ブドウ科に属する蔓性の落葉性植物。巻きひげがあり、他物に絡みつく。葉は単葉で互生し、分裂するものも多い。5~6月に小花を多数房状につける。花弁は緑色でその上部が融合し、開花すると帽子が脱げるように脱落。8~10月に熟す。果実は液果で、大きさや形、果皮の色は品種によりさまざま。生食のほか、ワインの原料とする。主要な種が50以上あり、主分布は中央アジア、東アジア、北アメリカ。日本にもヤマブドウ、エビヅル、サンカクヅルなどの野生種がある。葡萄はかつて、オオエビカツラ、エビカツラ、エビなどと呼ばれた。
栽培の歴史は古く、紀元前15世紀頃のエジプト壁画に収穫とワイン製造の様子が描かれている。日本には中国を経て欧州種が伝わり、元和年間(1615~1624)初めに日本独自の棚造り法が確立され栽培が広まる。江戸時代中期には甲斐国(現在の山梨県)の甲州葡萄が江戸で知られていた。明治期に品種改良が進み、ワイン造りも本格化する。
西洋で葡萄は豊穣の象徴であり、ギリシア神話の酒の神ディオニソス(ローマ神話ではバッカス)信仰もあり聖なる果実とされる。キリスト教でワインはイエス・キリストの血を表す。葉や蔓、実をモチーフにした葡萄唐草の文様は、古代アッシリア(現在のイラク北部を占める地域)が発祥とされ、ギリシア、ローマ、ペルシアからシルクロードを経由して東洋へ伝播。日本では異国的な文様として用いられた。
関連するひと・もの・こと
カキノキ科の落葉高木。古くから栽培され、食用の果実をはじめ用途が多く、暮しを支えた
バラ科の落葉樹。美味しい果実、節句に飾る花として日本人に親しまれてきた
桜とともに古くから日本人に親しまれたバラ科の花
黄色の花を咲かせる植物で、黄金色(こがねいろ)は山吹色といわれて親しまれる
春から夏にかけて赤、白などの花をつける低木
日本原産の代表的な花木。ツバキ科。ヨーロッパでも、「冬のバラ」として親しまれている
ヒルガオ科の一年草。園芸で人気の花で、江戸時代には盛んに品評会が開かれた。
ハス科の水草。仏典の花として、食用のれんこん(蓮根)として日本人になじみ深い。
本で知る
岩崎常正,写
『本草図譜』から「葡萄」の図。『本草図譜』は江戸時代の代表的な植物図譜で、筆者岩崎灌園(常正、1786 - 1842)の実見した本草約2000種を写生・彩色して、山草・湿草・毒草などに分類したもの。全96巻のうち、文政13年(1830)に巻5から巻10までの6冊が出版されたが、印刷・刊行されたのはこの6冊のみで、以後は灌園の原本を画家に模写させて予約者に配布するかたちで続けられた。掲載の図は、国立国会図書館が所蔵する田安家旧蔵本のうちの1冊から。田安家旧蔵本は、『本草図譜』としては稀な完本で、優れた画家に模写させたと思われる良質な図が多いことで知られている。
岩崎常正,写
『本草図譜』から「水晶葡萄」「瑣瑣葡萄」の図。
岩崎常正,写
『本草図譜』から「蘡薁(エビヅル)」の図。
岩崎常正,写
『本草図譜』から「のぶどう(蛇葡萄)」の図。
深江輔仁 奉勅新撰,多紀元簡 [校],和泉屋庄次郎
『本草和名』より「蒲萄」の項。和名は「於保衣比加都良(オオエビカズラ)」とある。 『本草和名』は『新修本草』所収品の漢名-和名辞書で、深江輔仁(すけひと、生没年未詳)が勅を奉じて延喜18年(918)頃に作成した。すでに散逸した古書からの引用が多いことでも知られる。『本草和名』は長いあいだ存否不明の書だったが、寛政6年(1794)に幕医多紀元簡(もとやす、のち幕府医学館主)が幕府の紅葉山文庫で古写本を発見、それを校訂して刊行した。本資料は、考証学者小島尚質(なおかた)・尚真(なおざね)父子の旧蔵書で、諸書を用いて父子がさらに校注を進めたものである。一方、刊行に関連する多紀家の記録も写しており、それによって元簡が幕府の出版許可を得るために提出した文書が判明するし、「享和二年[1802]壬戌秋八月廿七日初刷装釘」とあって、出版年が通説の寛政8年(1796)ではないことも明らかになる(『江戸出版書目』によると、出版・販売の許可を得たのは寛政12年12月)。なお、『日本古典全集』に所収されている森立之・約之父子旧蔵『本草和名』刊本への書き込みは、上記多紀家記録を含め、本資料の小島父子書き入れの転写が少なくない。本書刊本には、初版と後刷の2種類がある。初版―表紙は朱色/上巻見返しに出版事項は無し/下巻末尾、「江戸浅草新寺町・和泉屋庄次郎発行」:小島氏本(本書)、121-37本など後刷―表紙は藍色/上巻見返しに出版事項(書名・著者名など)/下巻末尾、「三都発行書林」として9軒の書肆名:特1-218本、『日本古典全集』森氏旧蔵本(磯野直秀)
