平安時代中期に成立した歌物語。六歌仙の一人にも数えられる歌人・在原業平(ありわらのなりひら)と思われる男性の一代記的構成をもつ。作者は不詳。現存する写本のほとんどは藤原定家(ふじわらのていか)が校訂した「定家本」に属し、125の章段からなる。在原業平の家集を基本にして、新しい章段が増補・改編されることを繰り返しながら現在の形になったと考えられている。各章段は、和歌を核とした短い物語で、在原業平らしき人物の元服から辞世の歌にいたるまでの恋愛や交友、流浪などさまざまな内容が語られている。
江戸時代初期までは手書きの写本の形で伝えられ、その写本の数は日本文学随一である。また、早い時期から絵巻や絵入り本など挿絵とともに展開されてきたとみられ、『源氏物語』にも、『伊勢物語』の絵に関する描写がある。
慶長年間(1596―1615)に、角倉素庵(すみのくらそあん)と本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)が日本で初めて文学作品を印刷・出版した際(「嵯峨本」)、その第1作目に『伊勢物語』が選ばれ、以降、絵入り本や注釈書、パロディ本など『伊勢物語』の版本が盛んに出版され、江戸時代のベストセラーとなった。
『源氏物語』をはじめとした、後世の日本文学に多大な影響を与えるとともに、絵画・芸能・工芸などさまざまな分野で作品のモチーフとして享受されている。
関連するひと・もの・こと
自由奔放な美男子として語り継がれる平安時代の歌人。六歌仙・三十六歌仙の一人。『伊勢物語』の主人公のモデルと考えられている。
平安時代を代表する王朝物語『源氏物語』にも影響を与えた。『源氏物語』の作中で登場人物たちが『伊勢物語』の絵を見る場面がある。
『伊勢物語』とともに、近世初期に最も数多く出版された国文学書。
書画、漆芸、陶芸に通じた桃山・江戸初期を代表する芸術家。嵯峨本『伊勢物語』を制作。
江戸時代に盛行した多色刷りの浮世絵の総称。江戸時代に版本が出版され、人気を博した『伊勢物語』を画題にした錦絵が多く残っている。
六歌仙・三十六歌仙に数えられる、平安時代の女流歌人。『伊勢物語』には、小野小町の歌が取り入れられており、中世では一部の登場人物を小野小町と解釈していた。
室町時代、足利将軍家に仕え、美術品の鑑定やさまざまな芸能に従事した職能衆団。能を大成した世阿弥が『伊勢物語』を題材にした謡曲の制作や改作を行った。
古くから栽培され、季語としても親しまれる草花。初夏に紫の可憐な花を咲かせる。『伊勢物語』「東下り」の「かきつばた」を詠みこんだ歌は有名。
本で知る
写
室町時代の歌人正徹(1381-1459)による写本の転写。巻末に藤原定家(1162-1241)の本奥書2種、祖父定家の真筆本を一字も違えず書写したとする冷泉為相(1263-1328)の奥書がある。清原家伝来。
江戸時代の古活字版。嵯峨本と言われる『伊勢物語』の最初期の刊本。嵯峨本は、本阿弥光悦、角倉素庵が刊行に関与したといわれ、流麗な活字の書体、豪華な装訂により、美しい古典籍の代表格とされる。『伊勢物語』の嵯峨本は、慶長13年から15年にかけ数種刊行されており、本書は、そのうち最初に刊行されたもの(第一種イ本)。具引きの色替り料紙を使用している。
江戸時代に多く刊行された古活字版(嵯峨本)の一つ。慶長15年刊行。江戸時代の国学者村田春海ほかによる書き入れ、貼紙が多い。蔵書家中川徳基の旧蔵。
菱川吉兵衛<菱川師宣>//〔画〕,鱗形屋三左衛門
浮世絵版画の祖・菱川師宣が『伊勢物語』『源氏物語』などの古典や謡曲でよく知られている場面を選び、全20図を描いた絵本。
三条西実隆 述,清原宣賢 記,写
『伊勢物語』の注釈書。室町後期の学者・清原宣賢が大永2年(1522)に行われた三条西実隆の講義を筆記整理し、本人にもただしてまとめたもの。古典学の権威、実隆の説として尊重された。
