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古墳の守り人〜埴輪が語る1500年前の暮らし〜

こんにちは。本日は当館へお越し頂きありがとうございます。是非ご覧ください!

館長あいさつ

当館では、埴輪についてご観覧頂けます。埴輪は、古墳の上に並べられた単なる飾りではありません。死者の魂を守ったり、鎮めたりすることであることと共に昔の人々の生活の様子を映し出す物でもあります。当館では、筒、船、家、動物、人物といった形のバリエーション豊かな埴輪を通じて、当時の人々の心に触れていただければ幸いです。

円筒埴輪

  • 円筒埴輪

    群馬県寄贈,Gift of Gunma prefecture,東京国立博物館,Tokyo National Museum

    館長からの一言

    埴輪と言えば、人の形をした埴輪を思い浮かべる人が多いと思いますが、実際に古墳から出土数が圧倒的に多いのは、土管のような形の円筒埴輪です。円筒埴輪は4世紀から6世紀頃の300年以上にわたり、数多くの古墳で使用されてきました。墳丘に並べることで、古墳を区画し、荘厳化する意味があったと考えられています。この展示品は、比較的新しい6世紀の円筒埴輪です。一見シンプルですが、当時の境界意識を伝える欠かせない存在として、まず最初にご紹介しました。

船形埴輪

  • 船形埴輪

    東京国立博物館,Tokyo National Museum

    <p>これは船の形をした埴輪(はにわ)。有力者や王の墓である古墳(こふん)を飾った素焼きの土製品(どせいひん)です。本体の左右にはそれぞれ舷側板(げんそくばん)という板状の壁が立てられています。舷側板の船首(せんしゅ)と船尾(せんび)は2本の材を横に渡して固定されています。木をくりぬいただけの簡単なつくりではなく、上部にしっかりとした構造を持っているので、波の穏やかな湾内はもちろん波の荒い外洋(がいよう)まで乗り出す船なのでしょう。<br />さてこの船、どうやって動かしたと思いますか?帆(ほ)を張るための帆柱(ほばしら)はなく、もちろんエンジンもありませんから、人がオール(櫂・かい)を漕いで進めます。船の縁(へり)に沿って6個ずつ、全部で12個の突起がついていますね。これは、オールで漕ぐための軸(じく)受けです。一人が一本のオールに両手をかけ、後ろ向きで漕ぎます。そのため、進行方向の船首とは反対の方に軸受けが傾斜しています。実際に12人で漕ぐというわけではなく、軸受けが沢山必要なほど大きな船なのだということを象徴的に表しているのかもしれません。一見シンプルに見えますが、単純化しつつも、当時の船の構造がよくわかるように作られているのです。こうした船の形の埴輪は、当時の外洋との交流を示しているとも、葬られた人の魂の旅立ちを表しているとも言われています。<br /></p><br /><p>外洋を航海するための大型の準構造+じゅんこうぞう+船がモデルとみられます。舷側+げんそく+板の上にはオールで漕+こ+ぐための軸受けが各6個付きます。軸受けが傾く方向が船尾で、その反対が船首です。こうした船の埴輪は古墳の被葬者が司っていた外洋への航海を象徴しているのでしょう。</p>

    館長からの一言

    本展示は、船の形をしている船形埴輪という物です。主に、5世紀から6世紀頃に使用されてきました。死者をあの世へと送る乗り物とする考えがあり、1つの古墳から多く出土することは少ないです。全国ではまだ71例程しか確認されておらず、大変貴重な埴輪とされています。(2019年時点)

家形埴輪

  • 家形埴輪(祭殿)

    東京国立博物館,Tokyo National Museum

    <p>家形埴輪は、埋葬施設の上など、古墳のなかで重要な場所の地表面に置かれる傾向があります。家形埴輪を複数組み合わせることで、王(豪族)の居館を再現しました。家形埴輪は亡くなった王の魂+たましい+の依+よ+り代+しろ+になったという見解もあり、埴輪群のなかで中心的な存在です。</p>

    こちらは、家形埴輪です。3世紀から7世紀頃に使用されてきました。家の形をしていますが、非常に屋根が大きいように見えます。このような特徴的な屋根を入母屋造りというそうです。また、家形埴輪は当時の建築の様子を伝えてくれる数少ない史料です。