[中村[テキ]斎] [編],山形屋
『訓蒙図彙』には「葡萄 えび 俗音ぶだう」とある。『訓蒙図彙』は江戸時代の図解事典。20巻。中村惕斎(てきさい)著。寛文6年(1666)成立。天文・地理・動植物などについての精確な図に和名・漢名・注記を付した啓蒙書。
丹岳野必大千里 著
江戸時代の食物書『本朝食鑑』。葡萄について、「昔は恵比(えび)と訓んだ」とある。「甲州に最も多く、駿洲が次ぐ」とも。『本朝食鑑』は医師の人見必大 (ひとみひつだい) が著した書で、魚介類など庶民の日常食糧を取材した見聞にもとづき解説している。元禄8年(1695)刊行。
宮崎安貞 著,貝原楽軒 補,貝原益軒,山中善兵衛[ほか4名]
『農業全書』は江戸中期の農学者・宮崎安貞(1623-1697)による農学書。葡萄の項では「水晶葡萄は白く透きわたり、是殊に味がよい。紫、白、黒の3色があり、大小、甘き酸いもある」とし、葡萄酒について「また葡萄酒を造る事は尋常の葡萄にてはならぬ物なりとしるせり」と記されている。計11巻からなり、序文は儒学者で本草学者でもあった貝原益軒。11巻はその兄の貝原楽軒による付録。中国の農書『農政全書』から知識を得ながら、自身の経験や各地で訪れて見聞した事実に基づき農事・農法を体系的に解説している。初版は元祿10年(1697)、掲出本は文化12年(1815)刊行。
大蔵永常,前川喜兵衛
『広益国産考 』より「葡萄棚の図」。『広益国産考 』は、江戸時代後期の農学者・大蔵永常が著した、自身の研究の集大成となる農書全8巻。60種におよぶ作物を取り上げており、葡萄の項では栽培・加工方法の紹介だけでなく、甲斐から江戸に馬荷で多く出荷されていることにも言及している。奥書に「天保15年(1844)甲辰初春 浜松藩大蔵永常 時年七十七撰」とある。刊行は安政6年(1859)。
蘭山小野先生 口授,小野職孝士徳 録,井口望之蘇仲 訂,和泉屋善兵衛 [ほか8名]
江戸後期の本草学研究書『重訂本草綱目啓蒙』の「葡萄」の項。エビ、エビカヅラ、オホエビと記され「エビと云は葡萄の古訓にして狩衣等を紫黒色に染るをエビ染と云」とある。また棚造り栽培や、葡萄の種類についても述べられている。『本草綱目啓蒙』は、本草家の小野蘭山が明の李時珍(りじちん) の『本草綱目』について行った講義を孫で後継者の小野職孝(1774-1852)と門人が整理したもの。第一版は享和3年(1803)で、掲出本は弘化4年(1847)の刊行。
江戸期の博物書『庶物類纂 果属 巻43-44』から「葡萄」の項。『庶物類纂』は、加賀藩主前田綱紀が京都の本草学者稲生若水(1655 - 1715)を招いて編纂した博物書。延享4年(1747)完成。中国古典籍類などから動物植物鉱物の記事を集成、分類し、実物によって検証したもので、日本の博物学史上画期的な業績。若水は編纂中に没したが、その後は幕府の官撰事業として若水門下の官医丹羽正伯らが引き継ぎ、全1054巻をもって完成とした。全体を26属(草、花、鱗、介、羽、毛、水、火、土、石、金、玉、竹、穀、菽 、蔬 、海菜、水菜、菌、蓏 、造醸、虫、木、蛇、果、味)に分類。正伯が幕府に献上した浄書本465冊が江戸城紅葉山文庫に保存され、のち内閣文庫に伝来した。重要文化財。
江戸期の博物書『庶物類纂 果属 巻45-47』には、葡萄に続き「紫葡萄」「水晶葡萄」「馬乳葡萄」「野葡萄」について記されている。
飯沼長順,写
『草木図説』の木部では、ブドウ、エビヅル、ノブドウなどについて写生図付きで解説している。『草木図説』は日本初のリンネ分類による植物図鑑で、草部20巻、木部10巻から成る。草部は安政3年(1856)から文久2年(1862)にかけて、木部は昭和52年(1977)に刊行された。
廣重 筆,大倉孫兵衛
明治初期に活躍した浮世絵師・三代歌川広重が、日本各地の特産物とそれを生業にする人々を描いた揃い物の錦絵『大日本物産図会』より「甲斐国葡萄培養図」。葡萄狩りの様子を描いたものとされる。説明文は「葡萄は山梨郡岩崎村に産ずるを殊に好とす」から始まり「又近年多くぶどう酒 乾ぶどう 月の雫等を製ス」とある。山梨郡岩崎村は、現在の甲州市にあたる。
葡萄の栽培、葡萄酒の醸造
葡萄栽培法
ファン・カステール訳 ; 平野栄, 鳴門義民校
