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Paintings of Beautiful Women from the Edo Period

Early modern original paintings and woodblock prints of beautiful women

In Japan, images of women have been depicted in genre paintings and portraits since ancient times, but the genre of "bijinga" (portraits of beautiful women), which specifically focused on the depiction of female beauty, became clearly independent after the early Edo period (1603-1868). During the Kanbun era (1661-73), women who had been depicted in groups in genre paintings began to be depicted individually, and a style known as "Kanbun bijinzu," in which standing figures of prostitutes and maiko (apprentice geiko or geisha) were depicted alone on a hanging scroll, became popular. Around this time, portraits of beautiful women began to be painted in the ukiyoe woodblock print genre, founded by Hishikawa Moronobu, and since then, bijinga has been a major genre in ukiyoe woodblock prints. In the Meiwa era (1764-72), Suzuki Harunobu perfected "nishikie" (woodblock prints with multiple colors) and produced a series of nishikie prints of pretty beauties, leading the ukiyoe world. Later, during the Tenmei era (1781-89), Torii Kiyonaga painted portraits of slender, well-proportioned women, totally changing the public perception of beauty in Edo (present Tokyo). During the Kansei era (1789-1801), Kitagawa Utamaro created the "Bijin Okubie" (close-up portraits of beauties) that replaced paintings of actors with beautiful women, featuring oversized proportions, especially the head, which became explosively popular. This section lists representative examples of bijinga painted during the Edo period (mid-17th century to mid-19th century), divided into four periods.

Kanbun - Shotoku era (mid 17th century - early 18th century)

Beauty on Veranda

筆者不詳/17世紀中頃。金箔の用いられた豪華な着物に身を包み、縁先に立つ美人は、遠くを見やっている。『伊勢物語』「河内越」段の女性を描いた見立絵と考えられる。立ち姿の美人ひとりを描いた「寛文美人図」は17世紀後半に数多く描かれたが、本作はそのさきがけ。

Beauty Looking Back

菱川師宣/17世紀後半。緋色の衣裳をまとった美人がふと見返る一瞬を描く。ヘアースタイルや振袖の模様は、当時流行していたもの。縫箔師であった師宣の描く艶やかな衣装の女性像は「師宣の美女こそ江戸女」と賞賛され人気を博した。落款の「房陽」は出身地房州(千葉)、「友竹」は晩年の雅号である。

[太夫と禿]

鳥居清信/18世紀初期。墨一色で摺られた、「墨摺絵」と呼ばれる、浮世絵版画の最初期の様式。作者の鳥居清信は、鳥居派の初代。看板絵や役者絵など、歌舞伎関係の絵を得意としたことで知られるが、本図のような流麗な描線の美人画も描いた。

Courtesan with a Bird and an Attendant with a Cage

鳥居清倍/18世紀。鳥居清倍は、鳥居清信の弟または長男といわれ、鳥居家二代を継いだが、経歴は不詳。本図は、元禄年間(1688~1704)に流行した勝山髷を結った遊女の姿を強弱のあるリズミカルな墨線をいかした墨版で描き、丹と黄土の二色を筆で加えている。

Girl with a Kukurizaru (“Tied monkey” cloth bag)

【重要美術品】 古山師政/18世紀。師政は宝永期頃活躍した菱川派の絵師。「括り猿」は四角い布に綿を縫い込み、四隅を集めて括った細工物。「客の足止めをする」という意味も込めて飾られることもあった。遊女が思わせぶりに持つ姿は愛嬌があり、師政の平俗で親しみやすい画風をよく示している。

風前美人図

懐月堂安度/18世紀前半。風を受けて立つ遊女は、凛とした気品をたたえている。鉄線模様の表着が翻り、桜模様の間着の艶やかさが引き立っている。風になびくしごき帯の衣文が、懐月堂派特有の整理された構図に、柔らかで優雅な風情を添える。

