ハス科の多年生水草。蓮華などともいう。根茎は細長く泥中をはい、30〜50センチほどの円形の葉を水上に出す。夏、花茎を突出し、紅・淡紅・白色などの花をつけ、芳香をもつ。逆円錐形の花托(かたく)にできる種子がハチの巣状で、古名のハチスの由来という。蓮の実は食用になり、数珠(じゅず)玉ともする。秋に地下茎の肥大したものが蓮根として収穫され、食用に供される。日本や中国、東南アジアで古くから栽培されるが、観賞用のハナバスに多くの園芸品種がある。薬用として止血、滋養強壮、下痢などに用いる。
古代インドでは生命と生産力の象徴であり、泥中から清純な花を咲かせる姿から極楽浄土に見立てられ、仏教と結びつけられた。日本では古くハチスと呼ばれ、『古事記』に「蓮(はちす)、花蓮(はなばちす)」、『万葉集』に「蓮葉(はちすば)」とみえる。蓮根は「ハチスの根」であり、『常陸(ひたち)国風土記』などに自生の蓮を食用としたことが記される。河内国からは蓮根のほかに葉・蓮子(実)なども頻繁に納められていた(『延喜式』)。平安時代には仏教色が強まり、極楽浄土に咲く花とされ、『枕草子』では「蓮葉、よろづの草よりもすぐれてめでたし」とする。『古今和歌集』に「蓮葉の濁りに染(し)まぬ心もて」(僧正遍昭)と詠まれる。蓮の花は浄土に往生する者が坐るとされ、蓮華座、蓮の台(はすのうてな)ともいう。
日本では2000年前の地層から3粒の種子が発見され、古代ハスとして蘇った。葉柄や蓮根からとれる蓮糸は古くから知られ、奈良県當麻寺(たいまでら)中之坊の蓮糸九条袈裟が名高い。蓮根は先の見通しがきく縁起物として慶事に欠かせないが、その産地は茨城・徳島・佐賀・愛知の諸県などが知られる。
関連するひと・もの・こと
日本の代表的な花。皇室の紋章に使用され、日本の国花ともされている。また、梅や蓮などとともに中国にいう四愛(しあい)の一つで、文人画の画題とされた。
桜とともに古くから日本人に親しまれたバラ科の落葉高木。また、蓮などとともに中国にいう四愛(しあい)の一つで、文人画の画題とされた。
古くから栽培され、季語としても親しまれる草花。初夏に紫の可憐な花を咲かせる。草花・樹木ギャラリーの一つ。
花の王――古くから数多くの品種群をもつアジアの代表的な名花。草花・樹木ギャラリーの一つ。
バラと並んで、古来より洋の東西を問わず親しまれてきた花。日本原産のものから多くの園芸種が作られている。草花・樹木ギャラリーの一つ。
ヒルガオ科の一年草。園芸で人気の花で、江戸時代には盛んに品評会が開かれた。草花・樹木ギャラリーの一つ。
タチアオイ、フユアオイ、フタバアオイなどの俗称。徳川家の家紋や京都の葵祭などで知られる。草花・樹木ギャラリーの一つ。
日本で育成された園芸品種。梅雨時を象徴する植物で、各地に観賞の名所がある。草花・樹木ギャラリーの一つ。
本で知る
岩崎常正,写
『本草図譜』は江戸時代の代表的な植物図譜で、筆者岩崎灌園(1786 - 1842)の実見した本草約2000種を写生・彩色して、山草・湿草・毒草などに分類したもの。全96巻のうち、文政13年(1830)に巻5から巻10までの6冊が出版されたが、印刷・刊行されたのはこの6冊のみで、以後は灌園の原本を画家に模写させて予約者に配布するかたちで続けられた。掲載の図は、国立国会図書館が所蔵する田安家旧蔵本のうちの1冊から。田安家旧蔵本は、『本草図譜』としては稀な完本で、優れた画家に模写させたと思われる良質な図が多いことで知られている。
毛氏江元寿梅園直脚<毛利梅園>//書画并撰著,写
『梅園百花画譜』は幕臣毛利梅園(1798 - 1851)の著作で、春4帖、夏8帖、秋4帖、冬1帖からなり、約1300品を描く。江戸時代の植物図譜のうち写生数がもっとも多いものの一つで、正確さでは一二を争うとされる。
写
蓮花百種、浴恩園蓮譜ともいう。蓮69種を掲載する。浴恩園は松平定信(老中、陸奥国白河藩藩主)の築地に設けた下屋敷で、蓮の品種を多数育てて鑑賞し、また『清香譜』(蓮90余種とされる)にまとめた。
[中村[テキ]斎] [編],山形屋
江戸時代前期の儒学者・本草学者の中村惕斎(てきさい、1629 - 1702)編、寛文6年(1666) 刊。日本初の挿絵入り百科事典で、動植物の図が668点(全図数の45%)。絵はおおむね写実的。
水野元勝 著,松井頼母 増補,山本八兵衛[ほか1名]
延宝9年(1681)刊。日本で最初の総合園芸書刊本。著者の経歴などは未詳。花壇に植える草花、春35・夏81・秋57・冬5・雑6種の計184種について、花の色・花形・花期・栽培法などを短く記し、牡丹41・芍薬32・菊79・椿66・梅53・桃8・桜40・ツツジ147品種の花銘をあげる。アサガオの白花や、斑入(ふいり)植物のスジシャガの名が初出する。当館は、刊本の元になった寛文4年(1664)序の草稿本(特1 - 45)とそれにやや手を入れた寛文5年序の草稿本(特1 - 46)も所蔵する。その品数は刊本とほとんど変わらないが、牡丹以下の花銘は刊本よりはるかに少ない。一方、当館には、刊本の元禄4年(1691)後刷本(特1 - 1951)と享保1年(1716)後刷本(特1 - 1915)も揃っている。
貝原篤信,永田調兵衛
『大和本草』は江戸時代中期の本草書、16巻。貝原益軒著。宝永5年(1708) 成立、同6年刊。付録2巻、諸品図2巻は正徳5年(1715)刊。中国の代表的本草書『本草綱目』所載のものを基礎に、中国、日本、西洋産を加え、計1362種の本草を集成、分類し、各品種の名称、特質などを解説する。『本草綱目』に盲従せずに、独自の分類を立て、また和産品を重視した。
『庶物類纂』は、加賀藩主前田綱紀が京都の本草学者稲生若水(1655 - 1715)を招いて編纂した博物書。延享4年(1747)の完成。中国古典籍類などから動物植物鉱物の記事を集成、分類し、実物によって検証したもので、日本の博物学史上画期的な業績。若水は編纂中に没したが、その後は幕府の官撰事業として若水門下の官医丹羽正伯らが引き継ぎ、全1054巻をもって完成とした。全体を26属(草、花、鱗、介、羽、毛、水、火、土、石、金、玉、竹、穀、菽 、蔬 、海菜、水菜、菌、蓏 、造醸、虫、木、蛇、果、味)に分類。正伯が幕府に献上した浄書本465冊が江戸城紅葉山文庫に保存され、のち内閣文庫に伝来した。重要文化財。
王安節 等摸古,李漁 (笠翁) 論定,前川文栄堂
明治14年(1881)、大阪。安節は王槩(おうがい、1645 - 1710年以後)、清の文人、画家。『芥子園画伝』は弟二人とともに制作した絵画教本。
