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石川県

加賀藩前田家が生んだ工芸王国

中部地方北西部、日本海に面した県。南北に細長い形状で、福井県、富山県、岐阜県と接する。名称は加賀地方にあった石川郡に由来する。日本海側気候型で、降水量が多く、特に冬の山間部は豪雪地帯となる。

県北部の能登地方、県南部の加賀地方に分かれ、それぞれ令制国の能登国・加賀国の範囲である。能登地方は日本海の北東方向に突き出た半島をもち、加賀地方は両白山地の山地帯と平野が広がる。

北陸地方では新潟に次いで2番目に人口が多く、北陸経済の中心地である。幕藩体制への過渡期に、浄土真宗による自治が行われたことで、経済的に大きく発展した。

江戸時代、加賀藩が学問や文芸を奨励したことから、加賀藩の城下町である現在の金沢市を中心に文化が興隆した。能楽も盛んで、5代藩主綱紀が宝生流を取り入れ加賀宝生を成立させた。さらに御細工所を作り多くの職人を召し抱えたことで、加賀友禅や金沢漆器、輪島塗や九谷焼など、多様な伝統工芸が生まれ、輪島港に寄港する北前船の海運により、全国に広まった。

明治期には廃藩置県により、幾度の再編成を経て、現在の石川県が成立した。太平洋戦争の空襲を免れたため、古い街並みが残る。

ゆかりの人物

武将。佐久間盛次の長男。織田信長に仕えたのち、母の弟柴田勝家につかえた。加賀の一向一揆を鎮圧し、加賀金沢城の初代の城主となる。賤ケ岳の戦いで捕らえられ、処刑された。

戦国時代の武将。加賀金沢藩主前田家の祖。天正11年賤ケ岳の戦いで豊臣秀吉について加賀2郡をあたえられ、居城を七尾から金沢にうつした。秀吉治下では五大老のひとり。民政・理財の才もあり、茶の湯・和歌にも長じた。

織豊-江戸時代前期の大名。前田利家の長男。加賀金沢藩主前田家2代。関ケ原の戦いで東軍につき、のち加賀・能登・越中3国に119万2700石余を領した。

江戸時代の儒者。金沢藩主前田綱紀につかえる。62歳で将軍徳川綱吉の侍講となり、林鳳岡らと「武徳大成記」を編修。新井白石ら多数の門人をそだてた。

江戸時代前期の陶工。大樋焼の創始者。京都にでて楽一入に楽焼をまなぶ。加賀金沢藩主前田綱紀の招きにより、裏千家4代千宗室とともに金沢に行き、大樋町に窯をひらいた。作品は茶褐色の飴釉を特色とする。

仏教学者。加賀出身。明治30年にアメリカにわたり、「大乗起信論」の英訳、「大乗仏教概論」の英文出版を行う。アメリカと日本の大学で教壇に立ち、仏教や禅思想をひろく世界に紹介した。昭和24年文化勲章を受賞。

金沢生まれの小説家。自然主義文学の代表的作家。泉鏡花らとともに尾崎紅葉門下の四天王と呼ばれた。代表作に「新世帯」「黴」「あらくれ」など。

小説家。金沢生まれ。尾崎紅葉に師事。幻想的でロマンに満ちた独自の作品世界をもつ。代表作に「高野聖」「婦系図」「歌行灯」など。

陶芸家、書家、篆刻家としても一家をなし、絵画、料理などでも活躍した多彩な芸術家。美食家としても知られる。金沢の文人・細野燕台の食客となり、大正4年秋から約半年間、山代温泉に滞在し、菁華窯などの刻字看板を彫った。

詩人、小説家。金沢生まれ。逆境の幼少期をへて詩人をこころざす。大正7年、「抒情小曲集」を刊行。30歳代から小説に転じ、代表作に「あにいもうと」「杏つ子」「かげろふの日記遺文」などがある。

漆芸作家。金沢生まれ。昭和4年帝展で特選。制作活動のかたわら、正倉院などの文化財の調査、修理をおこなう。母校東京美術学校(現東京芸大)で教授を務める。昭和30年に人間国宝となり、昭和51年には文化勲章を受賞。

名物・特産

石川の県の鳥。県を代表する名山・白山に常住する留鳥。

石川県の県木。石川県の方言で「あて」と呼ばれる。 湿気に強く、優れた耐久性から、輪島漆器の木地や、金沢の小羽根などに使われている。

石川県の県の花。白山に自生する高山植物の一つ。

日本近海では富山湾以北の日本海の水深200~500メートルの所に生息。トロっとした食感と、まろやかな甘みが特徴。全国有数の産地である能登沖では、「かご漁」が行われる。

石川県・富山県の冬の郷土料理。ブリなどを厚く切ったカブの間に挟んで麹で発酵させたもの。

殻が大きく、身が大きいのが特徴。石川県では岩ガキのブランド化を進めており、「柴垣天然岩がき」「黄金イワガキ」「珠姫」などのブランド牡蠣が登場している。

鴨や鶏の肉に小麦粉をまぶし、季節の野菜などと醤油味の汁で煮た料理。金沢地方の郷土料理。

石川県は箔の産地として名高く、国内の金箔の99パーセントが金沢で生産されている。加賀藩初代藩主・前田利家の時代よりさらに以前から製造が始まっていたと考えられる。

金沢市を中心に生産される漆器。高蒔絵、肉合研出蒔絵などの高度な技術を駆使した室内調度品、茶道具などに用いられる。加賀藩3代藩主・前田利常が、高台寺蒔絵の名工・五十嵐道甫を招聘したことが製造の起源とされる。国指定伝統的工芸品。

