空中写真で見る 変わりゆく東京の風景
ダイナミックに姿を変え続ける大都市東京の姿を、秋山忠右撮影の写真集『空撮大東京』掲載写真と関連資料からご覧ください。
国立競技場
「正月恒例、国立競技場ライスボール」 1990年1月3日 『空撮大東京』(p.18)
ライスボールは、毎年1月に開催されているアメリカンフットボールの日本一決定戦です。
1991年までは国立競技場で、1992年以降は東京ドームで開催されています。
現在の国立競技場は東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会の開催に向け建て直され、2019年11月30日に完成しました。
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晴海埠頭
「晴海埠頭の出初式」 1990年1月6日 『空撮大東京』(pp.20-21)
東京消防出初式とは、毎年1月6日に行われる、消防車両の行進や江戸消防記念会によるはしご乗りなどが披露される新春恒例の防火・防災行事です。近年の晴海埠頭は、選手村として大規模な住宅棟が建設され客船ターミナルが営業を終了するなど、大きく姿を変えています。長らく晴海埠頭で行われていた東京消防出初式も、現在では東京臨海広域防災公園に場所を移して行われています。
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レインボーブリッジ
「お台場」 1990年8月14日 『空撮大東京』 (p.128)
レインボーブリッジは1993年8月23日に供用を開始した、港区芝浦地区と台場地区とを繋ぐ吊橋で、首都高速11号台場線・臨港道路・東京臨海新交通臨海線(ゆりかもめ)が通っています。
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船の科学館
「船の科学館」 1990年1月8日 『空撮大東京』 (p.138)
船の科学館は、1974年に開設された海と船の文化をテーマにした海洋博物館です。
現在、船の科学館は本館展示公開を休止し、初代南極観測船“宗谷”を中心とした屋外展示資料と「別館 展示場」を公開し、博物館活動を継続しています。また、船を模した建物の後ろに広がるプールは、日本財団パラアリーナとして再開発されています。
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築地・中央卸売市場
「築地・中央卸売市場」 1989年12月9日 『空撮大東京』 (p.177)
築地・中央卸売市場は1935年に開場した水産・青果を取り扱う総合市場でしたが、施設の老朽化や物流の効率化を図るべく、2018年10月6日にその機能を豊洲に移転し、閉場しました。
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佃島・大川端リバーシティー21
「佃島・大川端リバーシティー21」 1989年10月30日 『空撮大東京』 (p.94)
⼤川端リバーシティー21は1986年に着⼯し2010年に完成した、かつての⽯川島播磨重⼯業東京⼯場跡地に広がる東京のウォーターフロント開発の先駆けになった⼤規模再開発事業です。
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赤坂プリンスホテル
「赤坂プリンスホテル」 1989年12月9日 『空撮大東京』 (p.161)
赤坂プリンスホテルは1955年3月に開業したホテルで、「赤プリ」の愛称で親しまれました。中央に写る新館は、1983年に開業した40階建ての高層ホテルで、丹下健三が設計を手がけました。バブル期には多くの芸能人の結構披露宴が開かれるなどトレンディ―スポットとして賑わいをみせましたが、2011年3月に老朽化等の理由によって閉鎖されました。現在跡地は東京ガーデンテラス紀尾井町となっています。
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東海道新幹線 東京第一車両所
「品川駅の新幹線操車場」 1989年12月31日 『空撮大東京』 (p.69)
かつて品川駅東口には、東海道新幹線の車庫である「東京第一車両所」がありました。この車庫は、1964年の東海道新幹線開業より使用されていましたが、1992年に再開発計画によって閉鎖し、東海道新幹線の車庫は大井ふ頭へと移転します。現在、跡地は品川グランドコモンズとなっています。