岡山鳥 著,長谷川雪旦 画,刊
江戸時代後期の行楽案内書。「江戸花暦」、「江戸名所花暦」とも。刊年不明。岡山鳥(さんちょう)は江戸時代後期の戯作者。長谷川雪旦(せったん、1778 - 1843)は江戸時代後期の絵師。
尾張国の名勝、古跡、風俗、名産、神社・仏閣などを絵と平易な文章で紹介する地誌。前編は天保15年(1844)刊。尾張の立田輪中(わじゅう)に荷(はす)池の風景が描かれる。岡田啓(文園、1781 - 1860)は尾張藩士で学者、野口道直(梅居、1785 - 1865)は青物問屋主人で教養人。挿絵は尾張藩士で画家の小田切春江による。
飯室某,柏木富潤写
嘉永6年(1853)。富潤は柏木吉三郎(1799 - 1883)か。江戸時代の植木屋、本草学者。
橋本雅邦 画,画報社
「蓮鷺図 」。大正3年(1914)、東京。橋本雅邦(1835 - 1908)は明治期の日本画家。狩野派の画技を学び、フェノロサ、岡倉天心の知遇を得て日本画の革新に貢献。門下に横山大観、下村観山、菱田春草ら。
史書・古典にみえる蓮
太安萬侶 [編],前川茂右衛門
雄略天皇条の引田部赤猪子(ひけたべのあかいこ)の歌。「日下(くさか)江の 入江の蓮(はちす) 花蓮(はなばちす)」とみえる。赤猪子は少女のころに大和の美和河(三輪川)に行幸した雄略天皇にみそめられ、宮中にむかえるといわれるが、天皇はその約束を忘れてしまい、そのまま80年ずっと天皇を待ち続けた女性。年老いた赤猪子が、盛りの蓮が老いた身を嘆く歌。掲出本は寛永21年(1644)の刊本。
奈良時代の歌集。『万葉集』巻16に「蓮葉者 如是許曾有物 意吉麻呂之 家在物者 宇毛乃葉爾有之(はちすばは かくこそあるもの おきまろが いへなるものは うものはにあらし)」とある。蓮葉(はちすば)を見て、意吉麻呂(おきまろ)が家にあるものは芋の葉だなとと詠む。この芋は里芋とされる。この国立国会図書館所蔵本は最古の、慶長元和年間(1596 - 1624)の刊本。第1冊(巻第1,2)欠。伏見版(円光寺版)の木活字を使用し、不足の文字を新雕し印行したものとされる。万葉仮名の本文のみで、無訓本と通称されるもの。第8冊巻第17は一部飛び丁付(丁付:1-40,51-60)、巻第18の第31、32丁は欠。実業家、古書収集家高木利太(1871-1933)旧蔵。
西野宣明 [校],和泉屋金右衛門
奈良時代の官撰地方誌。『常陸国風土記』香島の郡条によれば、鹿島の沼に生える蓮根は匂いも味も珍しく、甘きこと他所に比べるものがない、この蓮を食べれば、病が早く癒えるという。この国立国会図書館所蔵本は、見返しに「天保己亥仲夏刊于水戸聽松軒」,とあり、奥付に「水府御藏版」、袋に「水府書林 東壁樓發兌」と記す。
柳原喜兵衛
奈良時代の官撰地方誌。『肥前国風土記』松浦の郡条に値嘉島の産物として「荷(はちす)」がみえる。この国立国会図書館所蔵本は寛政12年(1800)刊。
神宅臣金大理 勘造,出雲臣廣嶌 [編],金築氏三和藤原姓正恒 [写]
奈良時代の官撰地方誌。『出雲国風土記』秋鹿の郡条に養老1年(717)より荷蕖(はちす)が自然に群がり生えてたくさんあったが、翌年以降自然に消えて一本の茎もないという。この国立国会図書館所蔵本は享保13年(1728)の刊本。
皇典講究所, 全国神職会 校訂,大岡山書店
平安時代中期の法典。『延喜式』内膳司によれば、河内国から献上される「荷葉」として、稚葉75枚(5月中旬~6月中旬)、壮葉75枚・蓮子(蓮の実)20房・稚葉15枚(6月下旬~7月下旬)、黄葉75枚・蓮子20房・稚藕(蓮根)15条(8月上旬~9月下旬)があった。食用の蓮の実、蓮根のほか、蓮葉は、食物をのせたり包んだり、また生薬として用いられたとされる。
紀友則 [ほか奉勅撰]
平安時代初期の勅撰和歌集『古今和歌集』の僧正遍照の歌。詞書は「はちすのつゆを見てよめる」。「はちすはのにこりにしまぬ心もてなにかは露を玉とあさむく」。濁った水にも染まらぬ心、蓮葉の上の露を玉と見せかけて欺く気持ち、蓮にさまざまな思いを込める。
藤原道綱母,天王寺屋源右衛門
『蜻蛉日記』の一節。夫の藤原兼家が蓮の実一本を使いに持たせてよこしたが、「花に咲き実になりかはる世を捨ててうき葉の露とわれぞけ(消)のべき(花と咲き実になって栄えてゆく世を捨ててしまった私は、蓮の浮き葉の露のようにはかなく消えてしまうのだろう)」と不安な気持ちを記している。『蜻蛉日記』は平安時代中期の日記。道綱の母著。作者道綱の母と夫藤原の兼家との結婚生活を中心に、作者の半生を描いたもの。一夫多妻の平安貴族社会の中に生きる女性の愛の苦悩を、伝統的和歌の情緒表現によりながら深く濃やかに描いている。主要な伝本は写本だが、この国立国会図書館所蔵本は、元禄10年(1697)大坂の天王寺屋源右衛門の刊行。契沖の手になる水戸中納言御本との校合が写されている。榊原芳野旧蔵。福田敬同「福田文庫」、小中村清矩「陽春廬記」などの印記がある。
[紫式部] [著]
平安時代中期の物語。『源氏物語』御法の巻に、あの世では同じ蓮(はちす)の座を分け合おうと互いに契りをかわして、それを頼みにしていると、源氏の出家をめぐる心持が記される。この国立国会図書館所蔵本は、伝嵯峨本あるいは角倉本の名で知られる、慶長年間中期(1600年頃)刊の古活字版の一本。その名称は角倉素庵が本阿弥光悦の協力を得て手がけた嵯峨本『伊勢物語』に倣ったもので、『源氏物語』の場合は本文・形態の類似を除いて客観的証拠を欠くゆえ、嵯峨本を模したとするのが通説。当該本は各冊巻頭に捺された「洒汀」印(俳人秋本洒汀(1869 - 1945)の印か)によって、川瀬一馬『嵯峨本図考』(一誠堂書店、1932)に紹介された安田文庫旧蔵本と特定でき、その装訂は現存する伝嵯峨本の中でも最も良く原装を伝えるものとされる。
古典保存会
平安時代中期の軍記物語。『将門記』に、「松の色は千年の緑を含み、蓮の糸は十善の蔓を結ぶ」とみえる。蓮の葉や茎で作った糸が極楽往生の縁を結ぶとされ、袈裟や曼荼羅を蓮糸で織る風習があったという。
平安時代中期の勅撰和歌集。平安時代中期の僧空也の歌。「ひとたひも南無阿弥陀仏といふ人の蓮のうへにのほらぬはなし」。この国立国会図書館所蔵本は室町時代中期頃の書写。
『文正草子』は室町時代の御伽草子。文正が蓮華の夢想により二人の姫君に、姉をば蓮華、妹をば蓮御前と名づけたことがみえる。この慶應義塾大学メディアセンター所蔵本は室町時代末期近世初期の書写。
佐々醒雪, 巌谷小波 校,博文館
