本文に飛ぶ
月に吠える /

近代文学を彩った装幀と装幀家 2

大正・昭和時代の装幀と装幀家

大正期に入ると小村雪岱(こむらせったい)と竹久夢二の二人が独自の美的感覚で装幀の分野に新しい息吹を吹き込んだ。雪岱は泉鏡花の小説『日本橋』で装幀家としてデビューし、以来鏡花本のほとんどの装幀を任された。画家としても人気のあった夢二は、憂いを帯びた独特の女性像とモダンな図案の美しさで多くの人の心を捉えた。その夢二の絵入小唄集『どんたく』で装幀家のスタートをきった恩地孝四郎(おんちこうしろう)は萩原朔太郎の記念碑的な詩集『月に吠える』の装幀を担当し、その後も昭和にいたるまで数多くの装幀を手がけている。

第一次世界大戦後、未来派、表現主義、立体派、構成主義、ダダなどの前衛芸術運動がヨーロッパからもたらされ、これらの思潮が大正末期から昭和前期の装幀の世界にも大きな影響を与えた。その主な担い手に、村山知義、柳瀬正夢(やなせまさむ)、岡田龍夫などがあるが、この流れはやがてプロレタリア文芸運動と結びつき、左翼的な文芸書にもこの種の装幀を多く見ることができる。

また、装幀を出版社や出版社が依頼した画家などに任せるのではなく、作者がみずから自作の装幀に手を染めることも大正期以降多くなる。『こゝろ』で箱、表紙、見返し、扉から奥付の検印まで統一的にデザインした夏目漱石を筆頭に、北原白秋、佐藤春夫、木下杢太郎、室生犀星、永井荷風など、多くの作家が自作の装幀を手がけている。


大正期の装幀

小村雪岱

泉鏡花『日本橋』見返し

大正3年(1914)千章館刊。泉鏡花の小説。小村雪岱の装幀家としての初作。雪岱は埼玉県の生まれ。本名泰助。東京美術学校で下村観山に学び、国華社に入社。『日本橋』の担当以後鏡花作品の装幀や見返し画の多くを手がけ、鏡花、雪岱の名コンビと謳われた。

泉鏡花 『鏡花選集』表見返し・画稿(「湯島詣」)

大正4年(1915)春陽堂刊。掲出の見返し(表)は、「湯島詣」の一場面を描く。本書は小型の袖珍本(9㎝×18㎝)でありながら、美麗な装幀に天金をほどこすなど贅沢なつくりになっている。

泉鏡花『鏡花選集』裏見返し・画稿(「通夜物語」)

大正4年(1915)春陽堂刊。掲出の見返し(表)は、「通夜物語」の一場面を描いたもの。

竹久夢二

巌谷小波『お伽パラダイス』

大正1年(1912)三立社刊。竹久夢二は岡山県出身。本名、茂次郎。感傷的な詩文・挿絵をかき、その美人画は夢二式と呼ばれて、明治末から大正にかけて大いに流行した。自作のほとんどの他、吉井勇『祇園歌集』などの装幀二百数十冊がある。

吉井勇『黒髪集』

大正5年(1916)千章館刊。男女の情愛と哀愁が盛り込まれた吉井勇の歌集。外箱には多色刷りのピエロ、表紙には抑えた色調で、顔を覆う女性としなだれる樹が描かれ、黒いハートに象徴される憂愁が色濃く漂う。

『凧』 自装

大正15年(1926)研究社刊。サブタイトル「竹久夢二童謡集」。表紙の「凧」の文字が切り絵のように大胆にデザインされている。

『三味線草』 自装

大正4年(1915)新潮社刊。

吉井勇『祇園歌集』

大正4年(1915)新潮社刊。

長田幹彦『祇園夜話』

大正8年(1919)新潮社刊。

相馬御風『銀の鈴』 

大正12年(1923)春陽堂刊。童謡集。サブタイトル「相馬御風童謡集」。

『露台薄暮』箱の裏面 自装

昭和3年(1928)春陽堂刊。

『世界童話集』中 

北原白秋の弟北原鉄雄が経営していたアルス社刊行の「日本児童文庫」のうちの一冊。「日本児童文庫」は昭和初期の円本全集の一つ。カラフルな表紙で有名装幀家を多数起用して話題を呼んだ。

恩地孝四郎

竹久夢二『どんたく』

大正2年(1913)実業之日本社刊。詩画集。装幀家恩地孝四郎の単行本初作。恩地は、東京の生まれ。東京美術学校中退。竹久夢二に私淑し、ドイツ表現派、ムンク、カンディンスキーなどの影響を受けた。日本版画協会の創立に参加し、版画の地位向上と普及に貢献した。装幀の分野でも幅広く活躍した。

