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霊獣・想像上の動物

日本美術に登場する伝説の生き物。

日本で伝承され、古来日本美術の意匠に取り入れられてきた伝説の動物、その代表的なものとして、龍、鳳凰(ほうおう)、麒麟(きりん)、唐獅子(からじし)、迦陵頻伽(かりょうびんが)などがある。これらは、畏敬の対象とされ、さまざまな意味や願いを込められて、絵画や工芸に描かれてきた。ここでは、霊獣や想像上の動物を題材にし美術工芸品を紹介し、それぞれの生き物が日本でどのようなイメージをもたれ、造形化されてきたのかを見ていきたい。

東洋に広く浸透している想像上の動物。体は蛇、角は鹿、背には魚のような鱗、長い口ひげを生やし、4本の足にそれぞれ3~5本の指をもつという。日本の龍のイメージは、日本古来の神様である大蛇、ヤマタノオロチなどの蛇神に加えて、中国から伝来した陰陽道の龍、インドの蛇神「ナーガ」など、外国の信仰や伝説が合体して形成されたと考えられる。日本では、龍神は水を支配すると信じられ、稲作中心の日本において雨乞いなどの祈願の対象となるとともに、河川の氾濫に龍の姿を見てきた。また、龍は雷との結びつきも深く、雨や雲をおこしたり、稲妻を放つといわれる。鳳凰(ほうおう)、麒麟(きりん)、亀とともに中国の四霊獣の一つ。

竜首水瓶

飛鳥時代(7世紀)。長い首と下膨れの胴を持ち、把手を備えた水差しは古代イランの地に栄えたササン朝ペルシャに源流を持つ。胴には翼をもつ馬、すなわち天馬の姿が刻まれ、水の注ぎ口と把手は中国の竜をかたどり、蝶番でとめた頭部が蓋の役割をしている。我が国における古代工芸の傑作。

大仏頂曼荼羅

平安時代(12世紀)。中央の円相内に大日金輪、その上方の円相内に釈迦金輪がそれぞれ蓮台上に結跏趺坐する姿を描く。大日金輪が坐る山は須弥山で、その岩の左右に広がる大海中に現れる唐装の人物三人および夜叉神は、九頭竜と七頭龍の二龍を従えており、四人の龍神を表すと考えられる。

金銅龍文説相箱

鎌倉時代(13世紀)。説相箱は据箱ともいい、法会の際に僧侶が説法する時、脇机に置く箱で、中に三衣や法会の次第などを書き留めたものや、香炉や如意などの持物を納めた。下方に格狭間をつけた長方形の木箱で、本作は身の外側に龍文金具で装飾している。

銅龍頭

室町時代(15世紀)。龍頭は袋状になった頸に竿を差し込んで、幡を立てるための仏具。口の中に束をたて、そこに幡の紐を結び付けて垂らした。現存する龍頭としては最も大きく、しかも嘉吉3年の銘文があり、制作年代の知られる作として資料的価値が高い。       

妙見寺の鳴竜

秀山信尹(しゅうざんのぶただ)筆/室町時代(15世紀)。応仁年間の本堂大改修の際、狩野派の秀山信尹により上下竜2頭が描かれ本堂外陣の大天井に組み込まれたもので、畳10畳分の大きさがある。その竜頭の下で手を打つと、天井裏に共鳴してみごとな竜鳴(りゅうめい)を発する。

龍虎図屏風

曽我直庵筆/安土桃山~江戸時代(17世紀)。屏風の大きな画面いっぱいに、迫力ある龍と虎が描かれている。力の伯仲した二者が勝負する、という意味の「龍虎相打つ」という言葉がある。龍と虎は、多くの画家にセットで描かれてきた。迫力満点のこの大作の筆者直庵は、当時貿易港として栄えた堺を拠点に活躍した。 

双龍図

狩野山雪筆/江戸時代(17世紀)。昇龍と降龍が対峙。渦巻状に旋回する風、滞留する雲など大気の変化が絶妙な墨の濃淡によって表わされ、動と静の対比が劇的な効果をあげている。山雪は狩野山楽を継ぐ京狩野第二代。同時代の狩野探幽の優美さと対照的に、迫力あふれる個性的な画風を示した。

見立半托迦(龍を出す美人)

鈴木春信筆/江戸時代(18世紀)。瓶から龍を出すという神通力をみせた半托迦(はんたか)という羅漢を美人に変えて描いたもの。江戸時代には、今の年賀状のように元旦に摺り物を交換する習慣があり、これもそうした歳旦摺物のひとつ。昇って行く龍の姿は縁起がいいと喜ばれたのだろう。

