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正倉院

館長挨拶 こんにちは館長です。学校の授業で天平文化について学んでいるので、その中でも代表的な正倉院のことを取り上げているのでぜひ見ていってください。 この展示は正倉院やその宝物について取り上げています。


  • 正倉院

    横山松三郎撮影,By Yokoyama Matsusaburō (1838–84),東京国立博物館,Tokyo National Museum

    <p>★壬申検査写真のうち正倉院分の説明です★正倉院開封については、町田久成と蜷川式胤が所属する文部省より太政官正院に明治5年(1872)の正月に申し立てをしていた。勅使を伴って、8月12日に正倉院を開封、23日に閉封するまで、写真、模写、拓本などさまざまな方法で、多数の宝物を調査している。<br />ルビ:ちょくし、かいふう、へいふう<br /></p>

    館長からの一言

    正倉院の宝物などを調査するために1872年の8月12日から8月23日まで正倉院が開いていたそうです。

  • 正倉院宝物

    奈良市の東大寺正倉院に保管される、聖武天皇の遺愛品を中心とした宝物。西方世界の文化を伝える

    館長からの一言

    またの名を正倉院御物といい、主に調度品や食器類や装飾品、文房具や楽器類などで聖武天皇の遺愛品六百数十点を母体としている

  • 白瑠璃埦

    クラブ関西寄贈,Gift of Club Kansai,東京国立博物館,Tokyo National Museum

    <p>ササン朝ペルシアで盛んに生産された吹きガラスのカットグラス(切子ガラス)で、特産品としてユーラシア大陸に広く分布する。貴重な珍しい品として、多くの人々の手を経てはるばる日本列島へともたらされたとみられ、正倉院宝物にもほぼ同一規格品が伝来している。<br /></p><br /><p> 吹きガラスの表面をカットした、いわゆるカットグラス(切子ガラス)です。ササン朝ペルシア(3世紀~7世紀)で作られました。今のイランの北部でよく発見されます。貴重な特産品として、はるばる日本にやってきました。実は、この作品とよく似たガラス碗が奈良・東大寺の倉庫である正倉院の宝物(ほうもつ)としても伝わっています。この2つは、やや飴色がかった色と大きさがほぼ同じであるほか、切子の数と段の数も一致しています。丸くぽってりとしたフォルムは手におさまりがよさそうですが、カット面はなかなか鋭そうです。<br /> この作品は、6世紀の安閑(あんかん)天皇のお墓として伝わる古墳から、江戸時代に見つかったとされています。江戸時代には、古典に基づいて古代日本の思想や文化を研究する国学(こくがく)がさかんになりました。それと同時に古いものへの関心が高まり、この碗も多くの文人の注目を集めました。まるで茶道の道具のように、専用の布のケース・仕覆(しふく)に包まれ、漆の内箱と木の外箱に入れられて伝わっています。一部黒く変色しているのは、当時、割れていたところを漆で継ぎ合わせたあとです。このガラス碗を当時保有していた人が、いかに大切にしていたかがわかるようです。正倉院のガラス碗が完全無欠といってよいほど綺麗な状態であるのに対して、本作品は、その継ぎ目自体も歴史の痕跡をとどめるものとして貴重です。</p>

    館長からの一言

    これは正倉院におさめられているものの同一規格品でカットガラスと呼ばれるもので3世紀から7世紀にかけて作られました。今ではイランの北部でよく発見されます。

  • 模造 螺鈿紫檀阮咸

    東京国立博物館,Tokyo National Museum

    館長からの一言

    まるい胴部をもつ4弦の琵琶で、げんかんと読む。この形式の琵琶は中国で3〜4世紀ごろに成立されたとされ、この楽器を愛用した賢者げんかんにちなんでこの名がついたとされる。

  • 模造 紅牙撥鏤撥

    東京国立博物館,Tokyo National Museum

    <p>鏤撥は、象牙を赤や青に染めたのち文様を彫り出し、さらに色を加えた工芸です。古くは奈良時代からつくられており、この作品は正倉院宝物の琵琶に付属する撥を、明治時代に再現したものです。<br /></p>

    館長からの一言

    こうげばちるのしゃくと読み、装飾性の高い象牙製のものさし。象牙を紅色に染めてから彫り、染まっていない白色を見せることによって文様を表している。

最後まで見てくださり、ありがとうございました。このように正倉院は天平文化について現代にこれほど残していってる歴史的な建造物です。また、2222年2月22日に火星で展示する予定のためぜひきてください