『冬の日』に松尾芭蕉の「折るゝ蓮の実たてる蓮の実」がみえる。『冬の日』は貞享1年(1684)成立の連句集。早稲田大学図書館所蔵の和装本がある。芭蕉の指導のもと尾張蕉門が催した歌仙五巻と追加六句からなる。「俳諧七部集」の第一集。
井原西鶴,刊
『好色一代女』は、井原西鶴(1642 - 93)の浮世草子の巻5「濡問屋硯(ぬれのとひやすずり)」。大湊の難波では宿泊する諸国の商人を世話する「蓮葉女」がおかれ、掃除、飲食の世話、寝床の相手などを行ったという。「蓮葉女」は、江戸時代、問屋に抱えられて、得意客の接待、給仕、寝所の相手などをつとめた女。また、旅人宿に奉公して、客の給仕や夜伽をした女もいう。
蓮の栽培、蓮根
博文館編輯局 編,博文館
実用百科事典。明治27年(1894)、東京。家事経済編の飲食門のうち「菜蔬類料理方」に蓮根の調理について記載がみられる。
山田幸太郎 著,池田商店
明治29年(1896)、東京。第2編の各論根菜類のうち菊芋・百合につづいて蓮根の栽培、用途などを紹介する。
弓削仙吉 著,盛農舎
明治36年(1903)、竜ケ崎町(茨城県)。第5章の栽培各論に甘藷・牛房・里芋などにつづいて蓮の栽培を記載する。
堀正太郎 著,成美堂
明治43年(1910)、東京。蓮根の腐敗病について紹介する。
愛知県立農事講習所
明治45年(1912)、清洲町(愛知県)。蓮の栽培。
愛知県立農事試験場 編,愛知県立農事試験場
大正2年(1913)、清州町(愛知県)。蓮の栽培について、優良品種の戸倉種(赤花)、支那種(紅花)を紹介する。
愛知県立農事試験場 編,愛知県立農事試験場
大正7年(1918 )、清州町(愛知県)。尾張蓮根(津島蓮根)の品種、栽培法、肥料などについて記載する。
愛知県農業教育研究会 編,愛知県農業教育研究会
昭和7年(1932)、東京。戶倉蓮根について記載。愛西市の特産物のレンコンの一品種で、天保年間(1830 - 44)に現在の市内戸倉町陽南寺にもたらされ、かつては「戸倉蓮根」として出荷されていた。花の見ごろは6月下旬から7月上旬。
[幸野楳嶺 筆],芸艸堂
「蓮根」。幸野楳嶺(ばいれい、1844 - 95)は江戸時代末期から明治時代初期の日本画家。
岸田劉生 著,建設社
昭和23年(1948)刊、東京。「蓮根茄子図」。岸田劉生(りゅうせい、1891 - 1929)は大正から昭和時代初期の洋画家。
もっと知りたい
絵画に描かれた蓮
東京国立博物館,Tokyo National Museum
平安時代、12世紀。重要文化財。京都高山寺所蔵の国宝「鳥獣人物戯画」から分かれ、掛幅装となった断簡。仏事や祭礼など人々の営みを動物たちが演じるというその趣向の絶妙さに加え、墨一色のモノクロームで動物たちの動きを活写する軽やかで迷いのない線も、この作品の大きな魅力の一つ。この断簡には蛙や狐、猿といった動物が五匹、擬人化されて描かれています。笠や烏帽子を被り、高下駄を履いて歩く姿や、藤の花をささげ持つ様子などから、何かの行列の一場面であったのではないかと考えられています。画面左端、蛙が抱え持つ大きな蓮の葉の下あたりに、ひらひらと何かが舞っているのにご注目ください。甲巻には兎と蛙が相撲をしている有名な場面がありますが、その右側には萩が描かれており、これはその萩の花びらであることが分かっています。このことから、国宝鳥獣戯画の甲巻の一部だったと考えられます。
俵屋宗達,Tawaraya Sotatsu,京都国立博物館 Kyoto National Museum,Kyoto National Museum
国宝。俵屋宗達。蓮池水禽図は宋元画に著色画の例をいくつか見ることができるが、宗達は2茎の蓮と2羽のかいつぶりを水墨のみで、あっさりと描いている。それでいて、今を盛りの白蓮とすでに花弁の散り落ちた蓮の実。次なる餌を求めて小波をたてる1羽と、静かに足を休める1羽という対照の妙を、柔らかい筆づかいときらめくような墨色をもって描き得ている。画面左下隅に「伊年」印があるのみで落款もないが、宗達の水墨技法の極を示す作といえよう。
本阿弥光悦筆,By Hon'ami Kōetsu (1558–1637),松永安左エ門氏寄贈,Gift of Mr. Matsunaga Yasuzaemon,東京国立博物館,Tokyo National Museum
江戸時代、17世紀。金銀泥を用いて大胆に描く蓮下絵は、俵屋宗達の筆と伝え、独特のたらし込みの手法がかいま見られる。その上に光悦(1558 - 1637)が『百人一首』の和歌を散らし書きするが、その書は下絵と見事な調和を醸し出している。もと巻子本であったが、関東大震災で大半が焼失した。
模者不詳,東京国立博物館
狩野探幽(1602 - 74)は江戸時代初期の狩野派の絵師。ほかに探幽作とされる「蓮ニ鶺鴒図」(同じく模者不詳)がある。
春信〈1〉, -
明和2年(1765)。鈴木春信(1725?- 1770)は江戸時代中期の浮世絵師で、独自の優美で可憐な美人画様式を確立した。舟の中から体をかがめて蓮の花を切り取っている光景。
英泉,越長
渓斎英泉(1791 - 1848)は江戸時代後期に活躍した浮世絵師で、美人画を得意とする。十景は、ほかに「墨田堤の桜」、「木場の魚釣」、「茗渓の蛍」、「佃沖の白魚取」など。
英泉
渓斎英泉(1791 - 1848)は江戸時代後期の浮世絵師。名所は、ほかに「金龍山浅草寺雷神門之図」、「梅屋舗臥龍梅開花ノ図」など。
高橋草坪筆,By Takahashi Sōhei (possibly 1802–56),東京国立博物館,Tokyo National Museum
江戸時代、天保2年(1831)。高橋草坪(そうへい、1804 - 35)は幕末期の文人画家。田能村竹田の高弟で、巧みな構図、精緻な筆致など秀逸な画才をみせた。
豊国〈3〉、広重〈2〉,-,万丁平のや 平野屋 新蔵
歌川豊国(国貞、1786 -1865)筆、歌川広重(1797 - 1858)画。元治1年(1864)。ほかに「日本橋初鰹」「亀戸初卯詣」「深川八まん牡丹」「品川海苔」「目黒行人坂富士」「日吉山王祭り子」「落合ほたる」「両こく大花火」「堀きり花菖蒲」「浅草年之市」などがある。
広重〈1〉,久
歌川広重(1797 - 1858)は江戸時代の浮世絵師。天保1年(1830)頃から花鳥図を描くようになったとされる。広重の江戸名所絵の代表作で、ほかに「日本橋雪中」「芝浦汐干之図」「吉原仲之町夜櫻」「上野東叡山中清水堂花見」「柳しま妙見」「真乳山雪晴」など。
