
マツ科マツ属の樹木の総称。通常は常緑高木であるが、まれにハイマツのような低木もある。北半球に広く分布し、約100種が知られる。葉は針葉で、5本の五葉松類と2本の二葉松類に大別され、日本では前者にゴヨウマツ、ハイマツなど4種、後者にアカマツ、クロマツなど3種が知られる。庭園樹として植えられ、材は建築、土木、家具、細工物に利用される。チョウセンゴヨウの種子は食用とする。またアカマツ、クロマツから樹脂をとり、テレビン油、松やに、タールをつくる。琥珀はマツのほかスギなどの針葉樹の樹脂が地中で化石化したものである。
日本で普通にマツといえば、二葉松類のアカマツとクロマツを指すことが多い。アカマツは樹皮が赤褐色を呈し、メマツともいう。内陸部に多い。陽樹で乾燥・痩せ地に耐えるので、山の尾根や堤防などでしばしば純林をなす。樹脂が多いので、第二次世界大戦中は根から松根油を取り、蒸留してエンジンの燃料とした。林床にはマツタケが生えるので、アカマツ地帯にはマツタケの産地が多い。一方、クロマツは樹皮が暗灰色で、オマツともいう。海岸地に多いが、寒冷地では海岸でもアカマツが多くなる。天橋立ではアカマツと混生しているが、松島ではアカマツだけとなる。両者が混生するところでは雑種も見られ、これをアイノコマツあるいはアカクロマツという。門松にはクロマツが多く使われる。世界遺産に指定された三保の松原など、「白砂青松」と愛(め)でられる海岸景勝地では欠かせない樹種である。
日本では松はめでたいものとして、正月や慶事にはこれで飾った。『古事記』や『万葉集』、『懐風藻』などの古典に、長寿や高潔さを表現するものとして登場している。平安時代には春の始めに野生の松の幼木を庭に植える遊びが行われ、後に門松の風習となった。室町時代には正月のいけばなに使われ、盆栽にもされた。『春日権現験記』(1309年)には松の盆栽が描かれている。照明用としての松明は宗教行事でも使われ、東大寺の修二会は有名である。なお、鶴亀とともに松竹梅を吉祥のシンボルとする風習は中国から伝わったものである。
関連するひと・もの・こと
暦の年初、または年初の行事。日本では歳神様をお迎えする。
冬に花を咲かせる梅は、寒さに耐えて緑を保つ松・竹とともに、「歳寒の三友」と称し、めでたいもののしるしとされる。
日本では古くから生命力の象徴として信仰され、また生活用具、装飾・観賞用など幅広く利用されてきた
長寿と健康のシンボル。松に鶴のモチーフは多くの絵画に描かれる
色彩の美しさ、枝のしなやかさで古くから親しまれてきた植物
植物の緑葉が紅色に変わる現象。また、その紅色になった葉
本で知る
源順 撰,那波道圓
平安時代の分類体漢和対照辞書『和名類聚抄』(20巻本)の「松」の項目。源順(みなもとのしたごう)撰。承平(しょうへい)年間(931~938)ごろの成立。約2600の漢語を分類し、その文例・語釈を漢籍から引用して、割注で字音と和訓を示し、一種の日用百科辞書的性格をもつ。10巻本と20巻本とがあるが、掲出本は、元和3(1617)年頃那波道円が校訂・刊行した20巻本の古活字版で、源順の自序の前に元和3年付けの林羅山の序と道円の凡例とが付されている。幕末・明治初期の国学者榊原芳野(1832-81)の旧蔵書で、ほかに京都の天台宗門跡寺院曼殊院の蔵書印が押捺されている。
貝原篤信,永田調兵衛
江戸時代の儒学者、本草書者の貝原益軒(1630~1714)が著した『大和本草』の「松」の項目。宝永5年(1708))刊。益軒の著作の大半は50歳以降の作で、『大和本草』も79歳のときに完成、翌年に刊行されている。『本草綱目』収載品のなかから、日本に産しないものおよび薬効的に疑わしいものを除き、772種をとり、さらに他書からの引用、日本特産品および西洋からの渡来品などを加え、1362種の薬物を収載した。全体としては博物学的な傾向にあるが、しばしば薬効にも触れている。『養生訓』とともに益軒の代表作である。
岩崎常正,写
