解説
低い脚台をもった長頸壺である。頸部には2条ごとの沈線を3段に、胴部中位には刺突文を施す。頸部から胴部上半にかけて深緑色の自然釉がかかり、それが下方へ垂れ下がっている姿は、細く締まった頸部や少し肩の張る器形と相まって大変美しい。(20040901_h011)
須恵器(すえき)といわれるやきものの壺です。長いくびと低い台をもつ、長頸壺(ちょうけいこ)といわれるやきもので、全体的に均整がとれたプロポーションです。高さは55.5cmで、須恵器の長頸壺としては国内最大級の大きさです。特に注目していただきたいのは、壺の胴の部分です。深緑色の液体が上からしたたっているような模様が見えます。これは、のちの時代のように人が釉(うわぐすり)をかけて意図的に表したものではありません。では、誰がこの模様を作ったのでしょうか?実はこれは、壺を焼いている間に、窯の中の灰が溶けてしたたり落ち、釉と同じ効果が現れたものです。つまり、自然が作った模様と言えます。
須恵器の技法は、5世紀頃に朝鮮半島から日本に伝わりました。それまでの弥生土器や土師器(はじき)は野焼きで作られていたため軟らかいやきものでした。しかし、須恵器は穴窯(あながま)を使って高温で焼かれました。表面は固く、この壺の地の部分でも見えているような、灰色をしているのが特徴です。
この壺は、三重県の伊勢志摩地方、伊勢湾の入り口に浮かぶ答志島(とうしじま)にある蟹穴(かにあな)古墳から出土しました。古墳の石室(せきしつ)、つまり故人を埋葬する部屋から完全な形で見つかりました。伊勢湾は、ヤマト政権にとっては幹線道路のような、重要な海の道でした。このような見事な壺の持ち主は、伊勢志摩地方とヤマト政権との橋渡しをした重要な人物だったのかもしれません。
収録されているデータベース
ColBase
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最終更新日
2026/07/20