よそいきの古町花街
かつての新潟には、舟による輸送路として作られた堀が縦横に張り巡らされていました。新潟をテーマとした戦前の絵葉書には、「堀と柳と美人」を組み合わせた図柄が繰り返し登場します。戦後新潟で活躍した中俣正義もまた、これら戦前から存在する新潟のイメージを踏まえつつ、観光パンフレット等のために、古町花街を舞台とした多数の洗練された写真を撮影してきました。これらは、新潟と古町花街が外の世界に向かって見せる「よそいき」の顔を写した写真と言えるかもしれません。
戦前の絵葉書が描く古町花街
古町芸妓絵葉書コレクション
中俣正義がとらえた 古町花街
中俣正義は、六日町欠ノ上に生まれ、戦後は新潟県観光課に勤めた写真家です。地域に根差しつつ、新潟県の魅力を広い世界に向けて発信する仕事に従事していた中俣は、古町花街の多彩な表情を辿ります。一方で中俣は、続くページで紹介するように、古町芸妓が地域の一員として活躍する新潟まつりや、芸妓や客、そして住民が賑やかに行き交う古町の往来など、新潟の日々の暮らしに結びついた古町花街の姿を、動きのなかで捉える写真も数多く残しています。他者に向けた「よそいき」の古町花街と、身近な人にだけ見せる「うちとけた」古町花街。中俣は、地域に根差した写真家として、古町花街の様々な表情を撮影していきました。
中俣正義(1918ー1985)
六日町の欠之上に生まれ、県立長岡中学校を卒業後、1939年理研工業宮内工場に勤務、翌1940年4月に応召され、新発田第16聯隊に配属された。ベトナム・ホーチミン市駐留中に終戦を迎え、1946年5月帰新。1950年4月から正式に新潟県観光課に勤務して以降、生まれ故郷の村々をはじめ、新潟県内各地で、対外的に新潟県をアピールする観光課の仕事と、民俗学的な観点を組み合わせて、写真と映画を撮影し続けた。
にいがた地域映像アーカイブ・データベースでは、現在、中俣コレクションとして92,167件の資料の公開を行っている。
中俣正義撮影の観光写真
古町花街とマグナムの写真家
古町花街は、国内外から新潟を訪れる様々な客をもてなしてきました。この一例を中俣正義コレクションから紹介します。
中俣は、国際的な写真家集団であるマグナム・フォト所属のアメリカ人写真家、バート・グリン(1925-2008)が取材で新潟を来訪した際に取材に同行し、日中の取材風景とあわせて、グリンが行形亭でお座敷を楽しむ姿を写真に残しています。
この来日時にグリンが撮影した写真は、のちに写真集『A Portrait of Japan』として出版されます。この写真集には、新潟で撮影された写真は、新潟西区の田植の様子を写した1枚のみが掲載されました。しかし同書には、京都の祇園に取材した写真も掲載されています。新潟でのお座敷もあるいは、取材を兼ねたものであったのかもしれません。
このオンラインギャラリーは下記の展覧会をもとに、新たに再構成したものです。
にいがた地域映像アーカイブ写真展「さざめく往来 古町花街に行き交う人々」
2026年1月11日(日)〜1月31日(土)
新潟大学駅南キャンパス ときめいと多目的スペース
主催:共創地域アーカイブ実行委員会(令和7年度文化庁Innovate Museum事業「地域を超えて共創・永続する地域アーカイブを目指して」)、新潟大学人文社会科学系附置地域映像アーカイブ研究センター
協力:山形大学附属博物館、新潟まち遺産の会、古町花街の会、新潟大学都市計画研究室