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秋山忠右 プロフィール
秋山忠右 (あきやま ただすけ)
1941年 東京 品川に生まれる
1964年 早稲田大学政経学部を経て東京綜合写真専門学校研究科卒業 石元泰博氏に師事
1965年 『カメラ毎日』掲載「若い群像」で第2回太陽賞受賞(佐藤晴雄と共作、山岸章二編集)、フリーカメラマンとなり、日本写真家教会入会。
1968年 写真展「人間砂漠」(銀座ニコンサロン)
1970年 東京綜合写真専門学校講師となる
1973年 写真展「チャンテイック・バリ」(銀座・新宿ニコンサロン)
1977年 写真展「舞楽而留-1908」(銀座ニコンサロン)
1978年 写真展「ブラジルフェアー展」(全国20ヶ所) 写真展「転刑期の現代写真」出品(銀座ニコンサロン)
1981年 「區」『日本カメラ』に連載(~82)
1982年 写真展「海の道」沖縄復帰10年の記録プロデュース(小西六フォトギャラリー他)
1983年 「區」(銀座・大阪ニコンサロン)
1986年 写真展「周緑遊歩」(新宿ニコンサロン) 写真展「TOKYO METROPOLITAN NOW」(京都・綾部ASPAホール) 写真展「TOKYO LANDMARK'86」プロデュース(銀座オリエント画廊) 写真展「東京 あ パリ写真展」出品 写真展「国境流浪」(銀座富士フォトサロン) 写真展「空撮大東京」(新宿・大阪ニコンサロン) 第31回ACC全日本CMフェスティバル・テレビCM部門優秀賞
1992年 第39回カンヌ国際広告映画祭ファイナリスト入賞 東京都写真美術館に作品収蔵(「若い群像」)
1993年 写真展「WANGAN COLLECTION」プロデュース(平永町橋ギャラリー) 写真展「SKY LANDSCAPE」(新宿・大阪ニコンサロン)
1995年 写真展「ドリームランド」(銀座ニコンサロン)日本現代写真史展出品
1996年 写真展「PARK ドリームランドⅡ」(銀座・大阪ニコンサロン)
1998年 写真展「臨海景ードリームランドⅢ」(銀座ニコンサロン) 伊奈信男賞特別賞受賞 写真展「EARTHART」出品(銀座ミキモトホール) 写真展「TOKYO60-90 17人の写真家」出品(東京都写真美術館) 写真展「写真表現の軌跡」出品(東京都写真美術館) 写真展「THE HEART OF JAPAN」-1000人の写真家が撮るー出品(Bunkamura ザ・ミュージアム) 写真展「farmer1995-1999」(銀座ニコンサロン) 写真展「現代写真の系譜」出品(新宿・大阪ニコンサロン)
2001年 学校法人写真学園理事になる 「一つ目小町」(日本カメラ連載)
2002年 写真展「一つ目小町 ドリームランドⅣ」(銀座ニコンサロン)
2003年 写真展「日本の光景」出品(東京都写真美術館) 東京都写真美術館に作品収蔵(空撮大東京) 「intersection」(日本カメラ連載)
2004年 写真展「ZONE 郊外・事件の記録」(銀座ニコンサロン)
2013年 6月25日、肺炎のため逝去 (戒名:写光院法忠信士)
代表作
1990年 北方謙三(文)、秋山忠右(写)『国境流浪』、東京、平凡社
1991年 川本三郎、北方謙三他(文)、秋山忠右(写)『空撮大東京』、東京、旺文社
1998年 北方謙三(文)、秋山忠右(写真)、『国境流浪』上下、京都、京都書院
1994年 『日本空中紀行ーSKY LANDSCAPE』、東京、時事通信社
1999年 秋山忠右、『NIPPON AIR SCOPE』、京都、京都書院 秋山忠右、『TOKYO AIR SCOPE』、京都、京都書院
2000年 秋山忠右、『farmer』、東京、冬青社
2000年 斉藤一夫(文)、秋山忠右(写真)、『農業をやろう! : 田舎で生きる人のための「就農マニュアル」 : がんばれ!ニューファーマー』、東京、山海堂
2000年 秋山忠右(監)、『ニコン解体新書―銘機の分解と撮る楽しみ』、東京、成美堂出版
関連ギャラリー
昭和39(1964)年東京オリンピックの前に、昭和15(1940)年にも開催が決定しながら最終的に返上した東京オリンピックがあったことは、あまり知られていません。 幻に終わった東京オリンピックを中心に、日本のオリンピック参加の歴史を取り上げます。
日本写真保存センターでは歴史的、文化的に貴重な場面を写した写真原板(ネガフィルムやガラス乾板など)を後世に残すために、写真原板の収集・保存・アーカイブ化を行っています。
詳しくは、日本写真保存センターHPをご覧ください。