歌川広重筆,By Utagawa Hiroshige (1797-1858),東京国立博物館,Tokyo National Museum
江戸時代、19世紀。歌川広重(1797 - 1858)は江戸時代の浮世絵師。「東都名所」は広重の作品のなかで人気の高かったシリーズもので、柔らかで色彩豊かな表現がとられた優品が多くみられる。
橋本雅邦
橋本雅邦(1835 - 1908)は明治期の日本画家。狩野派の画技を学び、フェノロサ、岡倉天心の知遇を得て日本画の革新に貢献。門下に横山大観、下村観山、菱田春草ら。
朱昂之,Zhu Angzhi,京都国立博物館 Kyoto National Museum,Kyoto National Museum
清、19世紀。作者は朱昂之。銘に「戯倣青藤道人筆」とみえる。
工芸品に描かれた蓮(日本)
瀬戸,Seto ware,東京国立博物館,Tokyo National Museum
鎌倉時代、14世紀。重要文化財。瀬戸窯は愛知県瀬戸市一帯に広がる大窯業地で、中世の製品を古瀬戸と称している。この壺は全盛期の瀬戸窯が作り上げた代表作の一つといわれています。粘土紐を巻き上げて形を作り、胴には蓮華唐草の文様を彫り表し、全体に黄緑色の釉薬を施しています。手本とされたのは、美しい青磁製品を製造したことで有名な、中国の龍泉窯で焼かれた、牡丹唐草文様の青磁の壺と考えられます。しかし中国青磁とは対照的に、やや歪(ゆが)みのある器の輪郭や、大きくのびやかな牡丹唐草の彫り、濃淡のある釉薬など、開放的でおおらかな気分にあふれています。
伊万里,Imari ware,山本富子氏・山本賢二氏寄贈,Gift of Ms. Yamamoto Tomiko and Mr. Yamamoto Kenji,東京国立博物館,Tokyo National Museum
江戸時代、17世紀。中国から色絵の技術を取り入れて間もない時期に、大名家など国内の需要に向けて焼かれた色絵磁器。中央に鳳凰の図を描き、周囲は蓮弁文で区切り七宝繋(しっぽうつなぎ)と紗綾(さや)文を描きつめている。大胆な構図と重厚な色づかいにより、力感のこもった独自の様式を完成させている。
薩摩・竪野系,Satsuma (Tateno) ware,東京国立博物館,Tokyo National Museum
江戸時代、17世紀後半。薩摩(さつま)焼のうち、藩直属の竪野(たての)系の窯は藩主島津義弘の命で慶長6年(1601)に開かれ、茶入、茶碗などの茶陶を焼いた。この作品は白色の陶胎に透明釉を施した白薩摩の茶碗の代表作で、轆轤挽(ろくろび)きののち型を用いて蓮の葉一枚が包み込む姿に形作られている。
木村定三コレクション / Kimura Teizo Collection
江戸時代、17~18世紀。銅鍛造、彫金・鍍金。口径27.6㎝、高さ2.5㎝。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
江戸時代、19世紀。
京都国立博物館 Kyoto National Museum,Kyoto National Museum
日本刀の装飾の一つ。刀身が柄から抜け落ちないように柄にあいた穴と刀身にあいた穴を貫き通す釘。
工芸品に描かれた蓮(中国)
東京国立博物館,Tokyo National Museum
南北朝時代、5~6世紀。中国。胴と蓋の表に鋭い浮彫りで蓮弁文があらわされています。胎はきわめて白く、ごく薄い草緑色の釉が掛けられています。こうした器形や胎、釉薬の特徴は、南北朝時代の青磁の作風を示しており、河北省や河南省周辺にある貴人墓の出土品に類例も知られています。
横河民輔氏寄贈,Gift of Dr. Yokogawa Tamisuke,東京国立博物館,Tokyo National Museum
南朝時代、5~6世紀、中国。ずっしりと重い胎にガラス質の釉がかかる。全面に鋭い片切り彫りで蓮弁を、型押し文で蓮の実をあらわしている。このような大ぶりの蓮華文や蓮弁文は南北朝時代に流行した。
横河民輔氏寄贈,Gift of Dr. Yokogawa Tamisuke,東京国立博物館,Tokyo National Museum
唐~五代、9~10世紀。晩唐もしくは五代時代に作られた三彩。器形のほか、胎土が比較的堅い点や、釉薬が勢いよく流し掛けられている点に違いがみられます。鋭い浮き彫り風の蓮弁文は、晩唐~五代にかけて流行した意匠です。
越州窯,Yue-zhou Ware
宋時代。
北宋、11世紀。多嘴壺は肩から5、6本の管が上方に立ち上がった、墳墓に埋葬するための壺。この壺は胴部を5段に区切り、各段には蓮弁文がやや粗く彫り出される。蓋は4つの花弁形に区切り、その中心に蕊をかたどった摘みが付く。多嘴壺が製作された北宋時代中期は、越州窯が急速に衰え、代わって龍泉窯が発展し始める過渡期にあたることから、生産窯を特定することは難しく、越州窯や龍泉窯を含む浙江省周辺の製品である可能性が考えられる。
中国・龍泉窯,Longquan ware, China,横河民輔氏寄贈,Gift of Dr. Yokogawa Tamisuke,東京国立博物館,Tokyo National Museum
北宋時代、11世紀。5本の管が上に向かって取り付けられたこの奇妙な形の壺は多嘴壺とよばれる。宋時代に越窯や龍泉窯で作られた。中国南部の青磁に特有の器種で、墓に納められた明器と考えられいる。
中国・定窯,Ding ware, China,横河民輔氏寄贈,Gift of Dr. Yokogawa Tamisuke,東京国立博物館,Tokyo National Museum
北宋時代、11~12世紀。定窯白磁の典型作の一枚。伏焼きのため釉がかからない口縁に覆輪をかけている。形や装飾には同時代の金銀器の影響が強くみとめられるが、流麗な片切彫りの文様の凹部には釉が溜まり、陶磁器ならではの優美な表情を生み出している。
中国・龍泉窯,Longquan ware, China,横河民輔氏寄贈,Gift of Dr. Yokogawa Tamisuke,東京国立博物館,Tokyo National Museum
北宋~南宋時代、11~12世紀。
中国・磁州窯,Cizhou ware, China,横河民輔氏寄贈,Gift of Dr. Yokogawa Tamisuke,東京国立博物館,Tokyo National Museum
