本文に飛ぶ
/

大阪府

水運が育んだ経済と文化の中心都市

近畿地方の中部に位置する府。京都府、奈良県、兵庫県、和歌山県と接する。北から南にかけて、やや湾曲した形をしており、西は大阪湾に面し、他の3方は山に囲まれている。大阪市、三島地域、豊能地域、泉北地域、泉南地域、南河内地域、中河内地域、北河内地域の8つの地域に分けられる。瀬戸内海式気候に属し、年間を通して温暖な気候。河川や堀が多く、水上交通の発達した港湾都市であり、水都と呼ばれる。

古代の大阪湾岸にあった難波津は、日本の玄関口として使節往来の拠点となり、アジア各国との外交の窓口となり、経済・政治の中心地として発展した。593年に聖徳太子が四天王寺を建立。645年に孝徳天皇が都を大阪に移す。都が遷都した後も、貿易の要衝として発展し続けた。

戦国時代には織田信長が10年に渡り石山本願寺を攻め落とし、支配下に置くと、後継者である豊臣秀吉が大阪城を建立し、日本の統治の拠点となった。豊臣氏が滅亡し、江戸に政治の中心が移ると、「天下の台所」として食物や米などの売買が行われた。経済都市として急成長すると同時に、浄瑠璃や歌舞伎など独自の芸術文化が生まれた。

明治維新後の1868年に大阪府が置かれ、1889年に大阪市の市政がしかれた。明治期以降は工業都市へと姿を変え、東洋のマンチェスターと呼ばれた。

ゆかりの人物

飛鳥時代、推古天皇の摂政だった皇子。政治で大きな業績を残す一方、仏教隆盛に貢献したといわれる。推古天皇元(593)年に四天王寺を建立した。

大阪河内の豪族出身の武将。 元弘元(1331)年、後醍醐天皇の呼びかけに応じて挙兵。配下の武士団をうごかして奇策を駆使し、幕府軍を苦しめ、鎌倉幕府の倒幕に貢献した。建武政権下で摂津守、河内守。

戦国時代の武将。安土桃山時代に飯盛山を拠点とし、天下人として活躍。連歌や茶の湯にも優れた文化人。

安土桃山時代の茶人で、侘び茶を大成させた。堺の商家に生まれ、生涯の大半を堺で過ごした。

安土桃山時代の武将。織田信長に足軽として仕え、功績を残す。大坂城を築城し、関白・太政大臣となる。徳川家康を臣従させ、1590年に全国を統一。太閤検地、刀狩りなどの新政策で兵農分離を促進し、近世封建社会の基礎を確立した。

幸村(信繁)は上田城を築いた真田昌幸の次男として生まれた。 大坂の役で、豊臣秀頼の大坂城に招かれ、徳川勢を相手に華々しい活躍ののちに討死にし、名を後世に残した。

町人。道頓堀の開削者。豊臣秀吉につかえ大坂築城に従事。その功績によってあたえられた土地に、安井道卜(九兵衛)らと東横堀川から木津川に通ずる水路を開削するも、完成を見ずに大坂夏の陣で戦死した。

江戸時代の蘭学者。現在の大阪市中央区に私塾である「適塾」を開いて師弟の教育にあたり、多くの有能な人材を育成。種痘の普及にも貢献した。

江戸時代、元禄文化を代表する浮世草子・人形浄瑠璃作家、俳人。延宝年間に天下一の速吟で知られた。大坂の富商の出。

江戸中期の俳人・画家。摂津毛馬(けま)村(現在の大阪市都島区)出身。書画、俳諧ともに優れ、文人画の大成者の一人とされる。

江戸中期の天文・地理学者。大阪生まれ。伊能忠敬の測量を監督し、伊能図を完成した。

幕末―明治の啓蒙家。大坂に生まれ、緒方洪庵が開いた適塾で学ぶ。3回の欧米渡航経験により脱亜を説き、慶応義塾を創始した。

小説家・文芸評論家。大阪出身。横光利一らと「文芸時代」を創刊して新感覚派運動をおこした。代表作に「伊豆の踊り子」「雪国」など。日本人初のノーベル文学賞受賞。

小説家。大阪市生まれ。戦国時代や幕末などの変革期を題材にした歴史小説を数多く執筆した。代表作に「竜馬がゆく」「坂の上の雲」など。

漫画家。大阪生まれ。「鉄腕アトム」「リボンの騎士」などでストーリー漫画の世界をひらいた第一人者。のちに手塚動画プロ(のち虫プロ)を設立し、アニメーションの分野も開拓した。

