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江戸の絵本 3
江戸後期、寛政から享和にかけての絵本。
寛政3年(1791)、寛政の改革の取り締まりが出版界に及んで、歌麿に代表される洗練された華麗な絵本の刊行は難しくなる。最も大きな痛手は版元の蔦屋重三郎が山東京伝の洒落本刊行を理由として身代半減の罰を蒙ったことで、蔦屋が牽引した豪華絵本の路線はこれによって中断を余儀なくされた。しかし、寛政5年(1793)7月、改革の主唱者であった松平定信が失脚する頃から徐々に復活のきざしが見え、寛政末期には、葛飾北斎の『北斎漫画』の先駆けともいうべき鍬形蕙斎の『略画式』シリーズなどが刊行される。年号が改まって享和に入ると絵本の刊行は再度活発化し、絵本作家としての葛飾北斎が数々の傑作を世に送りだす。
「江戸の絵本 3」では、寛政の改革以後から享和年間(1801~1804)の絵本を紹介する。作者としては、窪俊満(1757―1820)、勝川春章(?-1694)、鍬形蕙斎(北尾政美、1664-1729)、葛飾北斎(1686―1764)、喜多川歌麿(1671-1750)などを取り上げる。
なお、ここで扱う「絵本」とは、絵画を楽しむ目的で制作された江戸時代の版本をさす(原則として肉筆本は除く)。黄表紙などの小説本や、料理本その他の実用書などで挿し絵を多用した書物は多く見られるが、いずれも主となるのはテキストであって「絵」はそれに従属するものなので、基本的にこれらは取り上げていない。
関連するひと・もの・こと
寛政の改革以後(1791-1800)の絵本
絵入り狂歌春興帖。寛政7年(1795)蔦屋重三郎奥書刊。「春興帖」は、新年に門下知友に配る句帖。頭光(つむりのひかる)撰。画は堤等琳・窪俊満(南陀伽紫蘭)・鈴木鄰松・尚峰の作。大判1帖。寛政7年(1795)蔦屋重三郎奥書刊。画題は、七福神、初荷、梅見、小松引き、初夢、鶯の擂り餌の6図。金入り極彩色で、薄墨、濃墨、ぼかしを駆使した華麗な描図で、それぞれ1幅の肉筆画もしくは摺物のような趣を呈している。掲出は大英博物館所蔵本。
箏組歌集絵本。半紙本1冊。寛政7年(1795)正月蔦屋重三郎序刊。安永2~3年(1773~1774)頃の春章画の小判錦絵組物を修訂して絵本に仕立てたもの。上部に雲形の余白を取って、箏の組歌の詞章を書き入れ、下段に詞章の風趣に合わせ描いた絵を置く。掲出は初版本と目されるメトロポリタン美術館所蔵本。なお、錦絵組物は国立国会図書館に『春章画帖』として所蔵される。
絵入り狂歌春興帖。。寛政10年(1798)正月蔦屋重三郎刊。浅草庵序。絵は、堤等琳、喜多川歌麿、北尾重政、鳥文斎栄之、白峯邨易祇、北斎宗理(葛飾北斎)の合筆。掲出の図は北斎のもの。大英博物館所蔵本。
鍬形蕙斎による絵手本。寛政7年(1795)刊。「略画式」シリーズの第一弾。人物や動物を簡略化した筆勢で描いたもので、葛飾北斎の『北斎漫画』などの同種の絵手本の先行作というべきもの。掲出は、メトロポリタン美術館所蔵本。
同じくメトロポリタン美術館所蔵本。蕙斎は、北尾政演(山東京伝)と同じ北尾重政の門下で北尾政美(きたおまさよし)と名乗って黄表紙、武者絵・浮世絵・花鳥画を多く執筆。
同じくメトロポリタン美術館所蔵本。後年の蕙斎は津山侯お抱え絵師となり、狩野派を学んで肉筆画、略画絵本に専念した。一見簡単そうだが計算された描線で抽象化された輪郭を描いている。
鳥、獣を略画で描いた「略画式」シリーズの一冊。寛政9年(1797)刊。鳥獣には龍や獅子なども含まれている。
メトロポリタン美術館所蔵本。
メトロポリタン美術館所蔵本。
鍬形蕙斎による「略画式」シリーズの一冊で、蕙斎略画本の代表作。寛政11年(1799)刊。掲出本は、オランダ国立民族学博物館所蔵。
同じく、オランダ国立民族学博物館所蔵から。
同じく、オランダ国立民族学博物館所蔵から。
鍬形蕙斎による「略画式」シリーズの一冊。江戸から諸国の山水の名所を描いたもの。寛政12年(1800)刊。掲出本は、メトロポリタン美術館所蔵で、「愛宕山 上野 増上寺 真崎」図。
「日本橋」図。メトロポリタン美術館所蔵本。中央に白く富士山が見えるのが 初版本とされる。
