漆工芸の加飾技法の一種。金や銀などの細かい粒子を使い、漆器の表面に装飾をほどこす技法。蒔絵の源流は奈良時代にまでさかのぼり、正倉院宝物の8世紀の刀の鞘の装飾に「末金鏤(まっきんる)」と呼ばれる蒔絵の原初的な形が見られる。平安時代には、貴族社会の間で蒔絵が流行し、建築・家具・調度品・仏具などの装飾に使われた。「蒔絵」という語は、平安時代の物語『竹取物語』に現れるのが最古といわれる。
鎌倉時代には、蒔絵の基本技法が出そろう。鎌倉時代から室町時代にかけて武士社会にも蒔絵が流行し、とりわけ東山文化を形成した足利義政(あしかがよしまさ)の周辺で、格調高い名物ものがつくられた。桃山時代には、高台寺の霊屋(おたまや)の装飾に用いられ、平蒔絵(ひらまきえ)で秋草などを描く「高台寺蒔絵」が盛行する。一方、スペイン・ポルトガルの船で来日した宣教師や商人の依頼を受け、輸出用の華やかな南蛮漆器が制作された。
江戸時代に入ると、将軍や大名がお抱えの蒔絵師に豪華絢爛な道具類を作らせるとともに、経済力をもった商人も町の蒔絵師に趣向を凝らしたさまざまな意匠を注文したことにより、蒔絵の技法は発展を遂げた。また、琳派(りんぱ)の本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)や尾形光琳(おがたこうりん)による、斬新な意匠と新たな技法を駆使した芸術的な名品も残されている。
明治維新によって、蒔絵師は幕府や大名の庇護を失うが、明治政府の殖産興業政策の下、ヨーロッパ各国で開催された博覧会において漆器は日本を代表する精巧な工芸品として高い評価を受ける。現代も、京都、金沢、東京などを中心に伝統的な技法による蒔絵の技法が受け継がれている。
関連するひと・もの・こと
奈良市の東大寺正倉院に保管される、聖武天皇の遺愛品を中心とした宝物。蒔絵の源流である「末金鏤」をほどこした太刀が伝わる。
婚礼の際に調えられた道具一式。江戸時代になると、徳川家や大名の姫君たちのために贅を尽くして用意された。
抹茶をたてて楽しむ喫茶文化の一つ。蒔絵は茶の湯の世界にも取り入れられ、茶道具の装飾として多彩な展開を見せている。
書画、漆芸、陶芸に通じた桃山・江戸初期を代表する芸術家。「舟橋蒔絵硯箱」(国宝)など蒔絵の名品を制作。斬新な意匠・構成をもつ光悦蒔絵を創始し、後世に影響を与える。
16世紀半ばから17世紀にかけて、ポルトガル人、スペイン人ら南蛮人と行われた貿易。西洋への輸出品として、蒔絵と螺鈿をほどこした南蛮漆器が制作された。
世界各地に宣教を展開したカトリック教会の男子修道会。南蛮漆器の中には、イエズス会宣教師の依頼を受けて制作されたものがあり、イエズス会の紋章があしらわれている。
室町幕府第8代将軍。銀閣を建立した。東山文化の庇護者。
日本では古くから生命力の象徴として信仰され、また生活用具、装飾・観賞用など幅広く利用されてきた
本で知る
沢口悟一 述,帝国工芸会 編,三省堂
漆芸研究家・澤口悟一による漆工の解説書。「蒔絵」の項目で、蒔絵の技法を紹介している。
彩華社
漆芸研究家・吉野富雄が編集した漆芸の図録。全25巻から成り、掲載作品は201点。
温古会 編,中島京栄社
蒔絵と金工の名品を収録した昭和時代の図録。
石井吉次郎, 一戸清方 著,博文館
明治時代の漆工の手引書。蒔絵の技術について詳細に記述されている。
岡田三郎助 著,書画骨董叢書刊行会
『書画骨董叢書』第10巻。洋画家・岡田三郎助の講述による、日本の工芸と室内装飾に関する概略を収録。第三編「木工(漆工、蒔絵工)の沿革」の項目で、日本の漆工と蒔絵の歴史を解説。
もっと知りたい
平安時代の蒔絵
東京国立博物館,Tokyo National Museum
【国宝】 平安後期の工芸を代表する蒔絵の名品。金・青金の研出蒔絵と螺鈿を用いて流水に半ば浸された無数の車輪を描き、内面には金・銀の研出蒔絵で草花や飛鳥を散らす。この作品は、今日では手箱とよばれているが、装飾経を収める経箱として造られた可能性が高い。 手箱(てばこ)とは身の回りの小物を納める箱ですが、この作品は、もともとは巻物のお経を入れる経箱だったと考えられています。外側の文様は、余白を埋め尽くすように水の流れをあらわし、所々に牛車で使われる車輪を数個ずつランダムに配置しています。木でできた車輪は乾いて割れるのを防ぐため水に漬けて使っていたとされ、この光景を文様としたものを「片輪車(かたわぐるま)」と呼んでいます。この手箱では、モチーフを漆で描いた後、乾かないうちに金粉を蒔きつける「蒔絵(まきえ)」という技法と、貝がらの内側を平らに加工したものを貼りつける「螺鈿(らでん)」という技法を用いて、にぎやかに片輪車の文様をあらわしています。蓋を開けた内側には、鳥や松、梅などの植物が間隔をとって蒔絵であらわされ、モチーフで埋め尽くされていた外側の文様とは対照的です。外側と内側の文様は、いずれも優雅で生き生きとあらわされ、当時の繊細な感覚を知ることができるでしょう。
奈良国立博物館,Nara National Museum
