解説
関東大震災によって本所深川の家が焼失した河竹家は、その直後の大正12年(1923)10月半ばから15年(1926)2月23日まで「中渋谷宇田川八五〇番地」で過ごした。河竹家の本姓は吉村であり、表札には「河竹事」と小さく添えられている。竹問屋を商いながら市井の江戸学者として知られた三村竹清の筆。
収録されているデータベース
文化遺産オンライン
国や地方の有形・無形の文化遺産に関する情報を公開することなどを目的とした文化遺産のポータルサイト。文化庁と国立情報学研究所が、共同で運営しています。
最終更新日
2026/06/02