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高田屋嘉兵衛肖像(『海国日本の英傑高田屋嘉兵衛翁伝』所収) /

高田屋嘉兵衛

蝦夷(えぞ)地開発に貢献した江戸後期の廻船業者。カムチャツカに連行された

1769-1827(明和6-文政10)

江戸後期の廻船業者。淡路国津名郡都志(つし)(現在の兵庫県洲本市)に生まれる。寛政7年(1795)兵庫の廻船問屋の船頭となり、北方海運に従事した。寛政11年(1799)幕府の命を受けて択捉(えとろふ)島を探検し、函館を根拠に蝦夷(えぞ)地の産物売捌(うりさばき)を広く請け負った。蝦夷地測量中の伊能忠敬や間宮林蔵に情報をも提供している。文化9年(1812)国後(くなしり)島付近でゴロブニン逮捕の報復としてロシア船に捕らえられ、カムチャツカに連行された。翌年ロシア船長リコルドに伴われて国後に戻り、ゴロブニンの釈放に尽力し、これが実現すると嘉兵衛も帰国した。晩年は家業を弟にまかせて引退した。函館市と洲本市に記念館がある。

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  • 兵庫県洲本市の高田屋嘉兵衛公園 ウェルネスパーク五色にある資料館。北前船・菱垣廻船・樽廻船などの模型をはじめ、当時の歴史資料、ゴロブニンやリコルドに関する資料などが展示されています。Topページからは、収蔵品などを閲覧することができます。

  • 兵庫県洲本市にある高田屋嘉兵衛公園 ウェルネスパーク五色のHPの高田屋顕彰館Topページより。嘉兵衛の生涯について、画像とともに紹介している。

  • 「江戸時代の日蘭交流」の第2部「トピックで見る」、2「蘭学者の活躍」で、ゴロブニン(ゴロウニン、兀老尹)が日本での幽閉生活を記した『遭厄日本紀事』を紹介。文化8年(1811)ゴロブニンらは択捉、国後を測量していた際に捕らえられ、蝦夷地の松前、函館に2年2ヶ月幽閉された。文化10年には馬場佐十郎(貞由)と足立佐内が派遣され、ロシア語を習っている。同書はゴロブニン帰国後、1816年(文化13)にロシア語で刊行され、翌年ドイツ語に訳されたのち、オランダ語に重訳された。その書が文政4年(1821)オランダ商館長によって江戸にもたらされ、翌年7月に馬場佐十郎が翻訳に着手。馬場病没後、高橋景保が杉田立卿(予)、青地林宗(盈)に翻訳を続けさせ、全巻校訂の上、幕府に提出した。

  • 内閣府HPより。「日本人による開拓の歴史」「国境の取り決め」「終戦後に始まった不法占拠」について解説しており、高田屋嘉兵衛も紹介されている。

  • 北海道野付郡別海町HPより。北方四島についての歴史的経過や各島々について解説されており、「高田屋嘉兵衛の活躍」についても紹介されている。

参考文献

  1. 生田美智子 著,ミネルヴァ書房
  2. 司馬遼太郎 著,文芸春秋
  3. 「高田屋嘉兵衛」の項
  4. 「高田屋嘉兵衛」の項
  5. 「高田屋嘉兵衛」の項
  6. 「高田屋嘉兵衛」の項
  7. 歴史学研究会 編,岩波書店