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仮面(教育・商用利用可)

国立博物館の収蔵品から集めました

狂言面

狂言面 猿

<p>狂言「靭猿」「猿聟」「猿座頭」などに用います。狂言役者は「猿に始まり狐に終わる」と言われ、「靭猿」の子猿役を初舞台とし、「釣狐」を演じきることで芸の完成とされます。猿は日吉山王神の、狐は稲荷神の使いで、動物の面として最も古く、室町時代の作例が知られています。+うつぼざる+さるむこ+さるざとう+つりぎつね<br /></p>

狂言面 賢徳

<p>「止動方角(しどうほうがく)」の馬、「横座(よこざ)」の牛、「蟹山伏(かにやまぶし)」の蟹の精などの役に用います。賢徳面の成立は古く、文亀4年(1504)銘の遺品が知られます。視線を上または横にそらし、鼻脇をえぐって、上の歯で下唇を噛むのが定型です。この面は狂言面としてが滑稽味(こっけいみ)が少なく、尋常な人間の顔と似ています。<br /><br /><br /></p>

狂言面 うそぶき

<p>空吹(嘯)は、「大黒風流(だいこくふうりゅう)」の鼠(ねずみ)、「蛸(たこ)」の蛸など動物の精霊にもちいられる。口を吹く形は祝詞(のりと)を発すべく口を吹くとも、火を吹く口の形を写すともいわれるが、この形は、仮面の古い伝統をひくものと思われ、伎楽面や舞楽面にも類似の形をみることができる。(20111206_h14)<br /></p>

狂言面 うそぶき

<p>蚊(か)の精(せい)、蛸(たこ)の精、罪人、案山子(かかし)など幅広い役柄に用いる。眉やひげに毛を植えて老貌を示す。口をすぼめるのは仮面の古い形で、伎楽面(ぎがくめん)や舞楽面(ぶがくめん)に既に見られ、田楽(でんがく)、猿楽(さるがく)の面にもあったのだろう。この面は、裏に「増阿弥作 満猶(花押)」という金泥(きんでい)の銘がある。(旧題箋)<br /></p>

狂言面 祖父

<p>顔をゆがめて苦悩するかのような表情は恋煩(こいわずら)いのためだろうか(「枕物狂(まくらものぐるい)」。この面は裏に「大蔵弥太夫 虎輔」という朱書(しゅがき)の銘がある。大蔵家(おおくらけ)は狂言の流派の一つで、江戸幕府に召し抱えられた。その分家弥大夫家(やだゆうけ)をおこした虎輔(とらすけ)の所持品であったことがわかる。<br /></p>

狂言面 登髭

<p>登髭とは、顎や鬢の髭が耳の方に向かってひねり挙げられている様子を指す言葉である。年老いて歯が抜け、笑いを帯びた表情に親しみを感じる。狂言においては、能の間に演じられる「間狂言」において登場する末社の神の役に使われる。<br /></p>

能面

能面 翁

<p>笑みを浮かべる老人の面。五穀(ごこく)豊穣(ほうじょう)、所(しょ)願(がん)成(じょう)就(じゅ)など幸いを寿(ことほ)ぐ翁舞に用いる。翁舞の起源は古く平安時代末頃に遡り、能が発展する源流と位置づけられる。口の半ばで上下を切り離して紐でつなぐ手法は舞楽面の影響による。ウサギの毛皮を貼り付けていた眉は剥がれ落ち、表面の色は塗りなおされている。<br /></p>

能面 増女

<p>増女を得意とした是閑の作と見られる優品。知的で清らかな表情で頬や目の上などにほんのり朱のぼかしを入れる。面裏の鑿跡が浅く、稜線が丸みを帯びるのが是閑の特徴で、知らせ鉋と焼印もある。<br /></p>

能面 姥

<p>『高砂【たかさご】』『国栖【くず】』に登場する老夫婦の翁は尉面【じょうめん】、嫗【おうな】は姥を用いる。目は伏し目とし、全体を刳り抜く。年老いた女性の面のうち「姥」は神がかった役に用いるが、『関寺小町【せきでらこまち】』『姨捨【おばすて】』などの老女の役にも使われる。修理によって表情が硬くなっているが、面裏の彫りに古さが感じられる。(観世、金剛流)</p>

