解説
江戸時代の相撲界では、地方から巨人や怪童を集めてきて、一人土俵入りをさせる興行があった。鬼若力之助もその一人で、上総国武射郡(現在の千葉県山武市)の出身である。鬼若が怪童力士として初土俵を踏んだのは1850年11月。添え書きには当時八歳、身の丈四尺(121cm)、体重十八貫目(68kg)あったと書かれている。こうした子ども力士の多くは、その後正規の力士とならずに引退したが、鬼若は明治5年3月に入幕し、明治7年には「勝ノ浦与一右エ門」と改名し、明治16年5月まで場所をつとめた。最高位は東前頭筆頭。
収録されているデータベース
東京富士美術館収蔵品データベース
日本・東洋・西洋の各国、各時代の絵画・版画・写真・彫刻・陶磁・漆工・武具・刀剣・メダルなど様々なジャンルの作品約30,000点の内、約2,000点を掲載。
最終更新日
2026/01/09