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お城の博物館

労作展でお城の模型を作ったことでさらに興味を持ったため。

お城

  • 鶴ヶ城(若松城跡)

    鶴ヶ城は、攻め落とすのがむずかしいことから、難攻不落といわれた城です。幕末の戊辰戦争では、1万の兵に包囲され、1日に約2500発もの弾丸を打ちこまれながら、落城しませんでした。 しかし、そのときに受けた被害は大きく、明治時代になると、石垣だけを残してとりこわされました。現在見られる天守は、取りこわし直前に撮影されたモノクロ写真などをもとに、1965年に鉄筋コンクリート造りで復元されたものです。2001年には、江戸時代の工法・技術を用いて、南走長屋と干飯櫓も再建されました。 さらに、天守の屋根が、黒瓦から赤瓦にふきかえられ、幕末の姿がよみがえりました。 赤瓦は、鉄分をふくんだ釉薬をぬって焼いた瓦で、寒さや凍結に強いという特長があります。かつては多くの城に使われていましたが、現在、赤瓦の天守が見られるのは、鶴ヶ城だけです。 また、近くにある阿弥陀寺には、かつて城内にあった御三階という建物が移築されて残されています。

    館長からの一言

    この城は幕末の戊辰戦争で約2500発もの弾丸が打ちこまれたにも関わらず、耐え抜き、明治時代になって石垣以外が取り壊されたが、復元されて今も佇んでいます。

  • 彦根城跡

    彦根城は、琵琶湖をのぞむ彦根山にたつ平山城です。17世紀の初めに、徳川家康(1542-1616)の重臣だった井伊氏の居城としてきずかれました。国宝に指定されている天守をはじめ、天秤櫓、太鼓門櫓、馬屋など、全国でここでしか見られないめずらしい建物が数多く残されています。 天守は3層3階で、牛蒡積みと呼ばれる石垣の上に立っています。高さ約21メートルとあまり大きくありませんが、破風(三角形の屋根)や花頭窓が壁面をかざる華やかな姿で、「月明・彦根の古城」として琵琶湖八景に選ばれています。また城内には、1677年に造営された玄宮園もあります。広大な池のまわりに散策路や茶室などがもうけられた大名庭園で、茶会などに利用されていました。入り口にある彦根城博物館では、井伊家に伝わるよろいやかぶと、日本刀、茶道具、能装束などを見ることができます。

    館長からの一言

    この城は戦いのためというよりも、茶会をしたり能をしたりすることなど、居城としての物が多くあります。

    また、とても華やかな姿であるため、「月明・彦根の古城」として琵琶湖八景にも選ばれています。

  • 松江城

    松江城は、宍道湖のほとりにある亀田山にきずかれた城です。千鳥が羽を広げたような美しい姿から、「千鳥城」ともよばれます。 松江城は、城づくりの名人といわれた堀尾吉晴が、5年の歳月をかけて1611年に完成させました。黒い板でおおわれた天守は、四層五階地下1階。古い時代の様式である望楼型で、最上階からは、松江市内を360度展望することができます。 戦いを想定した実践的な城で、城内のいたるとこに、敵兵を鉄砲でねらいうつ鉄砲狭間がもうけられています。さらに、2階には、石垣を登ってくる敵兵を撃退する「石落」もそなえられています。地下1階は、籠城にそなえた貯蔵倉庫で、飲料水を確保するための深さ24メートルの井戸があります。現在は、よろいやかぶと、刀など武具も展示されています。 また、城の外にある城下町に、武家屋敷が残り、当時の武士のくらしを見ることができます。

    館長からの一言

    これは戦いに非常に特化している城で、城内の至る所には鉄砲を撃つところがあり、石垣を登る敵兵を撃退するための「石落」、最上階では360度周りを見渡すことができます。

  • 若松城跡

    上杉家の会津への国替えは、直江兼続と石田三成の指揮のもと行われました。上杉家は若松城を拠点として、領内の統治体制を固めていき、新しい国作りに乗り出しました。<br><br>(この動画は、2009年に取材したものです)

    館長からの一言

    この城は上杉家の拠点として、領内の統治体制を固めていき、新しい国作りに乗り出しました。

  • 伊賀上野城(平楽寺跡)

    上野城跡は日本有数の石垣の高さを誇り、地面から天守頂部まで50メートル近い高さの名城である。ここに城が築かれる以前は「平楽寺」という寺院があった。平楽寺は、要塞としても機能していたといわれ、16世紀の戦乱期、有力大名・織田信長の軍勢に攻められた時には、伊賀衆が平楽寺に結集して軍議を行ったと伝わる。敷地の一角には、伊賀流忍者博物館がある。

    館長からの一言

    この城は日本有数の石垣の高さを誇り、地面から天守頂部まで50メートル近くあります。ここに城が築かれる以前は平楽寺という寺院があり、そこは要塞としても機能していたといわれています。