江戸後期の『伊勢物語』のパロディ本。「むかし好色男」が遊女などの女性と遊ぶ好色物の浮世草子。注釈書の体裁にならい頭注欄を設け、当世語に俗注を付けている。
「井筒」は『伊勢物語』第23段「筒井筒」に基づく謡曲で、世阿弥の幽玄能の代表作。本資料は、江戸初期に古活字版で刊行された観世流謡本。光悦流の書体から、「光悦謡本」等と通称されるもののひとつで、料紙に色替りの染紙が使用され「色替り本」と呼ばれる揃い本。華麗な装丁と印刷で美術的価値が高い豪華本。
「雲林院」は『伊勢物語』を題材にした謡曲。『伊勢物語』を愛読する芦屋公光が夢のお告げで京都紫野の雲林院に行くと、在原業平の霊に会う。本資料は、江戸初期に観世流の謡曲を版行したもの。巻末に元和6年(1620)卯月の観世左近大夫暮閑の奥書がある。年月の明記された版行謡本としては最も古いもので、観世大夫公認の謡本として権威を持った。各冊の表紙には曲に因んだ絵が金銀泥で描かれ、本文は近衛流の書体で、美術的にも珍重される。
吉井勇 著,竹久夢二 画,阿蘭陀書房
大正6年(1917)刊行。歌人・吉井勇の現代語訳と画家・竹久夢二のモダンな挿絵によって展開される。
浅井了意
『伊勢物語』「東下り(第9段)」にちなんだ八橋文様が掲載された、江戸初期の小袖の見本帳。 衣裳雛形本。浅井了意編。寛文7年(1667)刊。中本(16.8×12cm)。上巻50丁、下巻50丁に、丁の表と裏に各一図、計200の衣裳の図案を描き、それぞれに模様の名称と染色の簡単な注記を付したもので、その内、上巻18図、下巻23図、全体の五分の一は薄青・薄朱・薄黄緑の色刷りが施される。(2色以上の板を重ねた多色刷りではなく、本来墨摺りであるところを単色の色刷りにしただけのものである。)本書の初版は寛文6年(1666)山田市郎兵衛版で、この初版は色刷りではない。序に「その往昔の模様を加えず」とあり、寛文期の衣裳模様を描いたもので、その水準の高さを示す資料である。名古屋の貸本屋大野屋惣八の印を捺す。(岡雅彦)(2018.2)
稀書複製会 編,米山堂
『伊勢物語』「東下り(第9段)」にちなんだ八橋文様が掲載された、江戸前期の小袖の見本帳。
鳥居清経,刊
『伊勢物語』「東下り(第9段)」にちなんだ八橋文様が掲載された、江戸中期の小袖の見本帳。
もっと知りたい
絵画に描かれた『伊勢物語』
住吉如慶
江戸初期の絵師・住吉如慶による『伊勢物語』の絵巻。全6巻。住吉如慶は、土佐派に属したが、鎌倉時代の名手といわれた住吉慶忍の跡の復興を志して住吉姓を名のり、土佐派と並ぶ大和絵の一派である住吉派の祖となった。近世における伊勢物語絵を代表する作品。
尾形光琳筆,By Ogata Kōrin (1658–1716),東京国立博物館,Tokyo National Museum
琳派を代表する絵師・尾形光琳の作。『伊勢物語』「東下り(第9段)」で、業平一行が三河八橋で燕子花を見ながら、乾飯を食べ、歌を詠む様子が描かれている。
土佐光起筆,By Tosa Mitsuoki (1617–91),東京国立博物館,Tokyo National Museum
伊勢物語の主人公とされる在原業平は、歌人としても尊ばれた。過去の恋を思って歌を詠む第四段「西の対」を描く本図では、梅を眺める姿は中国の林和靖、座る姿勢は柿本人麻呂など、伝統的な風流人や歌仙を連想させる。如慶筆「伊勢物語絵巻」にも同様の姿で描かれる。
伊勢物語絵が描かれた、江戸時代の六曲一双の屏風。左隻には、初段~45段までの25図、右隻には、49段~121段までの23図が描かれている。
『伊勢物語』の43章48枚の絵の色紙と各章段の詞を書いた短冊が貼られた屏風。
深江芦舟筆,By Fukae Roshū (1699–1757),東京国立博物館,Tokyo National Museum
