最上徳内
近藤重蔵とともに蝦夷地を探検調査した江戸時代の探検家
1755-1836(宝暦5-天保7)
江戸後期の北方探検家。出羽国村山郡楯岡村(現在の山形県村山市)の農家に生まれる。天明元年(1781)江戸に出て医家の家僕となり、のち本多利明の音羽塾に入り、天文・測量を学ぶ。利明の推薦により天明5年(1785)以来幕府の蝦夷地探検に参加、寛政元年(1789)の国後・目梨(くなしり・めなし)地方のアイヌ蜂起(国後・目梨の戦)の際に幕府密偵青島俊蔵に連座して投獄された。のちに嫌疑が晴れて再び幕府に取り立てられ、近藤重蔵とともに択捉島に渡り、樺太(からふと)など蝦夷地調査を続けた。文政9年(1826)にシーボルトが江戸に来たときには蝦夷地測量図を貸すなど、彼のアイヌ語辞典編纂などにも協力した。著書に『蝦夷草紙』『度量衡説統』などがある。
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最上徳内の出身地である山形県村山市にある市立の記念館。徳内に関する歴史資料や復元されたアイヌの住居などが展示されています(村山市観光物産協会公式HP「むらやま観光なび」より)。
東京都文京区の蓮光寺にある。
茨城県つくば市に所在する国土地理院HPより。
山形県村山市楯岡出身で最上徳内研究家であった故皆川新作氏が調査・. 研究・収集した史料を、嫡嗣の皆川健次郎氏が昭和42年(1967)に山形大学博物館に寄贈。それを整理・分類し、目録化したものである。「主要著述解説」「最上徳内略年譜」「皆川新作略歴」も載る。
早稲田大学図書館所蔵。同図書館の古典籍データベースから閲覧可能で、徳内についての他の史資料を検索することができる。
「文化遺産オンライン」より。画像とともに紹介を行っている。
内閣府HPより。「日本人による開拓の歴史」「国境の取り決め」「終戦後に始まった不法占拠」について解説しており、最上徳内も紹介されている。
参考文献
- 島谷良吉 著,吉川弘文館
- 「最上徳内」の項
- 「最上徳内」の項
- 「最上徳内」の項
- 「最上徳内」の項
- サンプルページ「択捉島」の項
- 歴史学研究会 編,岩波書店