北宋~金時代、12世紀。胎は茶色の陶胎で、白土で化粧を施し、その上から筆を使って鉄絵具でリボンで束ねた蓮の花と蝶を描いています。さらに細部は針のようなもので黒土を削ってあらわしています。本作品のように、梅瓶を途中で切ったような太く短い酒瓶のことを太白尊とよびます。
定窯,Ding Ware
金時代、12世紀。大変薄作りの深鉢で、外側には三重に鎬(しのぎ)蓮弁を浮き彫り風に施し、内面には蓮の葉を線刻で伸びやかに表す。定窯では、碗や鉢を量産するために口の部分を下にし、匣鉢(さやばち)とよばれる陶製の容器の中でいくつも重ねて焼成する。伏せ焼きという方法で、釉着を防ぐため、口は釉薬を剥ぎ取り無釉にする。また定窯に特徴な象牙色の肌は、窯の燃料が薪ではなく、石炭であるため、炎が高く上がらず、酸化気味に焼成されることに起因すると考えられている。
中国・耀州窯,Yaozhou ware, China,横河民輔氏寄贈,Gift of Dr. Yokogawa Tamisuke,東京国立博物館,Tokyo National Museum
北宋~金時代、12世紀。1931年に河南省臨汝県にある青磁窯址から流麗な彫り文様をあらわした陶片が発見されると、日本ではこのような作品が古来名窯と名高い「汝窯青磁」と考えられるようになった。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
元時代、14世紀、中国。朱漆の層は厚く、蓮弁や蓮の実が立体的に彫り表わされている。花托(かたく)に実を結ぶ蓮の花を真上からとらえたデザインで、このような意匠の盆は日本の座敷飾りに大いに珍重され、同様の意匠の作例がいくつか知られている。
中国・景徳鎮窯,Jingdezhen ware, China,東京国立博物館,Tokyo National Museum
元時代、14世紀。白磁の素地にコバルト顔料を用いて文様を描く青花の技法は、元時代の後期の景徳鎮窯で目覚しい発達を遂げた。濃密な文様構成、力強い筆遣いに、元時代の青花磁器の特色がよくあわられている。蓮池の図は当時好まれたモチーフの一つ。
景徳鎮窯,Jingdezhen ware,比佐隆三氏寄贈,Gift of Mr. Hisa Ryuzo,東京国立博物館,Tokyo National Museum
明時代、15世紀、中国。蓮花、蓮葉、蓮の実、慈姑(クワイ)の葉などを束ねた束蓮文が描かれる。精良な素地、釉薬、濃く鮮やかな発色の青花、調和のとれた精美な意匠など、明時代初期の永楽年間(1403 - 24)に景徳鎮窯で焼造された青花磁器の特色がよくあらわれている。
広田松繁氏寄贈,Gift of Mr. Hirota Matsushige,東京国立博物館,Tokyo National Museum
明時代、15世紀、中国。蓮の花をあらわした盆に、蓮の実をかたどった香合が載せられる。花弁は鋭く力強い彫りで表現されている。盆の裏の外周には屈輪文が巡らされている。
景徳鎮窯,Jing-de-zhen Ware
明前期、15世紀。やや下すぼまりの胴部の上方が張る壺。なで肩の肩部に内傾気味の頸部が付き、端部に面をもつ口縁部は外反。法花は、文様の輪郭を陶土や磁土の堆線文で描き、素地に直接色釉を施釉して低火度で焼成した明三彩の一種。この作品は、濃い藍を地に白と薄い水色の釉薬で文様が描かれている。頸部に雲文、肩部に蓮弁文、圏線を挟んで如意頭文と瓔珞文、胴部に蓮池水禽文、裾部に波濤文が配されている。内面は施釉。
中国・景徳鎮窯、「大明万暦年製」銘,Jingdezhen ware, China,横河民輔氏寄贈,Gift of Dr. Yokogawa Tamisuke,東京国立博物館,Tokyo National Museum
明、万暦年間(1573 - 1620)。
中国・景徳鎮窯,Jingdezhen ware,広田松繁氏寄贈,Gift of Mr. Hirota Matsushige,東京国立博物館,Tokyo National Museum
清、17世紀。いわゆる康煕(こうき)五彩に分類されますが、絵付けには康煕五彩に先立つ南京赤絵と共通する要素がみられます。写実性よりも色彩の効果を重視した配色がなされており、とくにふくよかな蓮花に施された紫の絵具は、古九谷五彩手を思わせるほど厚く塗られています。
景徳鎮窯,Jing-de-zhen Ware
清前期、17 ~18世紀。底部から内彎気味の立ち上がる下すぼまりの胴部に、玉縁状の口縁部をもつ、大型の甕。外面の口縁直下に花卉唐草文、渦文が配され、胴部は密度の濃い描写で、蓮池水禽文が全面に描かれる。魚の鱗には金彩が施されている。内面には大きな4匹の魚文を中心に魚藻文が配されている。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
清時代、19世紀、中国。蓮葉形の皿の表に魚、裏に束蓮文(そくれんもん)があらわされ、透明なガラスにより表裏の文様が重なってみえる。中国語で蓮は連と、魚は余と発音が同じで、この組み合わせにより「連年有余」、すなわち毎年連続して豊かであることを寓意している。
工芸品に描かれた蓮(朝鮮・タイ・ベトナム)
東京国立博物館,Tokyo National Museum
高麗時代、12世紀。高麗青磁は中国唐の青磁製法の技術の影響を受けて生産が始まりました。12世紀には高麗独特の穏やかで静謐な美しさをそなえた青磁が完成します。高麗を訪れた中国の使臣、徐兢(じょきょう)は著書『宣和奉使高麗図経(せんわこうしほうしこうらいずきょう)』のなかで「翡色(ひしょく)」と呼ばれるその器を讃えています。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
高麗時代、12世紀
東京国立博物館
高麗時代、12世紀、朝鮮。
山田丑太郎氏寄贈,Gift of Mr. Yamada Ushitaro,東京国立博物館,Tokyo National Museum
高麗時代、12世紀、朝鮮。承盤は水注の受け皿。器形は蓮葉をかたどっており、見込みには線彫りで葉脈が表現され、外面は各区画に蓮の文様が彫りあらわされている。全面に青緑色の青磁釉が施され、底裏に4つの硅石目が残されている。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