『伊勢物語』第九段「東下り」より。傷心で都を離れた男が東国に向かったところ、東海道の難所・駿河国宇津山で顔見知りの修行者に出会い、都の恋人への手紙を託すという場面です。登場人物はみな後姿で、暗い細道を前に恋人を思い出す男の寂寥感を強く表現しています。少しずつ色の違う、舞台装置の書き割りのようなこんもりとした山が連なる景色の中に、後ろ姿の人物と馬が描かれています。ただ一人、中央の人物だけが横顔を見せており、その視線の先には、荷物を背負った人物が山間へと去っていこうとしています。 これは平安時代前期の歌物語『伊勢物語』の第9段「東下り」をテーマに、江戸時代に描かれた作品です。自分の身をつまらないものと思い込み、都を離れた男が、現在の静岡県、駿河の宇津の山にさしかかりました。蔦や楓が生い茂る暗い細道に心細さを覚えたところ、たまたま顔見知りの修行僧に出会い、都に残した恋人への手紙を託した直後の場面です。去って行く修行僧の後ろ姿を見送っている様子が描かれています。都の生活を断ち切って来た、いわば世捨て人でさえも「こわい」「さびしい」「誰かが恋しい」という思いからはのがれることができないのでしょう。伊勢物語の中では夏の場面ですが、ここでは赤い蔦紅葉が描かれ、より寂しげな秋の雰囲気をかもしだしています。 作者の深江芦舟(ふかえろしゅう)は、江戸時代中期(18世紀)に活躍した絵師で、尾形光琳に学んだとされています。
狩野典信(栄川院),Kano Michinobu (Eisen'in),京都国立博物館 Kyoto National Museum,Kyoto National Museum
江戸中・後期の狩野派の絵師・狩野典信画の屏風。「東下り(第9段)」で、富士の山を見上げる業平主従の姿が描かれている。この作品のような「富士見業平」の構図は多くの絵画や工芸に描かれている。
江戸時代の『伊勢物語』の絵巻。全3巻。
江戸時代の『伊勢物語』の絵巻。当初は6巻であったかと推定されるが、現在は本文69段から85段までと絵5面を記した本巻のみが伝わる。絵は「狩の使」「神の斎垣」「衰へたる家の藤」「塩釜」「渚の院の桜」の場面。
広重〈1〉, 佐野屋喜兵衛
江戸後期の浮世絵師で、『東海道五十三次』など風景画の名作を多く手掛けた歌川広重の錦絵。
鈴木春信筆,By Suzuki Harunobu (possibly 1725–70),東京国立博物館,Tokyo National Museum
燕子花が咲く川にかかる橋のそばで、草履の紐を締めなおそうとする若い二人。その姿から旅の途中だということがわかる。東下りの旅の途中、三河国八橋で和歌を詠んで都を懐かしんだ『伊勢物語』第9段「八橋」の見立絵。古典の世界が当世の男女にやつされている。 旅姿の若い男女が、川の流れにかかる橋のそばにいます。旅姿、さまざまな向きにかかる橋、そしてかきつばたの花によって、この絵が『伊勢物語』第9段「八橋」の見立てであることが分かります。物語では、失意の中、京の都から東国に旅する男が、三河国八橋(みかわのくにやつはし)というところにさしかかります。ここは川の流れが八つに分かれていて、それぞれに橋がかかっているので八橋と呼ばれていました。そこに咲く花「かきつばた」の5文字を頭において男が旅の心境を詠んだのが「からころも きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる たびをしぞおもふ」という和歌です。もともとは、遠い都と妻を悲しく思うという内容ですが、ここでは当世風の仲の良い男女の旅姿で八橋を表しています。歩き疲れ、草鞋(ぞうり)の紐を結びなおしている人物は、歌の後半部分「はるばる来ぬる旅をしぞ思ふ」に重なるようです。鈴木春信がこの作品を描いた当時、実際の八橋はすでにありませんでしたが、歌に詠まれたことで広く親しまれ、人気のあるモチーフでした。
国芳,若 若狭屋 与市
春章〈1〉, TAI
奈良絵本・版本(江戸時代)