「大井川」図。メトロポリタン美術館所蔵本。
彩色摺り絵入狂歌本。葛飾北斎画。寛政12年(1800)蔦屋重三郎刊。掲出は、メトロポリタン美術館所蔵本による「三囲(みめぐり)」。
メトロポリタン美術館所蔵本による「王子」。江戸の名所・風俗21図を春夏秋冬に従って排列し、狂歌を付している。
メトロポリタン美術館所蔵本による「飛鳥山」。
メトロポリタン美術館所蔵本による「不忍池」。
メトロポリタン美術館所蔵本による「芝神明」。
メトロポリタン美術館所蔵本による「深川 八幡祭礼」。
享和(1801-1804)期の絵本
北斎画の狂詩入り絵本。享和2年(1802)刊か。潮来節(いたこぶし)に取材した狂詩に北斎が挿絵を添える。狂詩の作者は富士唐麿(儒者、藤堂竜山)。繊細な筆致と派手な色を避けた色彩が美しい。掲出本は、メトロポリタン美術館所蔵本。
同じくメトロポリタン美術館所蔵本から。「潮来節」は、茨城県の潮来で起こった俗謡で、舟唄とも遊女の舟遊び唄ともいわれる。お座敷唄化して江戸へ伝わり、文化年間(1804—1818)に大流行した。
メトロポリタン美術館所蔵本。本書は絶版に処せられたため現存する本は極めて少ない。
葛飾北斎画の江戸名所絵本。大本3冊。享和2年(1802)春、蔦屋重三郎他刊。極彩色摺り。寛政11年(1799)蔦屋から墨摺りで刊行された『東遊』を改作したもの。掲出はオランダ国立民族学博物館所蔵本で「梅屋舗」。
「新吉原」仲の町の花見。オランダ国立民族学博物館所蔵本。この花見図のほか、佃白魚網の千石船など、後続の名所絵に与えた影響は大きい。
「駿河町 越後屋」。オランダ国立民族学博物館所蔵本。
北斎の多色刷り絵本の代表作。享和4年(1804)、蔦屋重三郎刊。大本3冊。大原亭炭方(おおはらていすみかた)跋。江戸の山の手の景色を描く。掲出の図は、王子の王子神社下を流れる音無川(石神井川)沿いにあった料亭海老屋を描いている。大英博物館所蔵本。
同じく大英博物館所蔵本から、愛宕山。江戸時代には月見や雪見の名所とされていた場所。大英博物館所蔵本。
同じく大英博物館所蔵本から、雪の降り積もった九段坂の景色。大英博物館所蔵本。
吉原遊廓内での年中行事を描いた風俗絵本。2冊。十返舎一九著、喜多川歌麿画。享和4年(1804)刊。掲出は「新造出しの図」。大英博物館所蔵本。
「仲の町花盛之図」。三月朔日に仲の町の通りに桜を数千本植える。雪洞の明かりに照らされた満開の桜の下を花魁道中が進む。大英博物館所蔵本。
「芸者ひろめの図」。修行を終えて一本立ちになった芸者の披露目。黒い羽織を着てお辞儀をしている年若い女性がその芸者。吉原の芸者は、三味線と踊りという技芸の腕一本で身を立てた専門職業人。大英博物館所蔵本。
「仁和哥之図」。「仁和哥」は俄(にわか)で、座敷や街頭などで行なわれた即興的で滑稽な寸劇。吉原の俄は毎年8月1日から一月間行なわれた。大英博物館所蔵本。
「八朔之図」。大英博物館所蔵本。
「餅つきの図」。大英博物館所蔵本。
隅田川両岸の景色を描いた北斎の絵に、さまざまな狂歌師による狂歌が添えられた絵本。享和元年(1801)頃の成立か。全3冊で、上巻は高輪から両国、中巻は両国から大川橋(吾妻橋)、下巻は浅草寺から新吉原まで、隅田川を上流へと遡る景色を描く。なお、本書の刊行は文化10年(1813)以降ともされるが、画風や図中の風俗の考証などから享和年間の絵本として配置する。メトロポリタン美術館所蔵本。
新柳橋の白雨。メトロポリタン美術館所蔵本。
待乳山の紅葉。メトロポリタン美術館所蔵本。
参考文献
- 鈴木重三 著,美術出版社
- 中野三敏 監修,河野実 編,勉誠出版
- 中野三敏 監修,河野実 編,勉誠出版
- 中野三敏 著,弓立社
- 永田生慈 著,KADOKAWA
- 中野三敏 監修,河野実 編,勉誠出版
- 至文堂 編,国立文化財機構 監修,ぎょうせい
- [葛飾北斎] [画],永田生慈 監修解説,芸艸堂
- 墨田区文化振興財団 編,東京美術
- 「絵本」「画譜」「鈴木春信」「葛飾北斎」「喜多川歌丸」の項目。
- 「絵本」「画譜」「鈴木春信」「葛飾北斎」「喜多川歌丸」の項目。
- 「絵本」の項目。