『葡萄栽培法』は、明治6年(1873)にオーストラリアのウィーン万博に派遣された博物学者・田中芳男が持ち帰ったドイツ語の原本『独逸農事図解』(全30巻)をオダンダ人のファン・カステールが訳し、さらに内務省勧業寮の平野栄らが要約したもの。掲図の「第二 葡萄栽培法』のほか「第三 葡萄酒管理法」や「第七 蜂蜜養蜂」などがある。明治8年(1875)刊行。
葡萄酒管理法
ファン・カステール訳 ; 平野栄, 鳴門義民校
『葡萄酒管理法』は、原本『独逸農事図解』(全30巻)をオダンダ人のファン・カステールが訳し、さらに内務省勧業寮の平野栄らが要約したもの。明治8年(1875)刊行。
葡萄三説
高野正誠 著,高野正誠
明治10年(1877)に葡萄酒醸造の伝習生としてフランスに留学した高野正誠が、フランスで学んだ葡萄栽培法とワイン醸造法についてまとめた書。「第一編葡萄園開設すべきの説」「第二編葡萄栽培説」「第三編葡萄醸酒説」の三説からなる。明治23年(1890)刊行
甲州葡萄栽培法 上巻
福羽逸人 著,有隣堂
『甲州葡萄栽培法』は、明治14年(1881)に刊行された園芸家で農学博士の福羽逸人(1856-1921)による著書。甲州地方での葡萄樹繁殖の来歴から始まり、繁殖法、開園并架棚法、摘剪并配蔓法などについて記している。
葡萄栽培新書
桂二郎 著,玉井治賢
明治8年(1875)から11年(1878)までドイツに留学し、葡萄栽培と葡萄酒醸造法を学んだ桂二郎による著書。明治15年(1882)刊行。桂二郎は後に日本麦酒醸造の社長となる。兄は内閣総理大臣も務めた政治家の桂太郎。
葡萄提要
川上善兵衛 著,実業之日本社
園芸家・川上善兵衛(1867-1944)による著書。明治41年(1908)刊行。川上善兵衛は、欧米から葡萄の苗木を輸入し品種改良に取り組み、マスカットベリーAなどの優良品種を生み出した人物。本書では葡萄の栽培について「初年の施業」から「四年目の施業」にわけ詳細に述べているほか、葡萄の病害及び救治法、害虫及び駆除法、葡萄酒の醸造法、葡萄の分類・種類解説なども収録。
もっと知りたい
東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p>ガンダーラでは、ギリシャ・ローマの神話を題材としたモティーフが数多く造形化されました。向かって左は、豊穣と葡萄酒の神ディオニューソス(あるいはシレヌス)が酔っぱらっています。右では女が縦笛を吹き、それに合わせてインド風の衣装を着た男が足元の太鼓を叩き、楽しく踊っています。<br /></p>
小倉コレクション保存会寄贈,Gift of the Ogura Foundation,東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p>蓋が身の下まですっぽりと被るいわゆる被せ蓋づくりの箱で、蓋およびその四側面全体に葡萄と童子があらわされている。割り貝の手法が用いられており、貝片が放つ色鮮やかな光が美しい。<br /></p>
東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p>食籠は食物を入れる容器であるとともに、贈答や座敷飾りなど「ハレ」の場で活躍する道具です。本作は金平蒔絵【ひらまきえ】を基調に簡素な技法で仕上げていますが、同じ葡萄の実や葉の描写でも近くに異なった技法を用いて変化をつけ、漆の黒を生かした華やかな表現を生んでいます。<br /></p>
京都国立博物館 Kyoto National Museum,Kyoto National Museum
<p> 海獣葡萄鏡は、隋・唐代の鏡のうち最も遺品の多い鏡式で、内傾気味の周縁と、背面を界圏で内・外区に分ける鏡胎に、獣文と葡萄文を一杯に描く。早い時期のものは、界圏で文様が截然と分かたれるが、七世紀末ごろになると、本品のごとく葡萄文が界圏上にまでまとわりつくように表わされるものが目立ちはじめる。</p>
乾山,By Ogata Kenzan (1663–1743),ウィーン万国博覧会事務局引継,Gift of the Bureau for the Vienna World's Fair,東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p>ウィーン万博の出品作品で、ニール号引揚品の一つ。重要文化財の「銹絵観鴎図角皿」(当館所蔵)に同じく、乾山が得意とした角皿である。尾形乾山は光琳の弟で、すぐれた作陶で知られる。変色した器面には、やはり海難の痕跡が痛々しく残っている。</p>
