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ギュスターヴ・モロー、聖女チェチリア St. Cecilia / 国立西洋美術館

象徴主義展ー神秘と幻想の世界への誘いー

19世紀、資本主義の興隆と科学技術の発展により、フランスでは社会構造や生活様式に大きな変革がもたらされ、とりわけ新興ブルジョワジーたちによる新たな文化の勃興やその跳梁がみられた。しかし、そうした資本主義的な社会の流れに反発し、新たな芸術の潮流を生み出す芸術家たちが現れた。その潮流のひとつが象徴主義である。従来のアカデミスムに反発した象徴主義の画家たちは、人間の精神世界や幻想、カトリック的な神秘などを主題として掲げ、自然主義や写実主義といった前時代の作品とは異なるアプローチで作品を描いた。今回の展示では、とりわけフランスの象徴主義とその系譜を継ぐポスト印象派の画家たちが表現する「神秘」と「幻想」に注目し、それにまつわる作品群の展示を行う。

1.神秘的世界ーギュスターヴ・モローー

ギュスターヴ・モロー(Gustave Moreau, 1826-1898)

フランスの象徴主義を代表する画家の一人。聖書や神話を主題に、精緻で神秘的な世界観を描き出すことで知られる。代表作は、キリスト教の伝説に登場するサロメを描いた『ヘロデ王の前で踊るサロメ』(1876)、『出現』(1876)であり、彼は従来のサロメ像にファムファタル的要素を付加して描いた。これらの作品は美術界のみならず文学界にも衝撃を与え、象徴主義の作家として知られるユイスマンスの『さかしま』や、オスカー・ワイルドの戯曲『サロメ』の執筆に大きな影響を与えた。


このセクションでは、神話や聖書といった古典的な主題を掲げながらも、モロー独自の解釈によって、前時代の宗教画とは一線を画す形で描かれた彼の作品の神秘的な世界観に注目したい。


ギュスターヴ・モロー

2.幻想ーオディロン・ルドンー

オディロン・ルドン(Odilon Redon, 1840-1916)

人間の顔を持った奇妙な生物目玉のモチーフ、幻想や夢想の世界を、モノクロで描き続けたことで知られる。晩年は対照的に鮮やかな色彩を用いて、花や聖書を題材に作品を描いた。

3.象徴主義の系譜

アカデミーの古典的な伝統に反発し、今までにない視点とアプローチで作品を描いた象徴主義の作風と絵画技法は、ポスト印象派など後の芸術家たちに広く多大な影響を与えた。このセクションではポール・ゴーギャンを中心に、アンリ・ル・シダネルやアンリ・マルタン、エミール=ルネ・メナールといった象徴主義の系譜をひく画家たちの作品に焦点を当てる。

  • 水浴の女たち / ゴーギャン、ポール (1848 - 1903)

    ゴーギャン、ポール (1848 - 1903),GAUGUIN, Paul (1848 - 1903)

    ゴーギャンはこの作品を英仏海峡に面したディエップ滞在中に制作し、1886年の第8回印象派展に出品した。暗く緑がかった海に、直線的な輪郭線によって単純化されて描かれた四人の女性。この作品は、光の効果によって対象を描き出す印象主義の画法から大きく離れており、ゴーギャン独自の画法が生み出される前段階を表した絵画として解釈することができる。

  • 宇宙創造

    ポール・ゴーギャン Paul GAUGUIN

  • 窓辺の女

    エドゥワール ヴュイヤール

      フランスのキュイゾーに生まれる。10歳の時に一家でパリに転居。1888年に一時国立美術学校に学んだ。ゴーギャンとセリュジエの影響の下に、友人のドニ、ボナール、ルーセルら、アカデミー・ジュリアンの仲間たちと1892年にナビ派を結成し、浮世絵の影響の強い平面的で装飾的な作品を制作した。その後具象的な作風に転換して家庭的な室内やモンマルトルの情景を描き、ボナールとともにアンティミスト(親密派)の画家として親しまれた。ベルネーム・ジュヌ画廊で発表を続けつつ、アンデパンダン展、サロン・ドートンヌに出品を続けた。1937年にフランス学士院会員となり、1938年にはジュネーヴの国連本部に《平和のアレゴリー》の装飾画を描いた。  日常の風俗や母子の光景といった身近な主題に、主題の内面性や画家の内奥の感情を滑り込ませるアンティミスト(親密派)の典型的な作品。彼は1890年代前半には、ナビ派の仲間たちとともに浮世絵版画などの影響による平面的な構成を試みていたが、暗示的ながらここでは三次元的な描写が取り入れられている。暗い室内に左側の窓から柔らかな光が射し込み、椅子、テーブル、その傍らに立つ女性の姿を鈍く照らし出している。塗りつぶすように壁に塗られた渋い緑は空間の関係をあいまいにしているが、テーブルの鈍い朱色、女性の衣服や暖炉の灰色、柔らかな筆触と互いに作用し合って、低い音色の魔術的な調和と情調を生み出すのに役立っている。画家の内面が対象の奥深いところにじかに結びつき、響き合っている。(Kr.H.)

