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江戸時代の工芸品

館長あいさつ:

ご来館ありがとうございます。急ですが皆さんは工芸品と聞かれて何を思い浮かべるでしょうか。パッと思い浮かぶ人もあまり多くないと思います。そんな皆さんにもこの展示を見て少しでも工芸品に興味が沸いてくれれば嬉しいなと思います。

展示の趣旨:

江戸時代の工芸品といっても織物や漆器などだけでなく当時の娯楽のために作られたものや、数少ない外交を行っていた国であるオランダなどから伝わり和風にアレンジされたものもあるということを知ってもらいたく、この展示を制作しました。

江戸時代にできた工芸品について

  • 信州竹細工・あけび蔓細工

    長野県,ナガノケン

    江戸時代の頃から、弾力性が強く実用品向きのちしま笹(根曲がり竹)、節の間隔が長く装飾用に優れた篶(篠竹)の県内の産地で籠類が製造され、「信州竹細工」として昭和58年10月13日長野県伝統的工芸品に知事指定。長野市戸隠の竹細工は曲げにも水にも丈夫な籠物細工に適した根曲がり竹を使い、中心部の網代編みが特徴。野沢温泉村周辺では、江戸時代初期から冬期間の副業として、付近の野山に産するあけびの蔓を利用し、玩具や籠類等の日用雑貨が作られ、鳩車は、素朴な民芸品として有名。「信州あけび蔓細工」として昭和59年8月23日長野県伝統的工芸品に知事指定。

    まずは長野県の工芸品である「信州竹細工」と「信州あけび蔓細工」です。これらは一般的な竹細工で使われる「マダケ」という種類ではなく「根曲がり竹」を使用しています。そのことでこれらの竹細工はとてもしなやかに丈夫に作られています。現在は蕎麦のざるなどとして使われていますが、昔は収穫した稲を入れるためのかごとして作られていたようです。

  • 木曽材木工芸品

    長野県,ナガノケン

    木曽五木(ヒノキ・サワラ・アスナロ・コウヤマキ・ネズコ)が素材の木曽材木工芸品は、江戸時代からの箱物類、桶樽類に加え、木味を活かしたネズコ製品等家庭用品を中心に幅広い製品が作られている。「木曽材木工芸品」として昭和57年10月21日長野県伝統的工芸品に知事指定。ヘギ板は、手作業で薄くした自然の凹凸のある削りのない板で、網代編みの内装等に用いられる。根強い人気の、主にサワラが使用される木桶やコウヤマキ・ヒノキの風呂桶は、ほとんどの工程が手づくりである。南木曽ろくろ細工は、古い文献によると18世紀前半の始まりとされ、江戸時代中期には白木の挽物(ひきもの)がこの地方で生産されていたことがうかがわれる。 天然の木振り、木目及び杢を最大限に活かした素朴で温かい手づくりの良さが特徴で、「南木曽ろくろ細工」として昭和55年3月3日経済産業大臣指定伝統的工芸品に指定。

    こちらは木曽五木が素材として使われている長野の工芸品、「木曽材木工芸品」です。木曽五木を主に使用しており、漆器や曲物、お櫃などと広い分野の工芸品を生産しています。その中でもろくろを回しながらカンナで削り、木目を生かした盆などを作る「南木曽ろくろ細工」は伝統的工芸品に指定されています。

  • 洋風文字龍図鐔(南蛮鐔)

    南蛮鐔と総称される江戸時代中期に流行したヨーロッパ文化の影響を受けて製作された異国風の意匠を有する鐔。金や銀の布目象嵌を用い、龍とアルファベットとみられる洋風文字が表・裏共にあしらわれている。

    こちらはこれまでとは異なり、当時流行していたヨーロッパ文化の影響を受けて作られていた金属製の鐔(つば)です。鎖国中だった日本でも海外の文化を取り入れていたことが窺えます。この鐔の両面には龍とアルファベットと見られる文字があしらわれています。

  • 網干鷺蒔絵棚

    東京国立博物館,Tokyo National Museum

    <p> 江戸時代には茶人の好みなどを反映した様々な飾り棚が発展しました。この棚もおそらく、下段の戸の中に水指を入れて、茶席で用いられたものでしょう。<br /> 表面には黒い漆を塗って、その上に漆で図柄を描き、細かい金粉を蒔きつけ定着させて文様を表しています。この技法を「蒔絵」といいます。<br /> 棚板や戸には、水辺に鷺が舞い飛び、網を干す情景を描いています。漁業に使う網を干す様子は、その曲線が画面に作り上げるリズムが人々に好まれたらしく、安土桃山時代以降の絵画や工芸品のモチーフに、しばしば見受けられます。中でもこの棚は、棚板や支柱の直線的な構成と弧を描く網の図柄が見事に調和しています。また銀粉で表わされた鷺が、踊るように飛び交う様子も、軽快で洒落ています。<br /> 空調のない時代、人々は水辺や雪を描いた文様から涼しさを感じ取り、夏の暑さをやりすごしたといいます。</p><br /><p>網を干す様子は、近世以降の絵画や工芸品のモチーフに、しばしば見うけられます。中でもこの棚は黒を基調とする画面に金銀蒔絵で網を大きく配しており、木地の直線的な構造と文様が調和して、出色の出来映えを示しています。</p>

