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享保雛 / 東京国立博物館

おひなさまと雛の調度

宮中の華やかな饗宴はやがて武家や町方(まちかた)にも広まります。特に富裕な町方では、寛永雛(かんえいびな)や元禄雛(げんろくびな)と呼ばれる形式の座雛が生まれました。雛祭の隆盛にともない、町方の雛は錦や金襴(きんらん)をふんだんに用いた享保雛(きょうほうびな)に進化し、その大型化は倹約を進める幕府のもと、たびたび取り締まりの対象となりました。

【晴れやかな享保雛】

男雛は肩や脚が突っ張ったように直線的で、反対に女雛はふっくらとした身体をしています。こうした姿の雛人形は享保年間(1716〜35) から町方で流行したため、享保雛と呼ばれています。

【おひなさまの調度】

江戸時代中期以後、おひなさまだけでなく、贅をこらした調度品も作られるようになりました。「三つ葉葵紋蒔絵雛道具」は、出雲松江藩松平家に伝来した雛道具の一部です。どこまでも精巧に作られた道具類には三つ葉葵紋の金蒔絵がほどこされ、大名家の婚礼道具をそのまま縮小したような豪華な品揃えです。
紫檀(したん)という貴重な材木に金銀の蒔絵(まきえ)を施しています。驚くことに金具の部分はすべて象牙(ぞうげ)で作られ、表面的な形だけでなく、扉の開閉も可能な機能性を備えています。細かな引き手や菊の透かし模様に江戸の職人が誇った技術の高さが認められる雛道具の名品です。

【浮世絵に描かれた江戸時代の雛祭】