本文に飛ぶ
八橋図屏風 / MET/Purchase, Louisa Eldridge McBurney Gift, 1953

尾形光琳

元禄上方文化を牽引した、琳派の大成者

1658-1716(万治1-享保1)

江戸前期・中期の画家、工芸家。名は惟富(これとみ)、幼名は市之丞(いちのじょう)。別号に道祟(どうしゅう)、寂明(じゃくみょう)、長江軒(ちょうこうけん)など。京都の呉服商雁金(かりがね)屋を営む尾形宗謙(おがたそうけん)の次男として生まれる。弟は陶工として名を馳せた尾形乾山(けんざん)。光琳30歳のとき、宗謙の死去に伴い多額の遺産を得るも、放蕩三昧の生活を送り困窮する。画家生活を始めたのは、40歳の頃。絵は宗謙から手ほどきを受けたほか、山本素軒(そけん)から狩野派の画法を学んだというが、俵屋宗達(たわらやそうたつ)や本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)の作風に惹かれながら独自の画風を開拓。豊かな装飾性と、造形感覚に優れた琳派(りんぱ)様式を確立した。銀座の役人中村内蔵助や豪商たちと親交を結び援助を受けるほか、江戸に出て以降は材木商冬木(ふゆき)家や大名の津軽家、酒井家の庇護を受けて画業を続けたといわれる。元禄14年(1701)には法橋(ほっきょう)に叙任。以降、作品には「法橋光琳」の落款があるものが多く、享保1年(1716)に59歳で没するまで精力的に作品を制作した。代表作に「燕子花図屏風(かきつばたずびょうぶ)」、「紅白梅図屏風(こうはくばいずびょうぶ)」(いずれも国宝)、「風神雷神図屏風」(重文)などの屏風絵作品のほか、工芸品では『伊勢物語』に取材した「八橋蒔絵螺鈿硯箱」(国宝)、乾山の作品に絵付けをした「銹絵観鷗図角皿(さびえかんおうずかくざら)」(重文)などがある。

関連するギャラリー

本で知る

光琳に関する評伝など

もっと知りたい

過去の展覧会を調べる

タイトル主催者会場開始終了

見に行く

  • 国宝「紅白図屏風」のほか、敷地内には光琳の二条新町屋敷を復元した、光琳屋敷がある。

  • 国宝「燕子花図」などを所蔵。尾形乾山の作品も多数収蔵している。

  • 国立国会図書館は、国会に属する唯一の国立の図書館です。国内外の資料・情報を広く収集・保存して、知識・文化の基盤となり、国会の活動を補佐するとともに、行政・司法及び国民に図書館サービスを提供しています。                                             

  • 日本と東洋の文化財を守り伝える中心拠点としての役割を担う我が国の総合的な博物館です。

  • 平安時代から江戸時代の京都文化を中心とした文化財を取り扱う地域に根ざした博物館です。

ジャパンサーチの外で調べる

  • 国宝「紅白梅図屏風」などの光琳作品をコレクション検索で探すことができる。

  • コレクションは国宝7件、重要文化財87件、重要美術品94件を数える。光琳作品は、国宝「燕子花図」を収蔵する。

参考文献

  1. 日立デジタル平凡社,平凡社
  2. 仲町啓子 著,東京美術
  3. 安村敏信 著,東京美術