江戸時代の『伊勢物語』の奈良絵本。奈良絵本とは、室町時代後半~江戸時代前期に作られた、彩色の挿絵を入れた古写本。図柄は嵯峨本のものに近い。奥書はないが、「後水尾帝の書風、絵は土佐画密画」と記す平木清光の書状が添付されている。見返しは金箔布目。料紙は鳥の子紙に金泥で下絵を描く。
江戸前期 の『伊勢物語』の奈良絵本。奈良絵本とは、室町時代後半~江戸時代前期に作られた、彩色の挿絵を入れた古写本。
月岡丹下 画,つきおかたんげ
江戸中期の上方浮世絵界の中心的人物だった月岡雪鼎(丹下)の作。各図の中央部の折り目から元は版本であったと伺える。
月岡丹下 画,つきおかたんげ
宝暦6年(1756)刊。絵は江戸中期の上方浮世絵界の中心的人物だった月岡雪鼎(丹下)による。
菱川吉兵衛絵,松會
延宝7年(1679)刊。『伊勢物語』の頭注付きの俗解書。絵は浮世絵の祖と呼ばれる菱川師宣画によるもの、編集は坂内山雲子。
井原西鶴,吉野屋次郎兵衛
作者未詳。浮世草子。元禄3年(1690)吉野屋次郎兵衛刊。各巻4話、計12話、在原業平のさまざまな階層の女を相手とした短篇の好色話である。各話「むかし男有時」で始まり、『伊勢物語』の構成や語句も取り入れ、元禄の世における業平の物語である。序文に「西くはく」とあるが、西鶴とは別人であろう。(岡雅彦)
古写本
伝藤原為家筆,Attributed to Fujiwara no Tameie (1197-1275),筒井邦子氏寄贈,Gift of Ms. Tsutsui Kuniko,東京国立博物館,Tokyo National Museum
鎌倉時代(13世紀)の藤原為家筆と伝えられる古筆切。『伊勢物語』の13段「武蔵鐙」。「むさしあぶみ さすがにかけて頼むには 問はぬもつらし問ふもうるさし」の和歌を書写するが、左から二行目は「たのむ」を消して「おもふ」と書き加えている。「おもふ」というのは、鎌倉時代以前の『伊勢物語』古本の表現。
鎌倉中期の『伊勢物語』の写本。藤原定家の孫・二条為氏筆と伝えられ、現存する『伊勢物語』最古写本の一つ。本文の行間に藤原定家が付した注釈を有するほか、簡略な注記が書き入れられている。
鎌倉時代の『伊勢物語』の写本。藤原定家の曾孫・京極為兼の筆と伝えられる。美麗な蒔絵がほどこされた塗箱に入り、見返しは銀切箔散らし、料紙はうす手楮紙。箱蓋の「伊勢物語」の文字は烏丸光広の筆、蒔絵の図柄は小堀遠州作の名物茶入れ「雨宿」の蒔絵をまねたものという。
鎌倉~南北朝時代の『伊勢物語』の写本。二条為氏の曾孫で、歌壇の中心人物であった、二条為明の筆と伝えられる。
伝細川持之筆,Attributed to Hosokawa Mochiyuki,安倍しづ氏寄贈,Gift of Mrs. Abe Shizu,東京国立博物館,Tokyo National Museum
室町時代(15世紀)の細川持之筆と伝えられる『伊勢物語』の写本。奥書によれば藤原定家、冷泉為相を経て、室町中期の禅僧清巌正徹の本を持之が書写したとある。また正徹は歌人としても優れ藤原定家を尊崇していた。細川持之は宗家当主で幕府管領として政治の枢機に関与した。
烏丸光広 KARASUMARU Mitsuhiro,Tale of Ise,ink on decorated paper,木村定三コレクション / Kimura Teizo Collection
江戸時代前期(17世紀)の烏丸光広筆の写本。烏丸光広は、江戸時代の公卿で、和歌を細川幽齋に学び二条派歌人として活躍。徳川家光の歌道師範をつとめ、本阿弥光悦、俵屋宗達らとも交流した。書にもすぐれ、能筆家として知られる。
『伊勢物語』を題材にした芸能
東京国立博物館,Tokyo National Museum
中将は平安時代の代表的な歌人、在原業平の相貌を表したといわれる面。その名の由来は、業平が在中将とか在五中将と呼ばれたことに基づく。王朝の貴公子を思わせる眉墨を描いた細面の顔立ちや眉根を寄せる憂いの表情に特色があるが、当面は寄せた眉根を紐状に隆起させるなど、ややくせのある造形を示している。
