14年刊本。
女性風俗絵本。菱川師宣作とするが、師宣の子の菱川師房(生没年不詳)の作ともいう。元禄8年(1695)正月板か。収めるのは33図。姫君、武家の奥方、商家の女房、町人の女房などの種々の階層の嫁入りした成人女性を描き、また、わた打ち、きぬた(砧打ち)、宮仕えの女、めかけ女、遊女など、様々な職業の女性を描出する。国立国会図書館所蔵本。
3冊本として刊行された『役者絵尽し』の下巻を改題した本。大英博物館所蔵本。
鳥居清信(1664-1729)の絵入り狂言本。元禄13年(1700)刊。清信は、菱川派の影響を受けながらも独自の画風を開き、後に鳥居派の祖と仰がれた。掲載は稀書複製会による複製本。
享保年間(1716-1736)~宝暦年間(1751-1764)の絵本
奥村政信の絵本。2冊。享保19年(1734)刊。上巻は浅草観音にまつわる奇瑞と縁起を描き、下巻は享保18年に浅草寺の境内に桜が移植されたことにちなんで、花に関連する吉原の風俗を描く。伝本は極めて稀で、掲出のオランダ国立民族学博物館所蔵本は、上巻の一部を欠く状態で、上下巻が合本されている。
下巻には、享保18年(1733)に浅草寺の境内に桜が移植され、翌年満開の桜が話題になったことを踏まえて花に関連する吉原の風俗を描かれる。同じく、オランダの国立民族学博物館所蔵本。
女性風俗絵本。享保8年(1723)刊。八文字自笑作、西川祐信画。西川祐信絵本の代表作。上巻は、女帝、皇后から、公卿、武家、町人、商人、百姓など様々な身分の女性を描き分ける。下巻は、京島原、江戸吉原、大坂新町の遊女達から、茶屋女、奉公人女などの女性風俗を取り挙げる。国立国会図書館所蔵本。
享保16年 (1731)刊。西川祐信による風俗絵本の代表作。上巻は官女、中巻は町女、下巻は遊女についての描図を集めたもので、それぞれ巻末に半丁分の解説を置き、描法及び彩色に関する注意を付記しており、祐信が本絵本を肉筆画の手本と考えていたことがわかる。国立国会図書館所蔵本。
享保9年 (1724)刊。長谷川光信(生没年不詳)は大坂の絵師。西川祐信風の風俗人物画を得意とし、絵本の作も多い。大英博物館所蔵本。
宝暦9年 (1759) 刊。月岡雪鼎(つきおかせってい 1710-1786)は大坂の絵師。号は雪鼎のほかに信天翁・桃・露仁斎・錦童など。肉筆美人画を得意とした。『絵本高名二葉草(えほんこうみょうふたばぐさ)』ほか多数の絵本がある。月岡派を形成して上方浮世絵界の中心的存在となった。
英一蜂(はなぶさいっぽう 1691-1760)は、英一蝶(はなぶさいっちょう 1652-1724)の門人。洒脱な風俗画を得意とした。『画本図編(えほんずへん)』は、宝暦2年 (1752)の刊。大英博物館所蔵本。
石川豊信画。教訓絵本。半紙本3巻。宝暦2年(1752)刊。筆彩(紅絵)本。石川豊信(1711-1785)は、江戸中期の浮世絵師。紅摺絵 (べにずりえ) 期を代表する美人画家。本書は西川祐信の影響下、諺や世話の表現を集め、そこから教訓的な意味合いを汲み上げて、絵画化を図ったもの。国立国会図書館所蔵本。
西村重長(?~1756)の絵本。宝暦3年(1753)刊。3巻。両国橋の納涼、三囲(みめぐり)の春色、隅田川の青柳、吉原、浅草、上野などの江戸名所を絵にしたもの。西村重長は、江戸時代中期の浮世絵師。江戸の人。鳥居清信、奥村政信の影響をうけている。掲出は、稀書複製会による複製本。
勝間龍水の木版多色刷り絵入俳諧書。石寿観秀国編。宝暦12年(1762)刊。図には雲母刷りやぼかしなどの技法も見られる。掲出本は、『海の幸』下巻と明和2年(1765)刊の『山の幸』下巻を合冊したもの。勝間龍水(1697−1773)は、江戸時代中期の書家。江戸の人。池永道雲にまなび、篆刻にもすぐれた。国立国会図書館所蔵本。
大英博物館所蔵本の『海の幸』。
大英博物館所蔵本の『海の幸』。