東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p>細身で背が高く、広口を持つ壺です。口縁の立ち上がりに特徴があります。灰色を帯びた器胎に余白を活かして、辰砂(しんしゃ)の技法をもちいて房を付けた葡萄の蔓が描かれています。辰砂のみで青花を伴わない作例は民窯の作とされ、生産窯については詳らかでありません。<br /></p>
景徳鎮窯,Jing-de-zhen Ware
内湾気味の立ち上がり部に、鍔(つば)状の口縁部を持つ盤。明時代になると、元時代の器面を多段に分けて文様帯を重ねる構成から、伸びやかで均整のとれた筆致の表現、写実的な絵画表現へと変化。この作品の内面底部には、豊かに実った3連の葡萄の房を中心に、大小の葉とくるくると巻いた細い蔓が軽やかに描かれ、立ち上がり部に四季花唐草文が、口縁部に波濤文が配されている。外面には、四季花唐草文が描かれている。
小倉コレクション保存会寄贈,Gift of the Ogura Foundation,東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p>陽刻風の葡萄文は、生乾きの時に文様に沿ってチューブから泥漿(でいしょう)を押し出し、高く盛り上げたのち、細部を箆(へら)で整えるいわゆるイッチンの技法であらわされています。口縁から底部へと至る柔らかい曲線と、清澄な淡青白色の釉薬との調和が美しい作品です。<br /></p>
板谷波山作,By Itaya Hazan (1872–1963),東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p>板谷波山は昭和9年(1934)に帝室技芸員になり、陶磁分野としては最後の任命となりました。葆光彩磁と呼ばれる波山自らが開発した装飾技法作品が有名ですが、中国の古陶磁に学んだ白磁にも優品が多く、本作は技芸員任命の同年に当館の収蔵品に加わった作品です。(ほこうさいじ)</p>
「大明宣徳年製」銘,東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p>円形盆の見込みに、葡萄の果実の房を貼り、その下には葡萄の果実や蔓・葉が平面的な堆朱で表わされています。平らな縁部に表わされている唐草文は葡萄の蔓を表わすようです。朱漆はやや暗い色調を呈しています。底には「大明宣徳年製」銘が記されています。</p>
伊万里(柿右衛門様式),Imari ware, Kakiemon style,東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p>瓢箪形の水注です。胴をめぐる浮線と把手のところを紐のようにあらわして染付を施し、房も浮彫としています。葡萄は「武道」、栗鼠は「律する」に通じ、武家好みの意匠でもあります。イギリス・オックスフォード大学内のアシュモレアン博物館にも類例が伝わります。</p>
景徳鎮窯,Jing-de-zhen Ware
下膨れの胴部に太い頸部を持つ、玉壺春タイプの瓶に、太く長い注口と扁平な把手が付いた仙盞瓶。口縁部は受口状。頸部には、蕉葉文と宝相華唐草文が配されている。胴部中央の一方の四稜花形の枠内に石榴折枝文、他方の枠内に葡萄折枝文が描かれ、周囲に四季花唐草文が配されている。また、裾部にラマ式蓮弁文、高台に唐草文、注口に蔓唐草文、把手に花卉文が描かれている。注口先端は後補。
沖縄本島,Okinawa Main Island,東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p> 箙+ふく+とは矢を入れる容器です。外は黒塗りに貝片を蒔き、螺鈿で葡萄栗鼠文+ぶどうりす+と正面に家紋をあらわしています。底裏には「中山宇根 良方製之」とあります。琉球王国では「貝摺奉行所」+かいずりぶぎょうしょ+が工芸品などの製作を取り仕切っていたため、本例のように作者の銘があるものは稀です。<br /></p>
東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p> 葡萄唐草文と栗鼠を螺鈿で表した印籠蓋造の箱。螺鈿の剥離・剥落があり、剥落片は別保存されていた。また、旧修理の漆が貝にかぶり展示効果を損ねていた。修理は剥離・剥落した螺鈿を膠で圧着、旧修理の漆は鼈甲(べっこう)の篦(へら)で除去し、後世修理の色調を絵具であわせた。<br /></p>
