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簪

古くから髪を纏めるものとして使われてきた簪。時代とともに用途が変化していき、江戸時代にはより複雑で華やかな簪が生まれていった。

現代では簪一本で髪を纏められる手軽さから和洋服に合わせられるヘアアクセサリーとして扱われている。

同じ年代である、江戸時代と琉球王国(沖縄県)の簪について比較してみようと思う。

江戸時代19世紀頃

江戸時代になると、年齢や職業、身分、未婚・既婚などで結う髪型が決まっていたことから、その種類は数百種にもおよんだといわれています。本体には金属(銀、錫、真鍮、明治のプラチナほか)をはじめ、ガラス、鼈甲、香木(伽羅、白檀)、牛馬のひづめが使われ、装飾部分には貴金属、貴石、琥珀、珊瑚、ガラスなどをあしらい、髪型、職業や年齢に合せて、種類豊富なかんざしが作られました。(7月5日、日本古来の工芸品、錺(かざり)かんざしの歴史と技術日本古来の工芸品、錺(かざり)かんざしの歴史と技術 | 試作.com (shisaku.com))

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江戸時代(19世紀)
大政奉還
江戸時代開幕
江戸時代(19世紀)

江戸時代(19世紀)

俳句流水団扇簪

<p>簪は髪飾具の一つで、江戸時代に結髪【けっぱつ】が技巧化するにつれて、髪に差して飾る簪にも高い装飾性が加わるようになりました。本品は団扇の表裏に「闇の夜を一針ぬまの蛍(絵)かな」という酒井抱一【さかいほういつ】の俳句と流水を表した図柄【ずがら】で、夏場に涼感が得られるような意匠となっています。<br /></p>

南天簪

中国原産である南天(ナンテン)をあしらえた簪。 難点、難を転じると解釈され、縁起木とされることもあるが木材として活用されることは少なく、茶入れや、簪など工芸品で扱われることが多い。


沖縄(琉球)

第二尚氏時代

第二尚氏時代
沖縄県設置
第二尚氏時代

かつて沖縄県は琉球王国という独立国で、1429年から1879年までに存在しました。

治めていたのは尚氏と呼ばれる一族で、初代王は尚巴志といいます。(琉球王国の尚氏王統にはなんで第一と第二があるの? | 琉球王国・沖縄の歴史を学ぼう (ryukyu-history.com))


明治時代で行われた廃藩置県により、琉球王国から沖縄県となる。


沖縄で使われていた簪

鼈甲簪

<p>琉球王国では男女ともに簪+かんざし+を頭に挿+さ+す制度があり、それで身分を表わしました。素材は金・銀・真鍮+しんちゅう+・鼈甲+べっこう+・木が用いられました。士族以上は金銀の素材で、平民や百姓は真鍮・鼈甲・木というように、身分によって使いわけされていました。</p>

簪

<p>飾りに龍の首をつけ、簪+かんざし+に唐草+からくさ+文様などを打ち出したものです。差込部分は平らに仕上げられるなど、一般的にみられる女性用の簪とは異なった形です。本例は伝世品が少なく、そのため、いつ、だれがどういう時に使ったかはわかっていません。<br /></p>

髪差・押差

<p> 男ものの簪で、花型の本差しと耳掻き型の副差し<押し差しという>と二本一組で挿す。本差しの花の形や素材は身分によって差がある。素材は金・銀・真鍮・鼈甲・木で作られ、士族以上は金銀の素材で、平民百姓は真鍮・鼈甲・木であった。<br /></p>

ジーファー

<p> 琉球王国では男女ともに簪を頭に挿す制度があり、それで身分を表わした。素材は金・銀・真鍮・べっ甲・木で作られ、士族以上は金銀の素材で、平民百姓は真鍮・べっ甲・木であった。男性は本差と副差の2本、女性は長いスプーン状のものを1本挿した。<br /></p>

ジーファー

<p>ギファとは簪(かんざし)のこと。琉球本島ではジーファという。女ものの長簪で、全体がスプーン状をなしている。身分によって材料が異なり、銀は士族以上、平民は真鍮、べっこうなどで作る。匙の部分をカブ、六角形の脚部を竿という。<br /></p>

簪の意外な使われ方

実は隠し武器・暗器などに使われていたといわれています。敵に襲われた時、持っていた簪を相手に突き刺して怯んだところで逃げ出すなどの用途で使われていました。

また先端の作りによっては耳かきとしても使われていたそうです。

飾りの役割だけでなくちゃんと実用的な使われ方もしていました。

おわりに

比較すると、江戸時代と琉球王国にかなりの技術差があると感じました。文化の発展によってここまで違うのは興味深かったです。

ちなみに男性から女性に簪を送る意味は、「あなたを守ります。」だそうです。ロマンチックだね。

参考