名物・特産

府の鳥。「仁徳陵(堺市)築造の際、倒れた鹿の耳からもずが飛び去ったことから、その地を「百舌鳥耳原」とした」と日本書紀に記されている。

府の木。御堂筋のいちょう並木は大阪を象徴する景観。

府の草花。金剛山麓にサクラソウの原生種「クリンソウ」が自生している。

府の花木。古今和歌集で「難波津に咲くやこの花…」と詠まれた。

泉佐野市の特産品。水分が多く、柔らかく、あくが少ない。独特の甘みをもつため、生でも食べられる

溶いた小麦粉に刻んだ蛸や紅しょうが・削り節などを加え、丸いくぼみのある鉄の焼き鍋で球状に焼いたもの。

大阪で生まれた伝統芸能。江戸時代、竹本義太夫という語り手が大阪の道頓堀に開いた人形浄瑠璃の芝居小屋「竹本座」が人気を博した。

堺は古代から金属鋳造技術に長けた技術者集団の「河内鋳物師」の拠点で、戦国時代から江戸時代には鉄砲や刀が生産され、江戸時代に入ると出刃包丁などの包丁の開発が始まった。片刃の和包丁は、抜群の切れ味と耐久性が特徴。

岸和田市などで生産されるつげ製の櫛。飛鳥時代、貝塚市二色の浜に漂着した外国人から製法を学んだとされる。静電気を起こしにくく髪を傷めにくい。大阪府知事指定伝統工芸品。

名所・史跡

大阪府堺市にある古墳、天皇陵。百舌鳥古墳群を構成する古墳の1つで、日本最大の古墳。前方後円墳。

聖徳太子が建立した、日本最古の仏教寺院。和宗の総本山。四天王寺式伽藍(がらん)配置をもち、承和3(836)年以降たびたび焼失、現在の伽藍は、第二次大戦後復興されたもの。

大阪府と奈良県の境にそびえる山。古くから修験道の山として知られ、日本中の行者たちが集まり厳しい修行に明け暮れた。

江戸時代後期に緒方洪庵が大坂船場に開いた蘭学の私塾。福沢諭吉、大村益次郎などを輩出。大阪大学の前身。

豊臣秀吉が石山本願寺跡に築いた城。元和元年(1615)大坂夏の陣で落城し焼失。江戸時代に再建され、幕府の直轄で城代を置いた。

大阪市浪速区の繁華街・新世界の中心にある展望塔。パリのエッフェル塔に倣って造られたが、第二次大戦中に撤去され、昭和31(1956)年に再建された。大阪の観光名所およびシンボル。

大阪市浪速区にある天王寺公園西隣の歓楽街。1903年に開かれた第5回内国勧業博覧会の跡地の東半分を天王寺公園とし、1912年、西側に新世界をつくった。中央に通天閣が建ち、娯楽場、映画館、演芸場などの並ぶ歓楽街としてにぎわった。

中央区にある、劇場・飲食店などが立ち並ぶ歓楽街。江戸初期に成安(安井)道頓の開いた運河、道頓堀川の南岸に沿う。寛永三年(1626)年に芝居町となり、芝居小屋・芝居茶屋が立ち並び、賑わった。現在も演芸場や映画館、大阪を代表する飲食店が並ぶ。

万博記念公園にある高さ70メートルの塔。昭和45年に開催された万国博覧会のシンボルとして、芸術家・岡本太郎が制作した。塔の頂部に未来、正面に現在、背面に過去を象徴する、三つの顔をもつ。

出来事・ 行事

大阪天満宮を中心として、毎年6月下旬吉日から7月25日までの1カ月間にわたり開催される祭り。25日の本宮の夜は、大川(旧淀川)に多くの船が行き交う船渡御(ふなとぎょ)が行われ、奉納花火があがる。

室町時代、浄土真宗本願寺勢力と織田信長との戦い。本願寺法主の顕如が石山本願寺に篭って戦った。

江戸幕府と豊臣家(羽柴宗家)との間で行われた合戦。1614年(慶長19年)の戦いを「大坂冬の陣」、1615年(元和元年)に再開された戦いを「大坂夏の陣」といい、2回の合戦を合わせて「大坂の役」、または「大坂の陣」と呼ぶ。

593年に聖徳太子が建立した勝鬘院(しょうまんいん)で、毎年6月30日から3日間に渡り行われる祭り。

大阪・岸和田市で、江戸時代より300年以上続く五穀豊穣を祈願した祭り。ねじりはちまきにはっぴ姿の若者たちが「ソーリャ、ソーリャ」というかけ声に合わせて高さが4メートルほどだんじりを勢いよく引き回し、市内を駆け抜けていく。

漁業の神、商売繁盛の神、五穀豊穣の神として有名な「七福神」の戎(恵比寿)様を祀るお祭り。毎年1月9日から3日間行われる。

1970(昭和45)年に開催された万国博覧会。「人類の進歩と調和」をテーマに183日間に渡り開催された。

もっと調べる

参考文献