この硯箱は方形、四隅の丸い被せ蓋造りで、甲が盛り上がった形をもつ。蓋表は、黒漆塗りに、葡萄を切金で、葉を金蒔絵で施している。左上方から斜め下方へ向かう葡萄図は、絵画的な自由さを失わず、見事に意匠化されている。蓋裏は、鉛の金貝であらわした月が、芒の群れとともに表現され、散らされた梨子地の蒔絵を背景にして秋の詩情を奏でている。武蔵野図の絵画世界を硯箱という工芸品に凝縮したような作品である。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p>外側には全開のほか半開きや閉じた扇も含め、合計14本の扇が表わされる。全開した扇が多いが、相前後するなどして変化をつけ、バランスよく散らされている。扇面には若松に桜、葡萄、忍草、縞文様、梅枝、鉄線などを描く。この扇面に見るような蒔絵の縞文様は、桃山期から江戸時代初期に流行した。<br /></p>
京都国立博物館 Kyoto National Museum,Kyoto National Museum
<p>金平蒔絵と螺細の併用で椿、鳥、葡萄唐草などを施したこの蒔絵聖龕は、厨子扉を開けると背板の内側に直接油彩画が描かれている。主題は、父なる神、その子イエスと聖霊は一体であるというキリスト教の三位一体の教義で、三人の同一人物が並んで描かれている。近年の研究により十八世紀のメキシコ派の様式に近いことが指摘されている。空の蒔絵聖龕が輸出され、輸入先で図像が描かれたことを思わせる資料である。</p>
中国・景徳鎮窯,Jingdezhen ware, China,広田松繁氏寄贈,Gift of Mr. Hirota Matsushige,東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p>万暦赤絵は昭和のはじめに鑑賞陶器として人気を集めた。下絵付けの青花と上絵付けの赤・黄・緑を用いて、うつわの外面に四つの樹下人物図、見込みには葡萄と花卉文を描く。小品ながら、万暦赤絵ならではの華やかさと洒脱な雰囲気に満ちた楽しい器である。<br /></p>
景徳鎮窯,Jing-de-zhen Ware
口縁部が外反する盤。黄地青花は、青花を焼成後、文様部分を残して黄釉を塗り、再度低火度で焼成されたもので、宣徳年間(1426~35)に始まる。この作品は、内面底部に梔子と思われる五弁花の折枝文が描かれ、立ち上がり部に石榴・茘枝・葡萄・蓮の折枝文が配されている。外面には、山茶花風の花唐草文が描かれている。底裏には、ニ重圏線内に3字2行の青花銘。
シリア、テル・マンヌ,Tel Mannu, Syria
東京国立博物館,Tokyo National Museum
絵画に描かれた葡萄
立原杏所筆,By Tachihara Kyōsho (1785–1840),東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p> 乱舞し絡[から]まる葡萄。画家の内面を映すかのように、筆さばきは強く激しい。水戸藩士の杏所は、藩主から夫人の養母への作画を求められ、自分は職業画家ではないと拒否、豪飲して描いた。左下に「沈酔[ちんすい]」(酔いつぶれ)の語がみえる。武士の覚悟が伝わる名作だ。<br /></p><br /><p>画面いっぱいに、葡萄の実や蔓(つる)、大きな葉が力強く描かれています。よく見るとモノクロではなく、墨と藍の2色が使われていて、それによって立体感や奥行きが感じられるようです。墨がにじんだ微妙なグラデーションの葉には葉脈が透けてみえます。ところどころかすれた線や、藍色のしぶきが飛んだように表された部分など、ダイナミックな勢いを感じさせます。作者はどんなふうに、この絵を描いたのでしょうか。<br />作者の立原杏所(たちはらきょうしょ)は水戸藩の武士でした。藩主・徳川斉昭(なりあき)から、宴席で人々の前で絵を描くことを求められましたが、自分は職業画家ではなく、あくまで武士であるといって、決死の覚悟で拒否をしました。そして大酒をあおり、翌日、藩主の前でまだ酔いののこった状態で、この絵を描いたといわれています。本来は緻密で正確な絵を描くことができる画家が、藩主との緊迫した関係のもと、この激しい作品をのこしたことに、武士の覚悟が感じられるようです。</p>
狩野派,Kano School