能面/蛇

<p>能「道成寺」などで用いられる能面「蛇」は、嫉妬にかられ、蛇体と化した女性の怨霊を表わした面です。角や牙があり、鰓が張っているのはほかの蛇の面とも共通します。大きく開けた口のまわりの鰭を表したような鋸状の表現や、眉の表現が特徴的です。<br />+どうじょうじ+えら+ひれ+のこぎり+<br /></p>

能面 邯鄲男

<p>メリハリのある彫りと健康的な肌の色が精彩に富む優品。面裏の焼印、知らせ鉋や鑿跡から是閑の作と見てよい。是閑は豊臣秀吉から「天下一」の称号を授かった面打。面打を世襲した大野出目家の初代で写しを多く造ったが、名人として高く評価されている。<br /></p>

能面 石王尉

<p>越前の面打、石王兵衛が創作したと伝えられる、老年の男性を表わした面である。金春・金剛・喜多流といった下(しも)懸(がかり)の流派が「西行桜」の桜の精や「遊行柳」の柳の精など、年老いた老人の精霊を演じる際に用いる。金春家に2面あったうちの新しい方である。<br /></p>

能面 天神

<p>天神面は菅原道真の霊だけでなく、広く天の神の役に用いる。瞳が下を向くのが普通だが、この面は正面を見る。口は盃形(さかづきがた)に上唇がのるようで、耳も単純な曲線で形式化している。大野出目(おおのでめ)家の洞水(どうすい)の作に酷似するが、面裏の鼻の刳りは、その後の甫閑(ほかん)、友水(ゆうすい)に近い。(190129_h特1・2特集)<br /></p>

能面 獅子口

<p>『石橋』で文殊菩薩の乗る霊獣としての獅子の役に用いる。獅子の舞がこの演目の見どころである。顔は金泥、目は鍍金した銅板をかぶせるので、光りかたが微妙に異なるが、顔全体が金色である。口の大きさ、牙の長さは能面中最大で、怖さより強さを感じる。<br /></p>

伎楽面

舞楽面

舞楽面 貴徳

<p>貴徳は1人で舞う高麗楽(こまがく)です。散手(さんじゅ)とともに王舞ともいわれる勇壮な武舞です。面は散手に似ますが、散手が赤色に塗られるのに対して、緑色または肉色に塗られます。輪郭が卵形のものと長い馬面のものと、丹生都比売神社伝来の舞楽面にはこの2種がそろっています。</p>

舞楽面 陵王

<p>陵王は、羅陵王(らりょうおう)または蘭陵王(らんりょうおう)ともいう。舞楽の中でも最も多く上演されていたため、面の遺品も全国に広く分布する。曲は一説に、中国・北斉の武勇の王、蘭陵王長恭が、余りの美男子であったために、怪異な面をつけて戦いに出陣したことに由来するという。(20140325_h14)<br /></p>

舞楽面 案摩

<p> 布または紙製の面を蔵(ぞう)(造)面(めん)といい、舞楽では案摩と蘇利古(そりこ)に用いられる。いずれも人の顔とは見えないほど、造作を図様化する。案摩の舞いの終盤に二ノ舞(にのまい)が登場し真似て舞うというように両者は組み合わせて演じられる。脆弱(ぜいじゃく)な材質のため古い遺品はない。 <br /></p>

舞楽面 退宿徳

<p>朝鮮半島から伝わった高麗楽【こまがく】の四大曲の一つで、4人で舞います。裏面の銘により、高野山金剛峯寺とゆかりの深い天野社(現在の和歌山・丹生都比売神社)で行われた舞楽で用いられたことがわかります。眉間にある瘤【こぶ】のような皺【しわ】と頭髪を墨彩で表わすのが特徴です。<br /></p>

舞楽面/採桑老

<p>採桑老は一人で舞う唐楽(とうがく)です。舞楽で唯一の老人の舞で、高齢の者以外は演じられない秘曲といわれます。両眼を別材で造る動眼(どうがん)、下顎を別材で造る切顎(きりあご)の技法が各時代の面に共通します。この面の白眼に水晶板を嵌(は)め込む特異な技法は、仏像の玉眼(ぎょくがん)を応用したものでしょう。</p>

舞楽面 二ノ舞(咲面)

<p>二ノ舞は2人で舞う。案摩に次いで舞い、案摩(あま)のしぐさをまねるが、うまく舞えず笑いをとる(「二の舞を演ずる」の語源)。面は皺を重ねて笑う老爺をあらわした咲面と、眉や頬を腫れあがらせて苦しみあえぐ老婆をあらわした腫面が一組になっている。 (2004/04/06_s21, 2006/05/09_s32)<br /></p>