Standing Courtesan

懐月堂安知/18世紀前半。安知は安度の高弟であったと想像されるが、その様式は師と比べると繊細で柔和な描写を特徴としている。片輪車に夕顔模様の振袖の褄をとり、桜模様の間着を翻すこの遊女も、丸みを帯びた可憐さがある。

遊女聞香図

宮川長春/18世紀前半。遊女が双六盤に腰を掛け、足元で香をたき、その香りを着物にたきしめているさまを描く。作者の宮川長春は狩野派に学んだ後、浮世絵に転向した浮世絵師だが、版画は手がけず、肉筆の浮世絵を多く生み出した。

Beautiful Woman and Wall Clock

西川祐信/18世紀前半。行灯の明かりを寄せ、鐘が時を告げるのを止めようとする娘。時計の針が指す亥(い)の刻はそろそろ眠りに着く時刻。時が来れば別れなければならない男の存在が暗示され、祐信らしいふくよかで気品に富んだ描写の中に女性の心情が描き出されている。

Woman, Rooster and Hen

奥村政信/18世紀前半。「汗になる 鳥に悋気の夫婦徒」と川柳を記す政信は、浮世絵師で、版元も兼ね、俳諧もよくした。風呂上りの女が、せっかく汗を流してきたのに、つがいの鶏をみて妬けてしまい、また汗がでるという場面を、紅と緑を主調にした紅摺絵という技法で描く。

Beauty Doing her Laundry under a Willow Tree

山崎龍女/18世紀。着物を踏み洗う女が、水を汲む間に、ふと空を仰いでいる。掲げた左手に、夏の強い日差しが感じ取れる。風を思わせる柳や、涼やかな着物の柄、さらに足下の流水によって、爽やかな涼感を演出している。暑さをしのぐ工夫が情緒豊かに凝らされた作品である。

花桶 (石川豊信)

石川豊信/18世紀中頃。髪を兵庫髷に結い上げた遊女の立姿。手には梅・水仙・椿など早春の花々が入った花桶を持ち、梅の枝に結んだ短冊を見ている。作者の石川豊信は、紅摺絵期の代表的な美人画家。

Kyoho - Meiwa, An'ei era s(mid - late 18th century)

“Clock Striking in the Evening” from the Series Eight Parlor Scenes

鈴木春信/18世紀後半。錦絵と呼ばれる多色摺り木版画の初期の作品で、錦絵誕生のきっかけとなった絵暦交換会の中心人物である旗本の大久保忠舒が春信に依頼したもの。「坐鋪八景」は、中国の伝統的な画題である瀟湘八景のパロディとして女性の日常を描いた8枚揃いのシリーズ。

Woman Visiting a Shrine on a Rainy Night

【重要美術品】 鈴木春信/18世紀後半。「見立」とは、当世風俗を古典の世界に擬(なぞら)え、絵解きを楽しむもの。雨夜に提灯を手に宮詣に向かうのは、笠森稲荷の水茶屋の娘お仙。風雨の中の宮詣という題材は、歌人紀貫之が蟻通明神の前で風雨に遭い和歌の力で難を逃れる謡曲『蟻通』に見立てられる。

Geisha Stepping off a Boat

【重要美術品】 鈴木春信/18世紀後半。屋根舟を岸につけ、柳の枝が垂れる初夏の岸辺に降りたつ娘。船の中の娘は、これから出掛けるようにおはしょりの紐を締め直している。その後ろに三味線箱を抱えた男の姿がのぞいていることから、二人の芸者が宴席に向かう場面を描いたものだとわかる。

Allusion to the Noh Play Hachinoki (Potted Trees)

鈴木春信/18世紀後半。謡曲「鉢木」の場面を女性にやつして描いた作品。地面や、鉢の木に降り積もる雪の部分は、よく見ると凹凸でふかふかとした柔らかさをあらわしている。これは「きめだし」といい、凹面の版木に紙をあて、その裏からたたき出して紙に盛り上がりを作る方法。