江戸時代の代表的な植物図譜『本草図譜』に収録された「松」。同書は、博物学者の岩崎灌園(名は常正、1786-1842)が、みずから実見した本草約2000種を写生・彩色して、山草・湿草・毒草などに分類したもので、全96巻のうち、文政13年(1830)に巻5から巻10までの6冊が出版されたが、印刷・刊行されたのはこの6冊のみで、以後は灌園の原本を画家に模写させて予約者に配布するかたちで続けられた。掲載の図は、国立国会図書館が所蔵する田安家旧蔵本のうちの1冊から。田安家旧蔵本は、『本草図譜』としては稀な完本で、優れた画家に模写させたと思われる良質な図が多いことで知られている。
岩崎常正,写
同じく『本草図譜』から、「からまつ」。
岩崎常正,写
同じく『本草図譜』から、「あかまつ」。
岩崎常正,写
同じく『本草図譜』から、「いわねまつ(はいまつ)」。
水谷豊文 著,神谷三園 写
小野蘭山門下の水谷豊文(通称は助六、1779-1833)著の『本草綱目紀聞 』の「マツ」の項。本書は、蘭山著『本草綱目啓蒙』植物部の大増補を企てた著作で、項目ごとに『啓蒙』の主要な文を転写し、自己の得た知見・方言を追加、『啓蒙』に無い写生図や印葉図も付し、「救荒」「桜」「蘭」「雑木」「雑草」「穂」「海草」など類別の冊子も作成した。豊文の自筆本は『啓蒙』増補部分が39冊・類別部分が21冊で計60冊、いま杏雨書屋が所蔵する。その増補部分のうち26冊を転写したのが本資料である。
板橋貫雄//〔模写〕,写
明治につくられた『春日権現験記』の模本。現在で言う、石付き盆栽が描かれている。
広重,越平
歌川広重による『六十余州名所図会』のうちのひとつ。日本三大松原のひとつ、三保の松原を描く。駿河湾を挟んで富士を望む構図は多くの浮世絵作品で描かれた。
広重,越平
歌川広重による『六十余州名所図会』のうちのひとつ。日本三大松原のひとつ、気比の松原を描く。
村越三千男 編,大植物図鑑刊行会
明治から昭和にかけて博物学者、教育者として活動した村越三千男(1872~1948)の代表作。牧野富太郎(1862~1957)『日本植物図鑑』と同時期に刊行された植物図鑑として知られる。「松杉科」(p.926)の項では、「アカマツ」や「クロマツ」をはじめとする様々な種類の松や杉の仲間の植物が、挿絵を交えた丁寧な解説で紹介される。
村越三千男 編,大地書院
『大植物図鑑』の著者として知られる村越三千男(1872~1948)による植物図鑑。本作に掲載された全ての植物は、丁寧な挿絵とともに解説される。「裸子植物」(p.694)の項では、様々な種類の松を収録。
東京朝日新聞社 編,ジヤパン・タイムス社出版部[ほか]
全国紙である朝日新聞の前身の一つである「東京朝日新聞」夕刊に、1927(昭和2)年10月から1928(昭和3)年3月まで掲載されていた「健康新道」を増補した書籍。衣食住における様々な健康法を収録。「松葉の食べ方」には、「千葉縣津田沼町、田久保義男君は、数年前、虚弱な身體を持ちあぐんで自殺しようかとさへ思つた位なのが、松葉を食べだしてから、見違へるやうに健康になつたさうだ。」(p.68)というエピソードが、具体的な松葉の食法や専門家の見解とともに記される。
神沢貞幹 編,池辺義象 校,五車楼書店
明治から大正にかけて活動した国文学者、歌人の池辺義象(1861~1923)による『翁草』の校訂版。『翁草』は神沢貞幹が江戸時代後期に著した随筆で、歴史や地理、風俗、文芸などの多岐にわたる項目について記され、江戸時代を理解するうえで有益な資料と評される。霊松の祀られる神社にまつわる「唐崎の松の事」を収録。
西田繁造 編,富田屋書店
1918(大正7)年刊行の写真集。近畿地方の名勝の写真の数々を解説とともに収録。「滋賀縣 近江八景 唐崎の松」の写真には「幹は一本にて枝葉八方に繁茂し、翠蓋地を蔽ふ事恰んど百坪。數百基の支柱を以て枝を支ふ。實に稀世の名木。」と添えられる。
松を題材にした文芸作品
武侠世界社 編,武侠世界社
