熊野詣
平安時代から室町時代にかけて盛んになった熊野三山への参詣
熊野信仰に基づき、熊野三山に参詣すること。平安時代から盛んになり、早い記録としては増基(ぞうき)法師作と伝える紀行『いほぬし』がある。宇多法皇から亀山上皇までおよそ100回の御幸(ごこう)があり、後白河上皇は34回、後鳥羽上皇は28回を数える。後白河の撰『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』には「広大慈悲の道なれば 紀路(きじ)も伊勢路も遠からず」とあり、熊野御幸の様子は建仁元年(1201)後鳥羽に随行した藤原定家(さだいえ/ていか)の『熊野御幸記』に詳しい。鎌倉時代になると武士にも熊野詣が広まり、室町時代以降は庶民の間でも盛んになった。その様は「蟻の熊野詣」という言葉に伝えられている。参詣道を熊野街道(熊野古道)という。大和・山城と山と海で隔てられた熊野への道はいずれも困難で、修行路の性格を有した。京から難波を経て海岸沿いに田辺(和歌山県)へ、田辺から山間の中辺路(なかへじ)を本宮に至るのが紀伊路で、街道に沿って王子(熊野九十九王子)が祀られていた。後鳥羽上皇の御幸の折、王子で催した歌会の和歌懐紙(熊野懐紙[くまのかいし])が残る。中辺路のほか、海岸沿いを通る大辺路(おおへじ)、高野山から本宮(ほんぐう)に向かう修行路の小辺路(こへじ)や、伊勢方面と結ぶ伊勢路や大峯(おおみね)修行路、北山街道、十津川(とつがわ)街道もあった。往時をしのばせる石畳道が今も残り、平成16年(2004)に「紀伊山地の霊場と参詣道」が世界遺産(文化遺産)に登録された。
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三重県尾鷲市向井に所在。熊野古道とそれに関連する歴史、自然、文化を紹介する展示室や映像ホールがある。
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熊野本宮観光協会(和歌山県田辺市)
「和歌山県公式観光サイト」わかやま観光、公益社団法人 和歌山県観光連盟(和歌山県庁観光振興課)
熊野三山協議会のサイト
新宮市教育委員会 教育振興課。熊野学は、熊野の歴史・文化を人文・社会・自然科学などの分野から総合的に研究する。
参考文献
- 戸田芳実 著,人文書院
- 平凡社
- 加藤友康 [ほか]編,吉川弘文館
- 歴史学研究会 編,岩波書店