【国宝】 鞣(なめ)した獣皮を型に張り成形したのち漆で塗り固めて作る、漆皮(しっぴ)製の経箱。漆皮箱は正倉院宝物に四十点に及ぶ例が知られるように、奈良時代には盛行したものであるが、平安時代に至ると木胎(もくたい)が多くなり、漆皮は衰えたとみえる。本品が平安時代後半期における漆皮箱唯一の遺品であろう。本品は長方形の被蓋造(かぶせぶたづくり)。蓋にはわずかに甲盛(こうもり)を持たせ、蓋表の稜線際(りょうせんぎわ)に小さな段を設ける塵居(ちりい)を作り出し、角を丸めて仕上げている。身には対葉花文(たいようかもん)をあしらった四弁宝相華形(しべんほうそうげがた)の金銅製紐金具(こんどうせいひもかなぐ)を取り付ける。蓋と身の外面は、中央と四隅を意識してバランスよく折枝文(せっしもん)風の蓮唐草文(はすからくさもん)を配置し、その間に軽妙に蝶を舞わせて、金粉をまばらに蒔く平塵地(へいじんじ)で仕上げている。身の内面は黒漆塗とするが、蓋裏はごく淡い塵地(ちりじ)に様々なパターンの羽を持つ蝶を不規則に散らしており、外面は奈良時代以来の古様な幾何学的配置であるのに対し、内面は散らし文という平安時代の工芸品の雰囲気を示し、内外面で異なる印象を与えている。また蓮華唐草文や蝶といった文様は、黄みのある金と、金と銀の合金から作る冷たく青みがかった発色の青金(あおきん)とを、効果的に蒔(ま)き分けて表している。平安時代、法華経信仰は貴族社会に浸透し、経典のみならずその容器にも意を尽くし、美麗をきわめた経箱を生み出すに至った。本品もその意匠と箱の大きさから、法華経八巻を納めていたと推測できる。もと福井県小浜市の神宮寺(じんぐうじ)に伝わったものである。
鎌倉時代の蒔絵
東京国立博物館,Tokyo National Museum
【国宝】 箱の表面は金粉を密に蒔き詰めて沃懸地に仕立て、流水に浸された牛車の車輪を螺鈿で表わす。平安期以降、絵画や工芸品に盛んに取り入れられた片輪車の意匠である。沃懸地と螺鈿による、金色と貝の白色のコントラストが際だった装飾効果をもたらしている。 手箱とは化粧道具や文房具など、身の回りの小物を納める箱です。この手箱の文様をみてみましょう。表側の文様は、余白を埋め尽くすように水の流れをあらわし、所々に牛車(ぎっしゃ)で使われる車輪を、数個ずつのグループにして配置しています。水の流れに車輪が半分姿を現しているさまを文様としたものを「片輪車(かたわぐるま)」と呼んでいます。車輪は木で作られているため、使わないときは乾燥して割れないよう、取り外して水に漬けていたといいます。日本では、こうした身近な光景が、しばしば絵画や工芸の文様に取り入れられました。特に牛車は貴族の乗り物であることから、11世紀から12世紀にかけて花開いた、優雅な貴族文化を思い起こさせるモチーフとして、のちの時代にもよく使われる伝統的な文様となりました。側面の2か所につけられた、紐を通すための銀製の金具も、車輪をかたどっています。 この手箱は木製で、漆を塗って金粉を蒔きつける「蒔絵」という技法で、地の金色と水の流れをあらわし、貝がらの内側を平らに加工し文様の形に切って貼りつける「螺鈿(らでん)」という技法で、片輪車の文様をあらわしています。地の蒔絵は、金粉を隙間なく蒔き付ける「沃懸地」(いかけじ)という技法を採用しており、強い金色を放っています。丈の高い箱の形とメタリックな金蒔絵が、力強い重量感を与えています。螺鈿による片輪車の配置も規則的です。重厚で洗練された技法と表現は、鎌倉時代13世紀の漆工芸の特色をよく示しています。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
【重要文化財】 檜扇を組み合わせた円文を、金の研出蒔絵を用いて描いています。散らし文様を洲浜状にまとめた文様構成は、鎌倉時代に大いに流行しました。他にも菊枝蒔絵手箱(重要文化財・畠山記念館蔵)など同趣の作品がいくつか知られています。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
【重要文化財】 礼盤は仏前の法会の際に、導師がすわる座である。本体は枠に上下から板をはめ込む方法で造られており、頑丈な猫足を付ける。また、枠の上面と側面、脚の正面には、錫(すず)粉による蒔絵(白鑞(びゃくろう)蒔絵)で、竜胆を円形にデザインした文様が描かれている。数少ない白鑞蒔絵の古例として、貴重である。礼盤とは、仏教の僧侶が坐するための台です。礼は礼拝、盤は皿状の器を意味します。僧侶は仏像の前に置かれた礼盤に坐って仏像と対面し、仏教の儀式を行います。通常はこの上に小さな畳を敷き、その前や左右に仏具やお経を乗せた机を置きます。日本では礼盤は盛んに用いられたことが、現存する作例や記録からうかがわれます。現存する最古の例は12世紀後半に制作されたものです。現代の寺院でも、礼盤は一般的に使用されている仏具の一つです。礼盤は単純な箱型をしたタイプと、下に「猫足」(ねこあし)という曲がった足をつけたタイプの2通りに大別されます。ごらんいただいているこの礼盤は、下に猫足をつけたタイプで、そのもっとも古い例と考えられています。全体は木製で、黒漆を塗り、上面と側面に、錫粉(すずふん)の蒔絵で竜胆(りんどう)の文様をあらわしています。ところどころに、銅製で鍍金した金具を打ち、装飾性を高めています。日本の蒔絵といえば、金や銀の粉(ふん)をもちいるのが一般的であり、錫というのはあまりなじみがないようにもみえます。古い記録には、錫粉の蒔絵が登場するので、かつてはさほど珍しくなかったかもしれません。ただ現存する作例の中ではひじょうに珍しいといえます。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
