[重要美術品]宸翰 朗詠断簡 [Important Art Object] Fragment of the Imperial Poetry[じゅうようびじゅつひん]しんかん ろうえいだんかん
解説
後柏原天皇の筆による『和漢朗詠集』の書写。後柏原天皇は後土御門天皇を父とし、その死去を受けて即位した。在位は1500年〜1526年。土御門天皇と同様、応仁の戦乱で衰退した朝儀(ちょうぎ)の再興に尽力する一方、詩歌や管弦などにも長け、歌集『柏玉集(はくぎょくしゅう)』をまとめている。 写されているのは『和漢朗詠集』巻下、慶賀に収められている橘正通(たちばなのまさみち)の漢詩と、作者未詳の和歌である。まず漢詩は「君と私は、花月などを愛でながら交流を深めてきた。しかし、今君は高貴な身分の人となり、微官に留まっている私とは天地ほども離れてしまい、目に届かなくなってしまった」と訳せ、旧友への今昔の感を読み取ることができる。 続く和歌は、「昔は嬉しさを袖に包んだというが、今宵の私の嬉しさは袖に包むどころか、身にも余ってしまうほどである」と訳せる。『和漢朗詠集』では、この歌に作者名は付されていないが、『撰集抄(せんじゅうしょう)』では、藤原斉信(ただのぶ)より先に昇進した藤原公任(きんとう)の喜びを表した歌として出ている。しかし『公任集』(自撰和歌集)では見ることができない。[解読文]「花月一窓 交昔眤 雲泥万里 眼今窮」「うれしさをむかし は袖につゝみけり こよひは身にも 余りぬるかな」[書き下し文・現代表記]「花月一窓(かげついっそう)交(まじわ)り昔眤(むつま)じかりき 雲泥万里(うんでいばんり)眼(まなこ)今窮(きわ)まりぬ」「うれしさを むかしは袖に つつみけり こよいは身にも 余りぬるかな」
収録されているデータベース
東京富士美術館収蔵品データベース
日本・東洋・西洋の各国、各時代の絵画・版画・写真・彫刻・陶磁・漆工・武具・刀剣・メダルなど様々なジャンルの作品約30,000点の内、約2,000点を掲載。
最終更新日
2026/01/09