自在龍置物

明珍宗察(みょうちんむねあきら)作/江戸時代(18世紀)。この龍は、迫力があるだけでなく、自由自在に体の部分を動かして、さまざまなポーズをとらせることができる。甲冑を専門に制作する工人、明珍宗察が、正徳3年(1713)31才の時、現在の東京・神田で制作した。

染付雲龍文輪花大皿

江戸時代(18~19世紀)。伊万里焼だが、裏に「太明成化年製」の銘がある。正面向きの龍は中国で明時代後期から清時代に流行したが、団子鼻でおどけた顔と軟体動物のような身体が面白い。「西如」「東海」「寿北」「南山」は長寿を祝福する吉祥句「福如東海、寿比南山」を間違えたもの。

雲龍堆朱印籠

江戸時代(18~19世紀)。常形4段の印籠。素地の表面に漆を何層にも塗り重ねて適当な厚さにした後、刀で文様を浮彫状に表す「堆朱」と呼ばれる彫漆技法によって、雲龍を彫り表している。段内部は金梨子地。

陣羽織 猩々緋羅紗地応龍波濤模様

江戸時代(19世紀)。19世紀に大奥で活躍した女狂言師、坂東三津江が「一谷嫩軍記」という演目の中で、源義経役に使用したと伝えられている。鮮やかな赤い地に、翼のある龍と雲、そして波の模様が刺繍され、インパクト十分。舞台上で目立つことを前提にした、遠目にも派手で華やかなデザイン。

鳳凰(ほうおう)

中国から伝わる想像上の鳥。中国では、徳の高い天子の代に現れる瑞鳥(ずいちょう。吉祥の鳥)と考えられている。後漢の字書『説文解字(せつもんかいじ)』には、首は蛇、尾は魚、あごは燕、くちばしは鶏、背は亀に似て、五色の模様の羽根をもつとの記述がある。梧桐(ごとう)に棲み、竹の実を食べ、醴泉(れいせん)を飲むと伝わり、雄を鳳、雌を凰という。日本でも、古くから染織、漆工、などの装飾に鳳凰の文様が用いられ、平安時代には、桐竹鳳凰文が天皇の御服である袍(ほう)の地紋に定められ、天子を象徴する格式の高い文様として尊ばれた。以降、中世・近世を通じて、鳳凰の意匠は吉祥文様として好まれ、さまざまな絵画や工芸に取り入れられている。龍、麒麟、亀とともに中国の四霊獣の一つ。

蜀江錦幡残欠

飛鳥時代(7世紀)。法隆寺裂を代表する経錦。連珠円文の中に向かいあった獅子や鳳凰をあらわし、外側には天馬や雄鹿が疾駆する。作品内側は全体にスレ跡が目立ち、これにそって周囲に針穴が巡っていることから、本来は幡(ばん―仏教儀式の場を飾り立てるのに用いられた昇り旗)に仕立てられていたと考えられる。

水滴

奈良時代(8世紀)または、中国・唐時代。水滴と匙、墨をのせる台からなる日本最古の文房具。匙で水をすくう水入れを水盂(スイウ)という。水滴は銅板を袋状に打出して作り、3方に楕円形の区画を設け、鳳凰と唐花文を線彫で表わす。聖徳太子が法華義疏を撰したときに使用したとの伝承がある。

瑞花双鳳八稜鏡

平安時代(11~12世紀)。唐鏡(唐時代の鏡)の中でも、日本では鈕(ちゅう)の左右に鳳凰、上下に花文を配した文様が最も好まれた。奈良時代には唐鏡の文様を取り入れ、表現を柔らかくし、旋回的に配した構図が一般的となった。それらは唐鏡から和鏡へ移行する過渡的な様相を示し、唐式鏡と呼ばれる。

鳳凰円文螺鈿唐櫃

平安時代(12世紀)。唐櫃(からびつ)は収納のための箱。この唐櫃は、蓋の表や箱の身、脚に厚い夜光貝の螺鈿によって鳳凰が表わされている。鳳凰は左右の翼を広げて尾羽を丸め、全体が円形にデザインされている。鳥の内側部分の漆には細かな金粉が蒔かれ、それによってほんのりと鳳凰が浮き上がるような効果を生んでいる。

桐鳳凰蒔絵硯箱

桃山~江戸時代(17世紀)。内外共に総体金梨子地に平蒔絵と高蒔絵で表す硯箱。蓋甲には桐鳳凰、見返しは松瀧山水、見込みは竹としている。蓋甲は、水辺の桐に雌雄の鳳凰で、小笹や沢瀉(おもだか)も描かれる。桐花に金金貝、凰の尾羽と岩には銀金貝があしらわれ、桐の幹や凰の体、岩や雲に金・銀の切金が置かれる。