高麗時代、12世紀、朝鮮。青磁の鉢。形は直線的に浅く開いて立ち、鉢の下の部分をぐるりと巡るように蓮の花弁が浮き彫りふうに表されている。釉薬が全体にかけられ、表面が淡い緑色に輝く。本作品の端正で引き締まった姿に、この時期の高麗青磁特有の緊張感が漂っている。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
高麗時代、12世紀、朝鮮。ふっくらと丸みを帯びた水注。胴の全面に繊細な彫りで蓮唐草文をあらわし、蓋は蓮葉を、把手は竹節をかたどる。澄んだ青緑色の釉はむらなく安定した発色で、高麗青磁特有の穏やかな美しさを放つ。
横河民輔氏寄贈,Gift of Dr. Yokogawa Tamisuke,東京国立博物館,Tokyo National Museum
朝鮮時代、15世紀。朝鮮俵壺は俵を横にしたような形状の壺のこと。胴の中ほどに口を付け、側面を下にして焼成する。文様は高麗青磁の系譜を引く象嵌の技法であらわされている。スタンプを使用した細かい花文様で地を埋める手法は、朝鮮時代前期に流行した。
タイ・シーサッチャナーライ窯,Si Satchanalai ware, Thailand,山田義雄氏寄贈,Gift of Mr. Yamada Yoshio,東京国立博物館,Tokyo National Museum
タイ、15世紀。タイ中部のシーサッチャナーライ窯で焼かれた青磁の標準的な作例。その色調は光を受けて明るく澄んで見える。見込みに施された蓮花文と稜花形の口縁は力強く、そして優雅な雰囲気をたたえている。
タイ・シーサッチャナーライ窯,Si Satchanalai ware, Thailand,吉岡健氏寄贈,Gift of Mr. Yoshioka Ken,東京国立博物館,Tokyo National Museum
タイ、15~16世紀。タイ中北部に位置するシーサッチャナライ窯では、青磁や鉄絵、褐釉陶器などが量産され、14世紀後半から16世紀にかけて盛んに輸出された。この平鉢は、釉色、器形、文様などにシーサッチャナライ窯の青磁平鉢の特色がよくあらわれた標準的な作例。
坂本五郎氏寄贈,Sakamoto Gorō,九州国立博物館,Kyushu National Museum
ベトナム、黎朝、16世紀。
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東京国立博物館,Tokyo National Museum
飛鳥時代、白雉2年(651)。重要文化財。法隆寺宝物。銅製鋳造鍍金。人々の願いをかなえてくれるという珠を捧げ持ち、蓮の花の上に立った菩薩像。体の両側に衣を広げているのに対し、奥行きのない薄い造形は、正面から見ることを強く意識しています。全体を二等辺三角形にまとめた姿も特徴的で、これらは7世紀初めの飛鳥時代前期に活躍した止利仏師(とりぶっし)の流れを汲む様式です。一方、衣の先端をわずかに後ろへ流した表現や穏やかで優しい顔つきは、止利の作風から一歩進んだもので、飛鳥時代の後半により自然な身体を持った仏像へ変わっていく過渡期に作られた作品といえるでしょう。さらに重要なのが台座の正面に刻まれた銘文で、「辛亥の年の7月10日に亡くなった笠評君のため、その日残された子と伯父の二人が仏像を作ることを誓った」とあります。評は土地の単位(645年頃から704年頃にかけて使用)で、評君はその地の長官のこと。辛亥の年は60年に一度めぐってきますが、評の期間にあるのは651年のみで、この像の制作年が分かりました。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
奈良時代、8世紀。重要文化財。象牙で作られたものさし。表面を赤く染め、それを削ることで文様を表わしています。表の面は上半分に5つの区画を設け、5寸までの目盛が示されています。区画の中に宝相華と蓮の花に乗った鴛鴦(おしどり)が交互に表わされています。下半分にも4羽の鳥が描かれ、裏面には草花の文様と鴛鴦が表わされています。ものさしの長さは29.6センチメートルで、当時使用されていた唐の尺と一致します。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
唐または奈良時代、8世紀。国宝。銅製鍛造鍍金。墨をするための水を入れる水滴(すいてき)は柿の実のような形をしており、三方を楕円形に区切って、翼を広げた鳳凰(ほうおう)と唐花文を線彫で表わされています。底には3つの脚が付き、小さいながらもどっしりとした造形です。蓋は周囲が反りあがった形で、宝珠(ほうじゅ)という玉の形をしたつまみを中心に、四方には花が刻まれています。日本最古の文房具で、聖徳太子の文房具として伝えられた作品。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
唐または奈良時代、8世紀。国宝。銅製鍍金。聖徳太子の文房具として伝えられた作品。3本の匙(さじ)はそれぞれ、蓮の花びら、ひょうたん、柳の葉の形で、丸く作った柄は微妙な曲線を描いています。奈良時代の見事な金工技術が発揮された名品です。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
唐、または奈良時代、8~9世紀。国宝。銅製鍛造鍍金。墨台(ぼくだい)は墨を置く台。聖徳太子の文房具として伝えられた作品です。中央に大きな六弁の花を、いまは一つ欠けていますが、周囲に6個の花が表わされています。軸の部分や台座にも草花が刻まれ、その輪郭や葉脈がごく細い鏨(たがね)の線で刻まれています。
奈良時代。重要文化財。片岡から蓮葉を進上した際の木簡。片岡は奈良県王寺町から香芝市にかけての地域で、長屋王家の領地が置かれ、周辺に聖徳太子建立とされる般若寺(片岡尼寺)や片岡王寺などが建立された。
奈良国立博物館,Nara National Museum
平安時代、延久3年(1071)。重要文化財。玄界灘に浮ぶ壱岐島(長崎県郷ノ浦町田中触)から出土した滑石製の丸彫如来形坐像で、像底に長方形の内刳を施し、経巻を納めるように工夫し、像自体を経容器とした類例のない遺品。右肩から背面腰部にかけて延久3年に始まる願文が刻まれ、弥勒如来の出世にそなえて法華経を仏像の胎内に奉籠した旨が記されている。石像は頭部に螺髪(らほつ)を刻出し、衣を通肩にまとい法界定印を結び、別製の滑石製の蓮台の上に右足を上に結跏趺坐する。蓮台の蓮肉部上面に九品往生印(くぼんおうじょういん)が刻まれ、その中に結縁者の名前が記され、弥勒信仰の複合のさまがうかがわれ、注目される。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