高貴な男性の面で、眉間には憂いを含んだ皺を持ち、色白で美しく上品な雰囲気をもつ。「清経」や「忠度」など平家の公達や、「融」(源融)、「雲林院」(在原業平)などの公卿・殿上人に用いられる。作者の入江美法(1896~1975)は、若年より下村清時に師事し、日本美術院賞等を受賞するなど現代を代表する能面作家の一人であった。
谷口桃僊, 能画刊行会 浅井 勇助(浅井泰山堂)
「雲林院」は『伊勢物語』を題材にした謡曲。『伊勢物語』を愛読する芦屋公光が夢のお告げで京都紫野の雲林院に行くと、在原業平の霊に会う。左は貴族の装いをした在原業平の霊(後シテ)。右は武士の装いをした芦屋公光(ワキ)。
金剛鈴之助, 金剛直喜 訂,桧常之助
謡曲「雲林院」の明治時代の金剛流の謡本。
谷口桃僊, 能画刊行会 浅井 勇助(浅井泰山堂)
「井筒」は『伊勢物語』第23段「筒井筒」に基づく謡曲。世阿弥の幽玄能の代表作。旅の僧が在原寺を訪れると、紀有常の娘の幽霊が現れ、業平との恋を語る。夜がふけると、僧の夢の中に業平の形見の装束を身に着けた女が再び現れる。女は舞を舞い、 思い出の井戸に姿を映して恋人をしのぶ。
耕漁,印刷兼発行者 日本橋区吉川町二番地 松木平吉 (「大平」) 松木 平吉
「小塩」は『伊勢物語』第76段「小塩の山」に基づく謡曲。都の男が大原野へ花見に行くと、在原業平の霊が花見車で現われ、和歌をよみ、舞を舞う。
観世元滋 訂,桧大瓜堂
謡曲「小塩」の大正時代の観世流の謡本。
耕漁,-,印刷兼発行者 東京市日本橋区吉川町二番地 松木平吉()
「杜若」は『伊勢物語』第9段「東下り」に基づく謡曲。三河の八つ橋を訪れた旅の僧の前に杜若の精が現れ、業平東下りの物語を語り、舞を舞う。
耕漁,東京両国 大黒屋製 松木 平吉
能「隅田川」は歌舞伎や浄瑠璃の隅田川物の源流となった作品。隅田川の渡し守の所に、 人買いに子どもをさらわれた狂女がわが子を探し求めやって来る。女は船に乗せようとしない渡し守に、『伊勢物語』第9段の「都鳥」の古歌を引き、自身と在原業平の境遇を重ね、船頭らを感心させ乗船を許される。しかし、女は 船の中で聞いた船頭の話から、捜し求める子が一年前この地で死んだことを知る。女が子の塚の前で念仏を唱えると、子・梅若丸の亡霊が現われる。
耕漁,印刷兼発行者 日本橋区吉川町二番地 松木平吉 (「大平」) 松木 平吉
左は狂女(シテ)、右は男子の幽霊の装いをした梅若丸の霊(子方)。舞台後方には、梅若丸の塚が置かれている。
豊国〈3〉,河原崎座,正銘板元 小川 小川 半助 ,斑鳩藤太〈5〉市川 海老蔵、在原の業平〈3〉岩井 粂三郎、荒川宿根〈4〉坂東 彦三郎
「競伊勢物語」は『伊勢物語』の在原業平の伝説をもとに、文徳天皇の皇子の惟喬親王と惟仁親王の皇位争いを描いた歌舞伎。安永4年(1775)大坂嵐松治郎座(中の芝居)初演。本図は嘉永3年(1850)に江戸河原崎座で上演された時のもの。三代目岩井粂三郎(くめさぶろう)(八代目岩井半四郎)が在原業平を演じた。画は三代歌川豊国。
豊国〈3〉,河原崎座,正銘板元 小川 小川 半助 ,百性豆四郎〈3〉岩井 粂三郎、紀の有常〈5〉市川 海老蔵、春日野小よし〈2〉市川 九蔵
「競伊勢物語」は『伊勢物語』の在原業平の伝説をもとに、文徳天皇の皇子の惟喬親王と惟仁親王の皇位争いを描いた歌舞伎。1775年(安永4)大坂嵐松治郎座(中の芝居)初演。
長秀,中,綿喜 綿屋 喜兵衛 ,しのふ〈2〉藤川 友吉、小よし〈1〉坂東 重太郎
東京国立博物館,Tokyo National Museum
中将は高貴な雰囲気を湛える若い男の面。この面は瓜実顔で眉骨より高い位置に眉を刷く、中将共通の表現と、中将にはない下歯を表し、上下瞼が湾曲して目の強さを感じさせる点は、能面若男に通ずる。貴族化した武士である平家の公達の亡霊の役にふさわしい。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
