グラバー
幕末―明治初期、西南雄藩や幕府諸藩に武器弾薬、軍艦を売ったイギリスの貿易商
1838-1911
幕末―明治初期、日本で活躍したイギリスの貿易商。スコットランドのフレーザーバラの生まれ。アバディーンのギムナジウムで学んだ後、安政6年(1859)上海経由で長崎に来日。文久元年(1861)大浦にグラバー商会を設立。はじめは主に日本茶などを輸出していたが、のちに薩摩、佐賀、土佐、熊本など西南雄藩や、幕府諸藩に武器弾薬、軍艦を売って巨利を収め、長崎最大の貿易商となって上海にも支店を持った。また五代友厚ら薩摩鹿児島藩のイギリス留学生派遣を仲介し、薩英提携、薩長同盟成立にも重要な役割を果たした。また、坂本龍馬の亀山社中(かめやましゃちゅう)の仲介で、薩摩藩名義で長州藩に対する武器の売却なども行っている。その他、佐賀藩の高島炭坑への採掘資金貸し付け、長崎造船所(のち三菱造船所)の前身小菅ドック設立への参画、新政府造幣局の造幣機械輸入斡旋にも尽力した。慶応年間 (1865-1868) にはイギリス公使 H. パークスに情報を提供し、現地当局とも密接な関係を保った。明治改元前後より次第に経営が悪化し、明治3年(1870)に破産。その後、三菱財閥の顧問を務めたが、明治44年(1911)東京麻布の自宅で死去。「倉場」という日本姓を名乗り、日本人の女性つると結婚して2人の子がいた。長崎市南山手町に「グラバー邸」が伝存する。
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トーマス・ブレーク・グラバーの邸宅をはじめ3つの国指定重要文化財の住宅と、長崎市内の貴重な洋風建築を見ることができる。旧グラバー住宅、旧オルト住宅、旧リンガー住宅は居留地時代に建築された貴重な建物で、国指定重要文化財に指定され、旧グラバー住宅は「明治日本の産業革命遺産」の構成資産にも登録されている。ほかに、明治中期ごろに長崎市内に建てられた洋風建築6棟がグラバー園へ移築復元されている。
長崎大学附属図書館が電子化して配信するWEB版の「グラバー図譜」。「グラバー図譜」は、トーマス・グラバーの子、倉場富三郎(Tomas Albert Glover)が、明治末から昭和初期までの二十数年間に長崎魚市場に水揚げされた約600種の魚を、5人の画家に肉筆写生させた、806図(801枚)からなる彩色図譜。
参考文献
- 対外関係史総合年表編集委員会 編,吉川弘文館
- 加藤友康, 瀬野精一郎, 鳥海靖, 丸山雍成 編,吉川弘文館
- 歴史学研究会 編,岩波書店