平安時代、12世紀。重要文化財。奈良県金峰山の出土。磬(けい)は仏教の儀式で打って鳴らす道具。日本の仏教で使われるようになった磬は、石製ではなく、青銅製の鋳造で、形は左右の辺の長さが等しい山形であるのが最も一般的です。中央には蓮の花を上からみた図を、その左右には池から茎をのばす蓮の花や葉をあらわしています。蓮の花は、泥の中から立ち上がり、清く美しく大きな花を咲かせます。このため仏教の生まれた古代インドの昔から気高い花として尊ばれ、仏教美術のデザインでもよく用いられてきました。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
平安時代、平治1年(1159)。重要文化財。銅製の鏡の鏡面に、右手に数珠を持ち、左手に蓮華を執る十一面観音菩薩の坐像を線刻し、鏡の背面に日本で伝統的に好まれた文様の萩、蝶、鳥や水の流れが、鋳造の技法によって立体的に表されています。こうした鏡の表面に神や仏の像を線刻や彩色で表わしたものを鏡像といいます。日本では10世紀ころから登場します。鏡像は厨子(ずし)に納めたり、紐を通して懸けるなどして、礼拝の対象とされました。同時期ころより、単なる銅板に像を線刻したものや、像を浮き彫り風に打ち出したものも作られるようになり、13世紀以降は像がますます立体的となり、円盤と像を別々に作って取りつけた懸仏(かけぼとけ)が主流となりました。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
平安時代、12世紀。国宝。日本の仏教では8世紀ころより虚空蔵菩薩を信仰するようになり、広く支持されました。数ある虚空蔵菩薩の画像の中で、この図は最も古く、しかも最も完成度の高い作品として知られています。菩薩は岩の上に置かれた蓮華の花の上に坐っています。左手の手のひらには宝珠(ほうじゅ)を載せています。宝珠によって虚空蔵菩薩であるとわかるのです。オーラのような丸い光が、体を包んでいます。衣服などにさまざまな文様が細い金の線で描かれ、ほのかに赤らむ白い肌、微妙に色調を変えていくグラデーションなど、緻密な表現は、日本の仏教絵画が最も成熟した12世紀の特色です。
奈良国立博物館,Nara National Museum
平安時代、12世紀。国宝。本図では、観音は向かって左を向き宝壇の上の白蓮華座に坐し、右手は与願印を表し、その手首に数珠をかけ、左手は胸前で紅蓮華をさした水瓶を持している。観音の頭上には菩薩面三面、瞋怒面三面、狗牙上出面三面、大笑面一面と頂上仏面を含めて十一面を表している。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
平安時代、承安4年(1174)。重要文化財。三重県伊勢市浦口町旦過 小町塚経塚出土。土製。
京都国立博物館 Kyoto National Museum,Kyoto National Museum
平安時代。重要文化財。緑釉は鉛を含む釉薬で、低火度で焼成して鮮やかな緑色を発色する。平安京でも大極殿をはじめとする宮殿の主要な建物や東寺・西寺の堂塔の屋根に緑釉の瓦が葺きあげられた。緑釉の瓦は屋根全体に葺くのではなく、軒まわり、大棟、降り棟など、屋根の縁どりとして使われた。
奈良国立博物館,Nara National Museum
平安時代、12世紀。国宝。鞣(なめ)した獣皮を型に張り成形したのち漆で塗り固めて作る漆皮(しっぴ)製の経箱。漆皮箱は奈良時代に盛行し、平安時代に衰えたとされ、本品が平安時代後半期における漆皮箱唯一の遺品であろう。本品は長方形の被蓋造(かぶせぶたづくり)。身には対葉花文(たいようかもん)をあしらった四弁宝相華形(しべんほうそうげがた)の金銅製紐金具を取り付ける。蓋と身の外面は、中央と四隅を意識してバランスよく折枝文(せっしもん)風の蓮唐草文を配置し、その間に軽妙に蝶を舞わせて、金粉をまばらに蒔く平塵地(へいじんじ)で仕上げている。蓮華唐草文や蝶といった文様は、黄みのある金と、金と銀の合金から作る冷たく青みがかった発色の青金(あおきん)とを、効果的に蒔き分けて表している。平安時代、法華経信仰は貴族社会に浸透し、経典のみならずその容器にも意を尽くし、美麗をきわめた経箱を生み出すに至った。本品もその意匠と箱の大きさから、法華経八巻を納めていたと推測できる。もと福井県小浜市の神宮寺(じんぐうじ)に伝わったものである。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
平安時代、12世紀。重要文化財。金剛盤は金剛鈴(れい)・金剛杵(しょ)を奉安する台。密教の法具には実用的な器類と武器のような形の法具があり、金剛杵などは武器のシンボル。本作の盤面は四葉形で、四葉の切込部の透かしを蓮実形とし、盤面内区に蓮華唐草文、外区には宝相華文をのびやかに表している。蓮華唐草の文様を表す技法は、文様の周囲を掘り下げることでレリーフのように浮き立たせ、12世紀の美術に特有の繊細で柔和な印象を与えている。平安時代の金剛盤の名品。
伝顧徳謙筆,Attributed to Gu Deqian (dates unknown),東京国立博物館,Tokyo National Museum
南宋時代、13世紀。重要文化財。「蓮池水禽」の伝統にのっとり、花の一生(蕾から満開までと満開から落花まで)、そして蓮を揺らす風の有無が、左右幅で対比的に表わされています。蓮は中国では古来、恋愛や結婚、子孫の繁栄などの象徴であり、やはり幸福な夫婦生活の象徴であるつがいの水鳥とともに描かれてきました。
九州国立博物館,Kyushu National Museum
鎌倉時代、13~14世紀。重要文化財。西方浄土を描いたもの。画面中央に阿弥陀如来と観音・勢至の二菩薩を表し、その左右背後にさまざまな菩薩や随伴者が取り囲んでいる。背景には左右に翼廊を広げた楼閣を、前面には蓮華咲き誇る宝池を描き、阿弥陀如来が極楽で説法する情景を表している。
狩野正信筆,By Kanō Masanobu,九州国立博物館,Kyushu National Museum
室町時代、15世紀。国宝。足利義政の御用絵師であり狩野派の初代として知られる狩野正信(1434 - 1530)が描いた、室町時代の水墨画を代表する優品。水面にただよう船には、蓮をこよなく愛した北宋の儒学者周茂叔(1017 - 73)とその従者が描かれる。中国文化に深く傾倒していた当時の知識人は、こうした中国の故事にもとづく絵画を多数制作させ、鑑賞したが、本図はその典型的な作例といえる。