Beauty on a Balcony

鈴木春重(司馬江漢)/18世紀後半。鈴木春重とは、蘭学者司馬江漢のこと。江漢は春信に浮世絵を学び、春信の贋作まで制作したという。一見、春信と見紛う愛らしい美人図だが、大胆な遠近法を用いた縁の構図などに、江漢らしい機知がうかがえる。

Young Women of the Pleasure District in New Year's Fashion: Shiratama of Tamaya

礒田湖龍斎/18世紀後半。「雛形若菜初模様」は、礒田湖龍斎の代表的なシリーズで、100枚以上が知られている。吉原の高名な花魁を描いたもので、流行の着物や髪形などを描いたファッションブックとしての役割も持っていた。同じタイトルで、鳥居清長や勝川春山も描いている。

“Oshima and Onaka of the Nakachō, Beauties of the East” from the Series Beauties of the Four Directions

北尾重政/18世紀後半。「西方乃美人 堺町」、「北方乃美人(吉原)」と本図が知られ、ほかに南の品川を加えた4図で構想されたと思われる。本図は、東と呼ばれた深川門前仲町の芸者二人を描いている。江戸時代中期に流行した「灯篭鬢」と呼ばれる鬢を大きく張り出した髪型が特徴的である。

Comparing the Charms of Modern Beauties: The Flowers of Yamashita

北尾政演(山東京伝)/18世紀後半。政演は北尾重政に学び黄表紙の挿絵を手がけ、やがて黄表紙や滑稽本を自作するようになる。天明二年(1782)以降、山東京伝と名乗り文名を高めた。その活躍は多彩で、錦絵のほか風俗絵巻なども描くなど、当代一の文化人として活躍する傍ら、煙草店も経営した。

Woman with Fan after Bath

勝川春章筆/18世紀後半。役者絵を得意とした春章には珍しい美人絵である。衣の襟や袂、裾の線描が画面の印象を優美なものとしている。柱絵の特長をいかした構図であるが、女性の視線の先に何があるのかが、大いに気になるところである。

青楼美人合姿鏡 春夏

北尾重政、勝川春章/18世紀後半。吉原美人画集。初板は、安永5年(1776)正月、江戸山崎金兵衛、同蔦屋重三郎。廓中の四季折々、遊女が見せるさまざまな表情を鮮やかな彩文の着物、背景の調度・小道具とともに描く。豪華色摺り絵本で、細やかな線描と上品な彩色が調和した名物本。

Beauties under Cherry Blossoms

長沢芦雪/18世紀後半。豪華な装いの若い娘と侍女。生彩な目、精緻な髪、眉、着物の文様の入念な描写がすばらしい。右袖前に舞い落ちる一片の花びら。右下に蝶3匹を舞わせ、気品と動感を生んでいる。匂うような美の表現で、円山応挙門下の鬼才、芦雪の数少ない日本美人画の優品だ。 

吉原遊女図

歌川豊春/18世紀後半。歌川派の祖、歌川豊春による肉筆美人画。豊春は京都で狩野派に学び、後江戸に出て鳥山石燕に師事したとされ、西洋の遠近法を取り入れた錦絵「浮絵」を得意とした。寛政年間以降は肉筆画の制作に専念。本図は天明~寛政(1781~1801)頃のものと見られる。谷文晁賛。

Tenmei, Kansei - Bunka era (late 18th century - early 19th century)

Woman after a Bath and a Woman Cuddling Her Child from the Series Genre Scenes of the East

鳥居清長/18世紀後半。「風俗東之錦」は、すらりとした美人の日常が描かれた20図からなる鳥居清長を代表する揃物。本図では、子供をあやすのに気をとられ脚の露になった女性と、浴後の胸をはだけた女性が描かれている。

飛鳥山花見

鳥居清長/18世紀後半。手前には清長が得意とした8等身の健康的な美人や子供たちを、後方には桜の名所として知られる飛鳥山を描く。華やかな女性のみならず、奥行ある空間表現も見どころ。左奥には飛鳥山のランドマーク「飛鳥山碑」も小さく描かれている。

