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望遠鏡・天文学の進化展 〜江戸時代編〜

様々な資料を見て望遠鏡・天文学について深掘りしていきます!

こんにちは。

まずはこのページを開いていただき誠にありがとうございます。少し堅苦しい展示かもしれませんがぜひ最後まで見てくださいませ。


[内容]

皆さんには江戸時代から明治時代前期の望遠鏡・天文学についての資料を見てもらいます。皆さん自身でこの展示を見て望遠鏡・天文学について深掘りしてみてください。そこでは望遠鏡は遠くのものを見るだけでなく様々な意味を持つことがあるということに気づかされるでしょう。約200年前の人々が作り出したもの、考え出したものに直接触れる機会です。

理科の天体がお好きな方にはベストな展示だと思います。また、それぞれの展示品の解説が長く感じたら私からの一言の欄に軽くまとめてありますのでそちらを見ていただけると幸いです。

〈 望遠鏡・天文学の始まり 〉
日本は平安時代、唐からもたらされた「宣明暦」という暦を江戸時代中期の間での800年間使っていたが唐中心の暦であったため日本と少し誤差があった。そこで1685年、渋川春海という人物が日本独自の暦、「貞享暦」を作り日本の天文学の扉を開けた。 江戸時代後期、当時長崎で幕府とオランダの間で盛んに貿易が行われた。日本にはたくさんの最先端技術と物が輸入されその中に「望遠鏡」という物があった。後の資料の解説に出てくる国友藤兵衛がオランダ産の望遠鏡を目の当たりにし国産の望遠鏡を作る。1834年のことだ。このことをきっかけに太陽の黒点の観測、太陽系の観測をはじめとした天文学が発達。 時代は変わり明治初期。日本は大きな文明発達を遂げており望遠鏡も少しずつ進化していく。天体の観測用だけでなく戦闘用・船上用など多種多様な場面で使われるようになった。
国友藤兵衛 誕生
国産望遠鏡の誕生
貞享暦 完成
国友藤兵衛 誕生
1778年
  • 望遠鏡

     木製の特徴的な円錐形鏡筒の屈折望遠鏡は、航海望遠鏡(navigation telescope、marine telescope)と呼ばれるものである。揺れる船上で使いやすいようにシンプルなつくりであり、対物レンズと接眼レンズの間に正立レンズがはいっている、船舶や陸地の目標物に監視に用いられた航海の必需品であった。武雄鍋島家旧蔵品。

    館長からの一言

    船の上で活躍する望遠鏡。扱いやすいようにコンパクトでシンプルな作りで他の望遠鏡とは少し違っている。

  • 望遠鏡

     皮製のケース付き監視用の屈折望遠鏡。佐賀藩の砲術訓練、または実戦において、目標及び着弾点の距離を測るのに用いられたものであろう。目盛環に「Cavalaz Yard,Dist Yard」と刻まれており、目盛はヤード単位である。また、製作者銘は「FAVRE BRADT」とある。武雄鍋島家旧蔵資料。

    館長からの一言

    戦場で活躍する望遠鏡。扱いやすいようにコンパクトな作り。すぐに取り出せ、弾丸をすぐ察知でき距離も特定できる。

  • 天体望遠鏡

     オランダ・アムステルダム製の屈折望遠鏡。「A van Emden Amsterdam」の銘が有る。当時のヨーロッパ製屈折望遠鏡には色消しレンズが用いられ、単玉の国産望遠鏡と比べると色収差による像のにじみが無く解像力にすぐれ、像も明るい。砲術訓練や長崎警備などに用いるために輸入されたものであろう。江戸時代後期、佐賀藩武雄領が行なった貿易港長崎でのさまざまな物品購入の記録である「長崎方控」天保10(1839)年の注文品に「ニウトンノ星目鏡」とある。

    館長からの一言

    外国産の望遠鏡。脚付望遠鏡のため高いところの一定の位置において全体を見渡していたのだろうか。

  • 反射望遠鏡(博物館)

    江戸時代に作られた日本で一番古い天体望遠鏡です。国友藤兵衛〔くにともとうべえ〕という人が作ったものですが、藤兵衛はこれを使って、その当時としては世界的な業績とされる太陽黒点の連続観察を行っています。<br>国友藤兵衛〔くにともとうべえ〕(1778〜1840)は近江国〔おうみのくに〕国友村(滋賀県長浜市)の人で、江戸幕府お抱〔かか〕えの鉄砲鍛冶でしたが、発明家・科学者としても有名な人物です。彼は江戸で見たオランダ製の天体望遠鏡を手掛かりに研究を重ね、天保〔てんぽう〕5年(1834)にこれを作り上げました。<br>藤兵衛は同じような天体望遠鏡を四―六台製作したとされていますが、この資料は最初に完成した記念すべき製品で「天保五甲午歳初夏始而造之〔はじめてこれをつくる〕江州国友眠竜能当(花押)」という銘〔めい〕が刻まれています。<br>藤兵衛の望遠鏡は、幕府の「天文方〔てんもんかた〕」の役人からも、オランダ製のものより、はるかに大きく鮮明に見えると評価されています。<br>藤兵衛はその精度を確かめるためもあって、自作の望遠鏡で天体観測を行っており、月や土星・木星などのほか、天保6年(1835)から翌年にかけて計157日、延べ216回にもわたり太陽の黒点を連続して観察した記録を残しています。<br>材質は鏡筒〔きょうとう〕・接眼筒・架台ともに真鍮〔しんちゅう〕製で、木製の回転台および太陽観測用の「ゾンガラス(サングラス)」が付いています。構造はグレゴリー式の反射望遠鏡で、倍率は約70倍という優れたものです。<br>この望遠鏡の特に優秀な点としては、金属製(銅約63%、錫〔すず〕約37%)の反射鏡が、主鏡・副鏡ともに今でも曇らずに輝いていることが上げられます。最近の研究により、この反射鏡は金属がまじり合っただけのふつうの合金ではなく、銅原子と錫原子が結合して新しい物質となった「金属間化合物」である ことがわかりました。金属鏡のさびない理由は、これらの点にあるようです。この望遠鏡は今でも天体観測に使えるものです。意外に進んでいた江戸時代の日本の技術が、あらためて注目されているところです。<br>なお、この天体望遠鏡は諏訪藩主諏訪家に買い上げられたもので、漆塗りの箱には同家の家紋である「梶〔かじ〕の葉」が描かれています。明治維新後これを入手していた等々力氏から上田市に寄贈されました。