貴族の男性の役に用いる面。この面は鼻の頭に卵の殻が割れたような傷、面裏の頂部に三角形の割れがある。表情が瓜二つで傷、割れが共通する面が静岡・佐野美術館にある。鼻の頭の傷を比較すると当館のこの面は佐野美術館の傷を針書きで写したものとわかる。
工芸品に描かれた『伊勢物語』
尾形光琳作,By Ogata Kōrin (1658–1716),東京国立博物館,Tokyo National Museum
【国宝】 有名な『伊勢物語』第九段、三河国八橋の情景を描いた硯箱。大胆な構図に、圧倒的なデザイン力が示されている。作者の尾形光琳は、八橋を主題にした屏風絵の名品をいくつか残しており、このテーマは自家薬籠中のものであったと考えられる。蓋を開けた上の段には硯と水滴を収め、下の段には紙を収める硯箱です。底を除いた外側の面に、木の板をつなげた橋がジグザグと不規則に曲がりながら続き、それぞれの面にグループで咲く燕子花は、数や位置に変化をつけています。モチーフの配置は大胆でありながらも、計算されたデザイン感覚がうかがえます。燕子花の葉や茎の部分は、漆で描いたのち、乾かないうちに金粉を蒔きつける「金蒔絵(きんまきえ)」によって表し、花の部分は貝がらの内側を平らに加工してはめ込む「螺鈿(らでん)」という技法を用いています。硯箱のデザインは一見斬新な印象を受けますが、その表現は伝統的な漆の工芸技術によるものです。板橋と燕子花のモチーフは、『伊勢物語』という平安時代の文学で記された愛知県東部にある八橋という場所にちなんだもの。作者の尾形光琳(おがたこうりん)は、17世紀のおわりから18世紀はじめに活躍した画家です。光琳には、八橋の情景を描いた屏風の名品も知られ、古典文学にちなんだモチーフを、洗練された感覚で捉えなおす点が特徴です。
江戸時代。『伊勢物語』第9段「東下り」をモチーフにした硯箱。富士と峠道の絵は梨地蒔絵、業平一行の図は高蒔絵で描かれている。富士見業平の意匠は江戸時代に流行し、様ざまな工芸品の装飾に用いられた。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
八橋の文様が描かれた江戸時代(19世紀)の打掛。打掛とは、春・秋・冬にかけて間着と呼ばれる小袖の上に羽織る、綿入りの小袖のこと。江戸時代後期になると、裾の袘に厚く綿を入れ、裾を長く引いて着用するようになった。1メートル近くある長い振袖も江戸時代後期の特色である。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
八橋の意匠が施された小袖。紅地と白地を石畳風に六つ替わりとしたデザインは中世の小袖に特有のデザインである。刺繍で模様を表わし、白地には模様の隙間に金箔を敷き詰めた縫箔。このような段替りのデザインは当時の唐織にも見られ、江戸時代中期以降のデザインにも継承された。
西村太良・植春子,京都国立博物館 Kyoto National Museum
髪に香をたきしめるために引き出しに香炉を仕組んで用いる枕。下段に低い引き出しがもう一段あるのは珍しい。梨地に金や青金の平蒔絵などで、伊勢物語の業平東下りの図を描く。
江戸時代後期。『伊勢物語』第23段「筒井筒」をモチーフにした茶箱。蓋には、井戸の周りで遊ぶ幼い男女の図が描かれている。
後藤寿乗(光理),By Mitsumasa,東京国立博物館,Tokyo National Museum
鐔のほかの刀装具として、本来刀身の茎(なかご)と柄(つか)を固定する釘の頭の装飾であった目貫、鞘口の表に指し添える理髪の道具とされた笄(こうがい)、鞘口の裏に指し添える小刀の柄である小柄、柄の両端の金具である縁頭(ふちがしら)などがあり、揃いの目貫・笄・小柄を三所物(みところもの)と呼んでいる。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
