日本の歴史(高木道さん作成)
珍しい人物と物を調べた。
- Toyotomi Hideyoshi
A warlord of the Azuchi-Momoyama period who rose from lowly origins to overlord of all Japan 1537-1598
- Tokugawa Ieyasu
The life of the man who laid the foundation for the Edo Shogunate
- The Warlord Oda Nobunaga (Copy)
模者不詳、原本:近衛前久賛,Original inscription by Konoe Sakihisa (1536–1612),東京国立博物館,Tokyo National Museum
本図は、天正10年(1582)に没した織田信長の七回忌に制作された肖像画の写しです。鼻骨の高い顔立ちは、一周忌に際して狩野永徳が描いたという信長像(京都・大徳寺)に共通します。公家の近衛前久は「南無阿弥陀仏」の六文字を句の頭にした追善の和歌6首を詠み、原本に添えました。*このえさきひさ* *なむあみだぶつ* *ついぜん*(東京国立博物館)
- Portrait of Fujiwara Kamatari
奈良国立博物館,Nara National Museum
かつて多武峯妙楽寺(とうのみねみょうらくじ)と呼ばれた奈良・談山神社(たんざんじんじゃ)の祭神・藤原鎌足が朝服を着け半跏して坐る姿を中央にひときわ大きく配し、向かって右下に僧形の定慧、左下に朝服を着ける藤原不比等という二人の子息が従う。三人は上畳(あげだたみ)上の牀座(しょうざ)に坐る姿に描かれており、背後を三面の神鏡、巻き上げられた御簾(みす)、藤の円文をあしらう赤い帳(とばり)、藤が絡みつく松を描いた衝立(ついたて)などで荘厳することで、神格化された藤原氏の祖としての鎌足の存在を強調している。様々なヴァリエーションが知られる鎌足の肖像にあって、こうした形式は最も典型的であることから通称「多武峰曼荼羅(とうのみねまんだら)」とも呼ばれる。さらに本品の場合、画面上部に藤原氏とゆかりの深い春日社の本地仏を表す五つの円相を配すとともに、談山神社十三重塔の建立説話が描かれる。すなわち『多武峰縁起』によれば、遣唐使の一員として入唐を遂げた鎌足の長子・定慧は、文殊の聖地として有名な五台山に立つ宝池院の十三重塔を多武峰の地に移すことを決意し、材木・瓦などを整えたが、船が手狭だったために一重分を残したまま帰朝した。その後、定慧は摂津国阿威山(あいやま)に葬られていた鎌足の遺骸を多武峰の地に改装して、その墳墓の上に塔を建てようとしたが、材が足りずに十二重となってしまい嘆息していたところ、夜半に雷電霹靂大雨大風の後に忽然と十三重目が飛来し、塔が完成したというのである。実際、定慧は学問僧として白雉四年(六五三)に吉士長丹(きしのながに)を大使とする第二回目の遣唐使に従って入唐を遂げたことが『日本書紀』に見えており、長安の僧慧日の道場に住み、僧神泰に学んで内経外典に通じたといい、天智四年(六六五)に百済経由で帰朝したことが知られる。定慧がもたらした最新の唐仏教の知識が、多武峰妙楽寺の創建に際して大いに生かされたに違いない。(奈良国立博物館)
- Tachi Sword, Known as “Dojikiri Yasutsuna”
伯耆安綱,By Yasutsuna,東京国立博物館,Tokyo National Museum
伯耆安綱は平安時代を代表する刀工。なかでもこの太刀は、名物童子切(どうじきり)安綱としてとくに名高く、細かく不定形な小乱の刃文は複雑な変化をみせている。その名は、凶賊退治の名刀が酒呑童子(しゅてんどうじ)伝説などと結びついたと考えられ、天下五剣の一つとして足利将軍家、徳川将軍家から越前松平家、津山松平家に伝来した。(東京国立博物館)
- 「上杉謙信 坂東彦三郎」
国周
- Portrait of Takeda Shingen
蜷川式胤模、原本:武田逍遥軒筆,Copied by Ninagawa Noritane,蜷川式胤氏寄贈,Gift of Mr. Ninagawa Noritane,東京国立博物館,Tokyo National Museum
- Himeji Castle
Himeji Castle, located in Himeji, Hyogo today is designated as a world heritage site. The castle is also called Hakuro-jo/Shirasagi-jo (white egret castle) because the exterior walls are painted with white plaster.
- Portrait of Katō Kiyomasa (copy)
蜷川式胤模写,By Ninagawa Noritane (1835-82),蜷川式胤氏寄贈,Gift of Mr. Ninagawa Noritane,東京国立博物館,Tokyo National Museum