鳥居清長/18世紀後半。鳥居清長の柱絵の代表作。柱絵とは浮世絵版画の判型の一つで、浮世絵の用紙を横に四つ切りにした細長い判型。柱に掛けて装飾とした。黒い御高祖頭巾の女性が向かい風に抗いながら、乱れる着物を抑えつつ歩いている。頭上には藤の花が咲く。

Beauties Smoking under a Cherry Tree

窪俊満/18世紀後半。桜の下で煙管を持つ女二人が優美に描かれている。窪俊満は、南陀伽紫蘭と号し戯作を、一節千杖と号し狂歌を、また塩辛房と号して俳諧をよくした。家業の漆工芸にも長じ、当代きっての文化人の一人であった。浮世絵は清長風の高雅な美人画を描いた。

Women in a Room

勝川春潮/18世紀末。勝川春潮は、勝川春章門下の高弟。肉筆美人画では師風を忠実に継承しているが、版画では師とライバルの清長の様式を模倣し、庶民の間に相当な人気を博した。人物のたおやかな表情や、着衣の瑞々しい描写などに鑑賞者の視線を集中させる手法は、清長がよく行なったもので、女性の優美さを際立たせている。

Deeply Hidden Love, from the series “Anthology of Poems: The Love Section”

喜多川歌麿/18世紀末。「歌撰戀之部」は、背景を紅雲母摺(べにきらずり)とした美人大首絵5枚揃いシリーズで、歌麿は女性の年齢や表情、仕草を描き分け恋する女性の心の襞までを描き出そうとしている。本図は歯に鉄漿(おはぐろ)を付けた年増の婦人。寛政(1789~1801)中頃制作の、歌麿の代表作。

Lineup of Contemporary Popular Beauties: Takigawa

喜多川歌麿/18世紀末。吉原遊女の座った姿を、膝のあたりから上で切り取った特徴的構図の10枚揃シリーズで、遊女や禿の名前から寛政6年(1794)に制作されたと考えられている。本図のみ遊女屋名と禿名が記されていない。扇屋抱えの遊女瀧川が文を愛しむように隠し読んでいる。

“Hour of the Horse” from the Series Women at Various Hours of the Day

喜多川歌麿/18世紀末。『娘日時計』は、町娘の時間に応じた生活をスナップ風の5図に描いたシリーズ。本図は正午頃。手拭いを手にし、糠袋をくわえた湯上り姿の二人の娘を描いている。顔に輪郭線を用いておらず、写実的表現に対する歌麿の試みがうかがえる。

Needlework

喜多川歌麿/18世紀末。夏姿の女性達が夏衣(なつごろも)を仕立てている。紗の紋を透かし見る姿や反物を二人で割り出す様子は、リアルであると同時に優美。針箱や鋏といった小道具も丹念に描かれており、子供や猫の仕草も愛らしい。なにげない日常に意を尽くした歌麿らしい初夏の図。

Geishas of the Pleasure Quarters: Itsutomi

【重要文化財】 鳥文斎栄之/18世紀末。吉原の芸者を描いた3枚続の中の1枚。手に撥を持ち、足元に三味線を置いたすらりとした立ち姿で描かれた「いつとみ」は富本節を得意とした寛政年間(1789~1801)を代表する人気芸者。すっきりとした背景と伸びやかな姿に栄之の特徴がよくあらわれている。

鷁首船

鳥文斎栄之/18世紀末。鷁首船は、船首に想像上の水鳥、鷁(げき)を装飾としてつけた、貴族の舟遊び用の船。本図は唐帝の后となった藤原鎌足の娘が興福寺への寄進船を出すという物語を、当世風に見立てたものと考えられる。 作者栄之は歌麿と人気を競った美人画家。寛政年間(1789~1801)の作。

郭中美人竸 丁字屋雛鶴

鳥高齋栄昌/18世紀末。鳥高斎栄昌は鳥文斎栄之の高弟で美人画を得意とした浮世絵師。作品は、寛政5~11年(1793~99)ごろの短期間に集中しており、とくに美人大首絵に優品が多い。「郭中美人竸」はその代表作。

