解説
提出者名:麻績勘解由左衛門清長
宛名:吉田左近助殿、浅利右馬助殿
麻績氏は信州の筑摩郡北部の麻績(東筑摩郡麻績村)の土豪。この地方は安曇・筑摩地方から川中島へ出る要衝にあたり、上杉氏の勢力との接触地域である。天文二十二年ころ武田氏の配下に入った。麻績清長は八月七日と八日、二通の起請文を出している。二通の起請文を比べるとき、信玄の厳しい姿勢が目の当たりに見られるようである。
収録されているデータベース
上田市マルチメディア情報センター(静止画)
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最終更新日
2024/08/31