桐鳳凰蒔絵鞍

江戸時代(18世紀)。戦野を疾駆する武士達の必需品であった鞍も、泰平の世が続くとともに、次第に身辺を飾る道具としての性格が濃くなり、華美な装いが凝らされるようになった。これもその典型作の一つで、前輪と後輪の外側に高蒔絵に朱漆を交えて華やかに桐鳳凰を描いている。

夜着 紺綸子地鳳凰唐草模様

江戸時代(18~19世紀)。夜着とは、江戸時代の布団のことである。友禅染による鳳凰模様の夜着は、小袖模様雛形『諸国御ひいなかた』 (貞享3(1686)年刊)、『源氏ひなかた』(貞享4(1687)年刊)に同様の構図が見られ、典型的な夜着の吉祥模様である。

友禅染掛幅 桐鳳凰図

江戸時代(19世紀)。鳳凰は中国において瑞祥として知られ桐樹に棲むと言われてきた。日本においても桐に鳳凰の組み合わせは吉祥模様として好まれた。絵画的な図様を友禅染で染めた掛幅。江戸時代後期には仏画や花鳥図なども友禅染で制作された。

帷子 白麻地桐鳳凰模様

江戸時代(19世紀)。若い武家女性の夏の衣料。上質の麻布に描絵(かきえ)と刺繍、摺匹田(すりびった)(鹿の子絞りの模様を型紙で簡易に摺る方法)で模様を表わす。鳳凰は中国の伝説上の瑞鳥で、桐の樹に住むとされる。吉祥模様として日本でも好まれた。   

煉革黒漆塗桐鳳凰に剣梅鉢紋蒔絵陣笠

江戸時代(19世紀)。厚い煉革の前方を反らせ黒漆塗りで、前方正面の中に鳳凰を、下方に梅鉢紋をほどこし、左右に桐の模様を金蒔絵にして、後方正面の中心に三ツ割の梅鉢紋を置く。作域は、漆及び蒔絵ともにすぐれている。

藍型衣装 浅葱麻地牡丹鳳凰模様

第二尚氏時代(19世紀)。「藍型」とは、藍と墨の濃淡のみで模様を染めた紅型の技法の一種である。鳳凰と百花の王とされる牡丹の模様との組み合わせは、中国の影響を思わせる。中手文様型を用いており、端袖には、日本の文様である松に枝垂桜文様をあらわした紅型を用いている。

色絵金襴手鳳凰文飾壺

明治時代(19世紀)。七代錦光山宗兵衛は、京都粟田焼に薩摩焼の彩画法を取り入れ輸出用の金襴手を創始した六代宗兵衛の子として生れ、美術陶磁の輸出等京焼の振興に尽力した。この飾壺は1893年にシカゴのコロンブス記念万国博覧会に出品されたものである。

麒麟(きりん)

中国から伝わる想像上の動物。形態にはさまざまな説があるが、体は鹿、頭に1本の角があり、脚には馬の蹄(ひづめ)、尾は牛に似ており、全身を五色の光で彩られているなどの伝承がある。空を飛ぶことができ、中国では聖天子の代に現れるといわれ、瑞獣(吉祥の獣)とされた。一説に雄を麒、雌を麟という。竜、鳳凰、亀とともに中国の四霊獣の一つ。

瑞花鳳凰麒麟猊紋鏡

奈良~平安時代。中国唐代の鏡を模して日本列島で製作された唐式鏡。2匹の鳳凰と2匹の麒麟、さらに1対の雲気文が描かれ、また鈕は花文によって装飾されている。この鏡は日本列島の奈良から平安時代の遺跡から出土しているが、完形品は貴重なものである。

飛禽走獣図巻 走獣巻

狩野探幽筆/江戸時代(17世紀)。狩野探幽は、江戸時代前期の御用絵師。多くの寺社、大名屋敷の障壁画などを描き、武家に適合した画体を確立した一方、身近な草花や、各家から到来した珍しい鳥や獣などを写生することを好んだ。こちらは、鳥や動物、想像上の生き物を描いた『飛禽走獣図巻』から、麒麟の図。

絵本庭訓往来

葛飾北斎画/江戸時代(19世紀)。『絵本庭訓往来』は、室町時代から明治初期にかけて最も普及した往来物の一つ。年間の往復書簡を通して、年始の挨拶から、食べ物の名称や病気の治療法まで様々な事柄を学べるようになっている。本書は、葛飾北斎による挿絵がふんだんに使われており、絵だけでも楽しめる。

