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真田幸村

錦絵真田幸村勇戦之図

慶長20年(1615)5月の大坂夏の陣における真田幸村の有名な奮戦ぶりを描いている。中央馬上が幸村、右にやはり馬上のその長男大助。幕末期の錦絵。 作者は歌川芳虎。芳虎は号を孟斎または一孟斎という。天保年間(1830年代)より明治にかけて活躍した浮世絵師で、武者絵を得意とした。

こんにちは

館長の石森です。

今回は生きていれば必ずは耳にする豊臣家を支えた戦国武将真田幸村についての博物館を作ってみました。

内容は真田幸村の人生そして、真田幸村と調べたら必ず出てくる、大坂夏の陣、冬の陣についてです。真田幸村のことを、あまり知らない人も、気軽に読める逸品になっております。

是非読んでみてください。


真田幸村の人生経験

  • 真田幸村画像

    幸村(信繁)は上田城を築いた真田昌幸の次男(信之〔のぶゆき〕の弟)として生まれ、2度にわたる徳川軍による上田城攻撃を父とともに退けている。 そして、大坂の役にあたっては、豊臣秀頼の大坂城に招かれ、徳川勢を相手に華々しい活躍ののちに討死〔うちじ〕にし、名を後世に残した。

    真田幸村は安土桃山時代から江戸時代初期に活躍した武将です。その勇敢な活躍が「日本一の兵」(にっぽんいちのつわもの)と評されたことから、高い人気を誇っています。


真田幸村の戦い

  • 錦絵真田幸村巡見図

    大坂の陣で大久保彦左衛門とともに身を隠す徳川家康(左下)と、それを捜す幸村を描いている。明治期の錦絵。作者は月岡芳年。芳年は明治に入って近代的な感覚を盛り込んだ歴史画に本領を発揮した人で、特に欧米で評価が高い。

    この写真は、大阪夏の陣で、幸村が、徳川家康を追い詰めたときに、家康が茂みに隠れているところを、幸村が探している場面です。この後は、徳川軍の逆襲を喰らい真田幸村は命落としました。


徳川の逆襲

  • 「幸村芦叢へ忍ぶ図」 「真田幸村」

    月耕, 小宮山 昇平

    この写真は、一つ前の説明にあったように、徳川軍の逆襲によって、真田幸村が窮地に追い込まれた時。

    敵から逃れるために茂みに隠れている様子です。前の説明にあったように、この後、徳川軍によって命を落とします。


架空の世界観

  • 「家康大仁村難戦之図」 「徳川家康」「真田幸村」

    延一,日本バシ区本銀丁二丁目十二バンチ 印刷並ニ発行人 武川清吉 沢村屋 清吉

    この写真は、大坂夏の陣で真田幸村が徳川家康を窮地に追い込んだ情景を、当時の絵師が架空

    の世界観で描いた物です。

籠城と真田幸村

最後まで読んでいただきありがとうございました。真田幸村について学べましたか?

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