    館長からの一言

    日本最古の望遠鏡。これで天体を細かく観察できるようになり江戸時代の天文学をより発展させた。

  • 望遠鏡購入ノ件

    館長からの一言

    望遠鏡ひとつずつその望遠鏡で何が見えるかが記録されている。人間の細胞だけでなく犬の臓器に記録もある。

  • 展望台の貸望遠鏡.1回1円

    撮影者不詳

    館長からの一言

    観光地によくある望遠鏡。彼らはどんな風景・物を見ていたのだろうか。

  • Telescope

    館長からの一言

    明治時代に作られた比較的最新式の望遠鏡。よりコンパクトになっている。小作人の監視用に使っていたとか、、、

  • 望遠鏡返却ノ件

    (差)文部省学務課 (受)東京開成学校

    館長からの一言

    中には文部省と東京開成高校の文字が。望遠鏡を購入していたのだろうか。

  • 双眼鏡

     GARNIER OPTICIEN, PARISと銘がはいったフランス製双眼鏡。単筒の屈折望遠鏡にくらべ、長時間の監視・観察において目の疲労が少なく、両眼をつかうことにより分解能ぎりぎりの目標物を確認しやすい。こうしたことからこの双眼鏡は実際にかなり使われたのであろう。痛みもはげしい。

    館長からの一言

    外国産の双眼鏡。この展示では望遠鏡を主に取り扱っているが、双眼鏡をピックアップしてみた。望遠鏡ののように覗くのが片目なものと双眼の両眼のもの、どちらが便利で高性能か考えて欲しい。

  • Celestial Globe

    酒井忠貫献納,Donated to Yushima Seido by Sakai Tadatsura,東京国立博物館,Tokyo National Museum

    <p>湯島聖堂に伝来し当館へ移管された釈(せき)奠(てん)器(き)の一つ。元禄3年(1690)聖堂創建時に酒井忠囿が献納したが、火災で焼失したため、安永年間(1772~81)に酒井忠貫が再び献納した。球面に金銀の線で赤道、黄道などを引き、星座とともに、全面に約1700余の恒星を記載している。<br /></p>

    館長からの一言

    望遠鏡が発達したことで江戸時代の天文学も発達していった。ひとつ一つの星を細かく描いている。

  • 天文 分野之図

    保井春海 謹誌焉

    館長からの一言

    江戸時代の天文学の発達の証。渋川春海が作った星図。渋川春海は日本独自の暦を制作して天文学に大いに貢献した人物。

  • 平天儀

    岩橋耕[リュウ]堂 [著],岩橋耕[リュウ]堂 (蔵版)

    著者の岩橋嘉孝(善兵衛 1756-1811)は江戸時代の望遠鏡製作者。平天儀は日月星の運行等が分かる早見表で、円盤は回転する。最上層の北半球図のヨーロッパ大陸の部分は、オランダの位置が赤くなっている。題箋のデザインは司馬江漢『地球全図』の題箋の影響であろう。天文学者渡辺敏夫旧蔵。(電子展示会「江戸時代の日蘭交流」より)

    館長からの一言

    天動説を用いて説明されている資料。この資料の著者は江戸時代の望遠鏡製作者。望遠鏡に詳しいため扱いも慣れていたのだろうか。

  • 天球全図

    司馬江漢

    木版・銅版12点22枚から構成されています。主体は10枚の銅版画で、それぞれに木版の解説文が付属しています。その多くは太陽系の諸天体の運行などに関するものですが、中にはアリなどの虫類を描いた唐突な画題のものも含まれています。個々の図版の制作年そのものは検討の余地があるとはいえ、これをひとまとめに刊行する段階で、司馬江漢はそれなりのコンセプトをもって臨んだと思われます。江漢がこだわっていた、独特な水火二元論と啓蒙意識が入り交じった宇宙観を図式化しようという試みと言えます。 【江戸の絵画】【江戸の洋楽】

    館長からの一言

    地球と太陽の関係を図と文で細かく説明されている。地動説が用いられており太陽系の図もしっかり描かれてある。

〈最後に〉

どうでしたでしょうか。解説だけでなく資料を細かくみてくれましたでしょうか。何かを感じ取ってくださると嬉しいです。私自身でもパッと思いついたこのテーマをここまで深掘りできるとは思ってもいなかったので少し感激です。

他の人の展示もありますのでぜひ深くまで見て「へぇ〜」となってください。ここまでお疲れ様でした。ありがとうざいました。

〈天文学についてのイベント・サイト〉

名古屋市科学館⇨https://www.ncsm.city.nagoya.jp/cgi-bin/visit/exhibition_guide/exhibit.cgi?id=A503

国立天文台⇨https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/exhibition/006/