たくさんの実を実らせた葡萄が竹の棚に絡まりながら画面全体に広がり、豊饒な秋の情趣を偲ばせる。工芸的技法ともいえる胡粉による盛り上げ彩色によって描き出された葡萄の葉と金雲は装飾的な役割を果たしている。画面下半分に土坡と水流が描き、全体に変化と奥行きを与えている。本作のように季節の一つに秋を取り上げ、その景物としての葡萄を大振りに描くという単純明快な表現方法は、桃山の障屏画の典型的な図案といえる。
没倫紹等筆,By Motsurin Jōtō (died 1492),東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p>没倫紹等は墨斎(ぼくさい)とも号し、師の一休宗純(いっきゅうそうじゅん)同様、水墨画にも絵筆を振るった。没倫自ら書き付けた賛によると、今年の秋は10日も風雨が続いたが、葡萄棚は傾くことなく多くの実をつけたという。没倫の基準作として、また中世の葡萄図の遺例として貴重である。(20130625_h21・22)<br /></p>
宋紫石筆
背景に部分的に藍墨を刷いたなかで、折枝画風に葡萄が描かれています。背景の明暗、墨のにじみで濃淡をつけた葉、色の濃淡とハイライトの胡粉を付けた実と、月光の下でたわわと実る葡萄を巧みに表現しています。とりわけ、葡萄の実の質感と量感は瞠目すべきものです。ゆるやかに画面を交錯する枝振りは、下方へと伸びる蔦で構図を引き締めています。宋紫石ならではの端正さ、瀟洒さをそなえた優品です。 【長崎ゆかりの近世絵画】
呉昌碩筆,By Wu Changshuo (1844–1927),高島菊次郎氏寄贈,Gift of Mr. Takashima Kikujiro,東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p>56歳で官途を断ち、売芸だけで生計を立てる決心をしてから、呉昌碩の技量は急速に上達します。呉昌碩が憧れた明時代の徐(じょ)渭(い)の画風を想起させる、墨痕(ぼっこん)淋漓(りんり)とした勢いのある作風に、葡萄図は恰好の画題でした。書と画が渾然(こんぜん)一体(いったい)となった59歳の作。(180102_t08呉昌碩)<br /></p>
徐渭筆,By Xu Wei (1521–1593),高島菊次郎氏寄贈,Gift of Mr. Takashima Kikujirō,東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p> 徐渭(じょい)は、明時代の後期、16世紀に活躍した文人です。学者・戯曲作家として活躍するかたわら、書家・画家としても優れた作品を残しました。家庭的にはあまり恵まれず、政治の世界においても不遇でした。高級官僚試験である科挙(かきょ)に何度も挑戦するも合格できません。そんな中、彼の才能を評価し後ろ盾となってくれる有力者が現れますが、その人物もやがて失脚してしまいます。徐渭は次第に追い詰められていく中で、精神を病み、とうとう妻を殺害、その罪で投獄されてしまいます。ただ、そんな波乱にみちた生涯を送る中でも、創作意欲が衰えることはありませんでした。<br /> 徐渭は、水墨で草花や野菜、魚や蟹(かに)を描いた作品を得意としました。この画巻もそのひとつで、6年に及ぶ獄中生活を終えた55歳の時に制作されました。酒と蟹をたずさえた友人の訪問を受け、求めに応じてほろ酔い気分で描き贈ったものといいます。蓮や梅、牡丹、葡萄などの草花、そして、豆や青菜などの野菜と魚、蟹が並んでいます。紙の上で、濃淡のグラデーションを作りながら、自在ににじみ、広がっていく墨の美しさが印象的です。絵画表現と呼応して踊るように記される書も見どころです。現実世界ではなかなか心の安寧を得ることができなかった徐渭が、せめて書画の中では自由に遊びたいと願う気持ちが伝わってくるような作品です。</p><br /><p>徐渭は山陰★さんいん★(浙江省)の人。仕官に挫折し、精神を病んで妻を殺し投獄されました。釈放後の本作は、酒と蟹をたずさえた友人の訪問を受け、ほろ酔い気分で描き贈ったもの。画家の思いのままに自由自在に広がる墨の美しさは、個性の表出を重んじる明末画壇の先駆けとも位置づけられます。</p>
アンリ・ファンタン=ラトゥール,Henri Fantin-Latour
ファンタン=ラトゥールは、印象派の画家と親しく交遊のあった人物だったが、印象派の運動には参加せず、独自のアカデミックな道を歩んだ画家である。その素地は、若い頃よりルーヴルに通い、16世紀ヴェネツィア派や17世紀フランドルの巨匠たちの作品の模写をした絵画体験から生まれている。本作にみられるように彼の表現は、暗色による渋い背景に、堅固で明快な構成をもつ写実的な造形が特徴である。