鎌倉時代特有の、丈の高い堂々とした姿の手箱。箱の表面は全体に淡く平目粉(ひらめふん)を蒔き付け、金の研出(とぎだし)蒔絵を用いて縦横に飛び交う千鳥の群れを表わす。文様・技法ともに単純ではあるが、千鳥の群れ飛ぶ様子が旋回式の構図で表わされており、動きに溢れ、バランスのとれたデザインとなっている。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
箱全体を鳥籠に見立てて格子文様が描かれ、その中に数羽の小鳥や止まり木、水入れなどが描かれている。蓋と身の口縁から四隅にかけて、粗い目の布を張った上に朱漆を塗られており、このような形式の箱を「角赤」と呼ぶ。身の側面には小鳥の形をした銀製の紐金具が取り付けられている。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
中国宋時代の像の影響を強く受けた異色作。伽藍全体に宋代寺院の再現を試みた京都・泉涌寺(せんにゅうじ)開山俊芿(かいさんしゅんじょう)の構想による製作とみられ、戒光寺(かいこうじ)釈迦如来立像など泉涌寺周辺に同種の作例が知られる。ただし、本像のように表面を金銀の蒔絵で装飾する例は他に知られない。
南北朝・室町時代の蒔絵
東京国立博物館,Tokyo National Museum
【重要文化財】 扇面散らしの文様は、扇の変化に富んだ形や、扇面に描き込まれた画中画の面白さが好まれて、鎌倉時代以降さまざまな工芸品に用いられた。ここでは扇が様々な方角を向いており、動きに満ちた構図となっている。また平蒔絵と高蒔絵で精巧に表わされた扇面画は、その魅力をあますところなく伝えている。 手箱とは、化粧道具や文房具などを納める箱です。両手で持てるくらいの大きさで、身の回りに置いておき、普段使いの小物を納める箱は、日本ではいつの時代にもよく使用されたようです。中には表面に漆を塗り、金や銀の粉で文様を表す「蒔絵」(まきえ)や、貝がらを文様の形に切って貼り付けた「螺鈿」(らでん)など、細やかな技術によって装飾を施した手箱も少なくありません。 この手箱は木製で、漆を塗り金粉を蒔(ま)き付ける「蒔絵」の技法で、たくさんの扇を表しています。開いた扇や閉じた扇など、その数は箱の内面と外面あわせて、28本にもなります。扇に表されているのは、山や雲や水の流れ、四季の木や草花など、日本で伝統的に好まれ、絵画や工芸品に描かれてきたモチーフです。ところどころで、金粉を盛り上げた立体的な表現が見られます。こうした蒔絵の技法が、15世紀の漆工芸の特色をよく示しています。 扇そのものは、日本でも古くから使用されており、扇面にはさまざまな絵や文様が描かれました。ヴァラエティ豊かな扇の姿を、そのまま絵画や工芸のデザインとして取り入れようというアイディアは、14世紀ころから始まり、以後もさかんに行われました。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
【重要文化財】 図柄と文字を組み合わせて一つのテーマを暗示する、葦手絵の手法で飾られた硯箱。画中には「君・賀」の2文字が隠されており、『古今和歌集』巻七の賀歌「しおのやま さしでの磯に住む千鳥 君が御代をば八千代とぞなく」による意匠であることを示している。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
【重要文化財】 蓋の表裏の図様中に文字を隠して、「なほ照らせ代々にかはらず男山 仰ぐ峰より出る月影」(『続後撰和歌集』)の歌意を示している。古典文学に取材した意匠を、肉合研出(ししあいとぎだし)蒔絵をはじめ高(たか)蒔絵・平(ひら)蒔絵・平文(ひょうもん)などの高度な技巧で表現した、室町時代蒔絵の名品である。 筆記に用いる硯や筆などの道具を納めるための箱が「硯箱」です。こうした箱は、日本では10世紀ころより作られ始めたと考えられています。硯箱の多くは木製で、表面に漆を塗ったり、金粉で文様を表す「蒔絵」や、文様の形に切った貝を貼り付ける「螺鈿」で装飾した作品も登場しました。しだいに内容品の種類は整理されるとともに、箱の内外や内容品のデザインの統一が図られ、コンパクトにまとまった硯箱が作られるようになりました。やがて硯箱は、文房具では必須のアイテムとなり、貴族、僧侶、武家など文字を使う有力者の間では、洗練されたデザインと高度な装飾技法を用いた硯箱が好まれました。 では作品を見てみましょう。全体は木製で、表面に漆を塗り、金粉を蒔き付ける「蒔絵」の技法でデザインが表されています。硯の上には、瓜の実をかたどった銅製の水滴(すいてき)があります。水滴は、硯で墨をするさいに使う水を入れておく容器です。硯の左右には、取り外しの出来る底の浅い容器が2つ配置されています。もとはこの中に、筆や小刀などが置かれていたのでしょう。蓋の表は、遠景に山々と月、近景に菊・撫子・桔梗など秋の草花が描かれます。これに対して蓋の裏から身の内側にかけては、流水のほとりに建つ建物が表されています。蒔絵は、部分に応じて、金粉を高く低く蒔き、あるいは線を描くなど、多彩な技法が駆使されています。