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平安の書(書道)

平安時代の書道の歴史を紹介します。

館長あいさつ

こんにちは。私の博物館では、平安時代の(書道の全盛期)について紹介ます。

その平安時代の書道の中で特に重要な二つを紹介します。そのある二つの中に出てくる二人にも着目して紹介します。

ぜひ楽しんで見て下さい。


展示の趣旨

なぜ今書道があるのか、それには重要な歴史や芸術や伝統が昔から伝わってきたからだと思います。その中で日本は弥生時代~飛鳥時代にかけて写経などして書が伝来し、平安時代の頃に日本だけの独立的な「和様」が作られ、それから江戸時代などに伝わって今になったのです。この中で平安時代の「唐様」と「和様」にスポットを置いたら面白いのではないかなと思ったのが趣旨です。

⒈平安時代によく書かれた二つの書体「唐様」と「和様」を紹介します。

『唐様と和様』

  • 日本の書

    中国から伝わり、日本の風土で育まれた文字の造形芸術

    館長の一言

    中国から日本に書が伝来しましたが、平安時代初期には「唐様」(唐、中国の書体)であり、特徴は力強く太い文字できちんと整った印象がある。また、平安時代中期から日本独自の「和様」が作られました。その「和様」は「唐様」が発展したものだと考えられています。特徴は流れるような文字で柔らかい印象である。

    この書は古今和歌書であり、仮名で「和様」で書かれてあります。代表的な和様書道です。


⒉平安時代は書道の全盛期であり、その中で平安初期「三筆」を紹介します。

⒊先ほど紹介した「三筆」の一人、空海について紹介します。


『空海』

  • 弘法大師(空海)像

    空海〈くうかい・774-835〉は真言宗の開祖。延暦23年〈804〉、31歳の時、留学僧として入唐。恵果に師事して密教の奥義を受け、帰朝にあたっては、中国の文物を数多く日本にもたらした。教王護国寺(東寺)を拠点に密教の宣布に努め、弘仁7年〈816〉には、高野山に金剛峯寺を開き、即身成仏と社会教化を宗旨として幅広く活躍し、大きな業績を残した。62歳の時、高野山で示寂。弘法大師と諡された。空海の画像は、真言八祖の1図として、あるいは単独像としても数多く描かれた。この画は、背もたれのある椅子型の牀座に坐す姿に描かれる。一般に真如親王様と呼ばれる図様。空海の入定に際し、高弟の実恵の願いにより、真如親王(平城天皇の皇子)が描き、高野山御影堂に安置したという伝承のある画像の系譜である。やや右を向いて、右手下胸前に挙げて五鈷杵を握り、左手は念珠をもって膝上に置く。前に木履、脇には水瓶を添えるのが通例の図様である。図上、3色(薄青・朱・茶)に地塗りされた三枚の色紙形には、空海の偈文と入定年時が書かれている。彩色・描法などから、室町時代・15世紀の制作と思われる。

    館長の一言

    空海は「唐様」を使った書風であり、唐様書道を日本に導入しました。また、空海の代表作としては「風信帖」唐様を使い手紙の様な形式の作品です。

『三筆』平安初期

  • 三筆

    平安初期の3人の書道の達人。空海、嵯峨天皇、橘逸勢。

    館長の一言

    「三筆」とは空海、嵯峨天皇、橘逸勢、この三名の平安初期を代表する書の達人のことを指します。

    三筆は主に唐様(中国から)の書です。

⒋平安時代の中期(から後期)にかける「三蹟」について紹介します。

『三蹟』平安中期

  • 三蹟

    平安時代中期の3人の書道の達人、小野道風、藤原佐理、藤原行成。またはその書。

    館長の一言

    「三蹟」とは小野道風、藤原佐理、藤原行成、この三名の平安中期を代表する書の達人を指します。

    主に、唐様から発展した「和様」で書かれています。

5.先ほど紹介した「三蹟」の一人、小野道風について紹介します。

『小野道風』

  • 見立小野道風

    鈴木春信筆,By Suzuki Harunobu (1725?–70),東京国立博物館,Tokyo National Museum

    <p>小野道風が書の才能に悩んだとき、柳の枝に飛びつこうと何度失敗しても跳びはね、ついに飛びつくことが出来た蛙の姿をみて、あきらめず努力することの大切さに気がついたという逸話が良く知られていた。花札の絵柄にもなった道風の姿を女性の姿にやつしている。<br /></p><br /><p> 鈴木春信による浮世絵版画です。傘を手にした女性が水辺に立っています。その後ろには柳の木。水の中から蛙が一匹顔を出し、もう一匹は柳の枝に飛びつこうとしています。雨・柳・飛ぶ蛙…ときいて、ぴんとくる方はいるでしょうか。<br /> 花札で、柳の下で傘をさしている公家ふうの男性と蛙の絵札を見たことはありませんか?それは11月(雨)の札で、その男性は平安時代の書家・小野道風(おののとうふう)です。何度失敗しても柳に飛びつき、ついに成功する蛙を見て、道風も努力を重ね大成したという話がベースになっているのです。<br /> このエピソードは花札になるよりずっと前に「小野道風青柳硯(おののとうふうあおやぎすずり)」という人形浄瑠璃の演目になって、宝暦4年(1754年)に初演されました。おそらくこの浮世絵が作られたときには、「柳」「蛙」「雨・傘」というモチーフが出てくるだけで、小野道風の見立てと分かる人が多かったのでしょう。鈴木春信は道風を、若い娘の姿に置き換え、優美に描いています。</p>

    館長の一言

    小野道風は和様書道を書いていて、「蛙と柳の話」という逸話を残していいます。

展示を見終わった人へ

私の博物館はどうでしたか。楽しんでもらえましたか。

平安時代の書体「唐様」と「和様」、三筆の空海や三蹟の小野道風などを紹介して、平安時代は「書道」において大事な時代、歴史があったんだな、と私自身も感じました。このような歴史のおかげで今も文字が書けたり、書道ができる様になったのではないかなと思います。

また、私の博物館にいらして下さい。ご鑑賞ありがとうございました。



展示関連イベント

・「平安時代書道史」国立国会図書館

・「日本書道要」国立国会図書館デジタルコレクション