潜伏キリシタン
キリスト教が禁止された江戸時代初期以降の日本で、230年にわたって信仰を守り通してきた人びと
潜伏したキリスト信者のこと。島原の乱後、江戸幕府のキリシタン禁制のもとで、表向きは仏教徒をよそおいながら、信仰を守り続けてきたキリスト教徒をいう。九州北部に多く、民俗信仰と混合した特異の礼拝形式や習慣をもつ。組織は、行事の執行役、洗礼を授ける役、行事の補佐などからなり、地域により帳方(ちょうかた)・水方(みずかた)・聞役、オヤジ役・役中(やくちゅう)などとよばれる。中心となる家では納戸神(なんどがみ)を祀り、洗礼を授ける役務には禁忌が課された。行事では供物をそなえ、長く口伝とされてきたオラショ(祈祷文)を唱え、直会(なおらい)の交流を行う。慶応元年(1865)再渡来したフランス人神父宣教師プティジャンが長崎の大浦天主堂で信徒を発見、その多くがカトリック教会に加わった。明治6年(1873)禁教令が解かれた後も教会に帰属せず、寺の檀家や神道の教派に結びついた旧来の信仰を守った信徒が、長崎県の生月(いきつき)島、平戸島、五島列島などにみられ、区別して隠れキリシタン・カクレキリシタンという場合がある。平成30年(2018)原城跡や大浦天主堂、平戸・天草・五島などの集落が「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の名称で世界遺産(文化遺産)に登録された。
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| タイトル | 主催者 | 会場 | 開始 | 終了 |
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1964年に復元された島原城を中心とした資料館。天守閣には、島原の乱や潜伏キリシタンの関係史料などが紹介されている。
長崎市 日本キリシタン史に関する資料の収集、保存・展示、調査研究を行い、キリスト教に関する豊かな文化の創造に資することを目的に開設。
1987年大阪府茨木市千提寺地区にオープン。この地区はかつてキリシタン大名高山右近の領地であり、「隠れキリシタンの里」として有名。
長崎県文化振興・世界遺産課によるサイト。世界遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の価値を国内外のたくさんの人々に知ってもらい、理解してもらい、共感してもらうことを目的とする。「歴史から知る」「地図から知る」「価値から知る」「構成資産から知る」などにより構成される。
参考文献
- サンプルページ「潜伏キリシタン」の項
- サンプルページ「キリシタン」の項
- 「隠れキリシタン」の項
- 「隠れキリシタン」の項
- 小学館全4巻。
- 対外関係史総合年表編集委員会 編,吉川弘文館