「一休さん」のモデルとして知られる室町時代の禅僧、一休宗純(1394~1481)の逸話集。「近江八景の一つ唐崎の松を、一本では淋しいから是非二本にして詠むで下され。」(p.139)という難題を与えられた禅僧が「唐崎の松は二本になりにけり……」と上の句しか詠めずに苦悩して病床に就く中、見舞いに訪れた一休が見事に下の句を詠んだ「唐崎の松」を収録。
巌谷小波 著,竹久夢二 絵,三立社
日本児童文学の先駆者と評される巌谷小波(1870~1933)による童話集。大正ロマンを代表する画家、竹久夢二の挿絵とともに多数のお伽噺を収録。不思議な夢をきっかけに松の巨木の命を助ける少年の物語「松の實太郞」、姫君から「珍しい松の枝を探してくるように」と無理難題を命じられた侍女たちの冒険譚「小松小綠」。松をテーマにしたお伽噺2編を収録。
巌谷小波 著,小波お伽全集刊行会
日本児童文学の先駆者と評される巌谷小波(1870~1933)による童話集。松を倒そうとする魔物たちの企みに屈せず、凛として立つ巨大な老松を描いたお伽噺「松の力」を収録。
泉鏡花 著,春陽堂
幻想的・耽美的な独自の世界を築いた小説家、泉鏡花(1873~1939)の短編小説集。夜中の騒がしさを嫌う魔神のすみかとされる松の老木の前で、放歌高吟した若者たちの身に降りかかる怪奇談を綴った「五本松」を収録。
[夏目]漱石 [著],漱石全集刊行會 編,漱石全集刊行會
本を代表する文豪の一人、夏目漱石(1867~1916)の短編小説集。代表作「坊つちやん」「草枕」など11編を収録。「坊つちやん」では、松を描写して悦に入る文化人気取りの同僚たちの様子が「『あの松を見給へ、幹が眞直で、上が傘の様に開いてターナーの畫にありさうだね』と赤シャツが野だに云ふと、野だは『全くターナーですね。どうもあの曲り具合つたらありませんね。ターナーそつくりですよ』と心得顔である。」(p.297)とユーモラスに記される。
篠原温亭 著,民友社
明治から大正にかけて活動した俳人、小説家の篠原温亭(1872~1926)による随筆集。近江八景の一つ「唐崎の夜雨」で知られる「唐崎の松」をはじめ、自らの屋敷に植えた松など、松を巡る思い出を綴る「高砂の松」を収録。
河井酔茗 著,アルス
口語自由詩運動を推進するなどして近代詩の発展に寄与した詩人、河井酔茗(1874~1965)の随筆集。松を巡る小品「松の枝ぶり」「松の實生」の2編を収録。
市島春城 著,早稲田大学出版部
早稲田大学の前身、東京専門学校の創設に寄与したことで知られるジャーナリスト、随筆家の市島春城(1860~1944)の代表作の一つ。本作に収録された「松の風趣」の冒頭には、「我國の風景畫には松が附き物である。是は我國風景の特色が松の木にあるからで、廣重の東海道五十三次の圍などは、松の添はぬのは唯だ三枚丈けである。そして松を主として描いたのが殊に好い景色に見られる。」(p.10)と記される。
若山牧水 著,改造社
自然主義文学としての短歌を推進し、国民的歌人として知られる若山牧水(1885~1928)の歌集。遺歌集「黑松」を収録。「黑松」に収められた「念場が原」には「枯薄に落葉松の葉の散り積みて時雨にぬれし色のさやけさ」「松若き枯野の芝の荒くして枯れてさやけきいろにもあるかな」など、松を詠んだ歌が多く見られる。
宮沢賢治 著,関根書店
詩人・童話作家の宮沢賢治(1896~1933)の代表作の一つと評される詩集。「さつきのみぞれをとつてきた あのきれいな松のえだよ おお おまへはまるでとびつくやうに そのみどりの葉にあつい頬をあてる」(p.184)より始まる詩「松の針」を収録。
もっと知りたい