伝狩野元信筆,Attributed to Kano Motonobu (1477-1559),東京国立博物館,Tokyo National Museum
重要文化財。室町時代、16世紀。紙本墨画淡彩果子図 (旧大仙院方丈障壁画 のうち)の4幅のうち蓮根の絵。旧大仙院方丈障壁画24幅は、もと京都大徳寺子院の大仙院にあった障壁画の一部。現状は掛幅装であるが、当初は襖絵や壁貼付絵であった。狩野元信(1476 - 1559)は室町時代の絵師。狩野派の祖狩野正信を継いで画風を大成し、狩野派繁栄の基礎を築く。
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岩手県の北上盆地南部にある平泉は平安時代末期、奥州藤原氏の拠点として栄えました。中尊寺は前九年・後三年と続いた戦で亡くなった霊を敵味方の区別なく慰めるために造営されたものです。奥州藤原氏の副葬品から発見され800年の眠りから目を覚ました中尊寺ハスは、毎年梅雨時に次々と花を開きます。2006年放送。
宮城県の内陸北部にある栗原市にはラムサール条約登録地の伊豆沼・内沼があり、夏場に蓮の花が咲き誇って沼一面を鮮やかに彩ります。冬場には白鳥やマガンが越冬のために飛来します。2009年取材。
宮城県北部にある伊豆沼。ラムサール条約にも登録されている貴重な湿地で、夏にはハスが一面を覆い、冬には渡り鳥が飛来します。季節によって表情を変える伊豆沼を描きます。 2012年放送。
新潟市の西のはずれにある佐潟(さかた)は、小さな潟と大きな潟の2つからなります。日本海の海岸線に近く、砂丘と松林に囲まれた湖です。8月、佐潟の夏は、さわやかな緑に包まれます。湖面は大きなハスの葉でおおわれ、その葉の所々に淡いピンクの華が色を添えます。2006年放送。
滋賀県の南東部にある草津市は、東海道と中山道が合流するところ、東海道五十三次の江戸から52番目の宿場町がありました。今も本陣が残っています。琵琶湖沿いにはおよそ13ヘクタールに及ぶはすの群生地があります。毎年夏に、はすの花を求めて多くの人が訪れます。2004年取材。
宮城県最北部にある若柳町(栗原市)。栗駒山から湧き出る清流がもたらす肥沃な土地では、ササニシキやひとめぼれなどの稲作、そしてレンコン栽培が行われています。ラムサール条約に登録された伊豆沼は有数の渡り鳥の越冬地で、マガンや白鳥を見ることができます。 2000年取材。
茨城県南部の中核都市として発展してきた土浦市、東に国内2番目の広さを誇る霞ヶ浦があり、西は名峰筑波山を望む、水と緑に恵まれた町です。特産はれんこんです。霞ヶ浦湖畔沿いにはハス田が広がっています。2000年取材。
新潟県中部にある長岡市。毎年8月に長岡大花火大会が行われ、2万発の花火が夜空を彩ります。また地域ブランドの「長岡野菜」として、長岡巾着ナス、かぐらなんばん、大口レンコン、「おもいのほか」(菊の花)などがあります。2013年取材。
岡山市は、江戸時代、岡山藩池田家の城下町として発展しました。城下には日本三名園の一つ後楽園があります。市の南部では江戸時代から大規模な干拓が行われ、そこに開かれた農地は粘土質のミネラル豊富な土壌であり、れんこん栽培が行われています。2004年取材。
徳島県鳴門の名産、レンコン。特徴は京都の料亭でも珍重されるほどのその色の白さです。吉野川の土壌に秘密があるといわれます。レンコン農家の収穫の様子を紹介します。2014年放送。
山口県の東にある岩国市は江戸時代から城下町として栄え、今も昔ながらの町並みを見ることができます。錦川にかかる錦帯橋は五連の反り橋が特徴の日本を代表する木造橋です。名物の岩国寿司は、特産の蓮根、瀬戸内で獲れたさわらなどが入った押し寿司です。2010年取材。
熊本市の郷土料理「からしれんこん」は江戸時代に生まれました。天気や季節によってれんこんのゆで加減はかわります。れんこんの穴に詰められたからしみそ、その調合は店によって様々です。2009年取材。
熊本市から車で40分ほどのところにある松橋町(宇城市)。町の南西部は八代海に面し、かつては港町として賑わいました。特産品の一つがれんこんです。熊本県内でも有数の産地として知られています。ここで収穫されたれんこんが熊本名産「からしれんこん」の原料にもなります。2003年取材。
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| タイトル | 主催者 | 会場 | 開始 | 終了 |
|---|---|---|---|---|
| 大阪市立東洋陶磁美術館 | 2014/4/12 | 2014/7/27 | ||
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2000年以上も地下にあったと推定され、古代蓮と称される大賀蓮をはじめ、緑地美人、月のほほえみ、千弁蓮など、育成した種を含む200種以上を展示・保存する。一部は見学可能。東京大学大学院農学生命科学研究科附属生態調和農学機構(東京都西東京市緑町一丁目)
埼玉県行田市大字小針。原始的な形態をもつ1400 - 3000年前の行田蓮(古代蓮)をはじめ、真如蓮、白万々、瑞光蓮、緑地美人、ミセス・スローカムなど42種類の花蓮を見ることができる。
滋賀県草津市下物町。園内のロータス館は、ハスやスイレンなどの水生植物のテーマ施設で、館中央のアトリウムでは熱帯スイレンを中心とした国内外の水生植物を集め、一年中花を楽しむことができる。
所在地は長崎県諫早市。公園内の唐比(からこ)ハス園では、12から13種類のハスを見ることができる。毎年夏に唐比蓮祭りが催される。
蓮の鑑賞、栽培、料理、文学芸術、写真、蓮紀行、研究など多彩な活動を行う。
巨椋池蓮保存会を発展解消して創立。池の蓮の保存を図り、さらに花蓮品種の改良、収集、保存に努め、栽培技術を考究し、広く花蓮の普及に寄与することを目的とする。
薬草園内の薬用植物の情報を公開している。薬効や用途などを紹介。
植物・花の基本情報、育て方などを「趣味の園芸」の講師陣が執筆。園芸相談Q&Aや特集コーナーがある。「NHKみんなの趣味の園芸」(NHK出版)公式サイト。
参考文献
- 平凡社
- 小学館
- 責任表示
- 二次利用について
ただし、画像は個々の権利表示による
- 最終更新日
- 2024/03/21