解説
豊臣秀吉が天正20年(1592)4月28日、「羽柴豊後侍従」こと大友吉統に対して、朝鮮へ渡海するために必要なな船を、商人の船を含みできるだけ多く用意し、肥前名護屋へ遣わすように命じた書状。『大友家文書録』によると、「朝鮮陣豊後兵船八十二艘」とあり、この命令をうけて大友氏が調えた兵船は82艘に及んだようである。日付の下には、秀吉が使用した有名な「糸印」の朱印が捺されている。
収録されているデータベース
大分市デジタルアーカイブ~おおいたの記憶~
「大分市デジタルアーカイブ~おおいたの記憶~」は、大分市内に残る有形無形の文化財・史跡のほか、地域の行事や伝統芸能、豊かな自然や景観・まちなみ等の文化資源を一元的に管理するデータベースと、それらを公開するウェブサイトです。
最終更新日
2026/09/08