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解説

鶴ヶ城は、攻め落とすのがむずかしいことから、難攻不落といわれた城です。幕末の戊辰戦争では、1万の兵に包囲され、1日に約2500発もの弾丸を打ちこまれながら、落城しませんでした。 しかし、そのときに受けた被害は大きく、明治時代になると、石垣だけを残してとりこわされました。現在見られる天守は、取りこわし直前に撮影されたモノクロ写真などをもとに、1965年に鉄筋コンクリート造りで復元されたものです。2001年には、江戸時代の工法・技術を用いて、南走長屋と干飯櫓も再建されました。 さらに、天守の屋根が、黒瓦から赤瓦にふきかえられ、幕末の姿がよみがえりました。 赤瓦は、鉄分をふくんだ釉薬をぬって焼いた瓦で、寒さや凍結に強いという特長があります。かつては多くの城に使われていましたが、現在、赤瓦の天守が見られるのは、鶴ヶ城だけです。 また、近くにある阿弥陀寺には、かつて城内にあった御三階という建物が移築されて残されています。

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教育

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2026/03/25