長谷川等伯筆,By Hasegawa Tōhaku (1539–1610),東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p>白い和紙の上に墨の濃淡だけで、風と光の情景が描き出されています。画面に近づいて松の葉をみると、その激しい筆勢に押されて、後ずさりするくらいです。松を描く筆は、穂先をいくつも重ねたもの、竹の先を細かく砕いたもの、あるいは藁(わら)を束ねたものを使ったと考えられており、明らかではありません。繊細でありながら迷いなく筆を進め、一気に線を引いていることが見てとれます。離れてみると、松の幹はまるで能を舞うかのように風に揺られています。<br />四つほどの大きなグループに描かれた松林は、木々の間を風が通り抜けるように配置されています。そして、墨のグラデーションによって光の強弱をあらわして、霧に包まれた松林を生み出しているのです。<br />さまざまな工夫と技法によってあらわされたこの松林には、霧の晴れ間から柔らかな光が差し込んで、遠く雪山がのぞき、冷たく湿った空気が漂います。艶(つや)やかな墨の色と相まって、風の流れや森の清清しい香りまで実感できるでしょう。<br />等伯は松林という日本の伝統的なモティーフを、中国絵画から学んだ水墨表現によって描き出し、日本の風土の豊かな形象をみごとにあらわしているのです。<br /></p><br /><p> 勢いのある筆の動きと墨(すみ)の濃淡だけで、靄(もや)のなかに浮かび上がる松林を表現しています。<br /> じっと見ていると、立ち込める靄が動いたり、光がこぼれたり、ざわざわと風の音がしたりしませんか?松の木の形を緻密(ちみつ)に写すというよりは、その場の空気をリアルに感じられるところがこの作品の魅力、日本水墨画の最高峰といわれる理由です。<br /> よく見ると、松林の奥には、遠く雪山が薄っすらと描かれています。季節は冬へと向かう晩秋でしょうか、それとも雪解けの春でしょうか。描かれたのは、等伯(とうはく)の故郷、能登半島の浜辺にある松林だという説もあれば、古くからの画題である天橋立(あまのはしだて)や、三保(みほ)の松原(まつばら)ではないかという説もあります。そのほかにも、この絵にはいくつかの謎が指摘されています。向かって右の屏風、右隻(うせき)の右端で切れた松が、左隻(させき)の左端に描かれた枝先につながっているように見えます。つまり、元は左右が逆だったのではないか。紙の継ぎ目が横一線につながらないことや、通常より粗末な紙を使っていることから、実は下絵だったのではないか。いやいや、それにしてはいい墨を使っている、など、研究者の間では様々な意見が出されています。もちろん正解はありません。見る人それぞれの感性で、それぞれの心の風景とリンクさせながら、じっくりと味わってみてください。<br /> そこで、この絵を見るコツをひとつお教えします。屏風の前に立ったら少し前後に動いて、絵の中の地面と、自分の立っている床面とが重なるところを探してみてください。まるで絵の中の松林に入っていくかのように感じられるはずです。</p>
伊藤若冲筆,By Itō Jakuchū (1716–1800),植松嘉代子氏寄贈,Gift of Ms. Uematsu Kayoko,東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p>逆さにした卵からまっすぐな足が生えているような姿の鶴。背を丸めた体から、頭がわずかにのぞいています。鶴は、どこに立っているのでしょうか。鶴の足のした、右下から左上に向かって斜めに伸びているのは、松の幹です。樹皮はタコの吸盤のよう。松葉は、毛の割れた筆先を勢いよくはらったように描かれています。よく見ると、墨の色に濃淡があり、淡い墨の上に濃い墨と、2回重ねて描いたのでしょうか。鶴の足元からは、ほっそりとした白梅が枝を伸ばしています。黄色いしべの連なりが、輪っかのように描かれており、鮮やかです。<br />水墨を基調としていますが、よく見ると梅をはじめ、鶴の頭や眼、松の幹など、要所要所に色が使われており、小さい面積ながらもアクセントになっています。<br />作者は江戸時代中期の画家、伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)。若冲は京都・大雲院に伝わる中国・明時代の絵画からヒントを得て描いたといわれていますが、その独特過ぎるアレンジにより、かなり趣の異なった作品になっています。</p><br /><p>卵に棒を突き刺したような後姿の見返り鶴、筆先の毛割れで表わされた振動する松葉、タコの吸盤状の樹皮。強烈な造形です。若冲は、京都・大雲院@だいうんいん@に伝わる明時代の「松上双鶴@しょうじょうそうかく@図 陳伯冲@じんはくちゅう@筆」を原図に用いますが、極端なデフォルメを加えて斬新な作品に再生させました。<br /></p>
