本文に飛ぶ
/

江戸から東京へー赤坂・霞が関・虎ノ門ー

 明治政府は、大名屋敷が立ち並んでいた霞が関を官庁街として利用しました。明治3(1870)年にはまず外務省が移転、明治11(1878)年には煉瓦造りの新庁舎ができます。「溜池」は江戸の上水源に利用され、赤坂見附まで延びる池でしたが、明治に入り埋め立てられ町ができました。江戸城を守っていた「虎ノ門」は明治6(1873)年に撤去され、霞が関とともに官庁・ビジネス街として発展していきます。

 このエリアでは、溜池の埋立てと変化、霞が関官庁街の形成の様子、虎ノ門の洋風建築の風景と、一方でほぼ現代と変わらない日枝神社、弁慶橋の風景などをご覧ください。

関連資料

新撰東京名勝画譜
尾形月耕 画,東陽堂ndl/
最新東京名所
東京沿革調査会 編,高岡書店ndl/
西洋画譜 (2)
日本堂ndl/
東京名所案内
浅羽粛也 編,桜香武舎ndl/
東京名勝画詞 下巻
増山守正 編,集英堂ndl/
江戸名所図会 七
斎藤長秋 編,長谷川雪旦 画,博文館ndl/
東京そのむかし : 珍しい写真集
宮尾しげを 編,アソカ書房ndl/
実写奠都五十年史
小林音次郎 編,日本仏教協会ndl/
東京名所図絵
原田真一 編,双々館ndl/

「江戸から東京へ」ギャラリー一覧

江戸から東京へ

江戸から東京へその呼び名が変わるなかで著しい変化を経験した4つのエリアを取り上げ、江戸時代から大正時代にかけての風景の移り変わりを錦絵や写真とともにご紹介します。

江戸から東京へ―日本橋・京橋―

江戸から東京へー高輪・品川ー