  • 黄昏の古路

    アンリ・ル・シダネル,Henri Le Sidaner

    陽が暮れ落ちて、夜のしじまを待つばかりの街角の小径。霧のヴェールに包まれているかのような乳白色の静寂。深まりゆく闇の中で、室内に点された灯がほのかな光の効果を生んで印象的である。また淡い紫色と黄色の補色関係にある色彩の組み合わせは、点描による色彩の調律の美しさとともに、この作品を更に魅惑的なものにしている。人物はどこにも描かれていないが、人の気配を感じさせる手法は、ル・シダネルの特徴でもある。この絵の舞台となったのは、画家が愛したパリ北方の小さな町ジェルブロワで、ここで彼は、この街並みがもつ古風な情緒を美しく描き出している。作者は夕方の風景を描くときの心情について、こう語っている。「私はよくあなたの注意を黄昏どきに向けさせた。そしてあなたは、私がどうして何度も黄昏に魅了されるのか、訊ねた。わざと黄昏を選んだのだろうか。または、内面の感情に流されない人でさえ突然感じる音楽的共鳴のようなもの、または感情的な感覚のようなものにとらわれていたためであろうか」(ヤン・ファリノー・ル・シダネル、レミー・ル・シダネル『ル・シダネルー絵画・版画作品集』660ページ)ル・シダネルは、1894年にサロンに初出品し、その後サロン・ナショナルや1900年のパリ万国博覧会に出品した。印象派や新印象派の影響を受けながら、どこか暗い霧に包まれたような静謐な風景や室内を描いた。本作において見られるように、点描画法を駆使した作風には、印象派、新印象派の新技法の影響が顕著である。なおこの作品は、1929年、パリのジョルジュ・プティ画廊で開催された個展に出品された。

  • 森の小憩、ジェルブロワ

    アンリ・ル・シダネル,Henri Le Sidaner

    緑濃い木々の間を縫って差し込む木漏れ日が、点描による美しいタッチで詩情豊かに描かれている。柔らかな光線の振動、微かな空気のゆらめきを、夏の日のひとときの印象として見事に捉えた名画である。白布の上の果物、パン、ワインなどの小道具が、背景の木陰の大道具とともに《草上の昼食》のシーンを想起させる。手前の枝に掛けられた帽子や放り出されたバラの花は、若い女の匂いを漂わせている。人影はないが、人の気配は明瞭である。

  • 三本のバラ

    アンリ・ウジェーヌ・ル・シダネル

    1901年にル・シダネルは、ロダンにすすめられて彼が学生時代を過ごしたボーヴェを訪れたとき、そこから20キロメートルほど離れたジェルブロワという小さな町を見出した。バラが咲き誇るこの地に画家は一目で魅了された。 町はずれの傾斜地に建つ家と広大な土地を入手し、画家は自らの手でデザインしたアトリエ、テラス、つる棚を建て、庭園を造り、夏のあいだ避暑を愉しむための緑の理想郷を創り上げた。ひなびた中世の建築をおもわせる、植物で形づくられたアーチ窓の向こうに、明るい眺望が広がるテラスが本作品の舞台である。人の気配を漂わせる無人の庭園は、ル・シダネルが好んだテーマであった。世紀末のパリで象徴派のグループに接し、画家は象徴派の小説家ロデンバック(1855-1898)の『死都ブリュージュ』(1892年)の舞台となったベルギーの古都を訪れている。以来、ヨーロッパ中の都市を巡るのだが、さまざまな古都の面影がジェルブロワの庭園に投影されているのであろう。 このテラスでは、点描法で描かれた樹木が初夏の日差しにきらめき、地面にこぼれ落ちた花びらが木漏れ陽を受けて光を放っている。苔むした石造りのテーブルに捧げられたバラは、毎年朽ちては復活する生命の神秘を示しているようである。ジェルブロワでは、ル・シダネルが創始したバラ祭が現在も続いている。

  • 荊冠を被った女(沈黙) / マルタン、アンリ=ジャン=ギヨーム (1860 - 1943)

    マルタン、アンリ=ジャン=ギヨーム (1860 - 1943),MARTIN, Henri-Jean-Guillaume (1860 - 1943)

    風に長い黒髪をなびかせ、暗闇の中にぼんやりと立ち尽くすだけの女。ぼんやりとした視線はどこを見ているのか分からず、そこはかとない薄気味の悪さと恐怖を鑑賞者に与える幻想的な作品である。

  • 少女の横顔

    ジャン=ジャック・エンネル,Jean-Jacques Henner

    エンネルは1864年から神話画、肖像画を中心にサロンへ作品を発表していくが、1870年の普仏戦争によって故郷アルザスがドイツに占領されると、翌年に《アルザス》(国立ジャン=ジャック・エンネル美術館蔵)を発表し、その後は「マグダラのマリア」や「死せるキリスト」のような死をテーマとした作品を連続して発表していく。また同じく作風もアカデミックで明快な写実描写から輪郭線をぼかし明暗の対比を意識した描法(キアロスクーロ)へと転じていった。1879年、《墓の中のキリスト》(オルセー美術館蔵)とともにサロンに出品した《牧歌》(パリ市立プティ・パレ美術館蔵)にはその特徴がよく現れている。本作も女性の髪、目元の影、上着に見られる黒と、女性の肌、中に着ている服の白とが強いコントラストで描かれている。輪郭線が判然としないこのような女性像は、エンネルの晩年の特徴をよく表している。こうした輪郭線の描写には、エンネルが若い頃に目にし、影響を受けたイタリア絵画に使用されていたスフマート技法が生かされている。また、エンネルは最晩年に至るまで、本作に見られるような小さな画面の肖像画を、板やカンヴァス、ボードを用いて数多く残している。