解説
黙阿弥没後に長女の糸が父に対する追善・手向けとして、黙阿弥が亡くなった翌年の明治27年(1894)11月に建立した碑。場所は向島百花園内であり、黙阿弥が初代河竹新七の追善に、その作品である『隅田川続俤』の大切所作事にちなんで明治13年(1880)に「荵塚」を建てた場所に並べ、「きやうげん塚」と名づけられた。
収録されているデータベース
文化遺産オンライン
国や地方の有形・無形の文化遺産に関する情報を公開することなどを目的とした文化遺産のポータルサイト。文化庁と国立情報学研究所が、共同で運営しています。
最終更新日
2026/06/02