桐一葉 / 早稲田大学文化資源データベース
新しい国劇—史劇・舞踊劇・創作劇
新しい時代に応じた国劇の必要性を感じた逍遙は、明治27年(1894)から翌年にかけ、「早稲田文学」などで新史劇論を発表します。旧来の作品を検討し、脚本の必要性、主題の一貫性、劇中人物の性格描写の3点を、史劇刷新の必須条件としてあげる逍遙が、その具現化として発表したのが『桐一葉』でした。これ以後も逍遙は、『枚の方』『沓手鳥狐城落月』『名残の星月夜』『義時の最期』といった新史劇の脚本を発表し続けます。
【桐一葉】
豊家没落と片桐且元の苦衷を描いた作品。
大正15年6月 大阪中座 「片桐邸上使淀君寝所」
大正10年4月 明治座「畜生塚淀君寝所」 七世鳥居清忠画
明治26(1893)年頃 逍遙の腹案によって作りかけた沙石の稿に改修を加えたもの。
昭和7(1932)年
尾上菊五郎が演じた渡邊銀之丞
【長生新浦島】
大正11年(1922)に発表された『長生新浦島』。ワーグナーによるオペラを意識して創作された前作『新曲浦島』の序章を省き、上の幕は竜宮、下の幕は澄の江とし、白頭翁となって帰郷した浦島が、玉手箱を開けると逆に若返り、神仙となるように改変しました。音楽は竹本・常磐津・清元・長唄が主で、大詰にわずかに洋楽を加えた程度でしたが、群舞にはバレエ式の工夫が凝らされていました。
大正11(1922)年 実業之日本社
前作『新曲浦島』の序章を省き、上の幕は竜宮、下の幕は澄の江とし、白頭翁となって帰郷した浦島が、玉手箱を開けると逆に若返り、神仙となるように改変しました。音楽は竹本・常磐津・清元・長唄が主で、大詰にわずかに洋楽を加えた程度でしたが、群舞にはバレエ式の工夫が凝らされていました。
浦島と竜宮乙姫 大正11(1922)年3月大阪新町演舞場 新町芸妓連らが着用した衣装。背景・舞台装置:筆谷等観、衣装・仮面・小道具:久保田金遷。
【お夏狂乱】
大正3年(1914)に初演された歌舞伎舞踊曲。井原西鶴の『好色五人女』に着想を得た作品で、名優たちに繰り返し演じられました。
大正10(1921)年 帝国劇場 七世鳥居清忠画
網島静観筆
昭和9(1934)年10月歌舞伎座所演のもの。梅幸がお夏として立った最後の上演で、作者坪内逍遙にとっても最後の観劇となりました。
【役の行者】
飛鳥時代の修験道の開祖とされる役の行者(えんのぎょうじゃ)を題材とした戯曲。大正5年(1916)9月『女魔神(おんなまじん)』の題で発表され、翌年5月に『役の行者』の題に改訂の上出版された。
大正2年(1913)に早稲田大学出版部から刊行を予定していたが、抱月・須磨子の恋愛事件をはじめとする文芸協会の内紛を考慮して出版を中止した未発表の稿本。
大正15年(1926)3月に築地小劇場で上映された 『役の行者』の舞台写真。
大正14(1925)年、67才の時。『役の行者』の役小角に扮する逍遥。