横山大観筆,By Yokoyama Taikan (1868–1958),有沢忠一氏寄贈,Gift of Mr. Arisawa Chūichi,東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p>松と梅を左右に配し、その根元に根笹を描く。金泥のすやり霞が横に棚引き、装飾性を増している。松の描写は安土桃山時代の画家、長谷川等伯(はせがわとうはく)の「松林図屏風」を彷彿させるが、大観は自然の風景を写実的に写すだけでなく伝統的絵画からも着想を得ている。<br /></p>
梅清筆,By Mei Qing (1623-97),東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p>梅清は、字を淵公、号を瞿山といい、安徽省宣城の人。順治11年(1654)の挙人となりました。石濤【せきとう】らと深く交わり、安徽省の名山であった黄山を描く「黄山派」を代表する人物としてよく知られています。<br /></p>
東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p>能舞台では、閉じていても両褄@つま@が開いている末広がりの中啓を用います。源平合戦など戦を題材とする修羅物@しゅらもの@では、勝修羅物、負修羅物で扇の絵が異なります。勝修羅物には勝ち戦にふさわしく老松に日の出というおめでたいデザイン。負修羅物には波間に沈む入り日の図を使用します。<br /></p>
東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p>中啓は、能の役者が舞台で持つ扇の一種で、閉じても褄先が銀杏の葉のように開いているのが特徴である。苔むした老松や「鶴は千年、亀は万年」と称される鶴亀は、長寿を意味する吉祥模様である。老松に鶴亀模様の中啓は高貴な神々の役を演じる際に用いられる。<br /></p>
曾我蕭白,そがしょうはく,SOGA Shohaku
この作品は近年、兵庫県高砂市内の旧家で発見された襖(ふすま)四面に描かれた蕭白の大作。墨色を巧みに使い分けて、屈曲した枝を伸ばす松の老木と二羽の孔雀(くじゃく)とが主要モチーフとして描かれている。 蕭白の作品は、個性的としか言いようのない独特の作風が喧伝(けんでん)されることが多い。しかし、蕭白が同時代の他の画家たちの作品、あるいは過去の時代の絵画作品と無縁であったわけでは決してない。 この「松に孔雀図」において、狩野永徳らによって確立された大画面構成の桃山時代障壁画を蕭白が視野に入れていることは、主題や老松の描写から明らかである。 過去の古典的な作品から得たインスピレーションを、糧として、新たな芸術を創造した画家は数多いが、本図のように、蕭白においてもそうした事例を指摘することができる。 (毛利伊知郎 中日新聞 1992年11月6日掲載)
立林何帠筆,By Tatebayashi Kagei (dates unknown),東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p>マッシュルームのような形の松葉の表現が特徴的です。梅と松が重なるように描くのは、おそらく意図的にそうしたと思われ、なんらかの手本によっているのでしょう。何帠は、尾形乾山(おがたけんざん)の江戸における弟子で、光琳の画風を継承した画家です。<br /></p>