動物形埴輪

  • 埴輪 鹿

    九州国立博物館,Kyushu National Museum

    <p>「埴輪 犬」として重要文化財に指定されているが、各部の特徴から鹿を表現した形象埴輪(動物埴輪)と考えられる。頭頂部を除くほぼ全身が良好に残る。焼成は良好で赤褐色を呈し、全体にハケ調整が施されている。頭部周辺は特に仕上げが丁寧で、ナデやケズリを多用して仕上げられている。目は楕円形で、鼻は2つの円孔で表現する。口は大きく開き、両端は線刻される。耳はピンと立ち、横向きである。角が付く部分が欠損して後補されており、本来角が付いていたかは不明。胴および頭部は中空で、尻尾は下方にまっすぐに伸びる。尻尾の下には透かし孔を1つ開けている。長い四脚を持ち、各脚端の踵に当たる部分は斜めに切り落とされる。群馬県佐波郡境町大字境上武士(現在の伊勢崎市)天神山古墳出土と伝わる。</p>

    館長からの一言

    本展示は、古くから「後ろを振り向く犬」として親しまれ、重要文化財にも登録されています。しかし近年の研究では、その特徴から「実は鹿ではないか」という説も有力視されています。 どちらに見えるか、ぜひじっくり観察して想像してみてください。

  • 水鳥形埴輪

    東京国立博物館,Tokyo National Museum

    <p> 折りたたんだ羽と尾羽があり、足は表現されていない。首を上方に伸ばす特徴と体部下方に張り出した鍔状突帯の存在は、あたかも水面を泳ぐ水鳥の姿を現しているようである。色調が白色であることから白鳥を表現しているのかもしれない。         <br /></p>

    館長からの一言

    本展示は、水鳥の埴輪です。水鳥にはその強い生命力で死者の魂を呼び戻して欲しいとの願いが込められていると考える説もあります。

人形埴輪

  • 埴輪 踊る人々

    東京国立博物館,Tokyo National Museum

    <p>ポカンとあいた目と口の愛らしい表情と、左手をあげたポーズから「踊る人々」の愛称で知られる埴輪です。埴輪は古墳の上や裾、周堤にたてられた土で造られたやきものです。筒形の円筒埴輪を基本にして、家や道具類、武器・武具・船、のちに人物や動物などさまざまなカタチのものが加わりました。<br />この2体の人物埴輪は、東京国立博物館の所蔵品のなかでもたいへん人気のある埴輪ですが、実は、まだまだわからないことがたくさんあります。<br />まず、この2人は男子? 女子? どちらでしょう。<br />小さい方の埴輪は腰に鎌を着け、顔の両脇で髪を結って束ねています。これは美豆良(みずら)と呼ばれる男子の髪型を表現していると考えられますから、小さい方は男子であることが判ります。いっぽう、大きい方の埴輪にはそういった特徴がないので、男女のどちらかよくわかっていません。<br />次に、この2人はほんとうに踊っているのでしょうか?<br />人物をかたどった埴輪は、群像でたてられていることが多く、古墳の主が亡くなったときの儀礼を表現したのではないか、あるいは生前におこなっていた神マツリの様子を再現したのではないかという説、はたまた古墳の主の生前の活躍ぶりを表現したとする説などがあります。<br />この埴輪が発掘された埼玉県熊谷市の野原古墳からも、儀式に参列する人物を表していると思われる埴輪が数多く出土しています。この2人も、儀式に参加して、なんらかの役割を果たしていたのでしょう。では、儀式の中で踊っていた姿なのでしょうか?残念ながらこの点については、はっきりした答えはわかっていません。<br />一方、ほかの同じポーズの人物埴輪の多くは腰に鎌を着けています。また、馬形の埴輪が一緒に並んで発掘されている例も増えていることから、馬を曳(ひ)く馬子、馬飼人(うまかいびと)を表現しているのではないかという説を唱える人もいます。確かにあげた左手で手綱(たづな)を引く様子にも見えますね。<br />あなたにはどんなしぐさに見えますか?<br />ところで、東京国立博物館の公式キャラクター、トーハクくんは、この埴輪から生まれました。東京国立博物館ニュースや1089ブログ(トーハクブログ)で活躍中。ぜひチェックしてみてください。</p><br /><p>片手を挙げて踊る人物埴輪です。近年では、片手を挙げる所作と、腰にさげる鎌から、馬の手綱+たづな+を曳+ひ+く2体の男子像である可能性も指摘されています。髪型や顔、服装の表現がかなり省略されており、愛らしい造形の埴輪として著名です。<br />(J-21428とJ-21429共用)</p>