南畝莠言

大田南畝著/江戸時代(19世紀)。江戸時代後期の文人、大田南畝が世事・風俗・文学多方面にわたる故実をまとめたものの中から、門人文宝亭が抜粋編纂した書。掲図は、乾隆4年(1739)に清に現れた麒麟。

麒麟牙彫根付

江戸時代(19世紀)。根付は小物入れを帯から下げる際の留め具。牙彫とは象牙を彫ったもの。麒麟は聖獣として中国から日本に伝わったが、その姿については様々な説がある。この麒麟は、頭が龍で足は鹿に似た蹄を持ち体には鱗があり角が一本あるという説を踏まえて作られている。

頼光大江山入図大花瓶

横山弥左衛門作/明治時代(19世紀)。明治6年(1873)のウィーン万国博覧会の出品作。三段に重なる台には、鬼と麒麟がまるでその重さを支えるように配置され、上部の花瓶の胴には「酒呑童子」という物語のシーンが浮き彫りのようにあらわされている。

唐獅子(からじし)

中国から伝わる想像上の動物。ライオンをもとに創造されたと考えられ、火焰状に渦巻く多量の尾やたてがみをもち、時に胴体や四肢に文様を散らした姿で表される。日本には、仏教とともに伝来したとみられ、神聖な動物として定着。仏画や仏像に、文殊菩薩の乗り物として登場することも多い。平安時代には魔除けとして扱われ、清涼殿の御帳前に、口を開いた獅子と口を閉じ頭に1角をもつ狛犬が置かれた。中世に入ると、その勇猛な容姿から武具の装飾として好まれ、特に獅子と牡丹の組み合わせは吉祥文様として流行した。室町時代や安土桃山時代には、城郭建築の襖絵や屛風絵などの画題として用いられ、江戸時代も武家によって愛好された。

銅獅子鎮柄香炉

奈良時代(8世紀)。手に執って薫香を仏に献ずる仏具。柄の先は90度に曲げ、獅子をかたどった「鎮」(重し)を据えている。獅子は前足をふんばり、尻尾を高く上げ、力強い姿にあらわされている。獅子鎮香炉は、8世紀の日本や中国で作られ、いくつかの作例が残っている。この柄香炉には中国でよく使われた、金属の彫刻文様があり、中国製の可能性もある。

獅子

平安時代(12世紀)。ともに前肢を揃えて臥す姿で、形状や制作技法的にみて一対のものとして作られたものであろう。両方とも口を大きく開いていて、後世の狛犬のように阿吽に形式化していないところが注目される。毛筋を蹴彫りで表し、一方の獅子の胴には斑点が刻まれている。

獅子

鎌倉時代(13世紀)。文殊菩薩像の獣座としての獅子。体軀は群青で塗り、毛並みは緑青彩とし、さらに截金で毛筋を表す。四肢の絶妙な配置やよく計算された関節の角度、筋肉の微妙な盛り上がりによって、猫科の猛獣の姿態をきわめて自然に表している。日本の動物彫刻のなかでもとくに優れた作品のひとつといえよう。

文殊菩薩騎獅像および侍者立像

康円作/鎌倉時代(13世紀)。獅子に乗る文殊菩薩が、合掌する善財童子とインド人僧の仏陀波利三蔵、獅子の手綱を引く于闐王、頭巾をかぶる大聖老人という4人の従者をともなって海を渡る「渡海文殊」の群像をあらわす。銘文などから作者と制作年が判明し、興福寺勧学院の本尊だったことがわかる点は貴重。

獅子牡丹蒔絵鏡箱

南北朝時代(14世紀)。図柄は金の研出蒔絵だけで描かれており、輪郭や細部の表現には描割が駆使されている。また粉の蒔き方に疎密をつけ、蒔暈(まきぼか)しの手法を用いるなど、色調に変化をもたらす工夫が凝らされている。獅子と牡丹の組み合わせは鎌倉時代から見られ、室町時代にはおおいに流行した。

金銅獅子座火焔宝珠形舎利容器

南北朝時代(14世紀)。獅子の背に火焔宝珠形舎利容器を載せた異色の作品。獅子は右前脚を踏み出すようにして立ち、前を見据えて咆吼している。小品ながら、獅子の体躯の肉付けは巧みで力強い。獅子は群青、緑青、朱、金泥などで彩色され、巻毛には金截金(きりかね)によって筋が引かれている。ひげには針金を用いている。

