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一竜斎国盛「(雛人形)」上金, 安政4 / 国立国会図書館デジタルコレクション

和菓子をめぐる風俗

年中行事と和菓子~暮らしの中の和菓子

年中行事や、人々の人生の節目に、特別な料理を食べる習慣は古くからありました。

古代中国の歳時記で、古代中国の節日と供え物のことが書かれており、そのうちのいくつかはほとんどそのまま日本の節句(節供)となりました。

天長10(833)年に成立した本書(『養老令』の注釈書)では、正月一日を始めとする7日を節日と定めた箇所があり、遅くともこの時期には日本で節日とそれにまつわる儀式が行われていたことがわかります。

時代が下るにつれて、数ある節句の中から正月七日(人日(じんじつ))・三月三日(上巳(じょうし))・五月五日(端午)・七月七日(七夕)・九月九日(重陽)という5つの節句が重要な祝日とされるようになりました。

上巳(三月三日)

平安時代の歴史書。三月三日にゴギョウを用いた草餅を作るのが歳事(年中行事)であったという記録があります。

菱餅の絵。江戸時代の菱餅は現在一般的な紅白緑の三段ではなく、緑白緑が多かったようです。

「三月三日」に続く「蓬(よもぎ)餅」の項でも江戸と上方双方の習俗を取り上げ、上方では「戴(いただき)餅」と呼ばれる菓子が配られた、と書かれています。
(出典:一竜斎国盛 画「[雛人形]」『おもちゃ絵』)※「おもちゃ絵」とは、子どもの手遊び向きの図柄に描かれた浮世絵版画(絵草紙)の一種で、安政(1854-1860)前後から明治時代の 中ごろにかけて流行しました。

端午(五月五日)

平安時代の辞書。粽(ちまき)を五月五日に食べると書かれています。ただしその製法は真菰(まこも)の葉で米を包み灰汁(あく)で煮たものとされ、甘いものではなかったようです。

京・大坂では男の子が生まれて最初の端午の節句には親族などに粽を配り、二年目以降は柏餅を贈ったそうです。これに対して、江戸では最初の年から柏餅を贈った、としています。また、京の川端道喜(かわばたどうき)という菓子屋の粽の紹介も別のページにあり、遅くとも江戸時代にはこれに砂糖が使われていたことがわかります。

嘉祥(かじょう、嘉定)

嘉祥の様子。節句ではありませんが、六月十六日には「嘉祥(嘉定)」という菓子が重要な役割を果たした行事が行われました。

室町時代の公家・一条兼良(1402-1481)は本書の中で、「嘉」定「通」宝の名称が「勝」に通じることから盛んになった、と紹介しています。

江戸時代、「嘉祥」は重要な式日とされ、大名・旗本等が江戸城に登城し、将軍から菓子を賜りました。

嘉祥は明治に入って廃れましたが、昭和54(1979)年に全国和菓子協会が6月16日を嘉祥にちなんで「和菓子の日」に制定しました。

名物としての和菓子

江戸時代になると京・大坂・江戸の三都、さらには日本各地にそれぞれの名物として知られる菓子が登場しました。

上菓子の登場と普及

江戸時代前期に京を中心として作られるようになったのが(高価な白砂糖を使った)「上菓子」です。

(出典:『万買物調方記』)※有名な商店を掲げた買物案内書

三都の菓子

元禄期(1688-1704)は和菓子の歴史上、重要な時期です。菓子の項が設けられた書物が出版されました。

元禄6年に出版された、男性向け芸事の指南書。「菓子類」が茶の湯や生花と並んで立項されており、茶の湯と和菓子の関係をうかがわせます。

正徳年間(1711-1716)から享保年間(1716-1736)にかけて刊行された絵入の百科事典。巻105・造醸の項で「果子」の項目が設けられました。 なお、「饅頭」のところ(本書22コマ目)には「波牟(パン)」という単語が登場、「蒸餅即ち饅頭に餡無きもの」と説明があります。

宝暦・天明期(1751-1789)には、歌舞伎役者の容色や技芸を評した書物のパロディとして名物評判記が登場しました。

京は総巻頭に「大至極上々吉 京の水」を挙げ、飲食之部で菓子屋が登場しています。江戸は「菓子之部」に一項を割いており、「評判のひびき渡る唐ぐわし(菓子) 鈴木越後」を始めとして28軒が取り上げられています。浪花は評判記の形をとらず、堂島の「米の立チ相場」を始めとして名物を列記しています。

高麗橋 虎屋春繭店の絵がある。虎屋の切手は『富貴地座位』だけでなく、本書にも店の評判と共に描かれています。

名物菓子

人々の集まる寺社の門前や行楽地、都市や街道の名物として菓子が売られました。旅をした人の記録である道中日記には、食べ物に関する記述が頻繁に登場します。

(出典:高力猿猴庵『東街便覧図略』)尾張藩士・高力猿猴庵による。菓子を含む各地の名物を描かれている
『東街便覧図略』の筆者・高力猿猴庵(種信)(1756-1831)が寛政8年に著した黄表紙。登場人物は、当時の名物菓子を擬人化したもの
(出典:広重『東海道五拾三次 草津・名物立場』)

本ページはダイジェスト版です。ぜひ、オリジナルサイト:https://www.ndl.go.jp/kaleido/entry/25/2.html(国立国会図書館HPへ飛びます)もご覧ください。