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ガラス加工 /

ガラス加工の歴史

日本の歴史にひもづくガラスはどのようなものか?

ガラス加工

  • 玄能石

    上田市越戸(こうど)産。今から1500万年ほど前にフォッサマグナの海に堆積した別所層の泥岩(でいがん)中から産出する。石器時代の石槍のような形をしている。成分は方解石と同じ炭酸カルシウムが主。地層ができるときに同時にできたものであるといわれているが、くわしい成分はまだはっきりしていない。(『長野県地学図鑑』より) クレジット 上田市立博物館、玄能石

    ガラスを作るための原料、炭酸カルシウムや方解石が含まれている天然のガラス。

  • ガラス管玉・ガラス小玉

    東京国立博物館,Tokyo National Museum

    クレジット 東京国立博物館、ガラス管玉・ガラス小玉

    弥生時代(後期)・1~3世紀の物で、福岡県糸島市前原東(二子塚)出土した。

  • ガラス皿

    東京国立博物館,Tokyo National Museum

    光をかざすと神秘的な色合いを放つローマンガラスの皿である。この皿はガラス碗とセットで出土し、被葬者の頭部右側脇に添えられていた。おそらくコーヒーカップの受け皿のような使われ方をしたのであろう。遠くシルクロードを経て日本列島に運ばれた一品である。 濃い色のブルーが印象的なガラス皿です。奈良県にある新沢千塚(にいざわせんづか)古墳群の一つ、5世紀後半につくられた126号墳から発見されました。このガラス皿は、近年の蛍光X線分析で、地中海の沿岸、ローマ帝国領域内のガラス質と成分が一致することがわかりました。表面には、うっすらと白い線で絵が描かれています。これは絵付けではなく、金箔(きんぱく)を貼るための接着剤のあとかもしれません。皿の中心には鳥、周囲には馬や人、木や花びらのような絵が描かれています。これらのモチーフや描かれ方から、ササン朝ペルシャで描かれたものと考えられています。 実はこのガラス皿は、切子のガラス碗と一緒に見つかりました。古墳に眠る人物の枕元の右側に、まるでコーヒーカップとソーサーのように、ガラス碗が皿に重ねられていました。このガラス碗もその作りから、ササン朝ペルシャで製作されたものと考えられます。どちらも遠くシルクロードを経て、日本列島に運ばれたのでしょう。 クレジット 東京国立博物館、ガラス皿

    古墳時代・5世紀頃です奈良県橿原市 新沢千塚126号墳出土

  • ガラス勾玉

    阿形邦三氏寄贈,九州国立博物館

    クレジット 九州国立博物館、ガラス勾玉

    古墳時代 5~6世紀頃のものです。

  • ガラス乾板

    江差の商家ヤマホ関川家に伝わったガラス乾板のベタ焼き画像。 クレジット 旧檜山爾志郡役所(江差町郷土資料館、江差町教育委員会)、ガラス乾板

    江差の商家ヤマホ関川家に伝わったガラス乾板のベタ焼き画像です。

ガラス加工の歴史表

玄能石
ガラスの管玉
ガラス玉
ガラス皿
ガラスの勾玉
ガラス乾板
玄能石
フォッサマグナによってできたもの

見てくれてありがとうございます。ガラスの加工は時代によって様々な違いがあり、時代と共に進化してきているということが、これを見てわかったいただけたら幸いです。

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