    こちらは江戸時代の文化を語る上では外せない茶道で使われたと思われる飾り棚です。この飾り棚も茶人の個性が出ており、茶人の好みを反映させた模様が見られます。それらの模様も現在のような空調がなかった時代で、暑さを和らげるために水辺や雪が描かれた飾り棚から涼しさを感じ取っていたのではないかと考えられています。

国外の文化を取り入れた工芸品

  • ギヤマン切子三重杯

    京都国立博物館 Kyoto National Museum

    ここでは鎖国中の日本が国外の文化に影響されてできた工芸品について紹介します。こちらは「ギヤマン」と呼ばれる工芸品で、現在はビードロと一緒に九州や青森を中心に生産されています。初めて日本に伝わったのはオランダ商館のあった長崎で、長崎ビードロや長崎ギヤマンと呼ばれ、風鈴や徳利(とっくり)、皿などによく使用されていました。その後各地に広まり、現在は「琉球ガラス」や「津軽びいどろ」などで生産されています。ちなみにギヤマンはオランダ語でダイヤモンドを指し、ガラスをカットし、彫刻を施したガラス工芸品で、ビードロはポルトガル語でガラスを指し、吹きガラス製品です。

  • 鼈甲製虫籠

    ウィーン万国博覧会事務局引継,Gift of the Bureau for the Vienna World Exposition,東京国立博物館,Tokyo National Museum

    <p>明治8年(1875)5月、ウィーン万国博覧会事務局から博物館に引き継がれた鼈甲製の鳥籠である。主な部材は漆で仕上げ、鼈甲は柵の部分に使用されている。</p>

    こちらは明治八年に行われたウィーン万博事務局から引き継がれた鼈甲(べっこう)製の鳥籠です。鼈甲とはウミガメの一種であるタイマイの甲羅を加工したものであり、鳥籠の柵の部分に使用されています。現在では鼈甲は主に沖縄でよく生産されています。

  • 七宝流水文煙管

    東京国立博物館,Tokyo National Museum

    <p>煙管は煙草を吸うための喫煙具。この煙管は羅宇(らう・らお)と呼ばれる竹製の管の両端に、金属製の吸口+すいくち+と雁首+がんくび+を差し込む通常の形式である。吸口と雁首は耐久性を持たせるため金属製が一般的で、本作品も真鍮製だが、七宝による波の文様がすっきりと粋である。(h14_特集七宝)<br /></p>

    こちらは江戸時代に普及した日本独自の喫煙具です。細かく刻んだ煙草の葉をを火皿に詰め、火をつけて吸うために使用する「煙管(きせる)」という道具です。煙草自体は安土桃山時代にポルトガル人によって持ち込まれたもので、その後煙管が生産されるようになりました。当時煙管は身分を象徴するものとして使われることも少なくなかったそうです。

江戸時代初期の工芸品

  • 色絵阿蘭陀人文八角皿

    製作者不詳/有田窯

    艶のあるガラス質の釉薬で、見込みにオランダ人の絵付けが施された有田製の八角皿。蓋付き碗のセットと同様に欄干のある場所が描かれており、画面右手に語らう2人のオランダ人、左手に手に鳥が留まるオランダ人を配しています。2人組のオランダ人は、主人と考えられるマントを羽織る人物と、巻子のような事物を手に持ち、主人にみせようとする場面が表されています。従者と考えられる人物の仰視する顔が無理な姿勢となっている点、手にする事物も線描のみで簡略化されて描かれており判然とせず、蓋付き碗に比べると絵付けの稚拙さが認められます。 現在は擦れのために多くが失われていますが、本来口縁には金彩が施さていたようで、色釉に豪華さを加えているといってよいです。人物の帽子やブーツには、銀製の釉薬による絵付けと考えられ、酸化して黒ずんでいる箇所も見受けられます。縁の緑釉を施した部分には卍錦文を帯状に配し、八つの角部分には黄色釉を用いた花卉文が彩りを添えています。その内側には赤絵で菱繋ぎ文を連ね、菱形の中には濃淡をつけた丸紋を置いている。縁のみを見た際には、江戸時代後期の九谷焼と見まがうような色味、デザインとなっています。 裏面高台内には6つの目跡とともに、染付銘「宣徳年製」と記されています。これは明代の宣徳年間(1426-35)に製作されたことを意味しているわけではありません。江戸時代に有田で製作された磁器の中には、中国明代から清代にかけての年号や皇帝名の一字を銘に記す作例が確認されていますが、当時の中国製陶磁器のブランド力とともに、当時の日本の人々の憧れを示すものといえましょう。 【近世・近代の漆工・陶磁器・染織】