大小の金属の板をはる「截金」(きりかね)や「平文」(ひょうもん)も見られます。蒔絵の技法がほぼ出そろい、またコンパクトで洗練された硯箱が多く制作された15世紀の制作と考えられています。 ところどころに、文字の形に切った銀の板がはられています。これは、11世紀後半から12世紀前半に活躍した貴族の源雅実(みなもとのまさざね)が、京都の男山を主題として読んだ和歌「なおてらせ よよにかわらず おとこやま あおぐみねより いずるつきかげ」から、いくつかをとったものです。このことから、蒔絵のデザインも和歌に基づいたものであることがわかります。このように、物語や和歌などの古典文学を題材として絵画化し、また文字自体をデザインの一部として取り込むやり方は、日本美術によくみられる特色です。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
文様は、金の薄肉高蒔絵を主体に銀蒔絵を交えて描かれている。蓋の表から身の内に収められた懸子や金銅製の水滴にいたるまで、すべてに桜の意匠がとりいれられており、桜の花に寄せる日本人の愛着がそのまま形になってあらわれたような作品となっている。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
沈箱は沈香(じんこう)などの香木をいれる箱。文様は『伊勢物語』第九段、業平東下りのうち宇津山の一節を意匠化したもの。一見何の変哲もない山道の描写が、物語の一場面を鮮やかに浮かび上がらせるという趣向に、当時の人々の古典文学への傾倒ぶりがうかがえる。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
蓋表には、流水のほとりに咲く菊を大きく描き、その下に一本の柄杓を配す。謡曲などで有名な「菊慈童」の説話による図様である。このように登場人物自体を描かずに、その持ち物や景物によってある物語を判じさせる意匠を、「留守文様(るすもんよう)」とよんでいる。
京都国立博物館 Kyoto National Museum,Kyoto National Museum
かつて和歌山県の熊野速玉大社の摂社であった阿須賀神社に伝わった古神宝の一部。古記録によれば明徳元年(一三九〇)に奉納された。隅入りの方形で微かに甲を盛った形は格調高く、総体黒色漆塗の地に、銀平蒔絵の技法で、松折枝と飛び交う鶴を散らす意匠はいかにもめでたい。文字通り冠をしまっておくための箱で、冠も現存する。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
図柄は金の研出(とぎだし)蒔絵だけで描かれており、輪郭や細部の表現には描割(かきわり)が駆使されている。また粉(ふん)の蒔き方に疎密をつけ、蒔暈(まきぼか)しの手法を用いるなど、色調に変化をもたらす工夫が凝らされている。獅子と牡丹の組み合わせは鎌倉時代から見られ、室町時代にはおおいに流行した。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
手箱の表面は全体に黒漆を塗り、平目粉を淡く蒔き付け、金の研出蒔絵で菊の折枝を描いています。中央と四隅にまとめた配置は、鎌倉から南北朝時代を通じて散見される文様構成です。技法・意匠ともに簡潔にまとまり、可憐な印象を与えています。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
蒔絵や金貝などの技法を併用し、歌枕として知られる住之江の景を表しています。洲浜の水際には微塵貝を使い、その輪郭を際立たせています。銘文によると、本作は正平12年(1357)に芸阿が経巻を納め、住吉社へ奉納したもの。製作年代や目的が知られる貴重な遺例です。
安土桃山時代の蒔絵
久松定法氏寄贈,Gift of Mr. Hisamatsu Sadanori,東京国立博物館,Tokyo National Museum
【重要文化財】 豊臣秀吉所用と伝えられる鞍と鐙のセット。前輪(まえわ)と後輪(しずわ)には金の高蒔絵と金貝(かながい)を用いて一茎の芦穂を立体的に描き、所々に大きな銀鋲(ぎんびょう)を打って、葉に宿る露を表わす。桃山という時代にふさわしい、大胆で豪奢な装飾となっている。鞍と鐙を同じ文様・技法で統一した、蒔絵鞍鐙の代表作である。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
表面には隈なく、秋草をのびのびと描き、華やかに飾っています。 技法は金の平蒔絵を主体にして、所々に絵梨子地を交えています。文様・技法ともに伝統的な蒔絵とは異なり、いわゆる高台寺蒔絵の一例で、桃山という進取の時代にふさわしい斬新な表現です。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
食籠は人に食物を贈ったり、また、食物を収めて室内に飾るといった、いわば「ハレ」の場で用いられた容器である。この作品は蒔絵食籠の代表的な存在で、器表には当時流行の、葡萄棚に戯れる栗鼠の文様が躍動的に描かれている。絵梨子地を多用した、華やかな表現である。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