萩原朔太郎『月に吠える』

大正6年(1917)感情詩社刊。萩原朔太郎の第一詩集。挿画は版画家・田中恭吉の作。田中は病を押してこの仕事に情熱を注ぎ、口絵の作品と、薬を包む赤い紙に描いた画稿などを残したが、完成前に23歳で没。田中の親友であった恩地孝四郎が仕事を引き継いだ。

岩田準一 編『夢二抒情画選集』上巻

昭和2年(1927)宝文館刊。編者の岩田準一は三重県鳥羽の人。画家をめざして夢二に師事し、生涯にわたって夢二関係の資料文献の収集につとめた。

北原白秋『フレツプ・トリツプ』

昭和3年(1928)アルス社刊。大正末期、白秋が横浜から船出して津軽海峡、小樽を経て樺太横断の旅に出た際の紀行文。フレップとトリップはいずれも樺太のツンドラ地帯の小灌木の名。

トロツキー作・青野季吉訳『自己暴露 』

昭和5年(1930)アルス社刊。ロシアの革命家レオン・トロツキーの自伝。

恩地孝四郎編『飛行官能』

昭和9年(1934)刊。詩画集。恩地が昭和3年(1928年)に北原白秋と共に体験した福岡から大阪への飛行旅行を基に制作された。日本のモダニズム芸術の重要な作品の一つ。

大正期 その他

大正5年(1916)天弦堂書房刊。

大正6年(1917)岩波書店刊。夏目漱石作品の装幀は橋口五葉が数多く行っていたが、晩年の『道草』『明暗』は津田青楓が手がけている。

大正6年(1917)光風館書店刊。日夏耿之介の第一詩集。100部限定。「転身」「黙禱」「晶光詩篇」「AB INTRA」「羞明」「古風な月」「哀憐」の7章に分かれる。

大正8年(1919)アララギ発行所刊。『スバル』『屋上庭園』『三田文学』『朱欒 (ざんぼあ) 』などに発表した杢太郎の初期の詩を収録する。都会的でエキゾチックな情感にあふれた耽美派詩集の代表的な存在。小絲源太郎による装幀も、天金、本文は赤黒二色刷りで、内容にふさわしいものとなっている。

大正11年(1912)玄文社刊。当時玄文社には、華麗な装幀による造本で有名な長谷川巳之吉が在籍していた。本書刊行の翌年、長谷川は玄文社を退社して第一書房を設立する。野口米次郎は、詩人。18歳で渡米。のち英国に渡り、ヨネ・ノグチの名で英国詩壇に知られた。

大正15年(1926)3月第一書房刊。長谷川巳之吉は第一書房社主。

同年5月29日付読売新聞のコラム「第一書房出版だより」によれば、「『佐藤春夫詩集』の初版千五百部は僅か三日間に売り切れ、只今再版を準備してゐます(『新聞集成大正編年史 大正15年度版』)」とある。掲出の画像はその初版のもの。

昭和2年(1927)12月第一書房刊。翌年1月の第一書房『近代劇全集』第8号月報の広告に「菊判五百頁総革金泥特製美本/日本最初の模様入天金定価五円」とあり、「詩を愛する人よ、書物を愛する人々よ、直ちに店頭に立つて(中略)試みに此の一冊を手にし、著者の為め、小生の為め乾杯を希ひます」という社主であり装幀者でもある長谷川巳之吉の一文が添えられる。

大正13年(1924)4月関根書店刊。宮沢賢治が生前に刊行した唯一の詩集。序文と、69編の詩を収録。 部数1千部の実質自費出版。函入りの豪華本で、阿部芳太郎作の函には鳥獣植物文様、本体には麻の生地の上に広川松五郎によりあざみの草の文様がデザインされている。

大正13年(1924)竹柏会刊。歌集。「心の花叢書」の一冊。「長与善郎兄に捧ぐ」の献辞がある。大正7年から13年までの作品を収録する。

大正2年(1913)籾山書店刊。『三田文学』『スバル』などに発表していたボードレール、ヴェルレーヌなどのフランス象徴派詩人13人の詩と翻訳、評論9編を収める。上田敏の『海潮音』と並ぶ代表的な訳詞集。赤を基調とした華麗な装幀だが、装幀者未詳。