獅子牡丹平文鞍

室町時代(16世紀)。いわゆる戦国時代には、実戦用の鞍の形にも大きな変革がもたらされた。部材は分厚く、幅広になっており、いかにも頑丈で力強い姿である。また、この形式の鞍の装飾には、厚い金属板を鋲で留めるなど、豪放で斬新な傾向がみられる。獅子と牡丹の組み合わせは吉祥文様の一つで、室町時代に流行した。

唐獅子図屏風

安土桃山時代(16世紀)。右隻は狩野探幽による極書によって、桃山画壇の巨匠・狩野永徳(1543~90)の数少ない確証的な作品として名高い。岩間を闊歩する雌雄の堂々たる獅子の姿は実に力強い筆法で描かれ、単純な図様ながら、その迫力、勇壮さには、本屏風が永徳自身の作品であることを疑う必要はない。

厚板 藍地唐獅子模様

江戸時代(17世紀)。中国において獅子は百獣の王とされ、また瑞祥の1つとして古代より織物や刺繡に表わされてきた。能装束では獅子の堂々とした姿態から猛々しい武将や荒ぶれた神々が着用する装束にデザインされた。特に表着の下に着用する厚板には力強い唐様の模様が好まれた。

迦陵頻伽(かりょうびんが)

仏教の極楽浄土に住む鳥。サンスクリットの「Kalavinka」の音訳。頭は美女のようで、下半身は鳥の姿をしており、美しい声で法を説くという。浄土図や涅槃図などの仏教美術にその姿が見られ、胸元に両手で花器をもつ例や楽器を演奏している例が多い。如来の教えをたたえ、如来を供養する存在として重視され、日本では経箱や仏教建築の装飾にも描かれている。

金銀泥絵漆皮鏡箱

奈良時代(8世紀)。漆皮とは、牛や鹿などの獣の皮を型に貼り込み、漆を塗って器物に仕上げたもの。奈良時代に盛行し、平安時代中期以降にはほとんどつくられなくなった。これは、金銀泥で迦陵頻伽と如来像、および宝相華(ほうそうげ)を描く。

宝相華迦陵頻伽蒔絵冊子箱(模造)

明治34年(1901)、原品:平安時代(10世紀)。原品は、空海らが唐で書写して持ち帰った経典を納めるために、醍醐天皇が作らせた冊子箱(国宝)。麻布を漆で固めて整形する乾漆製で、表面には金銀の蒔絵で、宝相華と迦陵頻伽が描かれている。28人の迦陵頻伽の姿はすべて異なる。本資料は、明治時代の模造。

牛皮華鬘

平安時代(11世紀)。華鬘(けまん)は、もと生花でつらね身を飾ったインドの装身具。仏教にとり入れられて仏菩薩に献じる供花のこととなり、転じて仏殿の長押にかけられて、生花供養を意味する堂内荘厳具をさすこととなった。生花に見立てた宝相華とそれをたばねる総角(あげまき)形の紐を表わし、その左右に供花の態をとる迦陵頻伽が対向する。

刺繍釈迦阿弥陀二尊像

鎌倉時代(13~14世紀)。全面を刺繍で表した作品。画面は上中下の三段に分けられ、上段は飛天や楽器、及び『法華経』と『大無量寿経』の偈、中段は釈迦如来と阿弥陀如来の立像、下段は迦陵頻伽がいる蓮池を表している。

木製彩色迦陵頻伽文華鬘

室町時代(16世紀)。高野山金剛峯寺の鎮守天野社(丹生都比売(にうつひめ)神社)に伝来したもの。やや縦長の木板製で、胡粉を塗り、迦陵頻伽と宝相華を彩色して表わす。婦人乗馬図や胡蝶舞図華鬘とともに神社の社殿に懸けられたものであるが、これは仏教的な意匠を表している。

仏像図彙 四

原本は、天明3年(1783)に刊行された、『増補 諸宗仏像図彙』。江戸時代に刊行された仏教図像の事典で、著者は土佐秀信。掲図は、四巻に掲載されている「迦陵頻伽」の図。本資料は、明治時代の復刻版。

関連する人・もの・こと

参考文献

  1. 『改訂新版 世界大百科事典』(コトバンク)「鳳凰」「麒麟」「獅子」「迦陵頻伽」の項目
  2. 『日本大百科全書(ニッポニカ)』(コトバンク) 「龍」「麒麟」の項目
  3. 『マイペディア マルチメディア百科事典』「鳳凰」の項目日立デジタル平凡社,平凡社
  4. 『日本の図像 : 神獣霊獣』狩野博幸, 湯本豪一 執筆,ピエ・ブックス
  5. コトバンク所収コンテンツの最終アクセス日は、いずれも2024/2/16。