振袖
江戸時代は男女児と元服前の女性が着用し、現在は若い女性の晴着となっている
丈が長く、脇の下を縫い合わせない袖、およびその袖を付けた着物をいう。江戸時代は男女児と元服前の女性が着用した。脇明(わきあ)けとも称する。袖の形は江戸時代にさまざまなものが生まれたが、脇明けの小袖(こそで)は振りがあるところから振袖と呼ばれ、元服前の女性が着用した。一方、脇をふさいだ付詰(つけづ)め袖のものは留袖(とめそで)と呼んで、元服後の女性が着用した。振袖の袖丈は江戸初期には1尺5寸(六尺袖と称する)であったが、貞享頃には2尺、宝暦頃には3尺近くと次第に長くなった。文化頃に帯幅が広くなると、付詰め袖では帯を締めるのに差しつかえるため、元服後に着用する着物も振りのある袖が用いられるようになる。それに伴い、振りのあるなしでなく、袖丈の長短による呼称となり、長いものを振袖、短いものを留袖と称するようになった。明治以降は女児や若い女性の礼装、晴着(はれぎ)として用いられ、現代では若い女性が成人式や結婚式などに着用している。
振袖火事は明暦の大火の別称である。明暦3年(1657)1月18・19両日にわたる大火で、江戸城下の大半が焼失した。本郷丸山の本妙(ほんみょう)寺の施餓鬼(せがき)に焼かれた振袖が舞い上がったのが火事の原因とも伝える。近松門左衛門作の人形浄瑠璃『日本振袖始(にほんふりそではじめ)』は、素戔嗚尊(すさのおのみこと)の神話に取材したもので、外題(げだい)の「振袖始」は、素戔嗚尊が危難を救った奇稲田姫(くしなだひめ)が熱病に冒された際、両袖の脇明けを切り裂いて熱気を払ったことによる。
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東京都渋谷区にある。「衣」をテーマとした専門博物館として、学術研究資料の目的で収集された衣服や染織品などを広く社会一般に公開。
東京都青梅市にある。皇室衣装・江戸時代衣装・振袖等収集。
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用語辞典が収められている。そのか着物の文様、着物のTPO、京友禅などについても詳しく解説している。
文化学園服飾博物館所蔵の貴重な資料約600件をデジタル化し公開。国や地域、年代から検索することができる。
収蔵品は約15,000点。世界の染織品が多数コレクションされている。美術館収蔵品データベースでは染織に関する資料が公開されている。
参考文献
- 「袖」の項。
- 日立デジタル平凡社,平凡社