野呂介石,Noro Kaiseki,京都国立博物館 Kyoto National Museum,Kyoto National Museum
<p>野呂介石(のろかいせき:延享四-文政二、1747~1828)、名は隆、字を隆年といい、竹石・混済・四碧道人などの号がある。和歌山に生まれ、同地の文人で『玉洲画趣』や『絵事鄙言』の著者によって文人意識を論理化した桑山玉洲について絵を学ぶ。のち京都に出て池大雅に学んだが、寛政九年(1797)に紀州藩の絵師となった。文人画家が御抱絵師になったのは余り例がない。</p>
伝菱川師宣筆,Attributed to Hishikawa Moronobu (died 1694),東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p>門松が飾られ万歳が舞う新年の光景に始まり、花見、舟遊び、庭に紅葉のある風呂屋の場面と続く。冬に相当する場面は無いものの、四季の流れを感じさせる構成となっている。通常巻末にある落款が見当たらず、菱川師宣の落款のある最後の部分が切断されたのかもしれない。<br /></p>
円山応瑞,Maruyama Ozui
三幅対の体を成しているが、各々の関連性は薄く、おそらく中幅が描かれた後に左右の二幅が加えられたと思われる。中幅では嘉嶋浦(現在の愛媛県宇和島市周辺)や魚津浦(現在の富山県魚津市周辺)で発生した蜃気楼の模様が描かれ、上部には旭江と交友のあった皆川淇園の筆でその詳細な記事が認められている。蜃気楼によって、無数の人魂のような燈とともに巨大な岩山が海上に浮かび上がるという信じがたい光景が克明に描かれている。
平福百穂,Hirafuku Hyakusui
円山応挙筆,By Maruyama Okyo (1733-95),植松嘉代子氏寄贈,Gift of Mrs. Uematsu Kayoko,東京国立博物館,Tokyo National Museum
松が描かれた衣装
野口眞造氏寄贈,Gift of Mr. Noguchi Shinzo,東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p>夜着とは、キモノの形をしているが江戸時代の布団のことである。本来は裏地が付き、中綿が分厚く入る。寝ている間、心身を守ってもらえるように吉祥模様を表わす。友禅染(ゆうぜんぞめ)で、裕福さを象徴する宝尽しの模様、永遠の若さの象徴である若松模様を表わす。(2010 h081)(20150609_h21・2大彦小袖)<br /></p>
東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p>吉祥模様の1つである「松」に帆船を象徴する「帆」の模様を組み合わせて織り出した唐織。帆船は海の向こうからさまざまな宝をもたらすことから、島国である日本独特の吉祥模様となりました。金糸を全面に通した金地によって寿ぎに満ちた豪華絢爛な雰囲気を加味しています。<br /></p>
東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p>江戸時代後期の町方の女性が付けた帯。江戸時代初期には4~5cmほどであった帯が江戸時代後期には30cmほどになり帯の結び方もさまざまに工夫された。帯が太くなるにつれて、小袖の模様は小模様化し、帯の主張に合わせて腰(こし)模様や裾(すそ)模様に変化した。(20081111_h101)<br /></p>