    館長からの一言

    埴輪と言えばこれ。と個人的には思います。「踊る埴輪」は、6世紀後半に制作された物で、埴輪の中でも最終形態に近いものです。それゆえに当初に造られた意味合いが薄れ、表現の退化も進んだものと思われます。埴輪 踊る人々は、埴輪としては新しい時代に制作されたもの。特徴的なポーズは、王のマツリで踊る姿とする説のほか、馬の手綱を曳く姿という説もあります。

  • 埴輪 挂甲の武人

    東京国立博物館,Tokyo National Museum

    <p> 埴輪 挂甲の武人、東京国立博物館の誇る国宝の埴輪です。全身を甲冑で固め、大刀と弓矢をもつ勇ましい姿の人物埴輪で、6世紀の東国の武人のいでたちを知ることができる貴重な資料です。<br /> まず、冑(かぶと)から見てゆきましょう。顔を守る頬当てと後頭部を守る錣(しころ)が付いた日本列島独自の形の冑です。鉢の部分には粘土の小さな粒が貼り付けられています。これは鉄板を組み合わせ、鋲でとめて作られていることを忠実に表現したものでしょう。甲(よろい)も小さな鉄板を綴じあわせて作られていたようです。腰を守るスカートのような草褶(くさずり)がついていますね。さらに、肩や膝を守るパーツ、手を守る籠手(こて)や、臑当(すねあて)、沓甲(くつかぶと)など、細かい部分や構造までしっかりと表現されています。なお、後ろ側には蝶結びにした紐がついているので、紐を結んで装着したのでしょうか。<br /> 次に武器を見てみましょう。腰には太く長い大刀(たち)を提げ、左手に弓を持っています。左手首に巻かれているのは弓を引くときに、手首を守る鞆(とも)でしょう。背中には鏃(やじり)を上に向けた5本の矢が入った靫(ゆき)を背負っています。まさに、フル装備のいでたちですね。<br /> この埴輪が出土した群馬県東部の太田市周辺では、同じような特色をもつ武人埴輪が数体出土しています。これらに共通する高い技術とすぐれた表現力から、この地域には埴輪作りを専門とするプロ集団がいたのではないかと考えられています。</p><br /><p>小札を重ねた挂甲を身に着け、鉄製の甲冑で全身を固めた武人です。<br />左手には弓、右手には大刀を持ちます。背負っている靫@ゆぎ@には、<br />矢を入れています。埴輪の中でも写実的な造りをしています。<br />古墳時代の中でも身分の高い権力者がモデルで、国宝では唯一の人物埴輪です。<br /></p>

    館長からの一言

    本展示は、群馬県太田市飯塚町から出土した武人の埴輪です。挂甲の武人はその優れた造形などが高く評価され、なんと1974年に国宝に指定されました。

展示を見終わった人へ

本日は本館を最後までご観覧いただき、ありがとうございました。古墳の周囲の人々はそこにどのような願いを込められたのでしょうか。現代の私たちから見ると可愛らしく見える埴輪にも、深い理由があります。この展示を通じて、皆さんが埴輪のことを好きになって貰えたら幸いです。

展示関連イベントについて

『芝山はにわ祭』

開催日時:毎年11月第二日曜日(2026年は11月8日)

会場:芝山公園

主催:芝山町

概要:芝山はにわ祭は、毎年11月の第二日曜日に、町をあげて開催されるお祭りです。時空を越えて蘇る古代の祭礼や、巫女の舞、国造に仕える鎧をまとった武人らの隊列もあります。

webサイト:https://www.haniwakan.com/matsuri/top.html