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Rakugo in the Meiji period: the rakugo world after Encho’s demise

明治30年から明治末までの落語と寄席

 明治33年(1900)8月11日、初代三遊亭円朝が死去します。明治24年(1891)に寄席への出演を停止して以降は特別の催し以外に高座を勤めることはなかったとは言え、やまと新聞などを舞台とした新作発表の意欲は衰えることがなく、享年62の死は惜しんで余りあるものでした。そしてこの前後、落語界の重鎮の死が相次ぎます。半年ほど前の2月には柳派の総帥・初代談洲楼(柳亭)燕枝が63歳で、円朝没の十日後には同じく柳派の4代目代麗々亭柳橋がわずか41歳で、11月にはこれも柳派の3代目春風亭柳枝が49歳で世を去りました。前の年には、滑稽噺を得意とした禽語楼小さん(2代目柳家小さん)も病死しています。

 世紀の変わり目に、落語界は寄席を支えていた実力派のスターを相次いで失うことになったわけですが、寄席の主流もこの頃には、円朝や燕枝が得意とした長編の人情噺から、笑いの多い滑稽噺に移行していました。この流れを牽引したのは三遊亭円遊と禽語楼小さんです。かつては珍芸で知られた円遊ですが、ブームが廃れて以後も人気を保ち、小さんとともに落し噺を積極的に取り上げたり、人情噺や怪談噺に斬新なギャグを入れて改作したりして、新しい観客の喝采を浴びます。明治15年に(1882)に117万3603人(市部88万5445人・郡部28万8158人)だった東京府の人口は、明治32年(1900)には212万1788人(市部149万7784人・郡部62万4004人)と倍近くに増えています。特に郡部での人口増は顕著で、寄席の客層も大きく変わっていました。完結するまで十日以上もかかる続きものの人情噺をじっくり聴いて喜ぶ観客は減少して、笑いが多くて短い落語が歓迎され、演者の方も長い噺を通すより一番笑いの多いところで切って「お後がよろしいようで」と高座で降りるようなやり方が増えてきました。江戸以来の落語も大きな転換点を迎えつつありました。

 一方こうした新しい風潮に対して、円朝が体現していたような伝統的な落語を支持する声も、観客側、演者側ともに少なくはありませんでした。こうした中で本格派の落語を守ることを標榜した落語研究会が結成され、明治40年代から大正期までの落語界を支えることになりました。

The death of Encho Sanyutei

三遊亭円朝影絵 江戸東京博物館
2代目三遊亭円橘(1837-1906年)が高座の円朝の影を写した絵。

 晩年の円朝は寄席に出ることはまれでしたが、明治30年(1897)11月、あちこちの寄席で真打として出演している弟子の助演として出勤し、久々の出演に各席は大入満員となります。この助演は翌年の4月頃まで続きますが、その後体調を崩し、明治32年(1899)の10月に孫弟子の三遊亭遊之助の助演として日本橋の木原店で『怪談牡丹灯籠』を演じたのが最後の高座となりました。

 明治33年(1900)8月頃には病勢も進んで、五代目尾上菊五郎夫妻、大槻如電などが相次いで見舞いに訪れ、死期を悟った円朝は、4代目円生、初代円遊、4代目円喬などの弟子に後事を託し、11日午前2時に息を引き取りました。病名は進行性麻痺兼続発性脳髄炎。辞世の句は「耳しひて聞きさだめけり露の音」。12日、谷中初音町(現、谷中五丁目)臨済宗国泰寺派全生庵において仮葬、9月1日に全生庵で本葬が営まれ、同寺に葬られました。

Various relics treasured by Encho

The age of Rakugo Kenkyukai

幻燈写心競落語 慶應義塾大学メディアセンター
幕末から明治時代の浮世絵師、楊洲周延(1838−1912)作。明治23年(1889)刊。「幻燈写心競(げんとうしゃしんくらべ)」と題されたシリーズの一枚。幻燈に見立てた背景の丸い円のなかに落語家の高座姿が描かれる。寄席の壁に貼られたビラに「(談洲楼)燕枝」の名前が見える。

 笑いが多く手軽な落語の流行に対し、円朝が体現していたような伝統的な落語を支持する声も、観客側、演者側ともに少なくありませんでした。明治38年(1905)3月、初代三遊亭円左、4代目橘家円喬、3代目柳家小さん、4代目橘家円蔵、初代三遊亭円右、2代目三遊亭小円朝が呼びかけ人となり、顧問に岡鬼太郎を迎えて発足した落語研究会はこうした流れを体現したものです。円遊以外の三遊派の幹部が名を連ねているところからもわかる通り、伝統的な落語への回帰を目的とした団体です。円喬は人情噺の名手で師円朝亡きあとの三遊派の重鎮、3代目小さんは、夏目漱石が小説『三四郎』の中で「小さんは天才である。あんな芸術家は滅多に出るものぢやない。(略)彼と時を同じうして生きてゐる我々は大変な仕合せである」と書いたことで知られ、初代円右は後年2代目円朝を継ぐなど(襲名直後に死去)いずれも本格派の実力者が揃いました。公演の場所もあえて寄席を避けて日本橋の常盤木倶楽部を選び、3月21日の第一回の会では演者がマクラからオチまで省略することなく熱演して大きな成功をおさめ、その後も月一回の定期公演が関東大震災による中断まで続きます。