未来派 表現主義 構成主義 ダダ

萩原恭次郎『死刑宣告』 岡田龍夫装幀

大正14年(1925)10月長隆舎書店刊。アナキズムの詩人萩原恭次郎の第一詩集。日本の前衛的芸術運動の記念碑的作品。岡田龍夫は装幀・挿絵・誌面構成に取り組み、リノリウム版画技法や大小の活字や記号を駆使したダイナミックな構成で大きな反響を呼んだ。

萩原恭次郎『死刑宣告』箱 岡田龍夫装幀

大正15年(1926)刊行の第2版の箱。岡田龍夫(1904-?)は前衛芸術家。村山知義らのマヴォ同人となり前衛芸術運動を推進した。戦後の消息は不明で没年も不詳。

高橋新吉『ダダイスト新吉の詩』 田口省吾装幀

大正12年(1923)中央美術社刊。高橋新吉の詩集。高橋は本書を刊行して日本におけるダダイスム文学の先駆的作家として注目された。装幀の田口省吾(たぐちせいご 1897−1943)は田口掬汀の子。画家。フランスに留学して帰国後二科会に属した。

葉山嘉樹『淫売婦』 柳瀬正夢(やなせまさむ)装幀

大正15年(1926)春陽堂刊。葉山嘉樹初の作品集。表題作は獄中で執筆。絶望の底で助け合う労働者の殉教者的な像が浮かび上がる。 装幀者の柳瀬正夢がモダンな作風の内に収録作のモチーフを巧みに織り込んでいる。柳瀬正夢(1900−1945)は洋画家。本名、正六。愛媛の生まれ。上京して日本水彩画研究所、日本美術院研究所に学び、前衛芸術集団・マヴォの結成に参加。のちプロレタリア美術運動に従事した。『柳瀬正夢画集(昭和5年叢文閣刊)』がある。

小林多喜二『蟹工船』初版 須山計一装幀

昭和4年(1929)戦旗社刊。小林多喜二作の小説。プロレタリア文学の代表作。初出は『戦旗』1929年5月号・6月号。同年9月に単行本化。以降改訂版(昭和4年11月)、改訂普及版(昭和5年3月)が立て続けに発行されたが、前二者は発売禁止とされた。本書は昭和4年9月の初版本で、初出の際に施されていた伏せ字はほぼ復原されている。装幀者の須山計一(1905−1975)は洋画家、漫画家。昭和8年、日本プロレタリア美術家同盟書記長として活躍中検挙された。

小林多喜二『蟹工船』改訂版 朝野方夫装幀

昭和5年(1930)戦旗社刊。内務省の検閲で発禁とされた「内務省検閲発禁図書」の一冊。表紙に「削除処分モノ」と書かれ、5年の2月15日付で発禁とした旨の書込みもある。本書の奥付は「昭和五年一月三十一日発行」。

『マヴォ』第1号・大正13年7月  表紙デザイン村山知義

雑誌。村山知義や柳瀬正夢らによって創刊され、斬新なデザインと多様な芸術的表現で知られる。「マヴォ」は、関東大震災直前の1923年(大正12)6月20日に村山の呼びかけによって結成された前衛芸術集団で、表現主義、未来派、ダダイズム、ロシア構成主義といったヨーロッパの前衛運動を強く受け、その活動は、建築、デザイン、演劇、ダンスなど幅広い分野に及んだ。雑誌『マヴォ』は、大正13年(1924)7月に創刊され、翌年8月に7号で終刊。

『マヴォ』第3号 ・大正13年9月 表紙デザイン村山知義

『マヴォ』では表紙に髪の毛や癇癪玉などをコラージュするなど奇抜な手法が用いられたが、この第3号では火薬が貼りつけられたため発禁となった。

葉山嘉樹『汚い殉教者』 柳瀬正夢装幀案

葉山嘉樹『汚い殉教者』という作品の刊行は確認できないので、未刊の原画資料と思われる。

小穴隆一(おあなりゅういち)と杉浦非水

小穴隆一(おあなりゅういち 1894-1966)は洋画家。長野県生まれ。二科会に出品、のちに春陽会に移った。芥川龍之介と親しく、芥川の著作集の装幀はほとんど小穴が手がけている。杉浦非水(1876-1965)は日本画家・デザイナー。愛媛県生まれ。本名、朝武(つとむ)。東京美術学校卒。ポスター研究団体七人社を結成するなど、商業デザイン界に指導的な役割をはたした。三越呉服店(現・三越)の嘱託となり、図案主任として長らく在籍。PR誌『みつこしタイムス』の表紙デザインなどを手がけた。最初の円本として知られる改造社版『現代日本文学全集』など書籍の装幀も多い。