Blindman's Buff (Allusion to Yuranosuke at the Ichiriki Teahouse)

鳥高齋栄昌/18世紀末。「仮名手本忠臣蔵」には、大星由良之助が仇討を忘れたと見せかけて祇園の一力茶屋で遊び呆けて敵を油断させる場面がある。「目んない千鳥」(目隠し鬼)で女性たちに囲まれる華やかで艶っぽい場面。本図は、その場面に見立てられている。

井筒中居かん、藝子あふきやふせや

【重要文化財】 栄松斎長喜/18世紀末。栄松斎長喜は、歌麿風の大首絵や3枚続絵の美人画を多く残しているが、女性たちの表情には独特の趣がある。本図は長喜の代表作で、雲母摺の背景に、大坂の芸子と仲居を組み合わせて描いたシリーズ。髪の結い方などにも上方風俗の特徴が表れている。

(四季美人) (雪中美人)

栄松斎長喜/18世紀末。栄松斎長喜は、寛政初頭頃から錦絵や黄表紙の作品を手掛けていたとみられる浮世絵師。伝歴は不詳。本図は、寛政6年(1794)頃に蔦屋重三郎を版元として出版された季節感豊かな雲母摺りの美人図4図のうちの1枚。

「風流七小町略姿絵」 「かよひ小まち」

歌川豊国(初代)/18世紀末。歌川豊国は歌川派の祖・豊春に入門し、役者絵や美人画の分野で活躍。多くの門人を指導し、幕末の歌川派興隆の礎を築いた。本図は、小野小町の伝説に取材した七つの謡曲「七小町」の見立絵シリーズ。ドラマティックな表現は役者絵を得意とした豊国ならでは。

An Honest Girl, from the Series "A Parent's Moralising Spectacles"

喜多川歌麿/19世紀前半。何かの願い事のためか、それとも愛する男との約束を誓うためか、一人の娘が一生懸命右手首にこよりを巻き結ぼうとしている。歌麿の巧みな描写は乙女の純真な心を映し出すかのようである。

舟待つ女 桟橋美人

鳥文斎栄之/19世紀前半。鳥文斎栄之の肉筆美人画。文化年間(1804~1818)頃の作。お座敷に声のかかった芸者が両国橋のたもと、柳橋で舟を待っている。 栄之は寛政後期に錦絵版画の製作から事実上離脱し、肉筆美人画の絵画作品を数多く手懸けるようになった。

Bunsei, Tempo-Ansei era (early - mid 19th century)

風流無くてななくせ[遠眼鏡]

葛飾北斎/19世紀前半。本図は、葛飾北斎としてはかなり珍しい、大首絵の美人図。「可候」と名乗っていた時期の作で、日傘を手にしたお歯黒の武家の妻と、島田髷の若い娘が大きく描かれている。二人はおそらく母娘だろう。娘は和製と思われる朱塗りの遠眼鏡をのぞいている。

口紅

歌川豊国(初代)/19世紀前半。文政6年(1823)に出版された、豊国晩年の団扇絵。この時期、豊国は社会の美意識の変化を反映し、猫背猪首、吊り上がった目じり、華やかな色づかいの新たなスタイルの美人画を構築。その後、このスタイルは、幕末の歌川派隆盛とともに浮世絵美人画の主流となった。

Eight Views of the Yoshiwara Pleasure Quarters: Night Rain in Yoshiwara (12 p.m., closing time)

菊川英山/19世紀前半。菊川英山は、文化文政期(1804~30)に活躍した浮世絵師。絵は狩野派を学んだ父や四条派の鈴木南嶺に師事。葛飾北斎や喜多川歌麿の画風に影響を受け、美人画を多く描き、菊川派を形成した。