沈箱は沈香などの香木をいれる箱。文様は『伊勢物語』第九段、業平東下りのうち宇津山の一節を意匠化したもの。一見何の変哲もない山道の描写が、物語の一場面を鮮やかに浮かび上がらせるという趣向に、当時の人々の古典文学への傾倒ぶりがうかがえる。
田付長兵衛作,By Tatsuke Chōbei,東京国立博物館,Tokyo National Museum
『伊勢物語』第九段、いわゆる業平東下りのうち宇津谷峠のくだりを主題とした文台と硯箱のセット。精緻な薄肉高蒔絵を主体に、笈(おい)・結び文・都鳥など銀製の金物を据えて、図様を表わしている。文台の甲板裏と硯の下に銘文があり、作者を知ることができる。
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愛知県知立市八橋は古くから知られるかきつばたの名勝地。『伊勢物語』「東下り(第9段)」で主人公がこの地を訪れて歌を詠んだ。
『伊勢物語』の書名の由来は不詳であるが、「狩の使(第69段)」で、主人公が伊勢神宮の斎宮と禁じられた恋をする。書名はこのエピソードに由来するとされる説もある。
奈良時代、平城京を守る神社として創建された春日大社。『伊勢物語』「初冠(第1段)」は春日の里(春日大社付近)が舞台となっている。
『伊勢物語』「東下り(第9段)」で主人公が都から武蔵国へ向かう道中、富士山を見て歌を詠む。この様子を描いた「富士見業平」の図は、絵画や工芸の画題として広く用いられている。
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| タイトル | 主催者 | 会場 | 開始 | 終了 |
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伊勢斎宮に関係する古典文学として『伊勢物語』の資料を多数所蔵。常設展示の『伊勢物語絵巻』展示コーナーでは、ディスプレイ画面をタッチ操作することで、物語の内容や背景を楽しく知ることができる。
仏教美術及び奈良を中心として守り伝えられてきた文化財を取り扱う博物館です。
日本と東洋の文化財を守り伝える中心拠点としての役割を担う我が国の総合的な博物館です。
平安時代から江戸時代の京都文化を中心とした文化財を取り扱う地域に根ざした博物館です。
国立国会図書館は、国会に属する唯一の国立の図書館です。国内外の資料・情報を広く収集・保存して、知識・文化の基盤となり、国会の活動を補佐するとともに、行政・司法及び国民に図書館サービスを提供しています。
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国文学研究資料館が所蔵する、「伊勢物語絵図屏風」「伊勢物語絵巻」「伊勢物語かるた」などを公開。
斎宮歴史博物館が所蔵する、『伊勢物語』関連資料の一覧。
関西大学図書館が所蔵する、『伊勢物語』絵入り版本の初期と後期を代表する2点を公開。
京都大学附属図書館が所蔵する、奈良絵本を公開。
広島大学が所蔵する、奈良絵本をデジタル化して公開。
奈良女子大学が所蔵する、『伊勢物語』の絵本や注釈書をデジタル化し公開。
参考文献
- 小学館
- 片桐洋一 著,明治書院
- 片桐洋一 著,明治書院
- 津島佑子 [著],講談社
- 片桐洋一 監修,明尾圭造, 西村美香 編,芦屋市立美術博物館
- 人間文化研究機構国文学研究資料館普及・連携活動事業部 編,人間文化研究機構国文学研究資料館
- 秋山虔, 三好行雄 編著,文英堂
- 責任表示
- 国立国会図書館
- 二次利用について
ただし、画像は個々の権利表示による
- 最終更新日
- 2023/05/31