東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p> 小袖とは、袖口の開きが狭い着物のことです。白くつやのある絹地に、青いジグザグの模様が斜めに入り、花のようなかたちがにぎやかに盛り込まれています。大きな花のように見えるものは、何だと思いますか? 実は、これは唐松(からまつ)なのだそうです。放射状にひろがるのが松葉、真ん中の3つの丸いものがしべでしょうか。青い部分も、ただのジグザグ模様ではなく、流れる水を表しています。自然のモチーフも模様にデザインすると、こんなふうに変化するのは面白いですね。<br /> 松に藤の花がかかるデザインは、『源氏物語』や『枕草子』、和歌などにも見られる初夏のモチーフです。『枕草子』の中では、「めでたきもの」として「色あひふかく花房ながく咲きたる藤の花の松にかかりたる」と登場します。こうした文芸的主題や、小袖全体に華やかに配される模様は、ともに元禄期の小袖の特徴といえます。</p><br /><p>刺繡(ししゅう)と摺匹田(すりびった)で松藤模様を、流水模様を一粒鹿(か)の子(こ)絞りで表現します。余白のない華やかな総模様は元禄期の特色です。唐松(からまつ)に藤の花房が咲きかかる情景は『源氏物語』や『枕草子』、和歌などに見られ、古来より日本人の心に息づく初夏の景でしょう。<br /></p>
東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p>松竹梅を白く染め残した雪景色に御所車と弓矢、あるいは、御所車に烏帽子(えぼし)・鶯・鶴を刺繍(ししゅう)であらわした腰模様の振袖である。このような風景模様は江戸時代後期の武家女性が着用した小袖や振袖の様式化されたデザインの特徴である。俗に「御所解」と称する。20100308_h081<br /></p>
東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p>小紋より大きい模様の型紙で染めた長板中形の振袖です。藍の濃淡で染め分け、少なくとも3回は糊を置き換えて藍染を繰り返したのでしょう。一見地味ながら凝ったデザインは、倹約令の厳しかった江戸時代末期の特徴です。歌川国貞や国芳の錦絵にも同様の型染の流行が見られます。<br /></p>
東京国立博物館,Tokyo National Museum
京都国立博物館 Kyoto National Museum,Kyoto National Museum
京都国立博物館 Kyoto National Museum,Kyoto National Museum
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260余りの島々が浮かぶ日本三景のひとつ、松島。海の「恵み」も「怖さ」も知る松島の人々の、祈りと共にある暮らしを紹介します。<br><br>(この動画は、2011年に放送したものです。)
長崎街道は小倉から長崎まで57里(約223.8km)あり、25の宿場が置かれていました。江戸時代、日本で唯一、海外と交易を行っていた長崎から異国の文化や技術を伝える街道として重視されました。また、諸大名の参勤交代、長崎奉行やオランダ人の江戸往来に利用されただけでなく、多くの偉人や象などの動物も通ったと言われています。 「曲里の松並木」は、江戸時代の長崎街道の名残で、昭和20年頃まで黒崎から木屋瀬にかけて多くの松を残していましたが、松くい虫の被害によって枯れ、当時の松も残り2本になっています。枯れても植え直すことで、この周辺のみが当時の面影を留めており、約600m続く並木のうち約310mが市指定史跡になっています。<br><br>(この動画は、2011年に放送したものです。)
福井県敦賀市、敦賀湾の最も奥に位置する気比松原は、白砂青松の景勝地で、国の名勝にも指定されています。海岸沿いに長さ1.5キロに渡って、およそ1万7千本の松が生い茂り、季節ごとに変わる美しさで訪れる人の目を楽しませてくれます。<br><br>(この動画は、2000年に取材したものです。)
丹後の天橋立、安芸の宮島と共に、江戸時代から日本三景のひとつに数えられた宮城県松島。広さ35平方キロメートルの湾内に、260あまりの島々が浮かぶ見事な景観は、松尾芭蕉が憧れたほどです。<br><br>(この動画は、2005年に放送したものです)
