解説
謡曲「羽衣」で名高い三保松原は、絵画の画題としても多く描かれてきた。手前に白砂青松、背景に富士を見る構図は今も残されている絶景といえる。この伝統的画題を雅邦は自身の近代的な感性で昇華し、輪郭線を一切排除するとともに、着彩は必要最低限にとどめ、空気遠近法を意識するかのように、前景・中景・遠景と徐々に霞んでいく様を描き、空間を表現している。箱書きには川合玉堂の手によって題字がなされ、大正6年(1917)4月に雅邦の三男である秀邦によって認められた添状が付けられていることから雅邦没後も大切にされた作品であったと推察される。
収録されているデータベース
東京富士美術館収蔵品データベース
日本・東洋・西洋の各国、各時代の絵画・版画・写真・彫刻・陶磁・漆工・武具・刀剣・メダルなど様々なジャンルの作品約30,000点の内、約2,000点を掲載。
最終更新日
2026/01/09