小原祥邨(古邨) (1877 - 1945),OHARA, Shoson (Koson) (1877 - 1945)
速水御舟 (1894 - 1935),HAYAMI, Gyoshu (1894 - 1935)
下村為山,Shimomura Izan
松林桂月 : マツバヤシ ケイゲツ
渡辺崋山・椿椿山の流れを汲む松林桂月は、明治の文展から戦後の日展を拠点に南画の近代的なあり方を探求した画家である。本作では墨の濃淡、にじみやぼかし、渇筆など、多様な水墨の技法が用いられている。竹の垂直線に対し、葡萄の蔓は曲線による広がりをみせ、その動きを追うことで主題であるリスの姿も確認できる。
小林清親 (1847 - 1915),KOBAYASHI, Kiyochika (1847 - 1915)
松花堂昭乗、石川丈山
松花堂昭乗〈しょうかどうしょうじょう・1584-1639〉が描いた水墨画の葡萄図に、石川丈山〈いしかわじょうざん・1583-1672〉が賛を加えた作品。 松花堂昭乗は、近衛信尹〈このえのぶただ・〉・本阿弥光悦に並んでわが書道史における「寛永の三筆」として知られる。もともとは山城国男山の石清水八幡宮の社僧。俗姓は中沼氏。名は式部、別に空識・惺々翁などを号した。滝本坊実乗に師事、実乗没後の滝本坊を継いだ。寛永14年〈1637〉、甥の乗淳に同坊を譲ってからは、滝本坊の南に方丈松花堂を建てて風雅を友として晩年を過ごした。高徳にして温雅な人柄が世に迎えられ、関白近衛信尋〈このえのぶひろ・1599-1649〉をはじめ、小堀遠州〈こぼりえんしゅう・1579-1647〉・林羅山〈はやしらざん・1583-1657〉・沢庵宗彭〈たくあんそうほう・1573-1645〉・石川丈山らと親しく往来した、当代一級の文化人であった。賛を加えた石川丈山は、当代きっての書家・漢詩人として知られる。後年は、洛北の一乗寺に居を構え、中国の詩人36家の画像を掲げ、詩仙堂と称して閑居した。六六山人・凹凸窩などを号した。唐様趣味に徹して、とくに書は当時にあっては珍しく隷書を得意とした。簡略な筆致で葡萄の1房を描いた洒脱で枯淡な水墨画を下方に配して、上方には、丈山が得意の隷書で七言二句の詩を加賛する。絵と書の配置の妙が美しい作品で、両者の交流の深さを示している。「的々たる(輝く)紫房(葡萄の実)は雨を含みて潤い、疎々たる(まばらな)翠幄(緑色の帳=葉)は風に向かいて開く。六々山人書す。(印「六々山洞凹凸窩夫」)」
広重〈1〉,-, 川口屋正蔵
曽我蕭白筆,By Soga Shōhaku (1730–1781),植松嘉代子氏寄贈,Gift of Mrs. Uematsu Kayoko,東京国立博物館,Tokyo National Museum
曽我蕭白筆,By Soga Shōhaku (1730–1781),植松嘉代子氏寄贈,Gift of Mrs. Uematsu Kayoko,東京国立博物館,Tokyo National Museum
今道子 (1955 - ),KON, Michiko (1955 - )
国吉康雄 (1889 - 1953),KUNIYOSHI, Yasuo (1889 - 1953)
金田和郎 (1895 - 1941),KANADA, Waro (1895 - 1941)
玉村方久斗 (1893 - 1951),TAMAMURA, Hokuto (1893 - 1951)
長谷川潔 (1891 - 1980),HASEGAWA, Kiyoshi (1891 - 1980)
長谷川潔 (1891 - 1980),HASEGAWA, Kiyoshi (1891 - 1980)
上野=リックス、フェリーツェ・“リチ” (1893 - 1967),UENO-RIX, Felice "Lizzi" (1893 - 1967)
伊川院榮信摸,東京国立博物館
衣裳に描かれた葡萄
東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p>紫練緯(ねりぬき)地に葡萄の立木と色紙を金摺箔で表すこの作品は、子方(こかた)の装束ながら技術が秀逸であること、及び衣装が格調高く優雅であることにおいて現存する摺箔の作品中最高水準に位置する一領である。<br /></p>