カトリックの教会で、礼拝の際などに聖書を置く台。正面には、イエズス会の標章と七宝繋紋を螺鈿と金の平蒔絵であらわしている。釘や接着剤などを全く用いずに、1枚の厚い板に切り込みを入れるだけで作ったもの。この種の書見台に独特の構造である。
京都国立博物館 Kyoto National Museum,Kyoto National Museum
いわゆる南蛮漆芸の櫃で、16世紀後半から17世紀前半に製作された輸出用の漆芸品。構造は箱形の身に、半円筒形の蓋を蝶番で開閉し、錠金具と提鐶をつける。器面全体を黒漆地に金銀の平蒔絵に螺鈿をまじえ、細線には針描を用いて、鶴・孔雀・虎などの動物、桐・椿・楓・桔梗・萩・野菊などの植物文様を装飾する。このような洋櫃は西洋人の注文によって製作されたもので、現存する遺品から推してもかなりの数がつくられたものと思われる。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p>安土桃山時代にカトリック諸国からの注文によって制作された輸出漆器の典型作。中に収められた画像は、聖ステファノが石打ちに遭(あ)い殉教(じゅんきょう)する『新約聖書』の一場面です。当時スペインの植民地だったメキシコの先住民の伝統技法である「羽根モザイク」で表されています。<br /></p>
東京国立博物館,Tokyo National Museum
脇息は座った時に肘を乗せて寄りかかるための調度である。甲板の表面には金蒔絵で桐鳳凰や竹雀紋・鶴丸紋を描き、脚には流麗な唐草文を表わしている。桃山期の蒔絵調度は稀少であり、また家紋を散らすところから、近世初頭の大名道具の実例とみられ、貴重な存在となっている。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
香盆は香炉や香合など、香を焚くための道具をのせて使用します。本作は平蒔絵に絵梨子地、針描(はりがき)を併用して芒に扇面を表しています。桃山時代に流行した高台寺蒔絵に属する特徴といえますが、扇面に風景を細かく描き込むなど、伝統的な様相を合わせもつところが珍しい作例です。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
手拭掛は、洗面や鉄漿付け(かねつけ)など、水を使う化粧の際に、手を拭う布を掛けるための道具である。表面を雷光形に区画し、薄肉高(うすにくたか)蒔絵で桐紋や秋草を描いている。細長い面に菊・萩・桔梗・撫子・女郎花・芒などの秋草を巧みに配している。いわゆる高台寺蒔絵の一例である。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
東京国立博物館,Tokyo National Museum
京都国立博物館 Kyoto National Museum,Kyoto National Museum
荒川浩和氏寄贈,Gift of Mr. Arakawa Hirokazu,東京国立博物館,Tokyo National Museum
江戸時代の蒔絵
本阿弥光悦作,By Hon'ami Koetsu (1558-1637),東京国立博物館,Tokyo National Museum
【国宝】 蓋を山形に高く盛り上げた、本阿弥光悦独特の形の硯箱。『後撰和歌集』の和歌「東路の佐野の(舟橋)かけてのみ 思ひ渡るを知る人ぞなき」の文字を散らし書きのように配す。豪華でありながら簡潔な印象を与える、光悦の蒔絵の中でも最も洗練された作行の名品である。硯(すずり)と水滴(すいてき)、筆やペーパーナイフを収めるための箱で、高く盛り上がった蓋のかたちと、大胆にクローズアップされた舟と橋の図柄が印象的です。蓋の表面は、漆を塗った後、金粉を隙間なく蒔きつけ、研ぎ上げて仕上げる「沃懸地(いかけじ)」で、さらに粘り気の強い漆で金粉を蒔きつけて線を表わす「付描(つけがき)」の技法によって波を描いています。並んだ舟の上に、斜めに大きく表された橋には鉛の板を使い、ランダムに置かれた文字は銀の厚い板を用いています。文字は組み合わせると源等(みなもとのひとし)という平安時代の貴族が詠んだ和歌の歌詞となりますが、歌詞にある「舟橋」という文字は図柄で表されているので省略されているのです。作者の本阿弥光悦は、17世紀前半に活躍した京都の人で、刀剣の研師(とぎし)の家に生まれながらも、書や陶芸、そして漆工の分野で才能を発揮しました。この硯箱は、大胆な形状や図柄でありながらも、金・銀・鉛を巧みに使い分ける絶妙なバランス感覚や高度な技術によって、洗練された印象を与えています。
尾形光琳作,By Ogata Kōrin (1658–1716),東京国立博物館,Tokyo National Museum