九谷(現在の加賀市、小松市)を中心に作られる陶磁器。明暦年間(1655~1658)から元禄年間(1688~1704)に焼成されたものは「古九谷」と呼ばれ、豪快な色絵が特徴。一度途絶えるも、加賀藩により再興され、細密な絵付の赤絵、金襴手がとくに知られている。

加賀国(石川県南部)金沢を中心に発達した友禅染。主としてその色使いが特徴で、白地にえんじ色、紅、藍 、緑などにぼかしの加わったはでやかな模様の間に、周縁をぼかした紫の雲形の加えられているものが多い。

江戸初期に、加賀国で発達した象眼。京都から伝わったもので、文様を平象眼したうえに、糸象眼で細い線をのせる特徴がある。刀の小柄や鐔など武具に用いられる。

輪島市で生産される漆器。輪島特産の地の粉(珪藻土)の発見によって堅牢な下地作りに成功し、名を高めた。主な加飾技法は沈金と蒔絵。輪島漆器は分業制で生産される。江戸時代末期には各職種の分業化が確立し,椀木地,指物(さしもの),朴(ほお)木地、曲物、塗師、蠟色(ろいろ)、沈金、蒔絵の八職がおかれ、生産性向上の基を築いた。

平安時代末期から室町時代後期にかけて、能登半島・珠洲市を中心に焼かれた須恵器をルーツとする陶器。高温の窯で酸欠状態にして仕上げることで灰黒色となる。県指定伝統的工芸品。

名所・史跡

「加賀百万石」といわれる前田氏累代の居城。城内の建造物は大小30回に余る火災によってほとんど失われ、現在はわずかに石川門と三十間長屋が残るのみ。

金沢城跡を公園として整備したもの。兼六園とあわせ、日本の歴史公園100選に選ばれている。

石川県金沢市にある池泉大回遊式総合庭園。前田家の庭として作庭され、大名庭園の典型的意匠をもつ。広さは約3万坪で、各時代それぞれの意匠様式が残されている。およそ3万坪の庭園は日本三名園の一つ。

鶴来町にある神社。旧国幣中社。全国の白山神社の総本宮。養老元(717)年僧泰澄(たいちょう)が白山山頂に開いた奥宮を本宮とし、白山を神体として信仰された。加賀国一の宮。

金沢市尾山町に鎮座。祭神は前田利家 。6月の封国祭は「尾山まつり」「百万石まつり」ともいわれ、全市民あげてにぎわう。神門、社宝の蒔絵朱鞘 (まきえしゅざや) 大小刀は国の重要文化財に指定されている。

1863(文久3)年、加賀藩13代藩主前田斉泰(なりやす)が母である真龍院のために建てた隠居所。兼六園の一角に位置し、江戸時代の書院造の典型として優れ、また庭園の美しさでも知られる。

平安時代から1000年以上続いているといわれ、日本三大朝市に数えられる。海産物や野菜、輪島塗などの民芸品を扱う露店が立ち並ぶ。

日本海に面して、急斜面に1004枚の小さな田が重なり海岸まで続く。「能登の里山里海」を代表する景観。耕運機が入れないほど狭いため、栽培は手作業で行われる。

能登半島の七尾市にある温泉。七尾湾西湾に面し、江戸時代には海中に泉源があり、涌浦 (わくうら) と称し舟で入湯した。旅館が建ち並び、能登観光の基地となっている。

出来事・ 行事

北前船は、日本海沿岸から瀬戸内・大阪方面に来航する回船で、大阪を基点に西廻り航路の各地から米・酒・漁業日用雑貨などを仕入れて松前・蝦夷地で売り、かわってニシン締粕・昆布などの水産物を積み入れて大阪方面で売った。輪島港に寄港地があり、輪島塗を中心とした工芸品は、海運の利を活かして全国に販路を広げた。

長享2(1488)年加賀の一向宗門徒の僧侶・国人・農民らが守護の富樫政親を倒し、以後90余年にわたって加賀一国内を支配・運営した一揆。

明治7(1874)年に創業した製糸場。当時は富岡製糸場に次ぐ全国で第2位の大きな工場だったが、生糸価格の下落を機に、数年で解散。明治18(1885)年に石川県の直轄となり、明治21(1888)年に閉鎖された。

7月初旬から10月中旬にかけて、石川県・奥能登の各地で開催される、江戸時代から続く祭り。無病息災を祈り「キリコ」と呼ばれる巨大な灯籠が、街中を練り歩く。

石川県・奥能登の宇出津で7月に開催される祭り。高さ7メートル、約40数本の奉燈(キリコ)が町をねり歩き、2基の神興を海や川、火の中に投げ込んであばれる。男壮な海の祭典。無形民俗文化財。

「殺し獅子」と呼ばれ、豪華で大きな獅子頭と三味線、笛、太鼓の囃方がすべて中へ入ってしまう大きな蚊帳で構成される。獅子頭に対して演技する棒振りは、武術の技を取り入れて、主に木製で作られた棒、太刀などの武具をもって最後に獅子を討ちとる。

石川県の伝統芸能である宝生流の能楽。江戸時代、五代藩主・前田綱紀が、宝生流贔屓だった徳川綱吉の影響を受けて宝生流を稽古したことに始まる。加賀藩では町民にも能を奨励したことで、金沢は能楽、宝生流が盛んになった。

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参考文献