 伝統への回帰と言っても、円朝時代の人情噺や怪談噺がここで復活することはありませんでしたが、現在演じられる落語の骨格はだいたいこの時代の高座で練られ、形成されたと言っても過言ではなく、この研究会に所属した落語家が明治40年代から大正期までの落語界を支えることになりました。

 会の目的として新作の発掘も掲げられ、顧問の岡鬼太郎による書下ろしの落語が新作として口演され、その速記が書籍として発売されました。当時古典落語という言葉の実例は見当たりませんが、新作落語という言葉は明治40年前後から用例が散見されます。円朝や燕枝の時代には、彼らが創作した落語を「新作落語」と呼んだ例はないようですから、あたらしく書下ろされた落語に対して「新作落語」という呼称が使われるようになるのはこの頃からと思われます。「落語研究会」の設立趣旨にも「新作の発掘」がありました。また、それに対して、従来から語られて来た落語を古典落語としてとらえる見方もこの頃に始まると見ることもできるでしょう。

Emergence of new rakugo works

Major rakugo performers in the age of Rakugo Kyokai

Column “Storytelling from around 1897 through 1911”

図表 明治31年~45年の東京寄席
『東京市勢提要』 『東京市統計年表 』『東京府統計書』から作成。

 三遊亭円朝が死去した明治32年(1899)以降は、『東京市勢提要』 『東京市統計年表 』などの資料によって、各区の警察署が調査した寄席の軒数・入場者数・納税金額などの推移などを見ることができる。明治32年から明治45年までの寄席の数は、少ない年で134軒(明治38年)、多い年で159軒(明治43年)、平均すれば145軒程度(市内のみ)で安定している。入場者数からみると、明治32~34年と明治39年~41年に400万人を越えており、特に明治32年の約498万人(『東京市統計年表』第4回)はその後も破られない最高記録となっている。この二つの時期は、日清戦争後の恐慌(明治33~34)と日露戦争後の恐慌(明治40~41)の時期にそれぞれあたっているが、観客動員に大きな影響はないように見える。円朝の死やそれに続いた名人たちの退場で、この頃の落語界はやや不振の印象があるが、数字から見ると明治時代のピークを示している。また、席亭の納税額では、郡部からの金額がコンスタントに2割を超え、年によっては3割に近づいていいて、市外への寄席の広がりの傾向がますますはっきりしている。

 統計資料の「寄席」の中には、「講談」「義太夫」「浪花節」を専門に興行する席や、これらを入れ替えて興行する席もが含まれている。つまり、落語をやらない「寄席」も含まれていることになるが、明治42年(1909)に刊行された『警察行政要義』(小浜松次郎著)によれば、当時の東京市内の寄席演芸の寄席が150軒。そのうちわけは、「落語其他」が58、義太夫席が15、浪花節席が46、祭文席が3,講談席が28、となっている(368頁)。「落語其他」の席とは、落語を中心に音曲・手品・舞踊・曲芸・声色などを交えた席のことで、「色物席」ともいわれるが、興行形態としては現代の寄席と変わらないものを指している。つまり、落語を中心とする寄席は全体の4割程度ということになる。ただし、施設の規模(観客席の数)では色物席がはるかに大きかったので、観客動員数は軒数が示す以上に落語が大きかったと思われる。ちなみに、義太夫席は女義太夫が中心で明治前半に大流行していたが、この時代にはかなり下火になっており、かわって明治時代の後半から流行しはじめたのが浪花節席で、色物席に迫る数になっている。



References

  1. 諸芸懇話会, 大阪芸能懇話会 編,平凡社
  2. 山本進 著,河出書房新社
  3. 暉峻康隆 著,河出書房新社
  4. 暉峻康隆 著,河出書房新社
  5. 橘右近 著,小学館
  6. 小島貞二 著,エーピーピーカンパニー,丸善出版事業部
  7. 関根黙庵 著,雄山閣
  8. 斎藤忠市郎 [ほか]編集,立風書房
  9. 延広真治 校注,岩波書店
  10. 「落語」「寄席」「三遊亭円朝」「速記」の項目。
  11. 「落語」「寄席」「速記」の項目。
  12. 「落語」「寄席」の項目。