【国宝】 有名な『伊勢物語』第九段、三河国八橋の情景を描いた硯箱。大胆な構図に、圧倒的なデザイン力が示されている。作者の尾形光琳(おがたこうりん)は、八橋を主題にした屏風絵の名品をいくつか残しており、このテーマは自家薬籠中のものであったと考えられる。 蓋を開けた上の段には硯と水滴を収め、下の段には紙を収める硯箱です。底を除いた外側の面に、木の板をつなげた橋がジグザグと不規則に曲がりながら続き、それぞれの面にグループで咲く燕子花(かきつばた)は、数や位置に変化をつけています。モチーフの配置は大胆でありながらも、計算されたデザイン感覚がうかがえます。燕子花の葉や茎の部分は、漆で描いたのち、乾かないうちに金粉を蒔きつける「金蒔絵」によって表し、花の部分は貝がらの内側を平らに加工してはめ込む「螺鈿」という技法を用いています。硯箱のデザインは一見斬新な印象を受けますが、その表現は伝統的な漆の工芸技術によるものです。板橋と燕子花のモチーフは、『伊勢物語』という平安時代の文学で記された愛知県東部にある八橋という場所にちなんだもの。作者の尾形光琳は、17世紀のおわりから18世紀はじめに活躍した画家です。光琳には、八橋の情景を描いた屏風の名品も知られ、古典文学にちなんだモチーフを、洗練された感覚で捉えなおす点が特徴です。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
【重要文化財】 蓋の表裏から身の内にかけて、流水に御所車や殿舎を描く硯箱。水辺には水禽が遊び、菊の花々が今を盛りと咲き誇っています。菊は長寿の象徴であり、御所車は王朝時代への憧憬から好まれた題材でした。高蒔絵を基調に切金(きりかね)を丹念に置き、付描で波を描くなど、多様な蒔絵技術が駆使されています。
五十嵐派,Igarashi School
本作の全面には蒔絵をはじめ、金属の小片を貼り付ける切金や金属を文様の形に切り抜いて貼り付けた平文などの手法が用いられる。蓋表には四頭の鹿と菊、萩などの秋の草花が配され、その図様は蓋裏から蓋表、身の方へと連続している。本作の意匠は『古今和歌集』に収められた壬生忠岑の和歌「山里は秋こそことにわびしけれ 鹿の鳴く音に目をさましつつ」の歌意を表現したもの。文学的な詩情性と蒔絵による装飾性が融合した典雅な作品といえる。
伝本阿弥光悦作,Attributed to Hon'ami Kōetsu (1558–1637),東京国立博物館,Tokyo National Museum
天板に根引きの松、二段目に扇と夕顔、三段目に御所車と白丁(はくちょう)を描いています。『源氏物語』の「初音」、「夕顔」、「関屋」を表わした意匠です。古典文学に取材した文様、厚い貝や錫板を用いた大胆な表現など、本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)作と伝える蒔絵作品に通じる特徴を有しています。
広田松繁氏寄贈,Gift of Mr. Hirota Matsushige,東京国立博物館,Tokyo National Museum
桃山時代から江戸時代初期にかけて、京都の無名の工人たちによって作られた、いわゆる嵯峨棗(さがなつめ)を代表する作品。器表全体にモチーフを巧みに配し、文様が細部にとらわれることなくおおらかに表現されている。量産品ゆえの素朴な趣が、かえって茶人たちに高く評価された。 これはお茶をたてる際に抹茶を入れるための容器です。ナツメの実に形が似ているところから、棗(なつめ)と呼ばれます。一本の枝垂桜の枝を八方に垂らして、文様が器の表面全体に自然に繋がるようにデザインされています。 いわゆる「嵯峨棗」の典型的な作品で、嵯峨棗とは、安土桃山時代から江戸時代初期の頃、京都の無名の工人達によって量産されたものといいます。桜や柳、紅葉などの文様が、細部にとらわれず大らかに描かれているのが、その特徴です。またこの棗のように、一本の立木で表面を覆うようなデザインも大きな見所となっています。注文を受けて制作される高級品ではなく、量産され、商品として市場に流通していたとみられますが、茶人達はその素朴な姿に趣を見出し、かえって評価したのです。 花の部分は漆で少し盛り上げた上に金粉を蒔き、葉には銀粉を交えるなど、技法的に変化をつけているところが、嵯峨棗には珍しい表現です。
蒔絵銘「抱一筆」「羊遊斎」,Inscribed Drafted by Hōitsu and Yōyūsai,東京国立博物館,Tokyo National Museum
原羊遊斎(はらようゆうさい)は江戸時代後期を代表する蒔絵師で、当時その名は現在のブランドネームのごとく世に知れ渡っていた。櫛笄などの小間物(こまもの)にもその銘を入れた作品が多数みられ、季節の草花などを軽妙洒脱に描いたものが多い。その下絵には、有名な酒井抱一の筆になるものもある。
伝本阿弥光悦作,Attributed to Hon'ami Kōetsu (1558–1637),東京国立博物館,Tokyo National Museum
蓋表には鉦鼓(しょうこ)・撞木(しゅもく)と鳥兜を被った舞人、蓋裏には扇と舞楽装束を表わし、舞楽にまつわるモチーフで統一しています。対象に近接した大胆な構図で、金高蒔絵に螺鈿、金棒や鉛板の象嵌、金鋲など多彩な技法と素材が駆使されています。徳島藩主蜂須賀家に伝来しました。
永田友治,Nagata Yuji,京都国立博物館 Kyoto National Museum,Kyoto National Museum
永田友治は正徳・享保頃の人とされるが未詳。「青々子と号し、大に光琳の風を慕ひ遂に其妙を得たり」と伝えられ、琳派の系譜に入る。硯箱は水辺に憩う雌雄の鹿を蒔絵、錫板、螺細で表す。内部の意匠も琳派風。友治の銘や印をもつ作品は数あるが、このような大作はほとんどなく、本作品を代表作と考えてよいだろう。江戸時代に自作を明確にしたユニークな作家の一人である。