日本三景のひとつ、宮城県松島。刻々と変わる、多彩な表情は、訪れる人たちの心を魅了してきました。この地の風景を愛した外国人たちのエピソードを交えながら絶景を紹介します。<br><br>(この動画は、2011年に放送したものです。)
日本三景のひとつとして知られる特別名勝「天橋立」。京都府北部にある宮津湾と内海の阿蘇海を南北に隔てる、全長およそ3.6キロの砂嘴(さし)でできた砂浜で、一帯には無数の松が生い茂っています。およそ3500年の歳月をかけて、自然が築き上げた神秘的な地形です。<br><br>(この動画は、2008年に取材したものです。)
知立市は愛知県のほぼ中央にあります。江戸時代には東海道39番目の宿場町、もめん市や馬市で知られる、池鯉鮒宿(ちりゅうしゅく、ちりゅうじゅく)として栄えました。今も、当時の松並木や一里塚が残っています。名物はあんこをどら焼きのような皮でロール状にくるんだお菓子、大あんまきです。知立市の花はかきつばたです。無量寿寺の境内には、およそ3万本のかきつばたが植えられています。<br><br>(この動画は、2000年に取材したものです。)
岡垣町は福岡県の北部にある玄界灘に面した町です。町のシンボルの三里松原。玄海国定公園の一部です。防風林として農作物や生活を守るために、江戸時代から、本格的に松の植林が始まりました。漁業が盛んで、さわらややず(ぶりの子ども)、たい、うになど、新鮮な魚介類が波津漁港に水揚げされます。<br><br>(この動画は、2002年に取材したものです)
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| タイトル | 主催者 | 会場 | 開始 | 終了 |
|---|---|---|---|---|
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静岡県清水区の沿岸約5kmに続く松林。
植樹会でクロマツの苗を植栽し、高田松原の復活をめざす。岩手県陸前高田市。
世界初の公立の盆栽の美術館。旧髙木盆栽美術館が所有していた盆栽、盆栽用の植木鉢である盆器、水石と呼ばれる鑑賞石、盆栽が描かれた浮世絵などを展示している。
国立国会図書館は、国会に属する唯一の国立の図書館です。国内外の資料・情報を広く収集・保存して、知識・文化の基盤となり、国会の活動を補佐するとともに、行政・司法及び国民に図書館サービスを提供しています。
日本と東洋の文化財を守り伝える中心拠点としての役割を担う我が国の総合的な博物館です。
平安時代から江戸時代の京都文化を中心とした文化財を取り扱う地域に根ざした博物館です。
東京富士美術館は、1983年11月3日に東京西郊の学園都市・八王子にオープンしました。「世界市民を育む美術館」をモットーに、世界31カ国・1地域の美術館や文化機関との友好関係を築きながら、各国の優れた芸術を紹介する海外文化交流特別展を企画・開催しています。収蔵品は日本・東洋・西洋の各国、各時代の絵画・版画・写真・彫刻・陶磁・漆工・武具・刀剣・メダルなど約3万点に及び、とりわけルネサンス、バロック、ロココ、ロマン主義、印象派、現代にいたる西洋絵画500年の流れを一望できる油彩画コレクションと、写真の誕生から現代までの写真史を概観できる写真コレクションは国内有数のコレクションとして知られています。
ジャパンサーチの外で調べる
植物・花の基本情報、育て方などを「趣味の園芸」講師陣の専門家が執筆。園芸相談Q&Aや特集コーナーがある。「NHKみんなの趣味の園芸」(NHK出版)公式サイト。
国立科学博物館附属自然教育園内に生息している生物の種名や写真を調べることができる。
国立科学博物館筑波実験植物園内の植物を検索することができる。研究者ノートなど専門的な解説もあり。
トドマツ、エゾマツ、ハイマツが美しいイラストで紹介されている。
参考文献
- 日立デジタル平凡社,平凡社
- 責任表示
- 国立国会図書館
- 二次利用について
ただし、画像は個々の権利表示による
- 最終更新日
- 2023/03/04