『みつこしタイムス 』明治43年5号 杉浦非水画

杉浦非水がデザインを手がけた三越のPR誌『みつこしタイムス』の表紙。

柳川春葉『生さぬなか』中 杉浦非水装幀 

大正2年(1913)金尾文淵堂刊。アール・ヌーヴォー様式のモダンさと浮世絵の伝統的線描が融合されたデザインで、表紙は木版技術を駆使した多色刷り。

『現代日本文学全集』11正岡子規集 杉浦非水装幀

昭和3年(1928)改造社刊。円本のさきがけとなった改造社版『現代日本文学全集』の表紙。菊判並製300頁の各巻を定価1円で売って円本ブームを起こした。掲出は昭和3年刊の第11巻「正岡子規集」。

『英文世界名著全集』24アラビアンナイト 杉浦非水装幀 

昭和3年(1928)英文世界名著全集刊行所刊。『英文世界名著全集』は、英文学の古典から当時の現代作品までを英文原文と注釈付きで収録した全集。

芥川龍之介『侏儒の言葉』裏表紙 小穴隆一装幀 

昭和2年(1927)文芸春秋社出版部刊。

芥川龍之介『地獄変』小穴隆一装幀 

昭和11年(1936)野田書房刊。特別限定170部のうちの一冊。奥付によれば本文用紙に「越前国今立郡岡本村山田久兵衛別漉鳥ノ子程村紙」を用いている。題箋の文字は小穴隆一。野田書房は造本の美しさで当時知られた版元。

室生犀星『童女菩薩』 小穴隆一装幀 

昭和23年(1948)酣灯社刊。

作者自身による装幀

装幀を出版社や出版社が依頼した画家などに任せるのではなく、作者が自作の装幀に手を染めることも大正期以降多くなる。『こゝろ』で箱、表紙、見返し、扉から奥付の検印まで統一的にデザインした夏目漱石を筆頭に、北原白秋、佐藤春夫、木下杢太郎、室生犀星、永井荷風など、多くの作家が自作の装幀を手がけている。

夏目漱石『こゝろ』奥付

大正3年(1914)岩波書店刊。序文で「装幀の事は今迄專門家にばかり依頼してゐたのだが、今度はふとした動機から自分で遣つて見る気になつて、箱、表紙、見返し、扉及び奧附の模樣及び題字、朱印、検印ともに、悉く自分で考案して自分で描いた」と述べている通り、すべてにわたって漱石の意図が行き届いている。

北原白秋『おもひで』

明治44年(1911)東雲堂書店刊。詩集。上田敏らに賞賛された出世作。挿画も自身で手がけた。散文「わが生ひたち」と215編の詩を収録。

北原白秋『真珠紗』(『印度更紗』第壱輯)

大正3年(1914)金尾文淵堂刊。

芥川龍之介『羅生門』

大正6年(1917)阿蘭陀書房刊。初版本。表紙題字は、漱石の親友であるドイツ語学者で能書家の菅虎雄(すがとらお)による。

芥川龍之介『傀儡師』

大正8年(1919)新潮社刊。

佐藤春夫『殉情詩集』

大正10年(1921)新潮社刊。カバーを外した表紙の表面。

有島武郎『一房の葡萄』 

大正11年(1922)叢文閣刊。有島武郎作の創作童話集。自らの子どもたちのために書いたもので、全4篇中、本作を含む3篇が自身の幼少期の体験に基づく。

萩原朔太郎『青猫』

大正12年(1923)1月新潮社刊。

萩原朔太郎『萩原朔太郎詩集』

昭和3年(1928)第一書房刊。

木下杢太郎『木下杢太郎詩集』

昭和5年(1930)第一書房刊。

萩原朔太郎『氷島』扉

昭和9年(1934)第一書房刊。

永井荷風『濹東綺譚 』

昭和12年(1937)岩波書店刊。

大正・昭和期 その他

参考文献

  1. 大貫伸樹 著,平凡社
  2. 西野嘉章 著,平凡社
  3. 臼田捷治 著,Book & Design
  4. 平凡社
  5. 日本近代文学館 編,毎日新聞社
  6. 谷沢永一, 渡辺一考 編,立風書房
  7. 野口武久 著,前橋市観光協会
  8. 林達夫 [ほか]編著,日本エディタースクール出版部
  9. 斎藤昌三 著,書物展望社
  10. 本美鉄三 著,白帝書房
  11. 小泉苳三 編著,鳳出版
  12. 小泉苳三 編,立命館出版部
  13. 万字屋書店
  14. 平野清介 編著,明治大正昭和新聞研究会