順姫所用,Used by Mune Hime (Princess Mune)
宇和島伊達家の家紋である「竹に雀紋」と「竪三引両紋」が描かれた乗物。駕籠の中でも引き戸が付いている高級なものを乗物と呼ぶ。内装部分には、金地に風景と草花が極彩色で丁寧に描かれている。本作は仙台藩第7代藩主伊達重村の娘順姫が伊予宇和島藩第6代藩主伊達村壽に嫁いだ際に用いられた品と考えられている。大名家にふさわしい豪華な蒔絵、華やかな花鳥画が特徴的である。同種の乗物はわずかしか現存しておらず、文化的にも高い価値がある。
底裏金蒔銘「桃葉(花押)」,東京国立博物館,Tokyo National Museum
印籠は薬を入れて腰に提げる小さな容器。江戸時代中頃以降は実用品というより、装身具(アクセサリー)として用いられることが多かった。印籠には動物の文様がしばしば見られ、特に鶏は蒔絵・螺鈿・七宝など各種技法を用いた例が見い出される。
紐通し脇朱漆銘「塩見政誠」,クインシー・A.ショー氏寄贈,Gift of Mr. Quincy A. Shaw,東京国立博物館,Tokyo National Museum
印籠は、薬などを入れる携帯用の容器でしたが、江戸時代の中ごろからは主に装身具として用いられました。これらの印籠は江戸中期の蒔絵師、塩見政誠の作品で、鼠を表裏連続して配した大胆な構図と、毛の一本一本まで蒔絵であらわした精緻な表現が印象的な作品です。
底裏金蒔銘「梶川作 英(朱漆描壺印)」,クインシー・A.ショー氏寄贈,Gift of Mr. Quincy A. Shaw,東京国立博物館,Tokyo National Museum
梶川家は徳川幕府の御用蒔絵師。高蒔絵を用いた、精巧な印籠蒔絵で名をなした。
底裏金蒔銘「茂永 茂永(朱漆描方印)」,クインシー・A.ショー氏寄贈,Gift of Mr. Quincy A. Shaw,東京国立博物館,Tokyo National Museum
原羊遊斎作、酒井抱一下絵,By Hara Yōyūsai (1769–1845); designed by Sakai Hōitsu,東京国立博物館,Tokyo National Museum
明治時代以降の蒔絵
柴田是真作,By Shibata Zeshin (1807–91),東京国立博物館,Tokyo National Museum
柴田是真は江戸両国に生まれ、11才で印籠蒔絵師古満寛哉のもとに入門した。明治6年(1873)ウィーン万国博覧会に蒔絵額を出品して進歩賞牌を受賞したのを始め、内外の博覧会で活躍している。晩年には帝室技芸員に任ぜられた名工である。
小川松民作,By Ogawa Shomin (1847-91),東京国立博物館,Tokyo National Museum
小川松民は、幕末期に江戸で小間物や茶道具などを手がけた有名蒔絵師、中山胡民について蒔絵を学んだ。米国に私費渡航して万国博覧会を視察したり、古典作品の研究に努める姿勢が評価され、政府の文化財模造事業に参画した。明治23年には、東京美術学校(東京藝術大学の前身)の初代漆工科教授となった。
六角紫水 (1867 - 1950),ROKKAKU, Shisui (1867 - 1950)
明治~昭和時代の漆芸家・六角紫水の作。自ら研究した、気温や湿度の影響をほとんど受けないアルミ金属の素地に漆塗りと蒔絵を施した作品です。古美術や正倉院宝物などの古典研究を基礎にしており、ここでも整然として美しい華やかな唐花の文様が、蒔絵や朱の漆などで表現されています。
象彦(八世西村彦兵衛) (1887 - 1965),Zohiko (NISHIMURA, Hikobei VIII) (1887 - 1965)
西村彦兵衛(にしむらひこべえ)は京都の漆器商「象彦」の当主。八代彦兵衛は、宮内庁の御用をはじめ、三井家、岩崎家、住友家の御用を勤め、明治・大正・昭和にかけて数多くの名品を生み出した。漆器の輸出にも力を入れ、1925年、1936年のパリ万博に出品。また、「京都蒔絵美術学校」を設立し、後進の育成にも尽力した。
木村表斎作,By Kimura Hyosai,東京国立博物館,Tokyo National Museum
木村表斎は京都の塗師。真塗(しんぬり)や洗朱(あらいしゅ)の根来塗(ねごろぬり)を得意とし、食器類を多くつくった。この椀は明治18年(1885)五品共進会に出展され、二等賞を獲得する。本会では一等賞が選出されなかったため、出品中の最高の漆技を表したとして高く評価された。
井波喜六斎(初代),Inami Kirokusai,京都国立博物館 Kyoto National Museum,Kyoto National Museum
春の草花の蒔絵がほどこされた輪島塗の七ツ組の杯。飛騨高山の旧家の旧蔵。注文主が意匠を指定した一品製作品と考えられる。
底裏金蒔銘「梶川作 英(朱漆描壺印)」,クインシー・A.ショー氏寄贈,Gift of Mr. Quincy A. Shaw,東京国立博物館,Tokyo National Museum
底裏朱漆銘「塩見政誠」,クインシー・A.ショー氏寄贈,Gift of Mr. Quincy A. Shaw,東京国立博物館,Tokyo National Museum