東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p>紫練緯(ねりぬき)地に葡萄の立木と色紙を金摺箔で表すこの作品は、子方(こかた)の装束ながら技術が秀逸であること、及び衣装が格調高く優雅であることにおいて現存する摺箔の作品中最高水準に位置する一領である。<br /></p>
東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p>主として男性役が表着(うわぎ)の下に着用する着付の小袖(こそで)。表着(うわぎ)の袖(そで)を脱いで片袖を見せるような着付をし、さまざまな模様が工夫された。締め切りの糸で浅葱と白の段模様とし、格子模様を地紋に織り出し、葡萄(ぶどう)の蔓(つる)を縫取織(ぬいとりおり)で表した、華やかな意匠(いしょう)である。(090526_h09)<br /></p>
東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p>男性役の着付に用いられ用途としては厚板ですが、唐織で仕立てられています。唐草を円紋をつないだように表わし、八重菊と糸菊と2種の菊模様を交互に織り出します。唐草も菊の蕾や葡萄などを組み合わせ凝っています。江戸時代後期になると、男性役の着付も女性役のような華やかなものが登場しました。</p>
ガラス製品に描かれた葡萄
葡萄文蓋付瓶
エミール・ガレ
ヒョウタン形の瓶で、透明地に白、淡緑色、濃淡2色の茶色を重ね、エッチングで葡萄の房を彫刻している。葡萄の実の3ヵ所にカボションが載せられていて、各々グラヴュールで研磨仕上げがなされている。蔓の形状にデザインされた取手は、アプリカシオンでガラスが熱いうちに熔着されたもの。栓は透明地に茶色を被せた2層被せガラス製。エミール・ルーベ大統領からロシア皇帝に献上されたガレ作品12点の内に、これと同形作が含まれている。1902年5月24日付『イリュストラシオン』誌に掲載された図版では、栓がない状態の瓶が確認できる。(『名作選』 2007)
葡萄文ランプ
ドーム兄弟
黄色、緑、オレンジを段階的に練り込んだ素地に暗褐色を被せ、エッチングで葡萄の枝を彫刻している。ドームとしてはかなり大型といえるサイズのランプで、電球をともす葡萄畑の黄昏を連想させる情景が浮かび上がる。食堂などにふさわしいテーマの照明器具である。(『名作選』 2007)
葡萄文花器
ドーム兄弟
ガラス熱い段階で黄色やオレンジ、紫、緑、白などの色ガラス粉を練り込んで、一気に引き伸ばし、角張った細長い花器に成形したもの。飴細工のように粘りをともなって変形したガラスの表面には、細く長い糸のような状態に色ガラスが流れた形跡が浮かんでいる。その表面をエッチングで削り、実をつけた葡萄の小枝を浮き彫りしている。(『名作選』 2007)
葡萄とカタツムリ文花器
ドーム兄弟
ヴィトリフィカシオン技法による赤や青紫、白、緑などを被せた被せガラス。エッチングによってたわわに実った葡萄の房を浮き彫りし、その中のいくつかはカボションによって丸く盛り上がっている。アプリカシオン技法で溶着したカタツムリは、葡萄の若葉を食べて育つエスカルゴであろう。畑の中の貝と呼ばれ、古代ギリシアから食用に供されているカタツムリである。同種類の文様を施したガラス器やランプなどが多数存在する。(『名作選』 2007)
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葡萄畑とワイナリーに囲まれた図書館。地域の基幹産業である「ぶどうとワイン」の資料収集を行っており、毎年10月~11月に「ぶどうとワインの資料展」を開催している。
山梨県峡東地域(山梨市、笛吹市、甲州市)の「葡萄畑が織りなす風景」は、文化庁により「日本遺産」に認定されている。
農林水産省公式Webマガジン。2020年6月号から週刊化された。「ふるさと給食自慢」や「達人レシピ」などの連載を載せている。
「栄養と料理」(女子栄養大学出版部)をデジタル化し公開。フリーキーワードからレシピ等が検索できる。
国立科学博物館附属自然教育園内に生息している生物の種名や写真を調べることができる。
国立科学博物館筑波実験植物園内の植物を検索することができる。研究者ノートなど専門的な解説もあり。
参考文献
- 柏書房
- 木村陽二郎 監修,植物文化研究会, 雅麗 編,柏書房
- 仲田道弘 著,山梨日日新聞社
- 麻井宇介 著,日本経済評論社
- 責任表示
- 二次利用について
- 最終更新日
- 2023/09/11