    ここでは江戸時代初期に作られたとされる工芸品について紹介します。こちらは日本ではじめて生産に成功した磁器であり、有田で生産されるようになったため「有田焼」と呼ばれます。しかし、その有田焼は隣接する伊万里港から全国や海外に運ばれていたため、「伊万里焼」と呼ばれることも多いです。また、江戸時代の有田焼の中には中国の年号や皇帝な名前を記しているものも多く、そのようなことから当時の中国は日本の人々の憧れを示していたものだったのではないかと窺えます。

  • 茶釜

    宮崎寒雉作,東京国立博物館,Tokyo National Museum

    こちらは江戸時代の茶人がお湯を沸かすために使っていた茶釜です。このような茶釜を南部藩主が京都から招いた職人に作らせたことで「南部鉄器」が誕生しました。そして現在では伝統的工芸品として認定され、茶釜以外にもフライパンなど様々な用途で愛用されています。

江戸時代中期の工芸品

  • 将棋看板

    九州国立博物館

    ここでは江戸時代中期に作られた工芸品を紹介します。こちらは当時流行していた将棋の駒をモチーフとした看板です。当時将棋は国民的な娯楽として庶民から武家までとても流行していました。そんな中、天童藩では武士の副業として将棋の駒づくりが奨励されました。そして、これが現在では「天童将棋駒」として伝統的工芸品にも指定されています。

  • 帷子 白麻地住吉浦風景模様

    東京国立博物館,Tokyo National Museum

    <p>帷子とは麻地を単仕立にした夏の衣装です。松原の間に三つの屋根が連なる社殿や鳥居、塩釜などをあらわし、歌枕としても有名な名所、住吉の浦を精緻な友禅染で表現しています。涼し気な水辺の風景模様のこの帷子を、初代大彦は18世紀後半の加賀友禅染と考証しました。<br />+ひとえじたて+ +うたまくら+ +ゆうぜんぞめ+<br /></p>

    こちらは「加賀友禅」と呼ばれる染め物で、現在は伝統工芸品にも指定されています。江戸時代では加賀藩の保護のもと、武家文化の気風を反映した独自の染色技法として確立されたもので、華やかな共有善に対し、染めだけで立体感を表現する上品な落ち着いた染め物です。現在ではこの技法は石川県指定の無形文化財として認定されています。

江戸時代後期の工芸品

  • 梅樹据文三味線

    石村直作,By Ishimura Tadashi,東京国立博物館,Tokyo National Museum

    ここでは江戸時代後期の工芸品を紹介します。こちらは現在でいうギターのような万能さをもった楽器である三味線です。三味線は琉球から伝わった三線をもとに日本風に改良してできたもので、当時の町人で三味線が弾けるということは最高の教養であり、裕福な商家の娘などの間でも、茶道と華道に並んで必須の習い事となっていたそうです。現在では「東京三味線」のように伝統的工芸品に指定されているものもあります。

  • 瀬戸唐津茶碗

    唐津,Karatsu ware, Seto Karatsu style,松永安左エ門氏寄贈,Gift of Mr. Matsunaga Yasuzaemon,東京国立博物館,Tokyo National Museum

    こちらは江戸時代後期に焼き物の代名詞となるほど圧倒的な普及を見せた「瀬戸焼」です。当時尾張藩では赤津焼と呼ばれる陶器がとても盛んに生産されていましたが、九州の有田焼に市場を奪われてしまったことで瀬戸でも磁気の生産を始めるようになりました。その結果生まれたのが瀬戸焼で、現在でじは「せともの」という言葉が焼き物の代名詞となっています。

展示を見終わった人へのメッセージ:

改めてご来館ありがとうございました。工芸品に興味を少しでも持ってもらえたでしょうか。授業などで「あ、これあの展示で見たなー」という程度でいいのでこの展示のことを少しでも覚えておいて欲しいなと思います。

展示関連イベント:

・三味線を弾いてみよう!

江戸代に流行した「地歌」や「長唄」などを三味線で実際に弾いてみよう!

・びいどろを作ってみよう!

吹きガラス製品のびいどろ。実際に自分たちで世界に一つだけのびいどろを作ってみよう!