美艶仙女香

溪斎英泉/19世紀前半。「仙女香(せんじょこう)という、江戸・京橋で売られていた粉白粉の広告。作者の溪斎英泉は菊川英山門下。自ら根津で娼家を営み、遊女をモデルにした退廃的で妖艶な雰囲気の美人画を描いた。

英泉藍摺錦絵

溪斎英泉/19世紀前半。藍を主色とした「藍摺絵」とよばれる錦絵。文政年間頃から版行が始まったと見られ、幕末に流行した。当時海外から輸入され始めた「ベロリン藍(プルシアンブルー)」という発色のよい鉱物顔料が使われている。

京美人夏化粧図

祇園井特/19世紀前半。井特は京都の異色絵師。祇園に住んでいたことから、「祇園井特」と呼ばれたと伝わる。版画作品は残っておらず、主に京都の遊女や芸妓をモデルにした個性的な肉筆美人画を描いた。

「星の霜当世風俗」 「(蚊焼き)」

歌川国貞/19世紀前半。文政2年(1819)頃に描かれたと見られる美人画シリーズ「星の霜当世風俗(ほしのしもとうせいふうぞく)」は歌川国貞の代表作。絵に描かれている女性は、こよりに火を点けて蚊帳に入った蚊を退治しようとしているところである。当時の庶民の夏の風俗を写し取った一枚。

「水無月 富士帰 夕立」

歌川国貞/19世紀前半。中図の笠の女性の後ろにいる子供は瓜と富士土産として有名な麦藁蛇を持ち、左図の傘を差す女性は三代尾上菊五郎を描いた団扇を持つ。

駿河町越後屋

歌川国貞/19世紀中頃。江戸駿河町三井越後屋の店前に三美人を並べる浮世絵。駿河町越後屋に関する浮世絵は、駿河町越後屋正月風景図や広重の名所江戸百景にみられるように中央に富士山を配し、左右にえちごやを配する構図が定型となっているが、本資料も同様の構図を踏襲するものである。

「江戸じまん名物くらべ」  「亀井戸のふぢ」

歌川国芳/19世紀中頃。歌川国芳は、初代歌川豊国の門人。『水滸伝』登場する英雄たちを描いた、「通俗水滸伝豪傑百八人」シリーズで人気を博し、「武者絵の国芳」の異名を得た。武者絵以外にも役者絵、美人画、風景画、戯画、風刺画など、多彩なジャンルで、独創的な作品を生んだ。

“View of the Sumida Riverbank in the Snow from Afar” from the Series Famous Places for Views of Snow, Moon, and Flowers in Edo

歌川広重(初代)/19世紀。歌川派の団扇絵は、美人を主なテーマとして、その上半身を描いたものが多いのだが、広重の作品では、名所を背景に美人の全身像を描き込んだ季節感豊かな作品が多くなっている。団扇絵は彫りと摺りのしっかりした作品が多くそれも見所の一つである。

月下砧打ち美人図

葛飾応為/19世紀。葛飾応為は葛飾北斎の娘で、女流絵師。父の画業を手伝い、また晩年には代作も行っていたと見られる。本作は、現存する数少ない応為の作品で、北斎の画風を継承しながらも、女性らしいしなやかさを感じさせる。「砧打ち」とは、布を木の槌で叩いて柔らかくし、艶を出す作業。

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References

  1. 『日本大百科全書(ニッポニカ)』(JapanKnowledge) 「美人画」の項目External Site
  2. 『日本美人画一千年史』安村敏信 監修,人類文化社,桜桃書房
  3. 『浮世絵の歴史 カラー版』小林忠[監],美術出版社
  4. 『歌麿の美人』[喜多川]歌麿 [画],小林忠 著,小学館
  5. 『日本の美女』コロナ・ブックス編集部 編,平凡社鏑木清方の江戸美人,上村松園の優美な女,伊東深水のモダンな美女,小村雪岱のキリッとした芸妓たち……浮世絵から昭和の美人画まで。(日本児童図書出版協会)
  6. JapanKnowledge所収コンテンツの最終アクセス日は、いずれも2023/01/06。