勝間龍水画の木版多色刷り絵入俳諧書。石寿観秀国編。明和2年(1765)刊。図には雲母刷りやぼかしなどの技法も見られ、歌麿画の狂歌絵本『画本虫ゑらみ』は『山の幸』から発想上の示唆を与えられているとの説もある。掲出本は、大英博物館所蔵本。
大英博物館所蔵本。
大英博物館所蔵本。
鈴木春信(1725?-1770)がはじめて絵本に手を染めた作品。宝暦12年 (1762)刊。国立国会図書館所蔵本。
鈴木春信の風俗絵本。半紙本3巻。墨摺、一部手彩色。宝暦13年(1763)刊。朧月、浪華禿帚子序。芸能、武術、音曲、学芸、遊戯など、当時の貴賎老若男女の諸芸、趣味を取り上げる。大英博物館所蔵本。
大英博物館所蔵本。
明和年間( 1764年-1772)~安永年間(1772年-1781)の絵本
明和6年 (1769) 刊の絵本『春の錦』。華麗な色摺りと描替えた女性の可憐な姿と古典的な雅趣に満ちた世界が大いに人気を博した。大英博物館所蔵本。
大英博物館所蔵本。
大英博物館所蔵本。
彩色摺絵本。明和7年(1770)刊。青楼は吉原を指し、書名は「よしわらびじんあわせ」ともよむ。一葉に一名ずつ、大振りな美濃本五冊に渡って描いた豪華本。大英博物館所蔵本。
春信は多くの絵本作品を残しているが、彩色摺が導入されているのは、本書と『絵本春の錦』のみとされる。掲出は、国立国会図書館所蔵本。
大英博物館所蔵本。
国立国会図書館所蔵本。
国立国会図書館所蔵本。
大英博物館所蔵本。
役者似顔絵の名手一筆斎文調と勝川春章が、扇面形枠内に役者を描いた彩色摺絵本。明和7年(1770)刊。役者の写実的似顔絵を彩色摺で大規模に集成した最初の画集として、また、当時の一枚摺錦絵の似顔判定のための好資料として重要視される。掲出は国立国会図書館所蔵の再版本。
大英博物館所蔵の初版本。
大英博物館所蔵の初版本。
橘岷江(たちばなみんこう・生没年不詳)による絵本。明和7年(1770)刊。岷江は上方から江戸にうつって鈴木春信風の美人画をかき、吹きぼかし、合羽摺り(かっぱずり)などの彩色を工夫したことで知られる。国立国会図書館所蔵本。
百人一首歌仙絵集。特大本1冊。安永4年(1775)刊。色摺り。衣装の文様を当世風に改めた姿で描かれ、色摺り、墨摺りの両種がある。伝統的な歌仙絵を踏襲するものも多いが、より寛いだ姿に特徴があり、後ろ向きの姿や立ち姿もある。典雅な名物絵本として人々の好評を得、幕末、近代に至るまで、板と摺りを重ねた。国立国会図書館所蔵本。
鳥山石燕(1713−1788)の妖怪画集。安永5年(1776年)刊。3巻。鳥山石燕は、江戸時代中期の浮世絵師。江戸の人。人物画、妖怪の絵を得意とした。門人に喜多川歌麿がいる。大英博物館所蔵本。
北尾重政と勝川春章の合作吉原美人画集。春夏・秋冬・員外の3冊。安永5年(1776)、山崎金兵衛、同蔦屋重三郎の刊行。掲載本は、大英博物館所蔵本。四季折々、遊女が見せるさまざまな表情を、鮮やかな彩文の着物、背景の調度、小道具とともに描く。鈴木春信の『青楼美人合』を継承し、北尾政演(山東京伝)の『新美人合自筆鏡』に先んずる絵本で、細やかな線描と上品な彩色が調和した名物本。
遊女たちが、季節の風物とともに琴や書画、歌、香合、すごろく、投扇興などの芸ごとや座敷遊びに励み、興じ、巻末には彼女らの発句を掲載する。大英博物館所蔵本。
大英博物館所蔵本。
大英博物館所蔵本。
大英博物館所蔵本。
大英博物館所蔵本。
メトロポリタン美術館所蔵本。
メトロポリタン美術館所蔵本。
参考文献
- 鈴木重三 著,美術出版社
- 中野三敏 監修,河野実 編,勉誠出版
- 中野三敏 監修,河野実 編,勉誠出版
- 中野三敏 著,弓立社
- 永田生慈 著,KADOKAWA
- 中野三敏 監修,河野実 編,勉誠出版
- 至文堂 編,国立文化財機構 監修,ぎょうせい
- [葛飾北斎] [画],永田生慈 監修解説,芸艸堂
- 墨田区文化振興財団 編,東京美術
- 「絵本」「画譜」「鈴木春信」「葛飾北斎」「喜多川歌丸」の項目。
- 「絵本」「画譜」「鈴木春信」「葛飾北斎」「喜多川歌丸」の項目。
- 「絵本」の項目。