底裏線刻銘「芝山作」,クインシー・A.ショー氏寄贈,Gift of Mr. Quincy A. Shaw,東京国立博物館,Tokyo National Museum
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石川県輪島市で生産される輪島塗。木で器を作り、漆を塗り、蒔絵を施す。手間と工夫の末に、丈夫で美しい漆器を作り上げていく、その工程を紹介します。
石川県は日本を代表する漆器の産地。江戸初期、外様大名の大藩だった加賀藩は、江戸幕府の警戒を解こうと、財力を美術工芸に費やす方針を打ち出しました。それにともない、藩が直接運営にあたって作られたのが、「金沢漆器」です。京都の名工・五十嵐道甫、江戸からは清水九兵衛を指導者として招き、洗練を重ねた、金沢ならではの漆器が完成しました。
全国有数の漆器の産地として知られる福島県、会津若松。安土桃山時代に会津を治めていた蒲生氏郷(がもううじさと)が、漆工芸を奨励したことから、漆器産業が発展しました。400年続く伝統の技が、今も受け継がれています。
和歌山県、熊野川の河口近くに鎮座する熊野三山のひとつ、熊野速玉神社。世界遺産に登録されています。神社では、およそ600年前に奉納されたと伝わる古神宝類を所蔵しており、それらは国宝に指定されています。中でも、とりわけ名品と言われているのが、11の蒔絵手箱。中世の化粧道具が納められた手箱です。
加賀百万石で知られる石川県金沢。市民の7割が浄土真宗の門徒と言われています。この町ならではの伝統工芸が仏壇です。400年以上の歴史があり、きらびやかな装飾が施されています。
京仏壇は、京都府で製作される伝統的な金仏壇です。金箔やきらびやかな装飾品が特徴で、木地、金箔押し、蒔絵など、それぞれの分野の名工たちが分業で仕上げます。職人の持てる技術を結集して作られる工芸品です。<br><br>(この動画は、2002年に放送したものです。)
奈良県奈良市にある世界遺産・春日大社。境内にある宝物殿には、南北朝時代に足利義満が奉納したとされる国宝・金装花押散兵庫鎖太刀(きんそうかおうちらし ひょうごぐさりたち)など、時の有力者たちが一族の繁栄を願って奉納した品々が収蔵されています。
女性のお洒落に欠かせない「櫛(くし)」。江戸中期、町人文化が花開いた頃に、江戸で盛んに作られました。その伝統的な櫛作りの技を紹介します。
奈良公園の一角、東大寺の北側にある正倉院。8世紀半ばに建てられた巨大な宝庫で、奈良時代・天平文化を伝える貴重な宝物を1000年にわたり、守り抜いてきました。この正倉は建造物としても類稀な価値があり、「古都奈良の文化財」のひとつとして、世界文化遺産に登録されています。
京都市東山区、二年坂の商店街を抜けた先にある高台寺。豊臣秀吉の正室ねねが、秀吉の没後の菩提を弔うために、江戸時代の初めに創建した寺です。観光地、清水のにぎやかさを、しばし忘れることのできる静かな佇まいを残しています。<br><br>(この動画は、1998年に取材したものです。)
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世界文化遺産・国宝。平安時代末期に創建した阿弥陀堂。内部に蒔絵・螺鈿の装飾がほどこされた、平安美術工芸の粋を極める建造物。
尾張徳川家伝来の大名道具を収蔵・展示。「名品コレクション展示室」では、蒔絵をほどこした武具や婚礼調度品を展示している。高度な蒔絵技術を尽くして制作された国宝「初音の調度」は大名婚礼道具の最高峰として知られる。
常時全室で漆芸品を展示する漆芸専門美術館。年間を通じて、漆芸に関するさまざまな切り口の企画展が開催される。常設展では輪島塗の歴史と文化を紹介。館内では、漆器の製作工程や漆芸作家の作品を紹介するビデオを鑑賞できるほか、充実した漆芸・美術関連図書が閲覧可能。
石川県内の伝統的工芸品全36品目をすべて展示する施設。輪島塗、山中漆器、金沢漆器が展示されている常設展示のほか、伝統工芸の「いま」を紹介するさまざまな企画展を随時開催。
高台寺と関連寺院に伝わる宝物を中心に展示。重要文化財に指定された桃山時代の高台寺蒔絵の調度品を所蔵。
国立国会図書館は、国会に属する唯一の国立の図書館です。国内外の資料・情報を広く収集・保存して、知識・文化の基盤となり、国会の活動を補佐するとともに、行政・司法及び国民に図書館サービスを提供しています。
日本と東洋の文化財を守り伝える中心拠点としての役割を担う我が国の総合的な博物館です。
平安時代から江戸時代の京都文化を中心とした文化財を取り扱う地域に根ざした博物館です。
仏教美術及び奈良を中心として守り伝えられてきた文化財を取り扱う博物館です。
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江戸時代の蒔絵の名工の作品を紹介するほか、蒔絵概略史、蒔絵用語辞典も掲載。漆工研究家・高尾曜氏が運営。
「名品ギャラリー」「コレクションデータベース」からサントリー美術館が所蔵している蒔絵作品を閲覧できる。
参考文献
- 中央公論社
- 中央公論社
- 中央公論社
- 灰野昭郎 執筆,新潮社
- 加藤寛 監修,東京美術
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- 二次利用について
- 最終更新日
- 2024/01/22